2015 クリスマス企画

トナカイの逆襲




 やっぱり呼び出されたのは出社スタンバイ中のことだった。

「えっ、クリスマス、ですか?」

 クリスマスという言葉に、特にコレといった反応をすることは、普段は無い。 

 施設で暮らしていた頃にはそれなりのイベントもあったし、高校時代以降は仲間たちと集まる機会も持て、そして今では『家族』のためにプレゼントを選ぶという喜びを得て、『楽しいもの』だとは思っているが、特にキリスト教を信じている訳でもないので、特別な感慨はない。

 だが、その言葉を発したのが広報のやり手課長となれば話は別だ。

 途端に身構える雪哉に、ほのぼの系――実は超やり手――の広報部企画課長は『やだなあ、雪哉くん』と笑う。

「そんなに警戒しないで下さいよ」

「え〜、そうは仰いますけど…」

 今までロクな事がなかったじゃないですか…と言う言葉はかろうじて飲み込んだ雪哉であったが…。

「実はね、今年、国際線ターミナルでの『ツリー点灯式』の当番が急遽回ってきたんですよ」

「急遽…ですか?」

 確か国際線ターミナルは、航空会社各社の持ち回りと聞いていて、今年は当番ではないということはキャビンクルーたちから聞いてはいて、でもどのみち自分には関係無いし、綺麗だから点灯が始まったら見に行こうかな…程度には考えていたのだが。

「ええ、実は他社さんから、『今年のサンタをぜひジャスカさんの『あの人』に』ってリクエストを多数いただきまして、それならば…と、お引き受けした次第なんです」

「あの人?」

 はて、誰だろう。
 サンタと言うからには自分じゃないだろうと、雪哉は首を捻る。

 そんな雪哉に、広報課長はニコニコと言った。

「ほら、我が社には、これ以上サンタが似合う人はいないってくらいのキャプテンがいるじゃないですか」

 サンタが似合うキャプテン…。
 ここでハタと気がついた。

「あ、もしかしてオーリック機長ですか?」

「ご名答〜!」

「わあ、それすごくわかる気がします!」

「でしょ〜? 綺麗な青い目だし、身長はこれでもかってくらいデカイですしねえ。まあ、ちょっとサンタには若くてイケメン過ぎる嫌いが無きにしも非ず…ですが」

 日本人からしてみれば、欧州人というだけでも十分サンタクロースの条件は満たしている上に、見目も麗しいとくれば、白羽の矢がたつのも無理はない。

 確かに少し若すぎるかもしれないが、ヒゲでも着ければ見かけの貫禄は出るだろう。 


「で、オーリック機長はなんて?」

「そりゃもう、あのオーリックキャプテンですよ? ノリノリの二つ返事でOKいただきましたとも」

「やっぱり〜!」

 自分に関係無いとわかれば雪哉もノリノリだ。

 なにより確かにこれ以上のサンタクロースはいないと納得だから。

 だが、ここが雪哉の『こういうことについて、脇が甘い』ところだ。仕事ではこれ以上なく優秀なのに。

 ニコラがサンタを引き受けて、その話をどうしてスタンバイ中に呼び出されてまで聞かされているのか。 

 ばったり出会って立ち話…ではないのだが。


「似合うでしょうねえ。僕も乗務じゃなかったら絶対見に行っちゃいますよ」

「いやいや、そこなんですが」

「……はい?」

「実はオーリックキャプテンからのたってのご希望で、『連れに可愛いミニスカトナカイを従えたい』とのことで」

「………ちょっと用事を思い出して…」

「こらこら、雪哉くん」

 逃げようとした首根っこをヒョイと摘ままれて、雪哉はジタバタと暴れる。

「まあまあ落ち着いて。いや、もう我が社で…いやいや、この羽田空港でミニスカトナカイと言ったらもう、『君しかいない!』って言うくらい、雪哉くんのお家芸じゃないですか」

「え〜! お家芸ってなんですか〜!」

 フーッと威嚇して見せてもやり手課長は何のその。

「だって、あれだけ似合うクルーは他にいませんよ? あの時は他社さんからも、『さすがジャスカさん。人材が豊富ですね』とマジ顔で羨ましがられましたからね」

 コックピットクルーとして言われたのならともかく、こんな事で『人材豊富』なんて言われても、雪哉としてはちっとも嬉しくないのだが。

 だがそこで雪哉はふと思いついた。

「でも、オーリック機長も僕を指名されたわけじゃないんでしょ?」

「ええ、まあそうなんですけどね、でもキャプテンが雪哉くんを念頭に置いてることぐらい、私でなくとも解るところじゃないですか」

 ニコニコとそう言われ、雪哉は呻いたのだが、次の瞬間に閃きが天から降りてきた。

「あの」

「はい?」

「僕、ちょっと新しいミニスカトナカイ候補に心当たりがあるんですけど」

「え? 誰ですか? まさか中原CPとか?」

 どうしてここで男性名がスルッと出てくるのかと、雪哉は激しく脱力するのだが、脱力している場合では無い。

 自分がこの状況からまんまと抜け出して、そしてニコラにも幸せになってもらう布石のためにはここで一踏ん張りせねばならないのだ。


「中原CPじゃないですってば」

「…でしょうねえ。いや、中原CPも捨て難いんですけど、中原CPの場合、都築CCPが何て言うかってのがキモじゃないですか。『へい、喜んで!』って状態なら万々歳ですけど、なんか『絶対ダメ』とか言いそうな気がしません?」

