キュートなトナカイ





 敬一郎さんの籍に入って、一緒に暮らし始めてから5ヶ月ちょっと。

 新しい生活にも漸く慣れてきて、僕は甘やかされてばかりの毎日を送っている。

 それは敬一郎さんばかりではなくて、敬一郎さんのご両親もだし、会社の人たちにも。

 みんな口にはしないんだけど、親が無くて苦労したに違いないと思ってくれてるみたいで、ちょっと過保護も突き抜けた感じ。

 気持ちはありがたくて嬉しいんだけど、それで結構気恥ずかしい思いもたくさんしたりもして、それも少し落ち着いてきた今日この頃かなと思ってる。

 そして、これは多分きっと敬一郎さんも同じ思いだと思うんだけど、一緒に暮らし始めるとお互いに今まで知らなかったことをたくさん知るようになった。

 敬一郎さんは私生活でも基本的に『落ち着いた大人』で、僕はいつも包まれるように大切にされてる。

 少しだけ意外だったのは、家事全般のスキルがかなり高いこと。

 やるからには徹底的に…って言うタイプかなとは思ってたけど、僕からみればほぼ完璧。
 本人は『どれも適当だよ』なんて言うけど。

 僕も、物心ついた頃から自分のことは自分でやるしかなかったから、だいたいのことは出来るけど、敬一郎さんほどきちんとは出来てない。

 聞けば、航大に入った22歳からコ・パイ2年目の27歳まで寮生活で、それからはずっとひとり暮らしだから、やらざるを得なかった…って話なんだけど、『半年の結婚生活もひとり暮らしみたいなものだったからね』…と教えてくれたのは、都築さん。

『何にも出来ない綺麗なお嬢様だったけど、旦那の邪魔をすることだけには長けてたね』…と、かなり辛辣な評価だった。

 敬一郎さんは何にも言わないけど。
 まあ、僕も聞かないし。

 それと、ものすごく意外だったのは、敬一郎さんが出社する時にスーツでピシッと決めてる訳…だ。

 男性クルー全体で、スーツで来る人はだいたい3割くらいらしいんだけど、敬一郎さん曰く、その3割はほとんど同じ理由でスーツなんだそうだ。

 その理由とは。
『面倒くさいから』

 スーツだと、上下のコーディネートを考えなくていいし、ワイシャツは白でいいし、後は適当にネクタイを引っ張り出して終わり…だから、楽でいいって言うんだ。

 そう言われてみれば確かにそうかも知れないけど、敬一郎さんもそう言う理由だっていうのはちょっと驚きだった。
 こだわってるんだと思ってたから。
 だって決まってるんだもん。

 ちなみに僕がスーツを着ないのは、単に似合わないからだ。
 洗濯機で丸洗いも出来ないし。

 入社して1年間は地上職に就いていて、最初の2ヶ月は基礎研修だったから当然スーツだったけど、『ほんと、似合わないね』ってみんなに言われてた。
 
 残りの10ヶ月はグランド・スタッフだったんだけど――昌晴は整備だったから羨ましかった――こっちは制服があった。
 キャビンクルーによく似た制服だったけど、ここではやっと『可愛いね〜ボーイッシュな感じでよく似合う』って言われた。

 ついに男子として認められたかと思ったんだけど、よく考えたらなんか違うし。

 もしかして僕は女の子に生まれるはずだったんだろうかとチラッと思ったこともあるんだけど、でも僕は自分が男であることに違和感を感じてないし、『スカート』は動きにくくて嫌いだし。

 僕の過去の乏しい『スカート体験』から言うと、あんな走りにくいかっこで、毎日毎日広い空港を走り回っているグランドの女性たちは凄いなあと思うけど。


 あと、超絶似合わなかったのは、この前着た『紋付き袴』だった。

 なんでそんなものを着たかと言うと、僕が来栖家の籍に入ったことを親族・分家一同にお披露目するってことで、作られちゃったんだ。

 敬一郎さんの実家――来栖家は松濤というところにある。
 僕が通っていた大学から目と鼻の先。

 でも、僕が足を踏み入れたことのない高級住宅街だけど。


 当日は表座敷ってとこに100人近い人がいて、もうびっくり。
 これでも全員じゃないらしい。

 なんか、とんでもないとこに紛れ込んじゃったって狼狽えちゃったけど、お父さんから『これっきりだから大丈夫だよ』って言われて、ちょっとホッとした。

 ホントは毎年元日には同じように集まるそうなんだけど、パイロットは年末年始は大概飛んでるから、敬一郎さんもコ・パイになった年からは数えるほどしか出てないって言ってた。

