君の愛を奏でて
〜アイドルを捜せ!〜
![]() |
その日は朝からぬけるような青空だった。 熱くもないし寒くもない。 時折さわやかな風が吹く、絶交のデート日和だ。 思わずスキップしたくなるのを押さえて、祐介が行く。 手には、葵の大好きなチョコレート。 購買には売ってない銘柄だから、わざわざコンビニまで買いに行って来た。 今日は土曜日。しかも音楽ホールの全館点検日で部活がない。 こんな午後は、葵を誘って裏山へGO!だ。 「葵―!」 412号室のドアを勢いよく開ける。 陽司も涼太も部活だから、葵だけがいる……はずだったのだが…。 「あれ? 葵?」 葵がいない。 ベッドを覗いてもいない。 シャワーにもいない。 机の下にも……もちろんいない。 「どこ行ったんだろ?」 待つこと15分。葵は帰ってこない。 今日は練習室も使えないから、管弦楽部員は個人練習も休みのはずだ。 そうなると、行き先は寮内のどこか…それとも外出か…。 しかし、外出の予定など聞いていない。 入学して日の浅い葵にとって、校外は見知らぬ土地だから、一人で出かけるとは思えないし。 それに葵は、用もなくウロウロする方ではないから、きっとそのあたりにいるのだろう…。 祐介はとりあえず談話室を覗く。 「葵、どこ行ったか知らない?」 『葵』と聞くと、誰もが振り返る。 だが、みんな顔を見合わせ『お前、知ってる?』『ううん、知らない』と言う会話を無言で交わしている。 期待していた答えが得られずに、祐介がほんの少し唇を尖らせたとき、背後から声がかかった。 「葵、さっき呼び出しがあったみたいだぞ」 答えたのは管弦楽部のヴィオラ奏者、新藤明彦だった。 「呼び出し?」 「うん。面会だって」 「面会――っ!!」 声を発したのは祐介だけではない。談話室の全員が一斉に声を上げたのだ。 「面会って、誰?」 祐介は、つかみかからんばかりだ。 明彦はニッと笑う。 「面会室…行ってみるか?」 その一言で、談話室は空になった。 面会室は寮とは違う建物にある。 寮が敷地のかなり奥にあるためだ。 大勢の一年生たちがわらわらと坂道を降りていく光景は、上級生の目を引き、その上級生たちも理由を聞いて列に加わってくる。 目指すは正門に最も近い『本館』にある、面会室だ。 「奈月? 外出したよ」 トントン、と紙束を揃えながら、3年生が言う。 面会室は、高校3年生の風紀委員の管轄だ。 「ほら」 そう言って示された紙は「外出届け」。 確かに『1−D 奈月葵 帰校予定午後6時』とある。 夕食直前まで出かけるつもりのようだ。 「すっげえ美人が面会に来てさ、すぐに一緒に出ていった」 『すっげえ美人』…。 あたりが騒然となった。 「あの、面会者の名前って…」 思わず祐介が聞く。 「あ、それがな、たまたま斉藤先生がここにいたから、面会届けなしで通っちゃってさぁ。うーん、めっちゃ親密そうだったから、肉親じゃねーか?」 ざわつく一同。 「もしかして、京都のお姉さんじゃないか?」 明彦が祐介に耳打ちする。 耳打ち程度の声でも、その場の全員が耳をダンボにしているから、内容は筒抜けだ。 祐介は無言で首を振る。 そんな話は聞いていない。 遠方から親族が来るなら事前に連絡くらいあるだろう。 葵は、今日の午後はヒマだと言っていたのだ。 仕方なく、建物からぞろぞろと出ていく寮生たち。 そこへ外出から帰ったとおぼしき一団がやって来た。 2年生、数人だ。 「お…ちょっと聞いてくれよっ」 興奮気味のようだ。 「駅前で奈月を見かけたんだけどさ、すっごい美人と腕組んで歩いてたんだぜっ」 「腕―――――――――?!」 集団が騒然となる。 「何だかなぁ、ちょっと控えめに甘えた感じで、めっちゃ可愛いいんだー、これがー」 「誰だろうな、あれ」 「名門女子大生って感じでさ」 「あんまりお似合いで、声かけ損ねたよなぁ」 深く頷きあう目撃者たち。 美人、腕組み…。 …目眩を感じているのは、祐介だけではなさそうだ。 情報をもたらした2年生も巻き込んで、集団は為す術もなく寮へと移動しはじめた。 あっちこっちで勝手な憶測が飛びかっている。 どれくらい経っただろうか? 後ろから中学3年生が二人、走ってきた。 管弦楽部の生徒だ。 「あれ? 浅井先輩、奈月先輩と一緒じゃなかったんですね」 何気なく発したであろう『奈月』の一言で、集団が全員振り返る。 当然ビビる中学生。 「葵、見かけたのか?!」 肩を揺すられて、怯える中学生はガクガクと頷くばかり。 「どこで!?」 「え…駅前の喫茶店で…」 「何してた?!」 「あ…あの、すっごい綺麗なお姉さんと、チョコレートパフェ食べて…」 美人、腕組み、チョコレートパフェ…。 