番外編

コ・パイのゆっきー




【祝!コ・パイのゆっきー、商品化!】


 まさかと思っていたのに、恐れていた事態が本当になった。

 なんと『コ・パイのゆっきー』が商品化されてしまったんだ。

 表向きには『モデルはいない』と言うことになってるんだけど、社内的にはもう公然ってことで、会う人会う人に『おめでとー!』…なんて的外れな言葉を掛けられて、僕はぐったり疲れてる。


 ベテランキャプテンがフライトプラン(飛行計画書)に署名する時に取り出したボールペンが『ゆっきーボールペン』だったりした時にはもう、『キャプテンにお似合いの高級ボールペンをプレゼントしますから、それ返して下さい』…とか言いたくなるくらい。

 ちなみに商品は、ボールペンやクリアファイルとかの『文房具』、タオルなどの『日用品』、空港限定の『お菓子類』と、やたらと多岐に渡ってて、デザインは、コ・パイの制服を着た可愛い男の子が制帽のつばに手を添えているのと、制帽を小脇に抱えて手を振ってるっていう2種類。

 手を振ってる方は、上着のない夏シャツ仕様になってる。

 商品には、プリントされてたり、小さな人形がぶら下がってたり、色々。

 そのうち、チョ☆Qみたいな飛行機にゆっきーが乗っかってるバージョンも出るらしい…。

 お菓子もキャンディとかクッキーとかいっぱい種類があるんだけど、メインは『コ・パイのゆっきーパイ』っていう、どう突っ込んでいいのかわかんないようなパイ。

 中身は大きな『大パイ』と小さな『小パイ』の2種類。
 今さらだけど、『小パイ』はコ・パイと読むらしい……。

 ほんとにツッコミどころが……以下略、って感じ。


 で、各種商品のタグやデザイン面には、こんな言葉が書かれている。  


『ぼくはなりたてほやほやの新米コ・パイのゆっきー。今日も元気に世界の空を飛んでいます! 夢はパパみたいなキャプテンになること! (*コ・パイ/コー・パイロット=副操縦士)』


 これを読んだ都築さんが馬鹿受けしちゃって、涙流して笑ってた…って教えてくれたのは、なんと運航部長。 

 その様子はこれでもかってくらい容易に想像出来て、どの部分にバカ受けしたのかも手に取るようにわかって、ほんと、どうしてくれよう…って感じ。

 ってか、なりたてほやほやの新米はまだ世界の空は飛べないんだけど…。
 って、どこに突っ込んでんだよ、自分。



「いやもう凄い人気でね、キャビンクルーが機内でこぞって使ってるってこともあって、発売直後から問い合わせが凄いんですよ」

 広報さんは、これでもかってくらいに満足顔。

「上もすっかり気を良くしてまして、来年はマイレージ会員用にカレンダー作ろうかって話になってます」

 …あっそ。

「で、雪哉くんにはモデルになってもらったのに申し訳ないんですが、残念ながら社員と言うことで、Copyrightは社に帰属します」

 や、進んでモデルになった覚えはありませんが。

「でね、モデル料の代わりといってはなんですが、これ、どうぞ」

 って、にこやかに渡されたのは、立派な化粧箱。

「…なんですか? これ…」

「大手玩具メーカーの協力を得て、広報部と企画部が総力上げて作りました渾身の逸品、『限定!コ・パイのゆっきー制服人形』です! キャビンクルーの着せ替え付きなんですよ。ちなみに初回限定特典で、機内サービス時のエプロンもついてます」

 嘘…マジで作っちゃったんだ…。

「あの…」
「はい?」
「キャビンクルーの制服って、もちろん男性用ですよね?」

 都築さんたちキャビンクルーが着ている制服はお洒落で格好いい。

 まあ、男性クルーはみんな、モデル並みの長身イケメンだから、何着ても似合うんだろうけど。

「え? なんで男性用なんです?」
「…もしかして、違うんですか?」
「そんな、男性用なんかつけたって、誰も喜びませんよ」

 …ええっと…。

「あの…」
「はい?」

「コ・パイのゆっきーって、もしかして女の子設定ですか?」

「はい〜? 何ボケたこと言ってんですか。ゆっきーのモデルは雪哉くんですよ? 男の子に決まってるじゃないですか」

「…ですよね」
「ですよ」


 じゃ、なんでキャビンクルーの制服が女性用?