 僕もコ・パイになって2回の年末年始を経験してるけど、昇格してまだひと月も経たないうちに迎えた1年目の大晦日は国内最終便に当たって――管制から『良いお年を』って言われちゃった――寮に帰り着いたのは年明けてから。

 で、元日は午後から2レグ。
 国内線も国際線も増便だから、クルーはフル稼働で、普段は余裕を持って組まれるスケジュールもこの時ばかりは詰め詰めで、インターバルは最低限になる。

 この時、同期でコ・パイに昇格していたのはまだ僕だけだったので、昌晴を始めとする同期たちはみんな、『この時期に昇格してなくて良かった…』なんて言ってたけど。

 そんな昌晴たちは『最後のお正月休み』を満喫するために帰省して行った。
 忙しいこの時期、訓練は一時中断だから。

 でも、その時僕は思ったんだ。
 年末年始もお盆も、帰りを待つ家族のいない僕には、この仕事は本当に向いてるなあって。

 同期が誰もいなくても、寮にはいつものように人がいて、いつもと変わりなく動いている。

 寂しくなくて、嬉しかったっけ。


 2年目の今年は『初日の出フライト』に投入されちゃって、大変だった。

 何が大変って、各社『初日の出フライト』を何機も出す上に、ご来光に照らされる富士山を拝もうって企画もたくさんあって、富士山周辺が結構な混雑になるんだ。

 しかも冬の晴天時の富士山上空って激しい気流が発生しやすくて、かなり危険。

 当然、どの機も風下を避けるから、危険がなくて初日の出が拝める航路は人気集中。

 しかも日の出の時間帯は限られてると来てるから、初日の出を楽しめる状況では全然なくて、コックピットはずっと緊張しっぱなしなんだ。

 この夏、久しぶりに再会した高校時代の親友――彼は今、イギリスの大学で研究者の道を歩んでいる――に、そんな話をしたら、『雪哉、そんな過酷な状況で頑張ってんだ…』って、頭撫で撫でされちゃったけど。


 で、その『紋付き袴』だけど、敬一郎さんは『七五三みたいで可愛い』なんてめっちゃ失礼なこと言うし、お母さんから『雪ちゃんの七五三ってどんなだったのかしら』って聞かれたから、七五三をしたことがないですって正直に答えちゃったら『不憫だ』って泣かれちゃってもう大変で、敬一郎さんは『11月には絶対千歳飴持ってくるぞ』…だって。

 でも、千歳飴も食べたことないから、一度食べてみたいかなあ。

 そうそう、片想いの頃、敬一郎さんのラフな姿を見てみたかったな…なんて思ってたけど、いざその姿を見てしまうと、もうクラクラだった。

 だって、格好良いんだもん。

 ボートネックのカットソーにチノとかだと、スーツや制服の時より5、6歳以上若い感じになるし、髪の毛もいつもはピシッと整えてあるのがサラサラに流れてて、そんな格好で一緒に買い物なんか行ったら『ご兄弟ですか?』って聞かれちゃう。

 反対に、スーツの敬一郎さんとラフなカッコの僕が一緒にマンションを出た時には、『随分お若いパパですね』って言われたことがあって、僕が高校生だと思われて、本物の親子に見えたらしい。

