2016 バレンタイン企画
チョコレート・エレジー
連日全便満員御礼の年末年始を乗り切り、ローシーズンに入る1月半ばともなると、高女子率の職場ではバレンタインの話題に花が咲く。 それぞれにお目当てのクルー――コックピット、キャビン問わず――への贈り物準備に余念がなく、情報交換あるいは本命が被る相手への牽制など、いつもに増してかしましい。 そんな中、キャビンクルーの頂点に立つ人物については、決まったお相手が出来てしまったものだから、義理チョコ率が上がるだろうと予測されているが、そのお相手については、まだまだ『諦めないわよっ』…とばかりに本命と思しき贈り物の数は減りそうにないとも言われているが、残念なことに彼は若干天然が入っているのか、本命と義理の区別が全くついていない。 そして、社内一の親バカシングルファーザーはと言うと、親バカだろうがシングルファーザーだろうが、『落ち着いた大人の男前』と言うのはどんな時代にも『最強』と言うわけで、安定の人気を誇っているが、本人にその自覚は全くない。 問題はその愛息――パパが親バカならこちらは『ぶっちぎりファザコン』と言われている――だ。 姓が変わってそれなりの日が過ぎたこともあり、入籍当時のいきさつを知らない若いクルーたちが増えてきて、しかも当の本人がそれなりに『男としての適齢期』を迎えていることから、乗務1、2年目の女性クルーたちから熱い視線を浴びてしまっているのだ。 相変わらずパイロットスーツの似合わない可愛い子ちゃんなのだが。 さて、その問題の彼だが、バレンタインを数日後に控え、設置された今年の『ゆっきー特設箱』は『コ・パイのゆっきーグラノーラ・バー〜パパ・キャプテンのレシピで作りました:冬バージョン白雪仕立て』の段ボール箱だ。 『冬バージョン白雪仕立て』は、雪に見立てた『アイシング』がグラノーラ・バーかかっていて、そのアイシングの風味付けには柚子が使われているので、甘さの中にも爽やかさが感じられて好調な売れ行きを見せている。 ちなみに本物のパパ・キャプテンの冬レシピのメインはなんと『白味噌風味』だ。 母方の祖母が住む京都へ連れて行った時に、雪哉が京都の食材をとても好み、中でも白味噌が大のお気に入りになったことから『開発』された渾身の逸品だ。 もちろんそれを聞きつけた『広報部企画課』が黙っているわけがなく、関西限定品を目論んで『白味噌バージョン』の開発に着手したが、残念ながら発売には至らなかった。 どうしても、及第点の出せるものが出来なかったのだ。 どこが違うのだろうと雪哉に尋ねてみれば、『だってうちのは白味噌がおばあちゃんの手作りですから』と返ってきて、やり手課長は白旗を上げつつも、次回のリベンジを固く誓っているところだ。 さて、そんなある日のある時、正式にクルーとなってまだ1年に満たない新人クルーが、国際線アシスタントパーサーの太田遥花のもとを『ご相談に乗っていただきたいことが…』と、訪れた。 乗務のことなら国内線にも頼りになる先輩たちがいっぱいいるのに…と、遥花は不思議に思ったのだが、理由を聞いて『なるほどね』と納得してしまった。 「雪哉さんのことなら、太田APに聞けって言われまして…」 「あー、まあ、ゆっきーのことならだいたい知ってるけど…」 ちなみに遥花は雪哉のお気に入りの下着ブランドとデザインまで知っているし、雪哉は遥花のスリーサイズまで知っているという、クルーたちから『なんでやねん』とツッコミが入るような関係で、最近では二卵性双生児とまで言われているくらいだ。 「で、何聞きたい?」 「あの、雪哉さん、チョコレート大好きって聞いたんですが」 「うん。