Landing





「で、首尾は?」
「浦沢機長ですら一撃で落としたやつだぞ、雪哉は」
「…ああ、社内一の堅物キャプテンね、なるほど」


 あのシンガポールのフライトからひと月余り。

 雪哉を実家へ連れて行き、フライトの合間に新生活への準備や手続きをこなしてきた敬一郎は、色々と世話になった礼だと言って信隆を食事に誘った。『その後』の報告も兼ねて。


「次の長期休暇には温泉旅行に連れて行くと言い出して、いい年をして両親とも大はしゃぎだ。雪哉の次の長期休暇はまだ4ヶ月も先なのに、今からどこへ行きたいかと雪哉に頻繁にメールしてくるらしい」


 パイロットは半年に一度、2週間程度の長期休暇が与えられている。
 蓄積した疲れから解放されるリフレッシュ期間だ。

 違う職種の友人たちからは『贅沢だな』と言われてしまうのだが、年末年始も盆も仕事だぞと言うと――しかもその時期が1年でもっとも忙しい――大概納得してくれる。

 だが雪哉は今までに長期休暇をまとめて取ったことがない。
 権利を分散して使っている。

 その理由は『2週間もまとめてやることがないから』。

 つまり、帰る家もない、高校の修学旅行以外に旅行をしたことがないから『旅行』と言うイベントが選択肢になく、勉強以外に趣味もないと来ては、休みが連続でたっぷりあっても仕方がないのだ。
 しかもまだ若いから、疲れは公休日で回復できる。

 信隆も、雪哉の心の内は知らないまでも、帰る家がないから長期休暇を取っていないのは理解していたから、不憫だとは思っていた。

 けれど、それを敬一郎には敢えて言わないでおこうと思っている。
 言えば最後、とんでもないことになるのは目に見えているから。

 現に温泉旅行に行くと両親が言い出したのも、雪哉が温泉に行ったことが無いと言ったからだと今聞いたばかりだし。


 雪哉にまったく好き嫌いがない理由を、『施設でそんな我が儘言ってたら、食べるものがなくなるから』だと恩師から聞かされた信隆が、その後雪哉を食事に連れ出す度に、ヒナの餌付け状態になってしまっているのがいい見本だ。