 敬一郎さんはそのことでしばらく凹んでて、ちょっとかわいそうだったけど。

 でも、やっぱり僕が1番好きなのは、4本線の制服…かな。

 ま、いずれにしても、かっこいい人は何着てもOKってことだ。

 敬一郎さんは僕に『雪哉は制服でも普段着でもあんまり変わらないな。どっちにしても高校生みたいだし』なんて失礼なこと言っちゃうんだけど。

 ともかく、敬一郎さんと僕の新生活は毎日が楽しくて、僕は今、空の上でも地上でも充実してるんだけど、ある日、またしてもスタンバイ中にイレギュラーな事が起こった。




「え、コスプレ、ですか?」
「そうなんです。本来ならキャビンクルーがやればいいところなんですが…」
「…ええと、僕もそう思いますけど」

 なんで、コ・パイがコスプレしなくちゃいけないんだ。


 事の起こりはこう。

 出社スタンバイ中に広報の人がやってきて、ちょっと…と、廊下に連れ出されてみれば、来月の空港イベントに協力してほしいって話で。

 そう言えば、コ・パイになってまだ日も浅い頃、新路線就航記念のイベントに駆り出されて、子どもたちにパイロットって仕事に興味を持って貰えるようにと企画された催しに出たことがある。

 僕は見た目が実年齢より若いから、子どもウケが良いだろうって人選だったようだ。

 僕も、子どもたちが、僕のように空に興味を持ってくれたらいいなと思って、喜んで引き受けた。

 当日は、子どもたちから飛行機のことや離着陸のこと、飛んでる間は何してるのかとか、どうしたらパイロットになれるのかとか、色んな質問を受けてそれに答えてたんだけど、保護者らしい人から『よくご存知ですね』って言われちゃって、『現職の副操縦士なので』って答えたら、『キャビンアテンダントさんがパイロットのコスプレしてるのかと思ってた』って返されて、3日くらい凹んだけど。



「実は、当初は新人キャビンクルーが決まってたんですけど、先日訓練中に捻挫しちゃいまして…」

 あー、緊急脱出訓練とか、結構キツいのあるからなあ。
 パイロットも当然定期的に緊急時の訓練するんだけど、体力的には脱出訓練が1番キツいかも。

「それは大変でしたね。怪我の具合は?」

「ええ、おかげさまで地上勤務には二週間程度で復帰できそうなんですが、イベントとなるとまた…」

「ですよね」

 いや、そうじゃなくて。

「ええと、でもだからって、どうして僕に話が来るわけですか?」

 キャビンクルーはそれこそ何千人もいる。
 羽田ベースがどれほどいるのかは知らないけど、でもここが1番多いのは確かだし。


「それがですね…」

 辺りをはばかるように、広報さんは声を落とした。

 僕も思わず息を詰めた。
 何か、重大な事情があるみたいで…。

 もしかして、『女性にはさせられない理由』なんかが発生したんだろうか。

 キャビン内でのセクハラも結構あって、僕も乗務中に、到着空港に警察の待機を要請したことがある。

「さて誰がピンチヒッターに…ってなった段階で、イベントに出るキャビンクルーたちから『ぜひ来栖副操縦士にお願いしたい』って声が上がりまして」

 ええと、ええと…。

「あの、もしかして理由はそれだけですか?」
「そうです」

 って、そんなにきっぱり言い切らなくても。

 ってか、 キャビンクルーさんたちから『不動副操縦士』とも『来栖副操縦士』とも呼ばれたことないんだけど。

 年上のキャビンクルーさんは『雪哉くん』とか『ゆっきー』って言うし、年下の人たちまで『雪哉さん』だもん。  

 苗字で呼んでくれるのなんて、社の偉い人か、ほんの数人のキャプテンだけ。

 でも、それも僕が『不動』だった頃だけで、今や『キャプテンと紛らわしいから』って理由で、全社的にほぼ『雪哉』。

 でも、僕はもちろんいずれは機長になるつもりだから、そうなったら『来栖機長』が2人になっちゃうな。どうすんだろ。

 …なんてことを考えてるのは、多分現実逃避。


「あの」
「はい」
「お断りする前に、一応お伺いしますが、何のコスプレですか?」
「ええと、誠に申し訳ないんですが、雪哉くんに拒否権はありません」

 は?

「ええと…」

「拒否されましたら、広報部長が直々に出向いて来る予定ですし、運航部長の許可も得ています。ちなみにイベント当日は公休日に当たられていますので、本来業務以外への協力ということで、代休を奮発して4連休ということにさせていただくことで、運航部とは決着しています」

 12月初旬は確かにローシーズンだけど、わざわざ代休つけてまでコ・パイにコスプレさせるって、どういう会社? ちょっと自由過ぎない?