 って、もう一回突っ込もうかと思ったんだけど、なんだかもの凄く不毛な気がしてきて、僕がちょっと考え込んだ隙に、広報さんは嬉しそうに解説を始めた。


「あのね、これ超レアもので、シリアルナンバー『001』なんですよ。ちなみに『002』と『003』は会社で永久保存です。『004』は欠番で『005』〜『100』は、マイレージ会員限定で抽選になります。それと、社内でも欲しいって声が多いので、ナンバー『101』からは社内販売になります。で、2回目以降の一般販売はシリアルナンバーが入りませんし、キャビンクルーの着せ替えも別売りになって…」


 広報さんの声がだんだん遠くなってきた………。

 …これ、オークションにだしてやろうかな。
 …でもシリアルナンバーでバレるか…。ちっ。


 

 それから数日後…。

 僕が上空で着陸許可取ってる頃に、オンタイムなら敬一郎さんの機は離陸…ってタイミングのすれ違いになり、僕は2日間の公休になるので家に帰ったんだけど…。

 リビングのコンソールテーブルの上に、なんだか見慣れないものが…。


 こ、これはっ…!

 なんと、あのゆっきー人形がキャビンクルーの着せ替えにエプロンまで着けて立っていた。

 なんで? あの『1号』は僕がクローゼットの奥深くに隠したはずなのに…。

 あわてて人形を取り上げて、シリアルナンバーが入っているはずの足の裏を見てみれば…。

 そこには『101』のナンバー。

 確かこれは、社内販売用の1番…。
 まさか…。


 そして後日。
 あろうことか、来栖本家の、よりによって応接間に、『102』が飾られているという事態に、僕は言葉を無くしたのであった…。





【コ・パイのゆっきー、ブログが始まったよ!】


 ある日また、広報さんがスタンバイルームにやってきた。

 またろくでもないことの始まりだと直感した僕は、顔を見るなり『お断りします』って言って、笑われちゃったんだけど。


 話は確かに大したことではなかった。

 社の一般向けのHPに、『コ・パイのゆっきーブログ』って言うコンテンツを始めたいって話だった。

 子供向けのブログで、エアラインに関する色々な話を、副操縦士のゆっきーがわかりやすく楽しく解説すると言う内容で、書くのはもちろん僕ではなくて広報の担当の人。

『コ・パイのゆっきー』はもう、エアラインの人気キャラに成り下がって…じゃなくて、成り果てて…じゃなくて、なっちゃってるんだけど、一応僕の了解を…ってことになったらしい。

 そもそも『コ・パイのゆっきー』はいつの間にかキャビンクルーさんたちが言い始めたことで、僕は関知していないし、Copyrightは会社のなんだから、お構いなく…ってことで、ブログが始まった。



 子供向けって聞いてたから、大した内容じゃないんだろうって思ってたんだけど、いざ始まってみたら面白かった。

 僕も知らないような、空港の舞台裏で活躍する特殊機械のこととか、空港で働く車たちとか、帰ってきた飛行機が次の日にまた飛び立つための整備の話とか、大人も楽しめるかなり充実した読み物に仕上がってて、週に一度の更新を楽しみにしてるクルーやスタッフは多いって聞いてる。

 あ、当然みんな、書いてるのが僕じゃないのは知ってるんだけど、ネタにはされてる。
 

 そんなこんなで、ブログは大人気ってことで、僕も更新を楽しみにするひとりになったわけだけど、とある日のブログを読み始めて僕は『あれ?』と思った。

 それは、『今日は僕の1日をご紹介します!』ってタイトルで、ゆっきーがパイロットの一日を紹介するというものだった。


『飛行機が出発する1時間半前に、僕はパイロットの制服に着替えて打ち合わせを始めます。打ち合わせはたくさんあって、お天気のこと、お客様のこと、荷物のこと、燃料のこと…その他にもたくさんあって大忙し!』