 そう言われて雪哉は、信隆と香平の仲がしっかり広報にまで知れ渡っていることに、またしても脱力するしかない。

 いや、『地獄耳の広報』が知らないはずはないのだが。


「…確かに、絶対ダメって言いそうな気がします」

 すぐに行き来出来る場所に住むようになり、2人の日常を間近に見るようになると、信隆の意外な『束縛体質』が見えて来て、雪哉は少しばかり驚いているのだ。

 華とノンノンは『あれが本性よ』と笑うけれど、信隆はいつも、雪哉の前では完璧な大人の包容力を見せていたから。

 また香平が『そのこと』について何とも感じていない風で、敬一郎曰わく『まったくもってお似合いのカップル』なのだそうだが。


「でしょ〜? 自宅でやる分には『嬉々としてOK』って気がしますけどね。ま、広報としてもさすがに都築CCPを敵に回す度胸はありませんし、雪哉くんの時だって、事前に来栖キャプテンにバレていたら、絶対阻まれた気がするんですよね」

 いや、事前に知れていたら絶対雪哉自身が引き受けていないはず…なのだが、あの時は色々と包囲網が張り巡らされていたのだ。
 運航部長まで荷担していたし。


「で、いったい誰なんですか? そのおニューの候補って」

 ずいっと間合いを縮められて、雪哉は大きくて薄茶色の瞳をスッと細めてニタッと笑った。

「ズバリ、岡田APです」

 ちなみに、羽田だけでも何千人もいるキャビンクルーの中にも『岡田さん』は何人かいて、現在のところアシスタントパーサーだけでも3人いる。
 

「岡田…悠理APですか? 生え抜き男性クルーきってのカワイコちゃんの?」

 ちなみに悠理以外の2人の『岡田AP』は女性で、ひとりは切れ長の美人で、もうひとりはアイドル系のカワイコちゃんだ。

 なのに、広報課長の口から出たのは、やっぱり真っ先に男性クルーの悠理だったりする。


「そう、それですよ。ちょっと身長ありすぎですけど、足長いから綺麗なんじゃないかなあって思うんです」

 そして、一発で悠理にたどり着いた課長に、雪哉がまたこれっぽっちも驚いていないのが――香平の名が出たときには脱力したくせに――大いに問題なところなのだろうが、2人ともそんなことは気にしちゃあいなかった。

 ともかく、点灯式のミニスカトナカイを調達せねばならないのだ。雪哉も課長も。それぞれに目的は全く違うけれど。 

 実のところ広報的には端から女性クルーの起用は念頭にない。
 理由は2つ。

 ひとつは『女性にミニスカをさせるとセクハラだと批判を受ける事態が懸念される』こと。

 もうひとつは『広報のみなさん(特に、このやり手課長と女性社員たち)の個人的趣味の一致』だ。

 ふたつめの理由はもちろん広報部の部外秘事項だが、『これだけ人材が揃ってて、妄想…いやいや、企画しないって手はないでしょう?』…と言う言葉には、上層部を説得するには十分なものがあるのだ。

 なんと言っても『費用を掛けずに宣伝効果抜群』だなんて、経営陣が最も喜ぶことだから。

 そもそも広報部企画課には『コ・パイのゆっきー、商品化大成功』と言う文句のつけようがない『実績』がある。


「ははあ、なるほどねえ。確かに身長高すぎの感が無きにしも非ずですけど、サンタがオーリックキャプテンですからねえ、釣り合いが取れると言えば、取れますよね」

「ですよ。それに若くて可愛いですし」

「いやいや、見た目の若さは雪哉くんの方が遥かに上ですよ。この前、またデッドヘッドの時に高校生と間違われてナンパされまくったって聞きましたよ?」

『誰に聞いたんですか』…とは、聞かなかった。
 聞かなくてもイヤと言うほどわかっているからだ。
 問題は、ここにまでそんな話が伝わっていることだ。

 そう、あの時は、羽田で折り返す予定だった福岡ベースのコ・パイが突然胃腸炎を発症して医務室に担ぎ込まれて乗務できなくなり、スタンバイ中だった雪哉が急遽交代して福岡まで乗務し、次の便にデッドヘッドして羽田へ戻ってきたのだが、その機内で『僕、可愛いわね、ひとり旅?』とか、『羽田でちょっとお茶しない?』などなどの声を老若男女問わず色々と掛けられてしまったのを、キャビンクルーたちにばっちり目撃されてしまったのだ。

 優しそうなおばあちゃんからは、『ひとりで飛行機乗って、エラいね』と、お菓子までもらってしまった。
 もちろん遠慮したのだが、両手にがっちり握らされてしまったというわけで。

 この場合は最早、高校生ではなく、中学生…いや、小学生レベルに間違われていたのではないかと思われて、雪哉はその後、少しでも大人っぽく見えるようにとちょっぴり前髪を上げてみたのだが、同年代の女性クルーたちから『わあ! ゆっきー、10歳若返ったじゃん!』と言われてしまった。