「…拒否権、ないんですよね」

「はい。業務命令ではありませんが、広報部長が出てくる事態になりましたら、私が職務怠慢で注意を受ける羽目になります…」

 う…。僕がこの手の脅しに弱いことを見越しての狼藉だな…これは…。

「…じゃあ、内容を…教えていただけませんか?」
「あ、それを先にご説明するべきでしたね。失礼しました」

 や、後でも先でも、どうせ僕的には一緒だけど。

「イベントはクリスマスツリーの点灯式です。今年は我が社がメインで担当することになりました」

「ああ、あれ毎年凝ってて綺麗ですよねえ」

 必ずTVの取材が入ってて、ニュースでも大きく取り上げられてる。

 クルーが乗務の時に通る場所ではないんだけど、綺麗だから、着替えてから見に行ったりしてるんだ。

「そうなんですよ。どこの航空会社さんも力入れてますので負けてられません」

 気合い入ってんなあ。

「で、僕はなにを…」
「はい、点灯スイッチを押すメンバーに入っていただきたいんですが…」
「制服で?」
「まさか」

 ……まさかって、何?

「コスプレお願いしますって言ったじゃないですか」
「あ、そうでした」

 って、なんで広報さん、ドヤ顔?

「いくら雪哉くんの制服姿がコスプレチックだからって、そんな失礼なことお願いしませんよ」

「ええと…」

 …なんか違うような気がするんだけど…。

「じゃあ…サンタクロース?」
「惜しい!」

 惜しい?

「その『連れ』ですよ」

 …連れ…って。

「もしかして、トナカイとか…言いませんよね」
「ご名答〜! しかも可愛いミニスカトナカイです!」

 …トナカイが、なんでミニスカ?

「あの」
「はい」
「百歩譲ってトナカイはいいとして、なんでミニスカなんですか?」
「可愛いでしょ?」
「それだけ?」
「トナカイ相手にそれ以上に何を求めます?」

 …さすが広報…ああ言えばこう言う……。

「ええと、もう一度聞きますが、拒否権は…」
「ありません」

 にっこり笑って広報さんは、僕に最後通牒を突きつけた。

「みんな楽しみにしてますから」

 …みんなって誰。…あ、キャビンクルーさんたちか…。


「そうそう、搭乗ゲートで子供たちにキャンディを配るイベントもありますんで」

「…は〜い」

 も、どうにでもして。




 その夜、敬一郎さんからメールが来た。

『スタンバイルーム前の廊下の隅で、広報と深刻な顔して密談してたって情報があるんだが、何かあったのか?』

 …誰だよ、ロスにいる人にまでわざわざチクったのは。

『来月の空港イベントでピンチヒッター頼まれたんです。深刻そうな顔してたのは多分、本来担当するはずだった新人キャビンクルーさんが怪我をしたって話だったからです。心配しなくても大丈夫ですよ。それと、イベント協力の見返りに、4連休ゲットしました!』

 敬一郎さんからの返事は本来業務以外にも駆り出される僕へのねぎらいの言葉だったけど、僕のこのメールが壮大な墓穴を掘っていたことに、この時の僕はまだ気づいていなかった…。


                   ☆ .。.:*・゜


 白状すると、僕はこれが『ミニスカ初体験』ではない。

 コ・パイに昇格するちょっと前に、女性キャビンクルーの制服着せられちゃったことはあるんだけど、あれはミニスカじゃなかった。

 じゃあどこで…って言うと、高校時代なんだ。

 演劇コンクールって行事があったんだけど、男子校なんでどうしても女役が必要なわけで。

 で、僕みたいな見た目は重宝されちゃって、『うちの組には雪哉がいる!』って言われたら、そんなに期待されるんだったらがんばっちゃおうかなあ…みたいなノリで、そこそこ楽しくやっていた。

 1年の時が『白雪姫』で、2年の時は『かぐや姫』。

 そのせいで『雪姫さま』なんて呼ばれてたこともあるんだけど、3年の時は姫じゃなくて『不思議の国のアリス』だった。

 で、そのアリスの衣装がミニスカだったんだ。

 まあ、自分で言うのもなんだけど、結構似合ってたと思う。
 なんてったって、17歳だったから。

 けど、なんで社会人になってまで、これ?
 パイロットがどうして会社でミニスカ?