 確かにそうだな。大忙しだ。

 で、その後『ゆっきー』は飛行機に乗り込んで、出発の準備をして、いよいよ飛び立つんだけど…。


『今日は、朝早く羽田を飛び立って、羽田→福岡空港→関西空港→新千歳空港→羽田…と、一日中飛んでました!』


 確かにこう言うフライトは普通にあるんだけど、この状況なら普通は羽田へ戻らずに新千歳泊になるし、僕たちのチームはベースからの往復が基本スタイルだから、僕は普段こういう飛び方はあまりしない。
 もちろん、ないわけじゃないけど。

 いや、別に僕の一日じゃないんだから、それはそれで構わないんだけど、実は……3日前、急なスケジュールチェンジがあって、僕はこのハードなコースを飛んでるんだ。

 …ってことは、これ、僕のスケジュール…?

 いやいや、まさか…と、思った僕は、次の文章に凍りついた。


『お昼ご飯は途中の空港のターミナルビルでお子様ランチを食べました!』


 具体的な空港名とお店の名前――実はジャスカの子会社――も載ってて、『このお店のお子様ランチ、すごく美味しいよ!』…って…。

 珍しい飛び方になったおかげで、いつもならとんぼ返りの空港なのに、少し時間が出来たから、そこでお昼ご飯にしたんだけど…。


 ……なんで僕がお子様ランチ食べたこと、知ってる…?

 ちなみにここのお子様ランチ、年齢制限がないんだ。
 って、そんなことはどうでもいい。

 とにかく落ち着け、雪哉。

 これは『コ・パイのゆっきー』ってキャラのブログであって僕のブログじゃないから慌てるな。
 きっと偶然に違いない。子会社のさりげない宣伝だ。きっと。

 でも…。


『関西空港から新千歳の路線には、今だけしか飲めない期間限定のジュースがあるんだ。ハスカップっていう北海道の植物なんだけど、美味しくっておかわりしちゃった!』


 …確かにあったな。ハスカップジュース。美味しかったな。2杯飲んじゃったな。
 だって、羽田線にはないからさ…。

 いや、これも関空−新千歳路線の宣伝だ。
 限定商品に弱いからな。日本人は。

 でもでも…。


『新千歳では、空港ターミナルで新発売になったチョコレートをもらいました! 僕、チョコ大好き! あんまり美味しくて、キャプテンの分までもらっちゃった!』


 …チョコ、大好きだよ。チョコが主食でも良いくらい好きだよ。
 新発売のチョコ、めっちゃ美味しかったし、確かにキャプテンの分までもらっちゃったけど…。

 でも、それはキャプテンが甘いもの苦手で、僕にくれるって言うから、『綾ちゃんに持って帰ってあげたらどうですか?』って聞いたんだけど、『綾は虫歯が怖いって言うし、華ちゃんもダイエット中で食わないんだ』って。

 ちなみにこれも子会社の商品だけど。

 そして…。


『一日中飛び回って忙しかったけど、僕は空が大好きだから、パイロットになってよかったって思ったよ!』


 うん、確かに一日中飛んでて、この距離で4レグ・8回の離着陸はかなり大変。
 
 そのうち半分の離着陸を担当したけど、最後の着陸はコ・パイが降りる事ができる横風制限のぎりぎりだった。

 キャプテンは『雪哉ならチョロいだろ』なんて言うんだけど、横風は怖いんだから。

 でも、良い出来だったって褒めてもらえて嬉しかったし、僕は空が大好きで、パイロットになって本当によかったって思ってるから…。


 ってことで、このブログは『偶然よく似た行動になっただけだ』…と、僕は結論づけたんだけど…。

 とどめがあった。


『僕のパパはキャプテンで、僕が羽田に戻ってきたすぐ後に、那覇空港から戻ってきた。2人で今日のフライトの話をしながらお家に帰ったんだ。明日も頑張って飛ぶよ! みんな、また空で会おうね!』


 …僕の30分ほど後に、敬一郎さんが那覇から帰って来ることはわかってたから、一緒に帰ろうって約束してたんだ…。

 認めたくないけれど、ここまで一致しているということは、これは多分…いや、間違いなく3日前の『来栖雪哉の一日』だ。

 フライトスケジュールは調べればすぐわかることだけれど、途中の行動と、帰りに敬一郎さんと待ち合わせてたっていうことまで知っている人は……その日、羽田から一日中一緒だった、牛島機長だけ…のはず。

 まさか、キャプテンが……広報の、スパイ?