 だが、おそらく敬一郎の反応は信隆の比ではないだろう。

 そう思うと、雪哉の子供の頃について、あまり詳しく知らない方がいいのかもしれないと思っている。

 のだが。

「子どもの頃に得られなかった愛情をこれから存分に注いでやりたいと、今からフルスロットルで、ちょっと先が思いやられてる」

 いずれにしても、敬一郎も彼の両親も同じだな…と、可笑しくなった。

「まあ、今さら甘やかされてダメになる雪哉ではないですから、思いっきり可愛がってあげてほしいですけど、肝心の雪哉はどうなんですか? ご両親に会ってみて」

 さぞ緊張したのではないかと思うのだが…。

「……すっかり懐いてしまった……」
「あ〜、そんな気はしてたんですけど、やっぱりね」

 優しい雪哉は人の気持ちに添うということを天然でやってのける。
 もしかしたら、それも幼少期の体験の影響かも知れないが、それを詮索する必要はもうないだろう。

「それとな…」

 誰も聞いちゃいないのに、敬一郎が声を潜めた。

「雪哉には言ってないんだが、実は籍を入れる件でちょっと揉めたんだ」
「え、まさか養子縁組に『待った』が?」

 いくら雪哉本人を気に入ったからと言って、それとこれとは別だ…なんてことになったとしたら、雪哉が傷つくことにもなりかねない。

 雪哉も懐いたと言っているのに。


「両親が雪哉を自分たちの子供にしたいって言い出したんだ」
「えー!」
「ったく、一難去って、また一難だ」
「それ、今までの私のセリフって気がしますけど」

 誰のおかげで今があるのか、胸に手を当ててしっかり考えて欲しいところだ。

 敬一郎もそう思ったのだろう。少し肩をすくめてばつの悪そうな顔を見せる。


「ともかく、息子の養子にするより、当主の養子にした方が雪哉のためにも良いんじゃないかって主張し始めて、参ったよ…」

「…ある意味、真っ当なご意見ですね、それは…」

「…まあな」

 両親の言うことが至極真っ当なのは敬一郎もわかっている。

 敬一郎が『説得材料』として主張した通り、次代を共に護るために雪哉を養子にするということならば、長男・敬一郎の『弟』にするのが一番自然な形だろう。

 けれど、敬一郎は雪哉をパートナーにしたいのだから、自分の籍に入れないと意味が無い。

「で、どうするんですか?」

「すでに上司に報告済みだから無理だと言った。それと、パイロットとしても雪哉を守り育てて行きたいから、その点では譲れないと主張した」

「…それはまた、説得力があるような、無いような…」

 いや、無いだろう。けれどそんなことは承知の上だ。敬一郎としては。


「うちの親は仕事の話を持ち出すと引っ込むからな。ま、煙に巻いたも同然だが、致し方ない」

 それも雪哉をこの手で護りたいがためで、恐らくこの先も、敬一郎は雪哉のためと思えば手段を選ばないだろう。

「それにしても、先輩がこんなに知能犯だとは思いませんでしたよ」

 策士という言葉からはほど遠い実直さが、敬一郎の代名詞のようなものだったはずなのだが。

「ある意味、火事場の馬鹿力ってやつだ」
「本気の恋に落ちた男の恐ろしさをまざまざと見せつけられました」
「お前も頑張れ」
「誰に向かって言ってるんですか」


『恋愛オンチの朴念仁』が仮面だったとは思わないし、実際それに関しては確かに不器用だったには違いない。

 ただ、真面目なヤツほど溺れた時にはキケンになる――大人の麻疹は怖いというヤツだ――という典型かもしれないな…と、可笑しくなる。


「で、あんまり聞きたくはないんですが、例の方も問題無く?」

「ああ、おかげさまでな。ちょっと歯止めがかからなくて雪哉には負担だったかも知れないなと反省はしてるんだが、雪哉も結構覚えが良いみたいだし」

 操縦と一緒で天性の勘がいいんだろうな…なんて、真面目な顔で意味不明の分析をしないで欲しいのだが、相性が良いなら良いで、雪哉が抱き潰されないか、ちょっと心配になってきた。

 ちなみに、信隆が『聞きたくはない』けど『聞かざるを得ない』ことになったのも、そっちの方もあれやこれやと指南させられたからだ。

 そっちの方とはつまり、『初めての男の子の抱き方』…についてなのだが、『初めての』男の子の抱き方と、『初めての男の子』の抱き方の2パターンも教えなくてはいけなくて、なんでこんなことまで面倒見なけりゃならないんだ…と、かなり虚しくなったのも事実だが、教えてしまった以上、その成果を確かめずにはいられないのはもう、職業病――教官気質の所為だろう。

 そう言えば、一通りレクチャーし終えてから、よく考えたら雪哉も27歳で、『男の子』ではないよなあ…と思い出したのだが、見た目が男の子だからまあ良いか…と、どうでもいいことをつらつらと考えてしまって、とどのつまり、自分が美味しくいただきたかったのに…と言うのが、嘘偽り無き本音には違いない。

 けれど、自分が振られた時にはすでに、雪哉の想いは目の前の『イケメン朴念仁』に向いていたのだろう。そう思うと素直に諦められる。


 ともあれ、2人はこれからがスタートだ。
 片想いの時期が終わって、漸く2人の関係を成熟させていくための日々が始まる。

 どちらも恋愛巧者とはほど遠く、駆け引きなんかできなくて、想いが真っ直ぐ過ぎて、きっと気持ちが行き違うこともあるに違いないけれど、そんな時は自分たちがついているから…と、信隆は柔らかく微笑む。


「そう言えば、親が、雪哉と同じ機に乗るなって言いだしたんだ」
「どうしてまた」
「落ちたときに困るからって」
「え…? 今までだって先輩はずっと飛んでたのに?」
「せめて雪哉は残してくれってさ」
「あらま」

 すっかり骨抜きだ。

「うちの親があんな『溺愛体質』だとは思わなかった」

 まったく計算外だったが、雪哉のためには嬉しい誤算といっていいだろう。


「長男を厳しく育ててしまった反動じゃないですか?」

 大学時代でもなお、来栖家には門限があったりしたのだ。
 信隆もその事実には相当驚いたが、そのことをからかわれても余り気にしていない様子の敬一郎にも驚いた覚えがある。

 どうやら門限を受け入れていたわけではなく、『どうでもいい』と思っていたようだったが。


「…ああ、それはあるかもな。ひとり息子だから、育てることに気負いがあったと母がぼやいたことがある。今は、雪哉には口が裂けても言えないが、『娘を持つってこんな感じかしら』…なんて喜んでるからな」