 ちなみに『10歳ってことは、19歳?』と聞き返したら、『うにゃ、13歳』と返ってきて、速攻で髪型は戻した。

 だいたいデッドヘッドした便も福岡ベースの便だったら問題なかったのに、運悪く羽田ベースの折り返し便だったために、キャビンに乗務しているのは仲の良い面子ばかりで、次の日にはキャプテンたちにまで『またナンパされまくったって?』といじられまくったのだ。

 雪哉としては、声を掛けられたくらいで毎回騒がれても困るのだが――出来ることならひとりでひっそり凹んでいたいので――何しろ周囲は雪哉をネタに遊ぶことを『喜び』としているので、わずかなネタでも命取りなのだ。

 しかもさらに運の悪いことに、その便には訓練生の審査のために信隆が乗っていて、最後尾のギャレイ――デッドヘッドの座席の真後ろだ――で審査に当たっていたために、敬一郎にまで一部始終が漏れてしまって大変な目にあったのだ。

 ちなみに交代して乗ったシップの福岡ベースのキャプテンは当然初対面で、初めて違うベースのキャプテンと乗ることになった雪哉は少々緊張しつつも挨拶しようと口を開いた瞬間に『わおっ、コ・パイのゆっきーだ!』と先に言われてしまい、続く言葉を完全に失ってしまう有り様だったのだ。

 周囲は笑いを堪えるのに必死だったのだが。

「や、僕のことは置いといてですね、ともかくせっかくキャビンクルーに持って来いの人材が居るわけですから、ここは是非、岡田APの説得お願いします」

 雪哉の言葉に、やり手課長は『お任せ下さい』と胸を叩いた。


                    ☆ .。.:*・゜


「キャプテン、おはようございます」

「おはよう、雪哉。今日も可愛いね」

 と、遥か上の方にある顔が人懐っこい笑顔になって雪哉の頭をなで回すのはいつものこと。

 雪哉の本日の乗務はニコラと那覇の往復だ。

 ニコラは特に四国から九州の海岸線と、そこから沖縄本島へ至るまでに点在する島々の眺めを愛していて、那覇便は特にお気に入りの航路だ。

 特に今日は天候も良好で、海岸線がくっきり見えることが期待出来てご機嫌だ。


                     ☆★☆


「え? ミニスカトナカイ、雪哉がやってくれるんじゃないの?」

「違いますってば」

 なんで自分に決まってしまってるんだと、雪哉はぷうっと膨れる。

 オートパイロットに入り、予報通りの好天で順調にシップは巡航している中、クリスマスの話題になった。

 そうなれば当然、点灯式のサンタにも話が及び、じゃあミニスカトナカイは…となったわけだ。

 ニコラはリクエストするまでもなく、ミニスカトナカイはてっきり雪哉だと思い込んでいたので、驚いている。

「だって、録画見せてもらったけど、超絶似合ってたからさあ」

「…見たんですか…アレを…」

 アレはすでに、雪哉にとっては抹殺したい黒歴史だ。
 何しろ映像にバッチリ捉えられてしまった所為で、いつの間にか『周知の事実』になってしまったのだから。

「ともかく今回は僕じゃありませんから」

 きっぱり言い渡すと、ニコラは『なんだ〜』…と漏らしてため息をついた。

「せっかく親を安心させようと思ったのにな〜」

「へ? なんですか、それ」

 意外な展開に、雪哉は思わずニコラの横顔を見つめてしまう。

「いや、実はね…」

 ニコラの話によると、1人で極東の異国の地へ行ってしまった末っ子を、パリの両親はそれはそれは心配しているらしく、心配をかけるのはもちろん本意ではないニコラとしては、サンタとトナカイの仲の良いイベント参加シーンの写真や映像を送って、『素敵な仲間たちとこんなに楽しく毎日を過ごしていますよ。しかもこんなに可愛い子とも親しい間柄です』というのをアピールしようと思ったらしい。

 その話に雪哉はなるほどと納得し、そしてニコラを安心させるように言った。

「や、でも僕が新しいミニスカトナカイ候補を広報さんに推薦しておきましたから、きっと今頃説得に当たってると思いますよ」

「え、誰?」

「岡田くんです」

「ああ、ユーリ! 彼のミニスカトナカイも可愛いだろうねえ、足も綺麗だし」

 雪哉から見れば、悠理も見上げるほど背が高いのだが、ニコラにとっては完全に目線の下だから、『お供のトナカイ』として異論はない。

「岡田くんだったらバッチリ、ご両親にも安心して頂けるのが撮れますよ」

「だね〜」

 一瞬、『可愛い子』が『男性』でいいんだろうかと思った雪哉だったが、なまじ女性だと間柄を勘ぐられて、かえって余計な心配をかける羽目になるかもしれないなと納得して、ちょっとばかりニコラを冷やかしてみる。

「そう言えば最近、2人でよくお出かけしてるって聞きましたよ?」

「え、誰に?」

「都築CCPから」

「っちゃ〜。信隆は相変わらず情報早いなあ」

 2人でお出かけ…と言うよりは、悠理が連れ出されている…と言うのが正確らしいのだが。

「僕は東京の複雑な交通網にまだ慣れてなくてね。でも色んなところへ行ってみたいから、その都度ユーリに案内を頼んでるってわけなんだ」

 とは言え、悠理は仙台市の出身で、大学進学で東京暮らしを始めたから、かつて住んでいた大学周辺と、現在の通勤経路以外の路線には未だに疎いのだ。

 むしろ『日本ラブ』なニコラの方が、すでに都内には詳しいと言うのが実情だ。
 つまり、『口実』と言って良いだろう。

「ユーリは可愛いね。クルーとしてもとても優秀だし、みんなにも慕われているし」 

「ですね」

 生え抜きの出世頭は、当然優秀さで抜きん出ているが、見かけ通りの優しい性格で、女性クルーたちからの人気も絶大だ。

 ただ、本人がかなりあっさりと『女性は恋愛対象外です』とカムアウトしているので、女性陣の『争奪戦』からは早々に解放されていて、それについて悠理本人は『おかげで一層働きやすいです』と語っているが。

