君の愛を奏でて
〜Princess in the Moonlight〜
![]() |
昨日、関東地方の梅雨が明けた。 今日はなんだかやたらと爽やかで、部活を終えた僕と葵は、陽が落ちる直前の校内を、話をしながら寮へ向かって歩いていた。 「ね、祐介」 葵が大きな目をパチッと開け、瞳を輝かせながら僕を呼んだ。 出会ってから数ヶ月。こんな表情をするときの葵は、なにか楽しいことを企んでいるのだとわかるようになってきた。 「何? 葵」 僕は、その可愛い口から紡ぎ出される可愛い企みごとを早く聞きたくて、先を急かすようにその瞳を覗き込む。 「気持ちいいから、寄り道しようよ」 寄り道…それは葵のお気に入りの散歩コースのことだ。 音楽ホールから寮までは5分ほどの距離。 でも、その途中にある裏山への道に、ほんのちょっと踏み込めば……。 「いいね。行こう」 そう言って僕は葵の手を握り、先に立つ。 手を繋がれた葵が、小さく『わっ』っと言ったけれど、そんなことにいちいちかまわない。 ほんの1本の道…そこを曲がるだけで、あたりの様子は一変する。 聖陵の敷地は広大で、その半分が雑木林を含む、裏山だ。 裏山と言っても、たかだか丘程度の高さで、どこからでも学校の建物が見えるようになっているから迷う心配はない。 ただ、とても広いから、日が落ちてから寮の門限までの間は、格好のデート場所にもなる。 そう、人目につきにくいんだ…。 この裏山には、脈絡なくいろんな樹が生えている。 大木から小木、花が咲くものもあれば、実がなるものもある。 一年中緑の樹もあれば冬には丸裸になる樹も…。 手のひらに葵の温もりをしっかりと感じながらいくらか歩けば、やがて、葵のお気に入りの場所に出る。 一際ひっそりとした空間…。 緑濃い竹林がその場所なんだ。 ちょうどおあつらえ向きの大きな岩があり、そこに腰を下ろして見上げる竹林は、月明かりの夜なんか、それはもう、幻想的なくらいに綺麗だ。 あたりが薄闇に包まれ、風にそよぐ葉の音が、頭の上から優しく降ってくる。 僕と葵を、何もかもから隠してくれるように…。 僕はそっと葵の身体に自分の肩を寄せた。 葵はニコッと笑う。 葵の笑顔、制服の肩越しに触れる温もり、頬をなでる緑薫る風、二人だけの空間…。 僕はいつしか、まどろんでいった…。 「こ、これはっ」 里のはずれ、通い慣れた竹林の小道、ふと目を向けた一本の竹が金色に光るのを、男前で名高い『琴・三弦』の師匠、光安直人は見てしまった。 「いったいどういうことだっ」 光安は現在地をしかと確認すると、そのまま我が家へと駆け戻る。 「栗山っ…栗山っ…!」 呼ばれてでてきたのは、ご近所でも美人の誉れ高い『横笛』の師匠、栗山重紀。 先刻出かけていったばかりの同居人の慌てふためいた姿に、怪訝そうに眉を寄せた。 「どうしました? 光安さん」 「いいからちょっと来いっ」 そう言って栗山の手を掴み、庭先に転がしてあったナタを取り、一気に竹林に向かって駆け出して行った。 「これは、なんと…」 そこに生えるは一本の竹の若枝。 しかし、その中央あたりをよく見れば…。 「黄金に輝いているではないですか!?」 「だろう?」 光安は早くも興奮気味。 なんと言っても光安は無類の『金色』好き。 「切ってみよう」 言うや否やサッとナタを一ふるい。 ばっさりと切り落とされた竹の中から現れたのは、なんと愛らしい姫君。 「おおっ」 「これは…なんと可愛らしいこと」 栗山はその両手でそっと小さな姫君を抱き上げて、かわいいほっぺに『ちゅっ』と接吻を贈ってしまう。 「栗山、これはきっと神仏が我らに子を授けて下さったのに違いないぞ」 光安が嬉しそうに言う。 しかし…。 「ちょっと待って下さい、光安さん。なんで私たちに子が授からなくてはならないのです?」 「細かいことを言うな」 細かいかどうかはさておいて、この可愛らしい姫君は、二人の腕に抱かれて安らかに寝息をたてている。 「竹から生まれたのだから、この姫は…そう、葵姫と名付けよう」 光安が嬉しそうに言う。 しかし…。 