 確かに雪哉には言えないが、もしバレても雪哉なら、『え〜、僕一応男子なんですけど〜』なんて言いながら受け入れてしまいそうだ。

 敬一郎が自分の価値を操縦席で示してきたように、雪哉もまた、その真価を操縦席で発揮しているから、その他のことはきっと、『どうでもいい』のだろう。

 まったく似たもの同士の恋人だ。


「雪哉を独り占め出来るのはまだまだ先ですね」
「…それを言うなって…」

 ため息をつく姿が妙に男の色気を纏いだしたのは、多分気のせいでは無いだろう。雪哉効果に違いない。

 また一段と、キャビンクルーの熱い視線が集まりそうだけれど、今まで以上に『そんなもの』は目に入らないに違いない。


「そう言えば、入籍はいつに?」
「ああ、10日後に公休が重なるんだ。その時にと思ってる」
「結婚記念日になりますね」
「そうだな」

「…って、不気味に笑うのやめて下さい」
「仕方ないだろ。もう、愛しくて狂いそうなんだ」
「…ひとりで勝手に踊り狂ってなさい」

「可愛さ余って愛しさ100倍…」
「そんな大間違いの日本語使ったら、キャビンクルーなら訓練所で再教育ですよ」

「俺はコックピットクルーだからいいんだ」
「そうはいきませんよ。キャプテンはクルー全員のお手本でいていただかないと」

「……」

 勝った。
 いや、口で負けたことは今まで一度もないが、今日は特に爽快だと信隆は溜飲を下げる。

 それにしても、自分の『予言』通りだったなと信隆は思った。

 そう、『その気になれば』敬一郎は『恋愛オンチの朴念仁』でもなんでもなく、当たり前のように恋人に甘い言葉を囁けるヤツだったのだ。
 やっぱり。

「そういえば、2人の幸せのために一肌も二肌も脱いだ私と藤木くんへのご褒美はあるんでしょうね」

「新婚家庭へのご招待はどうだ?」

 寮からは少しだけ遠くなるので可哀相だが、雪哉も敬一郎のマンションを気に入った様子なので、今の住まいに雪哉を迎えることにした。
 幸い部屋の余裕もあるから、落ち着いて勉強出来る場所を作ってやれる。

「旦那サマご不在の時でよければ喜んでお邪魔しますけど」
「…来るな」

 また勝った。 
 当分この辺りのネタで楽しめそうだとにんまりとした信隆だったが、敬一郎は『でもな…』と呟いて視線を落とした。

「雪哉と2人きりで過ごす時間が長くなって、色々な事を話して、雪哉を深く知るようになってきたら、今までいかに自分が甘やかされて生きて来たのかを痛感したよ」

 有って当たり前の親からの庇護を、生まれた時から持たずに生きるということの厳しさは、雪哉が言葉にするわけでもないのに端々から伝わってくる。

『父と母』というものを、概念としては理解しているのだが、経験がないからその存在を『想像』でしか語れないのも痛々しかった。

 だから、敬一郎の両親から『これからはお父さん、お母さんと呼んで欲しい』と言われた雪哉が、『自分がそんな言葉を口に出来る日が来るなんて思わなかった』と涙した時には、敬一郎だけでなく両親もまた、雪哉が幸せになるために力を惜しまないと決めたのだ。