 そんな悠理の『実態』を雪哉が知ったのは、実は随分経ってからのことだった。

「あのー、噂によると、岡田くんってめっちゃ肉食系だって話なんですけど…」

 その話を初めて聞いたとき、雪哉はかなり驚いた。
 完全に見た目で判断してしまっていて、てっきり草食系の可愛い子ちゃんだと思いこんでいたから。

 そう、身長はさておき、彼は雪哉にとって『可愛い弟分』なのだから。

 けれど、ともかく雪哉の『狙い』はオーリック機長の『幸せ』なのだから、ここは肉食系だろうが草食系だろうが、雪哉のしったこっちゃない。

 だが、ニコラは『ふふ…』と、意味深かつ不敵に笑って見せた。

「あんなの『子犬が一生懸命に背伸びして見せてる』のと一緒だよ」

 大人の…いや、それだけではない、恋愛を語ることに長けた欧州人の余裕をこれでもかと言うほど見せつけるニコラに、ふと『岡田くん、大丈夫かな』…と、チラッと思った雪哉だったが、『いやいや、本人達が幸せならそれで良いことだ』と、ムリヤリひとりで…しかもかなり勝手な話をまとめてしまったのだった。


                    ☆ .。.:*・゜


「え? 僕、ですか? 雪哉さんじゃなくて?」

 廊下の隅っこに呼び出されるのはやはり、出社スタンバイ中のことだ。

「ええ、その初代ミニスカトナカイからの推薦なんですよ。絶対岡田APが可愛くて綺麗だって」

「え〜」

 悠理自身、不本意ながらカワイコちゃん系なのは自覚しているが、残念ながら自覚している『中身』は完全肉食系なので、さすがに『ミニスカトナカイ』は抵抗があるのだ。 

 しかもそれを寄りによって雪哉に推薦されるとは。
 自分がサンタで、ミニスカトナカイが香平や雪哉なら言うことはないのだけれど。

「もしかして、岡田菜々美APとか、岡田咲子APとかと間違えてるとか…」

 一期上と一期下の同姓の名を上げてみたのだけれど…。

「ないです」

 きっぱり言い切られて、悠理は『なんだそりゃ』と、ガックリ肩を落とす。

「でも、僕はミニスカトナカイが可愛いような身長じゃないですよ?」

 ちょっと見下ろす先は、168センチでちょっぴり丸型の、ほのぼの系やり手課長。

 そして、その課長もまた、悠理をちょっと見上げてニコニコと言った。

「いやいや、女性だってスーパーモデルだったら岡田APくらいあるじゃないですか。広報のみんなも、雪哉くんの可愛らしさとはまた違う美しさが期待出来るんじゃないかって、今からもうウキウキですよ」

 人をネタに――しかもミニスカということは歴とした女装なわけで――勝手にウキウキされても困るのだが、会社組織に属する人間としては、『やりたくない』と言う理由で断るわけにもいかず、例えばこれがパイロットなら『本来業務からかけ離れている』とかなんとか言えもしようが、客室乗務員としては『こう言う場面に駆り出される』ことも想定していないわけではないので、『嫌です』とは言い難い。

 そう思うと過去に雪哉がパイロットであるにも関わらず、どうしてミニスカトナカイを引き受けるハメになってしまったのかと言うことにも興味は出てくるが、取りあえず今は、自分に降って沸いた『災難』を何とかこなすのが先かと、悠理は強引に気持ちを切り替えた。

 こうなったらもう、『さすが、ジャスカのクルーは素敵!』と言われるように頑張るしかないだろう。

 ちょっとでもライバル社から乗客を奪うことを目標に。
 

                    ☆ .。.:*・゜


「岡田くん、オーリックキャプテンと点灯式に出るんだって?」

 オペセンの廊下でばったり会った――いや、悠理としては『この時間帯なら会えるんじゃないかな』と踏んでのことだが――香平がにこやかに言った。

「えっ、どうしてそれをっ」

 点灯式と聞いて思わずギクリと身体を強ばらせた悠理だったが、香平は気づく風もなく、さらににこやかに続けた。 

「雪哉に聞いたんだ。オーリックキャプテンはサンタクロースやるんだってね」

「そ、そうなんです、けど…」

 きっと次の言葉は、『で、岡田くんはミニスカトナカイだって?』と言われるものだと思い込んで、さらに身構えてしまった悠理だったが…。

「オーリックキャプテンのサンタって、めっちゃハマるだろうなあ。岡田くんもお疲れさまだね」

 にこ、と笑って悠理を労う香平の表情に裏はなさそうだ。

 そもそも香平は、乗務の時以外はポーカーフェイスが出来ない質で、その上ちょぴり天然さんだから、およそ腹芸なんてものには縁がなく、その人柄には全く裏表がないから、表情通りと受け取って良いのだろうけれど。