「ちょっと待って下さい、光安さん。どうして竹から生まれて『葵姫』なのですか?」 「お前はいちいちごちゃごちゃとうるさいヤツだな。この手の顔は昔から『葵姫』と相場が決まっている」 「この手の顔と言われても…」 あらためて覗き込めば、やはりとても愛らしい。 なんだか、昔、横恋慕した近所の奥さんにそっくりだ。 「ささ、この様な薄着では風邪をひかせてしまう。早く戻って湯に入れてやろう」 こうして二人は可憐な葵姫を大切に抱きかかえ、いそいそと愛の巣に戻っていったのであった。 そして…。 『ちゃぷん』 暖かい湯気の中、栗山が光安を呼ぶ。 「みみみ、光安さんっ」 「どうした?」 「ひひひ、姫じゃないっ」 「ええっ?!」 こうして、『葵姫』と名付けられた不思議な子は、大切な秘密を隠したまま、あっと言う間に大きくなっていったのであった。 「またこの様に文がどっさり…」 積み上げられた文の山。 ため息をつくのは葵姫の父・光安と母・栗山の二人。 輝くように成長した彼らの葵姫の評判は、この里はもとより、いくつもの山を越え、都にまで届いている。 おかげで貴公子たちからは連日の求愛。 葵姫はその文を喜んで読んでいるのだが、返事を書くことは許されない。 「とうさま、かあさま。どうして返事を書いてはいけないのですか?」 いつもそう訊ねるのだが、そんなとき二人は言葉を濁して答えない。 「私は幸せになってはいけないのかしら…?」 姫が鬱々と時をおくる中、ついに強硬手段にでた貴公子が三人。 都からやって来た『昇の皇子』『守の皇子』そして『隆也中納言』である。 三人は連日連夜、葵姫の部屋の塀の外で管弦をかき鳴らしては、姫の気を引こうとする。 もとより葵姫も無類の歌舞音曲好き。 舞は舞うわ、笛は奏でるわ…。 そんな姫が塀の外が気にならないはずがない。 「とうさま、かあさま。葵も一緒に管弦に加わりたい…」 そう言ってみた葵だが、その願いは二人によって即刻却下された。 「いけませんっ」 「どうして…。どうしてですか…」 よよよ…と泣き崩れる葵姫。 しかし、そんな姫はそのまま泣かせておくとしても、表の貴公子たちは黙ってはいない。 父母の行為を横暴だと責めあげる。 「葵姫に会わせて下さいっ」 激しく詰め寄られ、光安と栗山はついに言った。 「ならば、皆様方に宿題をだそう」 「宿題…とは?」 「葵姫は大の甘い物好き。この国一番の、『ちよこれいとぱふえ』を持って来た方に、姫を会わせてさしあげよう」 『ちよこれいとぱふえ』 その言葉を聞いて、三人の貴公子は愕然とする。 なにしろ『ちよこれいと』は貴重品。しかもそれを『ぱふえ』に仕立ててこいという。 しかし、愛しい葵姫をげっとするためにはこの困難は乗り越えねばならない。 「わかった…」 こうして『ちよこれいとぱふえ』を求めて、昇の皇子は天竺へ、守の皇子は蓬莱へ、隆也中納言は手っ取り早いところで、都へと旅立っていった。 そしてしばしの時が過ぎ…。 「姫っ、葵姫っ、『ちよこれいとぱふえ』を持参いたした!」 姫の前には三つの『ぱふえ』。 目を輝かせる姫を前に、光安と栗山は早くも貴公子たちの敗北を予感していた。 (この『ぱふえ』では姫の心は射止められない…) これで姫の秘密は守られる。 一つ目の『ぱふえ』は昇の皇子が持参した、『喫茶・天竺』自慢の『ぱふえ』。 『ぱく』 「どうだ? 葵姫」 姫は黙って首を振る。 「この『ぱふえ』は『薄焼きもろこし煎餅(またの名をこーんふれいく)』の量が多すぎまする」 二つ目の『ぱふえ』は守の皇子が持参した、『かふぇ・蓬莱』特製の『ぱふえ』。 『ぱく』 「次はどうだ?葵姫」 やはり姫は首を振る。 「このくりぃむは種子の油(植物性だと言いたいらしい)で出来ておりまする」 そして三つ目の『ぱふえ』は隆也中納言が持参した、『都食堂』人気メニューの『ぱふえ』。 『ぱく』 「これが最後の『ぱふえ』であるぞ、葵姫」 姫はちょっぴり憤慨する。 「寒天で量を誤魔化すなど言語道断」 白玉団子だったらよかったのだけれど。 