 そんな雪哉は、誰にでも優しくて可愛がられているから傍目には甘え上手なように見えるが、その実、まったく甘えることを知らない。

『しない』のではなく、『知らない』のだと、心の距離が近づけば近づくほど感じる。

 けれど、どこかで母性や父性を無自覚に求めているのはもう、人として本能的なものなのだろう。

 だからこそ、自分のすべてで雪哉を包んでやりたいと、敬一郎は覚悟を新たにしているところだ。


「確かに、雪哉が今までに経験してきた辛いことは、私たちではきっと、想像しきれないんでしょうね」

「ああ、まったくその通りだ。…けれど、そこにばかり目を向けるのは、雪哉も嫌がると思うんだ」

「…それ、わかります」

 辛い思い出は、忘れたい思い出だろう。
 幸せな思い出だけ、その胸に抱いていればいい。
 それに、これからは幸せも悲しみも愛する人と分かち合うことができるから。

「…この際だからついでに報告しておきますが」

「なんだ?」

「雪哉、高校の学校法人から大学の学費を援助してもらってたんですが、コ・パイ1年目で全額返済したそうです」

「そうなのか?」

 いくら国立とは言え、4年間の学費は安くはない。

「あと、高校3年間の学費と寮費も、返済の義務はないんですが、寄付という形で返す意向だと聞きました」

 敬一郎は言葉もなく、信隆の話に聞き入る。

「学校側は無理しないようにと伝えたそうなんですが、雪哉は、今後また自分と同じような境遇の生徒の助けになればと考えたようです」

「…雪哉らしいな」

「まったくです」

「確かに雪哉は何度も言っていた。今があるのは、あの高校に入れたからだってな」

 今がなければ出会うこともなかったかも知れない。
 そう思うととてつもなく恐ろしくて、雪哉を育んでくれた人たちに、敬一郎も改めて感謝の気持ちを抱く。

「雪哉には好きなようにさせてやるよ」

 自分がついているのだから、何の心配もなく、思うままにさせてやりたい。

 敬一郎の言葉に、信隆が柔らかく笑んで頷いた。

「これからずっと、雪哉が前だけを見て、幸せに生きていけるようにしてやりたい」

 雪哉が受けてきた傷を、それとはわからないようにそっと庇いながら、いつしかそこに受けたであろう傷のことなど忘れてしまえるように。

 何の憂いもなく、いつも雪哉らしくいられるよう、幸せな未来と、澄み渡る大空だけが、その行く先にあるようにと願って。






 敬一郎が雪哉を養子にしたという話は瞬く間に社内を駆け巡った。

 姓が変わったことを届け出なくてはいけないという事情もあったが、もとより隠す気もさらさらなかったので、敬一郎はまったく動じていない。

 雪哉は声を掛けられる度に恥ずかしそうにしているらしいが。

 噂の広がりに際して、敬一郎が過去の失敗に懲りていることを理由に見合いを断ったという話と、雪哉が幼い頃に両親と『死別』して身寄りがないという話がセットで出回ったのはもちろん、敏腕チーフパーサーの仕業だ。

 ただ、雪哉の生い立ちが諸先輩方のお涙を頂戴してしまい、雪哉への過保護振りが一層酷くなったのは、さすがのチーフパーサーにも計算外だったようだが。

 もうひとつ、『そんな事情ならうちの子に欲しかった…』と、お偉いさんたちや先輩機長たちから恨まれたのは、もちろん敬一郎だった。




「ひとつだけ、約束して下さい」

 結ばれた夜。
 上がっていた息がようやく収まった時に、雪哉が言った。

「ひとつだけでなく、雪哉となら何でも約束するよ」

 甘く囁いた敬一郎だったが、雪哉の目は笑ってはいなかった。

「絶対に僕を置いて、先に逝かないで下さい」

 12歳も年上の敬一郎に、もしかしたら無理な願いかもしれない。
 けれど雪哉は言わずにはいられなかった。

「僕を、ひとりにしないって、約束して下さい」

 その言葉が雪哉の心の叫びに聞こえて、敬一郎は堪らずにその細い身体をまたきつく抱きしめる。

「わかった。約束しよう。絶対に雪哉を置いて逝かないよ」

 ほんの一時先の未来も、誰にもわからない。
 明日の命が保障されている人間なんて、誰ひとりとしていない。

 けれど、この約束は、雪哉が『孤独』という呪縛から解き放たれるためにはどうしても必要なのだと敬一郎は確信して、その言葉を雪哉に誓う。

「…よかった…」

 小さく呟いて眠りに落ちる雪哉を抱きしめて、敬一郎もまた、まぶたを閉じた。

 ――雪哉をこの腕に抱いて眠れる日が来るなんて…。

 2人の体温で暖まるベッドの心地よさは、コックピットの温度に似ているな…と、落ちていく眠りの中でふと考えて、小さく笑った。



 パイロットとしての雪哉は、いつか機長となって、敬一郎の下から巣立つ。

 けれど、パートナーとしての雪哉はずっと、敬一郎の運命共同体でいてくれる。

 副操縦士が機長に寄り添うように。
 人生のフライト中、ずっと。



 
END

…かと思いきや。
実は番外編、続編へ
To be continued!



祝! 本編ハッピーエンド!

おまけ小咄2つ大放出!