「僕も見に行きたかったんだけど、スケジュール通りならその日はロンドンなんだよ…」

 本当に残念そうに言う香平に、悠理は自分の顔の前でブンブンと手を振った。

「滅相もないです! こんなとんでもないこと、お忙しい中原さんに時間とってもらうようなことじゃありませんから!」

 妙に、しかもかなり必死な様子の悠理に、香平は少し首を傾げる。

 クルーとして点灯式に出ることは歴とした『業務』になるわけだから、堂々と『見に来て』と言えることだろうにと。

 だいたい『とんでもないこと』とはいったい…と、不思議そうに、キョトンとした可愛い顔で、ちょっと目を丸くしている香平に、悠理は『もしかして』と思い至った。

 雪哉は悠理のコスチュームには言及しなかったのかもしれないと。

 これは、せめてもの『武士の情け』と言うヤツか?
 その『情け』は確かにありがたいが。


「香平くん、岡田くん、お帰り〜。お疲れさま〜」

「あ、遥花さんはこれから?」

「うん、あと20分でショウアップなんだけど…」

 だが、情けに縋って生きていけるほど、人生は甘くはないのだ。

「岡田くん、点灯式に出るんだってね」

「…あ、まあ…はい…」

 遥花の、雪哉と雰囲気が似ていると言われている笑顔に、今の所これといった不審な点はない…が。

「いやあ、点灯式って言えば、やっぱりアレだよね、岡田くん」

 ニタッと笑った遥花の表情で、悠理は察してしまった。
 この『アレ』は、きっと『アレ』…だ。

 そう、自分のことではなく、『初代』のことだ。

「…あ、ええと、あの…」

 だが、いつものように『そうですよね!』とはノリ難い。
『武士の情け』を掛けてもらったであろう身としては。


「アレってなに?」

 香平が口を挟んだ。

 そう、『アレ』――『初代ミニスカトナカイ』はまだ、香平が移籍してくる前の出来事だったのだ。

 だから当然、香平は知らない。
 だから当然、遥花の解説が入った。

「うん、前に第2ターミナルの点灯式でね、ゆっきーがミニスカトナカイやって、もう可愛いのなんのでバカ受けだったのよ。本人はひた隠しにしてたつもりらしいんだけど、なにせニュースでドアップになっちゃってさあ、『これゆっきーじゃん!』ってもう大騒ぎだったわけ。ね、岡田くん」