 もー、わけわかんないけど、とりあえず『この事実』を知ってる人間には『箝口令』を布くしかないな。

 ミニスカトナカイなんて、絶対敬一郎さんに見られたくないし。




「で、何をやらされるんだ?」
「ええと、ツリーの点灯式でスイッチ押すらしい、です」

 今朝早くロスから帰って来た敬一郎さんは、明後日まで公休で、明々後日が自宅スタンバイ。
 その次は朝から国内線だ。

 僕は今夜の便でバンクーバー。
 帰ってくるのは明々後日の夜で、翌日から2日間の公休。

 結構まともにすれ違い。

 こんなことはしょっちゅうだけど、でも、ほんの数時間でも一緒にいられるのは、同じ家に帰ってくるから。

 前みたいに、長かったら1ヶ月以上顔を見られなかったことを思うと、凄く幸せなことだなあって思ってる。

 一緒のフライトの時は、家からずっと一緒にいられるのも嬉しいし。


「それだけ?」
「ええと、そう、だと…」

 キャンディ配らなきゃだけど。

「点灯式に参加するだけで4連休?」
「…なんか、そんな感じで…?」

 コスプレ手当込みだけど…。

「制服?」
「あ〜、そこはほら、やっぱパイロットだし…みたいな?」

 どうせなら、ミニスカの危険手当も付けて欲しかったな。

「そうか。見に行けなくて残念だな」
「その日、ドメでしたよね」
「そう、3レグで新千歳泊まりだよ」

 よかった……。

 あとは、TVのニュースが心配だけど、トナカイになっちゃえば、僕だってわからないんじゃないかな。
 極力映らないようにすればいいし。


 


 その日はもう、朝からドキドキだった。

 とりあえず一緒にイベントに出るキャビンクルーのみんなには『誰にもいわないで』ってお願いしてたんだけど、幸いなことに彼女たちはみんな、『こんな美味しいネタ、人には教えない』って約束してくれて――美味しいネタってのには引っかかったけど――とにかく僕は公休のはずなので、誰にも会いたくないからオペレーションセンターではないところで広報さんと合流し、会議室で渡された衣装はと言えば、トナカイ色のモコモコしたミニスカワンピと、同じ色のタイツに同じ色のモコモコおリボンブーツ。

 頭には可愛い角がついた、やっぱりモコモコの帽子。

 最後に首に鈴を付けて出来上がり。

 …割と…いや、かなり情けない感じだけど、帽子が耳や首まで覆っていて、顔はかなり隠れてるような気がするからちょっと安心。

『ゆっきーってば、肌は綺麗だし睫毛バサバサだし、お化粧要らないね〜。ちょっとジェラシー』なんていいながらも、ピンクの口紅は塗られてしまったけど……。

 で、無事に…と言うか、どうせトナカイなんだからって、結構ノリノリで点灯式を終え――点灯の瞬間って思ってたよりずっと感動的だった――那覇行きと関空行きの搭乗ゲートでキャンディ配るのも無事にこなして――写真撮らせてっていっぱい言われちゃったけど、『CAさん』って呼びかけられたから、そのまま誤解しておいてもらおうと思った――さ、戻ろうってなったとき。

 一緒にキャンディ配ってた後輩のキャビンクルー――何故か彼女は制服だ――が、『きゃあ!』と声を上げた。

 何事かと思ったら。

「来栖キャプテンだ〜!」

 ……え゛?

「ゆっきー、パパさん、見に来てくれたんだね〜」

 固まる僕の肩を叩いて、嬉しそうに言うのは先輩キャビンクルーさん。
 ちなみに彼女も制服だ。

 ……うそ。なんで、ここに?

「来栖キャプテン、マジで親ばかですね〜」

 笑ってるのは、イベント中ずっと僕たちに付き添ってた、例の広報さん。

 …って、敬一郎さんは今頃新千歳行きのコックピットの中…のはずなんだけど…。

 おそるおそる、みんなが見てる方向に視線だけ向けてみれば、そこには確かに、今日早朝に家を出た時と同じスーツ姿の敬一郎さんが、腕組みして大きな円柱にもたれてて、様になるその姿は結構注目集めちゃってるんだけど…。

 もしかして、笑ってる? 