三食チョコでも生きていけるね、あれは」 「で、その、バレンタインデーに…」 「ああ、チョコあげたいわけだ」 恥ずかしそうにコクンと頷いた新人ちゃんに、『初々しいなあ』と思いつつも、遥花は事実をちゃんと告げることにした。 「えと、入社して初めてのバレンタイン…だよね?」 「はい。昨年の4月入社です」 「あー、じゃあ知らなくても仕方ないけど、うちじゃバレンタインには『ゆっきー特設箱』ってのが登場するんだよ」 「え…」 「ま、それくらいものすごい量が集まる訳よ」 「あの、でも、頑張りたいんです」 「お。良いねえ、その心意気。やっぱり『女は度胸』だよねっ」 世間的には『男は度胸、女は愛嬌』が一般的だが、遥花的には『愛嬌のあるオトコ』が周りにゴロゴロしているので、これでいいのだ。 「で? どんな感じで勝負しようと思ってるわけ?」 「あの、手作りなんですけど、普通の手作りじゃなくて、カカオ豆を選ぶところから始めるっていう、こだわりのチョコ作りがあるんです」 「ああ、もしかして『Beans to Bar』ってやつ?」 カカオ豆の焙煎から全て手作りする板チョコのことだ。 「あ、ご存知ですか?」 「うん、ゆっきーに聞いたよ」 「…え」 「ってか、残念ながらちょっと遅かったかな。パパがもう手作りしてるから」 「パパって、来栖キャプテン…です、よね?」 「だよ。キャプテンもね、カカオ豆選んで煎るとこから手作りだから」 「………」 「しかも豆は有機栽培でさ、煎る温度とか時間とか、挽く細かさとかも、豆の種類によって違うんだって」 「………」 「ゆっきーも『利き酒』ならぬ『利きチョコ』やって楽しんでるからねえ。も、産地と豆の特徴語らせたら、いつまでも喋ってるし」 「………」 「それに、パパだけじゃなくて、みんなも世界中のステイ先から色んな希少品を探してくるから」 「………」 「中原CPなんて、1週間に1個しか出来ないって言うパリのショコラティエの逸品買ってくるし」 「………」 「ま、そんなわけだから、かえってハートピーナツチョコの大袋とかチロルチョコの期間限定品とか地域限定品の方が目立つかもよ?」 「………」 「あ、ちなみに私は去年、きのこの山とたけのこの里の大袋だったな」 「え、そうなんですか?」 「うん、もらう方だったけど」 「…は?」 「んでさ、ホワイトデーにはお返しに蜂蜜入りの保湿パック上げたわけ。倍返しどころか3倍以上かかったなあ」 「………」 「ゆっきーってば、ちょっと目を離した隙に保湿クリーム塗らずにコックピットに逃げ込んじゃうんだよ。ヨーロッパ路線でそれやると一発でお肌カサカサなのにさあ。 ったく、アイドルの自覚無くて困ったもんだよ」 「………………」 沈黙してしまった新人ちゃんの肩を優しく叩いて、『取りあえず、めげるなよ』とアドバイスする遥花であった。 |
Happy Valentine! |
2016バレンタイン企画、お召し上がりありがとうございました。
ホワイトデーは多分、ないです(笑)
*Novels TOP*
*HOME*
去年のホワイトデー
ステイ先のホテルにて
「え〜、なにこれ、息苦しいじゃん」
「なにやってんの、ほら、貸してみ。鼻のところちゃんと穴空いてるだろ?」
「え〜、なんかぬるぬるしたのが垂れてくる〜」
「それを手にとって、首回りとかにも塗りたくるんだよ。ほら」
「ぎゃ〜、冷たい〜」
「そのうち気持ちよくなるからさ」
「なんかはみ出てない? 髪の毛まで濡れてんだけど」
「あ〜。はみ出てる。ほんとゆっきーってば顔ちっちゃいね。マスクが余ってるし」
「…ねえ、はーちゃん」
「ん? なに?」
「今度からちゃんと、キャビンブリーフィングの時に保湿クリーム塗ります…」
「よしっ。良い子だ。でもこのマスクは15分我慢してもらうよ」
「え〜」
おしまいv