「ええと、はい」

 雪哉的『黒歴史』が大公開されてしまった。

「ええ〜! 雪哉が?!」

 それはめっちゃ可愛かっただろうなあ、見たかったなあ〜…と、続ける香平に、遥花はにっこり笑って請け負った。

「おっけー、ニュース映像、DVDに焼いといてあげる〜」

「わあ! ありがとう〜!」

「ふふっ、今年のニュース映像もバッチリ録画しないとね〜、お・か・だ・く・んっ」

 これでもかと言うくらい意味深に、しかもちょっとかまぼこ形になった目つきで遥花に微笑まれて、悠理は引きつった。

「太田AP…」

 まさか…とは、続けられなかったが、恐らくそうなのだろう。
 そう、遥花はきっと、知っている。

『二代目トナカイのデビュー』を。


「あ、遥花さん! それもダビング欲しい〜! 僕見られないんだよ、その日はロンドンで」

「ふふっ、お安いご用よ。香平くん、任せて〜」

「わああっ、そんなの見なくていいです〜!」

「…岡田くん、どうかした…? さっきからなんか変だけど…」

「…や、何でも…」

 隣で遥花が吹き出した。


                   ☆ .。.:*・゜


 点灯式当日がやってきてしまった。

 悠理は当然実家の親にも言っていない。
 ターミナルの点灯式は首都圏のニュースだから、仙台での放送はないはずなので。


「うわー! めっちゃ美人〜! 可愛い〜! 綺麗〜!」

 雪哉に言われたかないのだが、姿見で確かめた己の情けない姿は確かにかなりイケている。

 なにしろ、極秘裏に結成されていた広報部企画課と女性クルーの有志連合が腕によりを掛けて作り上げた『芸術品的ミニスカトナカイ』なのだからにして。

「素材がいいと塗り甲斐もあるってもんですよ」

 大きな瞳をさらにキラキラと見開いて絶賛する雪哉の隣で、有志連合のリーダーである広報の主任が己の出来に満足げに頷いている。

「ほんと、スーパーモデルも真っ青の出来なんで、ニュースで映像が流れたら問い合わせ殺到でしょうね」

 してやったりは、やり手課長だ。

「って、雪哉さんは公休だってのに、どうしてここに?」

 恨みがまし気に見下ろしてくるスーパーモデルモドキに、雪哉はニコニコと上機嫌で答える。

「そりゃもう、推薦した責任上、見届けなくっちゃね」

 これで、無事に自分はイベントから卒業だ…と、雪哉はご満悦だが、職務以外では脇が甘いのが雪哉の可愛いところでもあるわけで。


                    ☆ .。.:*・゜


「メールでサンタクロースやるんだってことは報告してたんだけど、まさかわざわざ見にくるとは思わなかったよ」

 ニコラが肩を竦める。

 点灯式の夜、やり手課長の主催でささやかな打ち上げがあったのだが、その席にニコラの姿はなかった。

 点灯式を無事終えて、取材陣の撮影も終わり、スタッフにかこまれてサンタクロースとトナカイがバックヤードへもどろうとしたその時、ニコラが声を上げたのだ。

『Papa?! Maman!?』…と。


 そして翌日のスタンバイルームで、ことの顛末をニコラが雪哉に説明をしている…というわけだ。

 実はニコラの両親は3日前にこっそり来日していて、2人で東京を満喫していたのだった。

 そして、息子のサンタ姿を見たその日の深夜便でフランスへ帰っていった。

「悠理の肩を抱いているところを見てたらしくてね、『可愛いアジアンビューティーを捕まえたね。日本まで来た甲斐があった。良かった良かった』って、大満足で帰っていったよ」

 告げるニコラも満足そうだ。
 が。

「えと、もしかしてご両親は、岡田くんのこと、女の子だとか…」

 安心してもらえたのは良かったけれど、なにか重大な誤解を生じたままだとしたら後味が悪いなと、雪哉は少しばかり不安になる。

「や、僕もね、もしかして…と思ったんだ。ユーリくらいの身長の女性って、フランスでは日本ほど珍しいわけじゃないからね」

 ニコラの言葉に、やっぱり…と、雪哉が不安に思ったのもつかの間。

「ところがね、『日本人は男の子も華奢で可愛いんだねえ』…って。ついでに『孫はもうたくさんいるから大丈夫、気にするな』ってさ」

 どうも違う方向へ転がったようだ。

「…それって…」

「どうも正しく理解されてるみたいだろ?」

「…はい、確かに」


 ――ええっと、これってもしかして、限りなくハッピーエンドに近づいてる?

 自分が仕掛けた『ニコラの幸せへのお節介』が、存外にあっさりと良い方向へ走り出したのを感じて、雪哉は小さく『ふふっ』と笑った。

 自分も無事に『ミニスカトナカイ』から卒業出来て、万々歳だ。…多分。


「あ、雪哉くん! スタンバイ中に申し訳ないんだけど、ちょっといいですか?」

 ほのぼの系やり手課長が現れた!

「嫌です〜!」

 雪哉の悲痛な叫びに、休憩ラウンジ中が爆笑の渦に包まれた。



                     END


 おまけその1 
『2代目ミニスカトナカイのその後の運命について』


 そのメールが悠理の元に届いたのは、点灯式後の公休明けでフランクフルトへ飛び、現地についてすぐのことだった。

 タイトルは『お疲れさま』。

 差出人は、人妻(?)になってなお、愛してやまない香平。

 文面は、出だしから衝撃的だった。

『ニュース映像見たよ』

 何のニュースですか…なんて、今さらボケる気はないが。

『本当にお疲れさま。何か様子が変だなあと思ってたんだけど、このことだったんだね』

 バレた。完全に。

 ちなみに首都圏でしか流れないと思っていた映像は、何故かばっちり地元でも放映されてしまい、母親から『悠理、本当に客室乗務員やってるの?』とメールが来てしまったくらいで。

 そして香平はやはり核心を突いてきた。

『もうめっちゃ美人でうっとりするほど綺麗で見惚れちゃったよ』

 こういう褒められ方は嬉しくない。まったくもって。
 香平には『かっこいいね』と言われたいのに。

 さらに香平のメールの最後には謎の言葉が…。

『これで僕も来年は安泰だし、助かったよ。ほんと、ありがと』

 なにが、ありがと…なのか?
 どうして香平が安泰なのか?


                    ☆ .。.:*・゜


 謎だらけの言葉を悠理が理解したのは羽田に帰着してすぐのことだった。

「カレンダーの表紙、ですか?」

「そう。ついに男性クルーだけのカレンダー作ろうかって話になりましてね、来年秋の発行に向けて人選が進んでるんですけど、さて表紙は誰にってなったときに、真っ先に候補に挙がって1番人気だったのは中原CPで…」

 雪哉の手先になってまんまと悠理を罠にはめた『ほのぼの系やり手課長』は、ばったり会った…わけではなく、悠理の帰着を『待ってました』とばかりに迎えてくれて――悠理的には蜘蛛が巣を張って待ち受けてるように見えたが――飛び出して来たのがカレンダーの話だった。

 そして、課長の話に悠理はもっともだと素直に頷いた。

「それはそうでしょう。中原さん以外に誰が表紙を飾れるんだって話ですよ」

 現役クルーの中でもっとも美しいと言われている人は、現役の頂点であまりに偉い人なので、いくらなんでもカレンダーなんかには出でこないはずだから――本人も『カレンダーは20代で卒業したよ』なんて言ってる事だし――そうなればもう、香平以外にはいないと確信するのは自分でなくとも、皆が同じ意見だろうと悠理は思う。

 しかし、またしても妙な落とし穴が開いていた。

「ところがね、その中原CPが、『岡田くんが絶対お薦めです!』って言い張るんですよ。『あの点灯式での実績を評価しないでどうするんですか』ってそりゃもう、穏やかな彼にしては珍しく熱弁でねえ」