「チョコパって、たしか葵の大好物だったよな…」 またしても明彦が囁く。 呆然と頷く祐介。 「あの、あの、奈月先輩に言わないで下さいね、僕が喋ったこと」 中学生は祐介の袖を引っ張って必死で頼み込んでいる。 「どうして?」 「あ…の…、ガラス越しに、奈月先輩と目があったんですけど、先輩…人差し指を口に当てて『シーッ』って」 同じポーズをやってみせる。 美人、腕組み、チョコパ、ナイショ…。 「おい、肉親だったら隠さないぜ、ふつー」 明彦の囁きが、悪魔の囁きに聞こえる。 「デート…だな」 その一言は衝撃的だった。 あちらこちらで『デートだデートだ』と無責任な声が上がりはじめる。 「どうした? 何かあった?」 寮の入口にたむろして、不審な動きを見せる集団に、近づいてきたのは…。 「悟先輩!」 「葵が…」 言いかけた明彦の口を、祐介がとっさに押さえる。 しかし、悟が『葵』の一言を聞き逃すはずがない。 「葵がどうかしたのか?」 顔色を変えた悟が、祐介に詰め寄る。 「駅前ですっごい美人と腕組んでチョコパ食べてデートしてるんです」 普通、腕を組んでチョコパは食べないだろう……しかし、突っ込む者は誰一人としていない。 そして、すべてを報告してしまったのはもちろん祐介ではない。 祐介の手から逃れた、明彦の仕業だ。 「葵が…? デート…」 悟の呟きの後、凍り付くような沈黙が辺りを覆う…。 そしてそれを破ったのは…。 「ダメだよー、悟には言わない方がいいって」 「いや、事実は知らせておかないと本人のためにならないぞ」 会話を交わしながら、何も知らずに寮に戻ってきた二人は、凍り付く集団を見た瞬間、ギョッとした。 「な…何やってんの? こんなに大勢で…」 「何を僕に言わない方がいいって? …昇、守…」 「さ・と・る…」 昇と守は顔を見合わせて、ため息をついた。 「ほら見ろ、隠しても絶対ばれるんだ」 守の言葉に、嬉しそうに反応したのは、またしても明彦。 「もしかして、昇先輩も守先輩も見ました? 葵のデート」 「え? もう知ってんの?」 「駅前ですっごい美人とチョコパ食べてデートしてるんでしょ?」 「駅前ですっごい美人と腕組んで買い物してデートしてるのは見たけど、チョコパ食べてたの?」 また『腕組み』が出た。 聞いて、こめかみをひくつかせる人間が、約二名。 「俺たちが見たときは、買い物してたよな」 「うん。なんかさぁ、リボンのついた大きな包み抱えてたよね。すっごく嬉しそうな顔しててさ」 「そうそう、あんまり楽しそうなんで、声がかけられなかった」 美人、腕組み、チョコパ、ナイショ、リボンのついた大きな包み…。 「駅前ですっごい美人とチョコパ食べて腕組んで買い物してプレゼントもらって…」 「………」 いちいち不愉快なキーワードを並べ立てられて、憮然としている人間が、やっぱり約2名。 「それって…デートじゃなくって…」 援・助・交・際…? 誰かが呟いた。 「葵、可愛いもんなぁ…」 突然祐介が走り出した。 「おいっ、祐介っ! どこ行くんだ!」 明彦の問いに、祐介は振り向きもせずに答える。 「外出届、出すっ!!」 その一言で、集団が一斉に門に向かって駈けだした。 寮の入口に残されたのは、桐生家の三兄弟。 「おい、悟、行かないのか?」 守が肘で、悟の脇腹をつつく。 「………」 「やせ我慢しないで行ってくれば?」 昇が手を伸ばして、悟の髪を引っ張る。 「………」 悟は無言で踵を返した。 「悟!」 後を追う二人に、悟が振り返った。 表情が…ない。 「後で…本人に直接聞くから…」 (……こ…怖い……) 思わず葵に同情してしまう二人だったが…。 しかし、同情しつつも、 (それにしても、イケてるねーちゃんだったなー)と、感じ入っているのは、綺麗なものなら何でもOKの、守だったりする…。 夕食が始まるまであと15分。 祐介はベッドに転がり、ボーッと上を見ている。 結局『葵を探しに行く』と言う集団での外出届は受理されず、騒ぎを聞きつけてやって来た斉藤によって、全員寮へ返された。 しかも、夕食まで部屋から出るなというお達し付きだ。 『カチャ』 ノブのまわる音に、祐介が飛び起きる。 「葵っ」 「ただいまー」 手には、噂通り、リボンのついた大きな包み。 葵の顔が嬉しそうに綻んでいるのは、先入観のせいばかりではなさそうだ。 「どこ行ってたんだよっ」 祐介の剣幕に、葵が一瞬キョトンとした顔を見せたが…。 「ごめん、祐介。黙って出かけちゃって…。探したんだけど、どこにもいなかったから…」 そういえば、チョコレートを買いにコンビニまで行っていたのだった。 「美人と腕なんか組んで、何してたんだっ」 祐介、かなり直情型である。 