薔薇の館のひそひそ話〜健全版

桐生家の3兄弟、高校2年のある日





「悟ってさぁ、もしかして葵が初恋の相手とか…」

 守が上目遣いにそう言うと、悟はフッと目をそらした。

「あー! 違うんだっ!ね、ね、誰? それいつ?」

 昇が守のベッドの上でぴょんと跳ねる。

「ねーねー、葵には黙っててあげるからさぁ…」

 どうしても聞きたいらしい。

「…ずっと前」
「ガキの頃か?」

 今はもう大人だと思っている守である。

「小学生…だった」

 ポツっと悟が呟く。

 守と昇が顔を見合わせる。
 小学生の頃と言えば、24時間いつも一緒だったはず。
 いったい、いつの間に…。

「もしかして俺たちが光安先生のところに預けられてた頃か?」

 二人にはそれしか思い当たらない。
 だが悟は首を振った。

「その前…」

 その前って…。

「あ」

 昇が声を上げた。

「僕たちがウィーンに行ってた時?」

 6年生になる前の春休み。昇と守は母に連れられてウィーンへ行った。生みの母たちにあうためだった。
 その頃東京に残されていた悟は、祖父と遠出をしたのだ。




(あの人…どうしてるかな…)

 綺麗な人だった。

 眩しいほどの華やかさの中に、静かな空気を湛えた、樹の香りのする人。

 こんな人をお嫁さんにしたいと思った、ずっとずっと年上の人。

 5年と少し前、ほんの数時間を共有しただけだというのに、あの人の印象は未だに…、強烈に…。

(あ…)

 悟はそこで思い当たった。

(あの人は…)



「どうした? 悟」
「やだ、想い出に浸ってるよ」

 二人の弟が長男の目の前で手をひらひらとさせる。

「何でもない…」

 俯いてしまった悟。
 昇と守はまた顔を見合わせる。

「お前、ホントに葵に出会ってから変わったよな」

『葵』という言葉に、悟が顔を上げる。



 今でも色あせない想い出と葵が、今、鮮やかに重なる…。



END


 「薔薇の館のひそひそ話〜不健全編」は桃の庭でどうぞ(笑)  


3月29日桃の国日記に掲載。
若干修正の上、8月17日再掲載。

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