 ――『熱弁』と書いて『必死の抵抗』と読む。

 そんな言葉が悠理の脳裏に浮かんだ。
 香平が、『自分が表紙になること』を必死で回避しようとする様子が目に浮かぶようだ。

 そう、とんでもなく美人で可愛いのに、彼は『そう言う目立ち方』をすることを、とてもとても好まないのだ。

 そして、これであのメールの、謎の言葉の意味がわかった。

 香平は、2代目ミニスカトナカイを自分の身代わり――人身御供に差し出したのだ。

「まあ、カレンダーはこれ1回きりってわけじゃないですし、確かに岡田くんのあの頑張りと美貌は正当に評価しないとってことで、広報部長も『今回は岡田APでいくか』って乗り気になってるって次第で」

 これでもかというくらいに人当たり良く微笑んで、やり手課長は『そんなわけで、来年は乗務の合間に打ち合わせとか撮影とかが入って来ると思うので、よろしくお願いしますね』…と、宣うた。

 けれど、悠理にはどうしても確認しておかなくてはいけないことがある。

「あの…」

「はい?」

「念のために確認なんですけど」

「なんでしょう?」

「今回はちゃんと、制服…ですよね?」

 少しばかり疑わしげな視線を向けてくる悠理を、やり手課長は明るい笑い声で迎え撃つ。

「あはは、もちろんですよ。なんてったって、社の『公式』カレンダーですからね。こんなに素敵なクルーたちが空の上でお待ちしてます…ってところを存分にアピールして下さい」

 その言葉に、悠理はそれなら仕方ないなと切り替えた。

 そう、これは『業務の一環』だ。

 乗客の安全を守り、その上で、またジャスカに乗りたいと思ってもらえるように、心のこもったおもてなしするのがキャビンクルーの役目で、そのためにはまず、こちらに目を向けてもらう努力をしなくてはいけない。

 広報や営業だけが頑張れば良いわけではないのだ。
 
 それに、ちゃんと制服姿なら、『正しく客室乗務員をやっている』ことを実家の両親にも再認識してもらえるだろう。


「わかりました。がんばります」

「頼もしいねえ。これからも期待してますよ

 やり手課長は嬉しそうにそう言って、足取りも軽く去っていったが、『期待してますよ』…に、やたらと気合いが入っていたように感じられたのは気のせいか。

 しかも、その前の『これからも』…とは。


 その時すでに、公式カレンダーとは別の、『イベント用非公式カレンダー』――つまり『マニアなお客様向けの美味しい餌』的おまけ――の、プロジェクトが走り出していることに、悠理はもちろん、雪哉も香平も当然気づいてはいなかった。


 さて、ここで問題です。
 『I have!』の中で一番怖い人は誰でしょうか。




 おまけその2
『後輩クルーを人身御供に差し出した、チーフパーサーのその後について』


「の、信隆さん、こ、これは…っ」

 10日振りに公休日が重なったクリスマス直前のある日、信隆が職場から持ち帰ったのは、少しばかり大きめの衣装箱だった。

 開けてごらんと言われて、素直に開けてみたそこには…。

 焦げ茶色のモコモコした布が…。

 何故か、鈴もある。
 さらにどうしたわけか、フェルト仕立ての可愛い角が…。


「この前点灯式で悠理が着たコスチュームだよ」

 にこやかに言われても、それがどうしてここ――信隆と香平の愛の巣――にあるのか。

 香平は、こみ上げてくる嫌な予感に『いや、まさかそんなはずは…』…と、必死で動悸を治めようと深呼吸をしてみたが、そんな努力も、愛する人のたった一言で見事に砕け散った。


「香平も似合うと思うんだ」

「そ、そんなことは、全然、ない…と」

 自分がこれを着るだなんて、考えただけでもオソロシイ。

「見てるの俺だけだから、ね」

 そんな一撃必殺の微笑みを、こんな無駄なことに使わないで下さいと、頭の中では言っているのだが、それが口に出せる香平ではなく、虚しく退路を探すものの、背中からガッチリと抱きしめられてしまっていては、もうどうしようもない。

「イブもクリスマスも一緒に過ごせないから、ね」

 クリスマスどころか、年末年始も見事なすれ違いなのだが、勿論そんなことは彼らにとっては『当たり前』のことで、いまさら…だけれど、そう言うことをネタに香平が籠絡されるのは、もはや日常茶飯事だ。

「忙しくなる前に、香平をたくさん補給させて欲しいな」

 年末年始の信隆は、審査乗務は減るものの、その分通常乗務が増えるから、フライト時間は長くなる。

 それこそ信隆の望むところ…ではあるのだが。

「…う」

 頬にチュッと甘いキスを贈られて、結局香平は、『信隆限定ミニスカトナカイ』となって、その日のほとんどを『お膝抱っこ』で過ごすハメになったのであった。



さらにおまけ。
『初代ミニスカトナカイの幸せなクリスマス』


「これなんかどうかしら?」

「これは78だろう?」

「あら本当。77でないといけませんわね」

「だがなあ、もう少し精巧な方が良いんじゃないか? 一昨年のレゴは目の前で10分で組み上げたし、去年のプラモデルも公休日1日で仕上げたと敬一郎が言っていたからな」

「それもそうですわね」

「雪哉は頭が良いからな……おい、あれはなんだ?」

「……真っ黒の噴水…ですか? あら、チョコレート…って書いてありますけど…」

「チョコレート? それだ!」


                   ☆ .。.:*・゜


 雪哉の元には実家――来栖家からサンタクロースがやってくる。

 一昨年は『Boeing−777』のレゴだった。
 嬉しいには違いないが、製品の対象年齢は7歳だった。

 実年齢をちゃんと把握してもらっているのだろうかと若干不安ではあったが、それよりも『来栖家のたった一人の大切な孫』と公の場でも言ってもらえて、大切にしてもらえていることが嬉しくて、その他のことはかなりどうでも良い感じだ。