「あ、れ…? 祐介何にも聞いてないの? 斉藤先生に会わなかった?」 葵は、不思議そうに首を傾ける。 「会ったけど、何にも聞いてない。それより葵、誰と会ってたんだよ。美人と腕組んでチョコパ食べて買い物してプレゼントまでもらって…」 祐介、かなりしつこい質のようだ。 「どうして、全部知ってるの?」 驚いた、と言わんばかりに目を見開く葵。 しかし、その表情はやっぱりどこか楽しそうに見える。 「知られて困ることでもしてたのか?」 言葉が刺だらけになった。 「…………これ…」 怒られたと思ったのか、俯いてしまった葵が、噂の「リボン付きの大きな包み」を差し出した。 華奢な肩を震わせている。 その様子に、祐介が焦った。 (しまった…っ、言い過ぎた……) しかし、葵の次の言葉は…。 「預かって来た…祐介に…」 「僕…に?」 「美人のお姉さんが…お誕生日おめでとう…って…」 葵の肩の震えは、さらに大きくなる。 そして、何かをかみ殺すような息が…。 「え……? えええっ!?」 祐介の驚愕しきった声に、葵はついにこらえきれずに笑い出した。 「きゃははははははっ!」 声変わりは済んだと本人は言っているが、葵の声、まして笑い声は、ちょっとハスキーな女の子と言った感じだ。 「葵………」 恨めしそうな祐介の声に、葵は、笑いすぎで溜まった涙を拭いながら説明をはじめた。 祐介がいない間に、姉のさやかがやって来たこと。 お茶に誘われて出かけ、祐介へのプレゼントを預かってきたこと。 「ね、開けて見せてよ」 葵が興味津々で包みを見る。 大きな包みの中身は…。 ベッドに転がって、葵がぎゃあぎゃあ笑っている。 「さ…さやかさんが…中は…祐介が小さい頃から…い…一番好きなものだからって…」 息も継げないほど笑うことはないだろう…。 祐介はプレゼントを抱えてため息をつく。 (姉貴のバカ。絶対わざとに決まってる…) やがて、やっと笑いのおさまった葵が、にこっと笑って小さな包みを取りだした。 「誕生日おめでとう」 「葵…」 目を丸くして祐介が、葵の手に乗った小さな包みを見る。 「合宿中に誕生日だったなんて、知らなかったよ。言ってくれればよかったのに」 「ありがとう…」 「買い物してたのは…そのこと聞いたから、それで僕も何かプレゼント…と思って…」 中身を見るまでもなく、祐介は感動のあまり昇天一歩手前だ。 小さな箱の中身は…。 「フルート…」 金色の、フルートの形をしたタイピンが入っていた。 「ほら…」 葵がポケットから同じ箱を取りだした。 「僕のは銀色で、さやかさんからのプレゼント」 (お揃い…!) 祐介が昇天しかけたとき、葵が心底羨ましそうな声を出した。 「いいなー、僕もあんなお姉さんが欲しい」 「じゃ、うちの子になれば」 意識半分昇天しかかっていた祐介のセリフは、もちろん冗談として葵の耳に届いた。 「祐介のうちの子?」 「そう。そうすれば姉貴ができる」 葵は真剣な顔をして首をかしげた。 思わずその表情を見守る祐介。 ところが…。 「あはははっ! ダメだよ。僕の名前と祐介の苗字、あんまり合わないよ」 いきなり葵が笑い出す。 (え…? …『浅井…葵』…) 確かに、あまり収まりがよくないような気もするが…。 そう思った祐介は、思わずいらない想像をしてしまった。 『葵』の上に、違う苗字を乗せてしまったのだ。 (………) 何故だかそれは、とてもカッコが良かった。 自分でやっておきながら、むかつく祐介。 それでも…。 祐介は手のひらのタイピンをジッと見つめた。 (葵からのプレゼント…) だらしなくも、勝手に顔が綻ぶ。 「可愛いね、これ」 葵が、さやかから祐介へ贈られた大きなプレゼントを抱き上げた。 パラリと小さなカードが落ちたのを、祐介が拾う。 |
![]() |
![]() |
|
END |
「BBSカキコ100人目」GETのユアルさまからのリクエストです。 祐介派のユアルさまは、「葵くんと祐介くんが仲良くお買い物したり映画観たりするシーンが望ましいのですが、そうなると、相対する悟派の方々から怒りが飛んできそうなので(苦笑)、ここは公平に、悟くんと祐介くんが仲良く(?)嫉妬する場面を見てみたい!のデス。」 と言うリクエストを下さいました。 そこで、仲良く二人で「嫉妬」(笑)。しかも祐介メイン(爆)。 嫉妬のタイプがかなり違うのも彼ららしいかな…とか(笑)。 それと、本編で登場した寮内での「電話騒ぎ」も気に入って下さっていたので、今回も寮の皆さんにもご協力いただきました。 未熟な腕なので、ご期待には添えなかったと思いますが、広い心でお楽しみいただければ…と、願っています。 |