「きっと雪哉くんのミニスカトナカイが心配で、見に来られたんですね」
「あの」
「はい?」
「ミニスカが心配って…」

 まさか、バレてたってことないよねっ?

「ええ、事前に衣装チェックがありましてね。風邪でも引かせては大変だから、生足なんて以ての外、必ず肌が見えないようにして欲しい…ってご要望だったんで、泣く泣くトナカイ色のタイツを用意した次第です」

 泣く泣く…ってどういうこと…。

 や、もう生足とかタイツとかどうでも良くて、なんで敬一郎さんが知ってたのか…ってことだよ…。


 


「本来、新人キャビンクルーが担当するはずだったことがどうしてコ・パイの雪哉に回って来るんだって不思議に思ったんだ。で、広報から聞き出した。まあ、あの場に居られたのは欠航のおかげだけれどな」

 そう、僕のメールは大きな墓穴を掘っていて、しかも大雪の影響で、新千歳行きは欠航になってたんだ…。

 こっちは降ってなくて、僕はミニスカトナカイのことで頭がいっぱいで、自分が乗らない時でも概ね把握している運行状況のことなんて、この時はこれっぽっちも気にしてなくて。

 嬉しそうに言う敬一郎さんは、なんと点灯式の時から見ていたそうだ。

『トナカイさんの登場で〜す』とか言われて、しっぽフリフリのノリノリだったんだけど…。

 だって、モジモジしてる方が恥ずかしいし。
 でも、敬一郎さんが見てるとわかってたら、絶対やってない…。

 敬一郎さんは、僕をいつものように抱きしめて、『可愛かったよ』なんて言ってくれるんだけど。

 …でも、笑いをかみ殺してる……。

 も、なんのためにひた隠しにしてたのか、脱力しまくり…。

 
 まあ、欠航のおかげで僕たちは久し振りに重なった連休の初日の夜を、ゆっくり過ごすことができたんだけど。


「そう言えばその時広報から、『コ・パイのゆっきー』をキャラクター化しようかなんて話が出てるって聞いたな」

 …なにそれ…。

「『ゆっきーストラップ』とか、『ゆっきー制服人形』とか、『コ・パイのゆっきーパイ』とか、企画会議が異様に過熱して収拾つかなかったとか言ってたぞ」

 …あり得ないし…。

「ああ、『制服人形』は、コ・パイの制服にキャビンクルーの着せ替えを付けるとか言うところまで進んだらしいな。機内サービスの時のエプロンはオプションにしようとか、盛り上がりまくったってさ」

 …広報さん、マジメに仕事しようよ…。

「まあ、運航部長が『雪哉はコックピットクルーなんだから、表には絶対出さないからな』って広報部長に念押ししたって言ってたから心配ないよ」

 って、運航部長だって、今日のミニスカトナカイ容認したくせに…。


 その後、お父さんとお母さんが、録画したニュース映像を親戚中に配って回ったと聞いて、僕はもう二度と、イベントには協力しないと心に固く誓った。


END



おまけ小咄

『ゆっきーとチーパー、母校を語る』



「雪哉は高校時代、生徒会だったんだって?」

「はい。学費免除は本当なら音楽かスポーツの推薦がいるんですけど、僕はどっちもない特例扱いだったので、生徒会活動で頑張れってことで、1年の時から執行部員してたんです」