 次の日、僕はディスパッチルーム前の廊下で牛島機長を捕まえた。

「おはようございます」
「おはよう。今日も可愛いな、雪哉は」

 って、毎度お馴染みの『頭ぐりぐり』がお見舞いされるんだけど、せっかく寝グセ直してもすぐこれだから…。
 や、そんなこと言ってる場合じゃなくて。

「キャプテン、ゆっきーのブログについて、何か申し開きはありませんか?」

 僕が詰め寄ると、牛島機長は『おっ?』って顔をした。

「なんでバレたんだ?」

 やっぱり。

「バレない方がおかしいですよ。だって、お子様ランチのこと知ってるの、キャプテンだけですもん」

 そんなのバレるに決まってるじゃん…って思ったら。

「いや、お前のパパも知ってるぞ」
「は?」

 どして?

「あんまり雪哉が嬉しそうにお子様ランチ食べてるから、来栖に写メ送ったんだ」

 …なんですと。

「きゃ〜ぷ〜て〜ん〜」
「思いっきり感謝されたぞ。可愛いショットだったからな」

 あははと脳天気に笑ってから、牛島機長は『ま、確かにあれは俺の『お仕事』だったがな』と白状した。

「お仕事…ですか?」

 どういうこと?

「雪哉の1日を詳細レポしてほしいって広報から依頼受けたんだ。パイロットの1日なんてそんなに面白くないぞ…って念押ししたんだけど、『ありのままを報告してもらえたらそれでいいから』ってことで引き受けたんだ。けどさ、お前、マジでいろいろやらかすからネタ満載でさ〜。広報から『これ、ねつ造じゃないですよね』って、疑われたぞ」

 ネタ満載って…。

「あの日は偶然色んな事があっただけですよ。フライト自体、うちのチームにしちゃ変則的だったじゃないですか」

「確かにそうだったが、広報が指定してきたのはその日だからな。まあ、そこは広報の運が良かった……のか?」

 のか?…ってそれを聞きたいのはこっち…って…え?

「キャプテン、もしかして」
「ああ、俺も今思いついた。あのスケチェン、なんか変だったよな?」

 他のエアラインは知らないけれど、うちでは、スケジュールチェンジもスタンバイ起用も、必ず理由が示される。

『機材の変更で』とか『コ・パイが胃腸炎になっちゃって』とか『電車が止まってキャプテンが間に合わない』とか。

 ところが、この前のあの変則的な飛び方については、これといった理由が示されなかったんだ。

「確かにおかしかったですよね。『諸事情でごにょごにょ』なんて言ってませんでしたっけ?」

「ああ、そんな感じだったな。しかも、珍しく『規定の拘束時間オーバー』で手当ついたろ?」

「ですよね」

 そう、ショウアップから帰着までの『拘束時間』には制限があって、基本的にはそれをオーバーするスケジュールは組めない。

 もちろん、悪天候とか空港閉鎖とかの不可抗力で大幅に時間オーバーをすることもあるけれど、それはしかたのないことで、もちろん手当はつく。

 僕とキャプテンは暫し考えた。

「もしかして、俺たちセットで広報の手玉に取られたってことか?」

「それ、無きにしも非ずですよ。うちの広報ならやりかねません」

「…やり手揃いだからな…」

「……スケチェンまで仕組んだとしたら、かなり巧妙ですよね」

「ああ、このエアライン、自由すぎるよな」

「同感です」

「ま、俺は面白かったし満足だけどな」

「キャプテン〜、こんな事で楽しまないで下さいよ〜」


 って、結局僕は、撫で撫でされておしまいってこと?



 そして、その日のフライトで。

「ゆっきー! お子様ランチ美味しかったんだって?」


 …お願いだから、お客様がいるゲート前で、制服姿の僕にそういうこと言わないで……。


END


I have! 目次へ

Novels TOP
HOME