『初恋中のいい男のその後&私たちの母校は『あそこ』です』



おまけその1
『初恋中のいい男のその後』


「そうそう、前に話してた『現在初恋中のいい男』のその後なんだけど」

「あ、それ気になってなんです! 進展あったんですか?!」

「ふふっ、実はね、成就したんだよ、初恋が」

「わあっ、やった〜!」

「でね、めでたく入籍」

「えー! 初恋でゴールインなんて、めっちゃ幸せじゃないですか」

「だろ? ほんと、果報者なんだから」

「で、誰なんですか? その幸せ者って」 

「キミのダンナ」

「…は?」

「だから、キミの愛しいダーリンだよ」

「…え?」

「ハニーって言った方がいい?」

「ええと、そうじゃなくて。あの、キャプテン…のこと、なんですか?」

「……あのさ、雪哉」

「はい?」

「もしかして、まだキャプテンって呼んでる?」

「あ、まだ慣れなくて、つい…」

「まさかとは思うけど、ベッドの中でもキャプテンなんて呼んでないよね」

「べべべ、ベッドってっ」

「えっ、呼んでるんだっ!?」

「だ、だからまだ慣れてないんですってばっ」

「え〜、なにっ、そのめっちゃ危ないプレイはっ。も、ヤバい〜」

「ヤバくないですっ。ってかプレイじゃないしっ」



                   ☆ .。.:*・゜


おまけその2
『私たちの母校は『あそこ』です』


「この前、雪哉を連れて中学の恩師に挨拶に行ってきたんだ」

「そうだったんですか。喜ばれたんじゃないですか?」

「ああ、雪哉が立派になったって泣かれてしまって、雪哉まで泣き出して大変だった」

「なんだか目に浮かびますね、その光景」

「で、雪哉をよろしく頼むと何度も頭を下げられて、恐縮してしまったよ」

「ほんと…いい先生に出会えてよかったですね」

「で。」

「次は高校…ってことですか?」

「その通り」

「わかりました。先生に連絡しておきます」

「悪いな」

「どういたしまして」

「でも…」

「なんです?」

「中学の先生は泣き出してそれどころじゃなかったが、高校の先生には気をつけないとな…」

「2人の本当の関係のこと…ですか?」

「そうだ。俺は構わないが、雪哉が困るだろうからな」

「ああ、それは大丈夫ですよ。バレても」

「なんだって?」

「ま、なんと言いますか、あそこは非常にリベラル且つ麗しい校風の男子校なもので、『そういうこと』にアレルギーのある教師では務まりませんから」

「…なんか、お前の母校…って感じがありありと…」

「なんか言いました?」

「いや、何にも」

「第一、先生知ってますよ。私が雪哉に振られたこと」

「はあっ?!」

「雪哉の近況報告の時、ついでに『告ったら、ゴメンナサイされた』ってぼやいたんです。そしたら『雪哉はお前の好みのタイプじゃないだろうが』って」

「…なんでそんなことまで知られてんだ…」

「ちなみに初恋の相手は部活の後輩で、すっごく綺麗な子でしたけど、やっぱり『良き先輩』を演じすぎて、見守るだけで終わっちゃいました」

「…お前って…割と損な質かもな…」

「まあ、根っからの善人なんで仕方ないですよ」

「…否定はしないが、自分で言い切れるところがすごいな…」

「でも、今でもその子も、その子の弟たちも私のこと慕ってくれていて、エアラインは必ずうちを使ってくれてます」

「なんだ、ちゃんと貢献できてるんなら上等じゃないか」

「でしょ? ご両親から兄弟、親戚に至るまで、全員うちの超お得意様ですよ。ええと…スマホにブックマークしてあるんですけど…あったあった。ほら、これがその初恋の子の公式サイトです」

「………確かにお前の好みにストライクだが……」

「あ、わかります? 3つ下なんですよ。綺麗な子でしょ」

「…これは、この世界に疎い俺でも知ってるくらい、有名人じゃないか…」

「ふふっ、中学生の頃はまだ美少女系だったんですけどね、今や超イケメンの『若きマエストロ』ですよ。ちなみにこの子の一番下の弟がフルーティストなんですけど、雪哉にちょっと似たタイプで、いい歳して未だに美少女です。好みのタイプじゃないですけど」

「お前、もしかして外見に囚われすぎなんじゃないのか? とりあえず、好みのタイプでないところも攻めてみたらどうだ?」

「結果、雪哉には振られましたけど、何か?」

「……すまん。傷をえぐる気は無かった…」

「ま、良いですけど、雪哉が幸せなら。…って、そうだ! いいこと思いついた!」

「なんだ?」

「今後、男性キャビンクルーの採用を増やす予定なんですけど、聞かれてます?」

「ああ、噂程度にはな」

「宝の山を見つけました」

「どういうことだ?」

「我が母校です! あそこの生徒にはこういう職業に向いてる子が多いんですよ。美形も多いですし。大学出たらうちに来ない? …って、スカウトしちゃおうかな」

「…『都築信隆』みたいなのがゴロゴロやってくるわけだな…」

「ますます素晴らしいエアラインになりますよ」

「…………そうだな」

「なんですか、その奇妙な間は」


ちゃんちゃん。


☆ .。.:*・゜

I have! 目次へ

Novels TOP
HOME