「で、最後は副会長?」

「そうです。楽しかったですよ。友達たくさん出来たし」

「そう、それ。部活とかやってて何が楽しいって、仲間が増えることなんだよ」

「そう言えば、都築さんって部活されてたんですか?」

「やってたよ、中高の6年間全うしたから」

「うわ、すごい。何されてたんですか?」

「学院内最大派閥だよ」

「…えっ…まさか、もしかして…」

「そう、そのまさか。ちなみに、OBで有名な金髪のヴァイオリニストがいるの知ってる?」

「あ、はい、知ってます。めっちゃ綺麗な人ですよね。ご兄弟もみんなOBで有名な音楽家ですよね」

「それそれ、あの金髪の坊やは中2・中3の時、私の隣で弾いてたんだよ」

「え〜!! すごいっ、すごすぎ!!」

「そんなに盛り上がられちゃうと、ちょっと照れるけど」

「ってことは、都築さん、ヴァイオリン弾けるんですよね?」

「嗜む程度にはね」

「わ〜、聞いてみたいなあ」

「機会があったらね…って、雪哉も3年間ピアノ習ってたって聞いたけど?」

「あ、それはなんか、パイロット目指すんだったら両手で違うこと出来た方がいいんじゃないか…って先生が言い出して」

「結構筋が良かったって、現院長が言ってたよ」

「え〜、もうめちゃめちゃでしたよ。でも楽しかったです」

「またやればいいのに。マンションでも気兼ねなく弾ける電子ピアノでも、最近いい音のがあるよ」

「…もしかして、都築さんってピアノも弾けるんですか?」

「嗜む程度にはね」

「わ〜! 教えて下さいっ!」

「え。ほんとに?」

「はい!」

「ふふっ、じゃあ旦那がお留守の時にレッスンに行っちゃおうかなあ〜」

「別に留守でなくてもいいですけど」

「留守いいの」

「……そう言えば、一度都築さんに聞いてみたいことがあったんですけど」

「突然話題変えたね、雪哉」

「いいんです、思いついたから」

「で、何?」

「都築さんも高校時代に演劇コンクール、経験されてますよね」

「ああ、あの全校的乱痴気騒ぎね」

「なにかやらされました?」

「ふふっ、この怜悧な美貌が重宝されないわけないだろう?」

「…やっぱり。で、何されたんですか?」

「大したことはしてないよ。1年の時はアーサー王だろ、2年でルートヴィヒ2世だろ、3年は諸葛亮孔明だったな」

「……すご。大物ばっかり…。しかも似合いすぎててコワい…」

「雪哉も3年間活躍したそうじゃない?」

「あ、僕のはちょっとしたお遊びですから」

「2年連続で姫やって、みんなから雪姫様って呼ばれてたって?」

「…げ。そんな情報まで…。って、そう言えば、高1で白雪姫やった時の王子様が都築さんの部活の部長さんでした」

「…雪哉の2つ上ってことは…。ああ、背の高いがっちりしたイケメンだろ? 確かフルートだったな」

「あ、そうです! すっごい優しい先輩で、フルートも凄く上手でした」

「彼、今、小児科医だよ」

「わあ、なんかわかる気がします。優しくて暖かくて、成績もずっと学年1位で卒業も総代だったですから」

「雪哉もずっとそうだったろ?」

「僕は勉強しか取り柄がなかったですから」

「ふふっ。可愛くて優しくてモテたって聞いてるよ?」

「それは、こんな見た目だから男子校では悪目立ちしてただけですよ」

「で、その頃の雪哉について、ここにひとつ、機密情報がある」

「え、なんですか?」

「私のスマホには、こんな可愛い子の写真があるんだよ。ほら」

「………都築さん…どうして僕のアリスを…」

「先生から情報提供のご褒美にもらったんだ」

「せんせ〜! なんてことを〜!」

「これ、来栖先輩が見たら喜ぶだろうなあ〜」

「…つっ、都築さんっ?!」

「なに? 見せたくない?」

「もちろんですっ。こんな情けない姿、絶対ダメですっ」

「え〜、情けないってなに〜? こんなに絶品美少女なのに〜」

「都築さんっ、目が腐ってますっ。ってか、ミニスカはもう、トナカイで十分ですっ!」

「ふ〜ん。…じゃ、ちょっと取引しない?」

「取引…ですか?」

「そう。今度公休が重なった日に、2人で遊びに行こう」

「えと、それが取引になるんですか? 僕、都築さんと遊びに行くのは嬉しいですけど」

「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるね」

「ほんとにそれでいいんですか?」

「いいのいいの。『嫉妬深い旦那が仕事で留守してる間にこっそり新妻を連れ出す』ってシチュエーションに萌えてるだけだから」

「………都築さん、さっさといい人見つけて下さい……」


おしまい。


☆ .。.:*・゜

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