 だからレゴも大切に飾っている。

 そして去年はプラモデルの『Boeing−777』だった。
 これは大人向けでしっかりした作りのもので、やりがいもあったが、集中し過ぎて1日で作り上げてしまった。

 その日、敬一郎は国内線乗務だったのだが、早朝に出勤して夕方に帰宅してみれば、朝はまだ箱のままだった77がすでに綺麗な完成型となっていて、『このパーツの量を1日で組み上げたのか』と驚かれてしまった。

『雪哉は整備でも能力が発揮できるかもな』…と言われて嬉しかったけれど。

 入社一年目の地上職も、整備に行きたかったがグランドスタッフに配属されて、整備に配属された昌晴が羨ましかったが、そもそも雪哉は文系の出身で、昌晴は工学部出身だから、そこは致し方なかったのだろう。

 ともかく、来栖家に入ってからは、家族の為にプレゼントを選んだり、集まって食事をしたりすることが嬉しくて、雪哉は幸せだった。


 そして今年は…。

 クリスマスの朝に羽田に帰着した雪哉は、午後に帰着する敬一郎を待って、今夜は来栖の本家で夕食だ。

 すでに両親――表向きは祖父母だが――へのプレゼントも、敬一郎へのプレゼントも用意してあり、雪哉は『今夜』を楽しみにしていた。

 そしてその夜、来栖本家では、夕食の最後に雪哉へのプレゼントが用意されていた。


                   ☆ .。.:*・゜


「それ、ゆっきー、さぞかし喜んだだろうなあ」

 雪哉が両親からのクリスマスプレゼントをどれほど喜んだのかという話は、敬一郎から信隆経由、もしくは雪哉本人が興奮気味に香平に語ったことから、年越し前にはかなりのクルーの知るところになっていた。

「それが、喜びすぎて、危うく顔から突っ込みそうになったのを、慌ててキャプテンが止めたって話ですよ」

「やだ、ゆっきーったら可愛い過ぎ〜!」

「や、この際突っ込んでベタベタになったゆっきーをキャプテンがお風呂で洗って上げて欲しい!」

「やだ〜! その妄想美味しすぎ〜!」

 な〜んて、妄想が妄想を呼び、あろうことか――と言うよりは、いつものことだが――いつの間にか、『〜しそうになった』が『〜らしいよ』になり、ついには『顔を突っ込んだ』という事になってしまっていた。 

 確かに顔から突っ込みたい衝動には駆られたが、そこはいくらなんでも大人の理性で乗り越えたのに。

 そう、今年両親から雪哉にプレゼントされたのは、チョコレート・ファウンテンだった。

 ヒーターで温められたチョコレートが、タワーのような器のてっぺんから湧き水のように溢れ出て流れ落ちるもので、普通は串に刺した果物やマシュマロ、スポンジケーキなどをつけて食べるものだ。


                    ☆★☆


「え? 顔突っ込んだっての、ガセ?」

 遥花に聞かれて雪哉が憮然と言い返す。

「ガセもいいとこだよ。突っ込んだのは指! 子供じゃあるまいし。もう〜、みんな言いたい放題なんだから〜」

「…突っ込んでんじゃん…」

 そう、普通は指も突っ込まない。大人は。

「でも良かったね。嬉しすぎて毎晩抱いて寝てんじゃないの?」

「まさか。抱いて寝たらベトベトじゃん」

 ツッコミどころはそこかいな…と、遥花は呆れるのだが、雪哉はため息をついている。

「でも、毎晩使っちゃダメって言われてさあ。一応公休日だけってことになってるんだ…」

 しんみりする雪哉に遥花は肩をすくめる。

「そりゃゆっきーが食べ過ぎるから、パパが心配してるんだろ」

 まさに核心をついた指摘に、雪哉が押し黙る。

「で、何につけて食べてんの?」

「何にも」

「えっ、何にもつけないの? チョコだけ?!」

「うん、だって、バナナとかマシュマロつけたらすぐにお腹いっぱいになっちゃうじゃん。そしたらチョコたくさん食べられないし。だからスプーンでチョコだけすくって食べてる」

「ウッソー!」 

 それはチョコレート・ファウンテンのあるべき姿ではないのでは…と思ったとき。

「あ、板チョコにつけると美味しさ倍増!」

「…え〜、それマニア過ぎ…。ってか、チョコだけって、胸焼けしそう…」

 甘いもの好きの女子ですらお手上げ状態になっている隣で、雪哉は『次の公休、3日も後だなぁ…』と、遠い目をしているのであった。


                 
 Merry Christmas!


2015クリスマス企画、お召し上がりありがとうございました。

今回は『トナカイの逆襲』でしたが、
『トナカイの復讐』、『トナカイの覚醒』と続く3部作になる予定…は、もちろんありません(笑)


レゴとプラモの777ネタをしふみさまにいただきました。
スペシャルサンクスです!


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