こうして葵姫のめがねにかなった『ぱふえ』は無く、三人の貴公子には即刻退去が申し渡されたのだが…。 そんなことで収まりのつく貴公子たちではない。 「ええいっ、どうしても会わせぬというのなら、無理矢理にでもっ」 塀を乗り越え始めた三人の貴公子…もはや狼藉者…は、姫の寝所目指してまっしぐら。 しかし…。 「何をしているっ」 そこへ突然現れたのは、身に纏う錦の衣も壮麗な、若き貴公子。 「み…帝…」 呆然と呟いた貴公子たちの言葉に、光安と栗山は腰を抜かす。 「帝〜?!」 噂に高い、光り輝く葵姫に求婚しようと、ついに帝自らが登場である。 「葵姫…あなたに逢いたかった…」 にじり寄る若き帝。手には横笛。 「あなたはたいそう横笛がお上手と聞いた。私もあなたの隣で吹いてみたい。そう思い、鍛錬を積んできたのだよ…姫…」 いきなりの帝の登場に、葵姫は扇で顔をかくし、ふるふると震えている。 そんな姫の心を溶かすのは、帝の奏でる流麗な横笛の音色…。 「帝……」 そっと扇をはずした姫に、帝は優しく微笑んだ。 「祐介…と呼んで…」 「ゆ…祐介…」 帝の手が葵姫の裳裾を掴む。 「あ…」 「姫…愛しています…」 帝がその腕に、姫を抱こうとした瞬間…。 「なりませんっ!」 叫んだのは父と母。 「姫は…姫は…っ」 ムッとした顔を向ける帝に、光安と栗山は、ついに姫の秘密を告げた。 「男子なのですっ」 「へ?」 やって来たのは奇妙な間。 「男子…? この愛らしい姫が…?」 目を満月にして葵姫を見つめる帝。 キョトンとしているのは葵姫。 なんのことだかわからない。 『男子』というものは、いけないものなのだろうか? 帝はそんな姫をしばし見つめていたが、やがてにっこり笑うと婉然と言い放った。 「だからといって、格別困ったことは無いであろう?」 そして、呆然とする父母を残し、姫を抱きかかえて寝所の奥へと消えていった。 「姫…」 一つ優しく囁くたびに、一枚ずつ葵姫の衣を剥いでいく。 「あ…っ」 「祐介…って呼んで…」 「ゆうすけ…」 「そう、そうだよ、葵…」 あまり外気に晒されたことのない葵の白い肩に、うっすらと跡を残す。 ほんのりと薫る、焚きしめられた衣の残り香…。 すべてが欲しくて、体中に口づける。 例えこの身体が自分と同じ性を持っていても、そんなことはたいした問題ではない。 愛しいのはこの人、この身体、この心。 そう、葵、ただ一人。 「葵…あおい…愛してる…」 ありったけの思いを込めて、繰り返し囁く。 「ゆう…」 返す言葉も溶けていく。 「私のものになって…」 こうして帝が姫のすべてを手に入れようとしたとき…。 「葵、衣を着なさい」 もつれ合う二人の頭上から冷たい声が降り注ぐ。 「だ、誰だっ」 白く細い姫の身体を抱きしめたまま、帝は起きあがる。 目の前には声の主。 見たこともない若者が、見たことのない装束を纏って立っている。 「葵…今宵は満月。時は満ちた。あなたは帰らねばなりません」 「何っ? 貴様、何者だっ」 怯える姫はしっかりと帝に抱きついている。 「私は、あそこから来た」 指さす先は…。 月…。 「葵は、月の世界の住人。たとえあなたが帝であろうと、この身体を手に入れることは出来ない」 そう言うと、若者は微笑んで葵に手を差し伸べた。 「さあ、帰りましょう。帰って二人、幸せに暮らしましょう」 しがみついていた姫の力がふわりと抜けた。 「姫…? 葵姫っ」 若者の言葉に誘われるように、姫はふらりと立ち上がる。 月光に晒される白い肌…。 「綺麗ですよ…」 若者は脱ぎ捨てられた衣を取り、そっと姫を包み込む。 「参りましょう…」 その時、葵姫がゆるりと振り返った。 「ゆうすけ…」 「あおい…っ、行かないで…っ」 掴んだ衣がするりと抜けた。 「許して下さい…」 青みを湛える月光を背に、しっとりと佇む優しい姫。 「行かないで…」 そう言って手を伸ばす。 この腕にしっかりと抱き留めておかなければ、あなたは行ってしまう…。 あの月の光に魅入られて…。 「愛し…て…」 「どうしたの?」 「へ?」 「もしかして、寝ぼけてる?」 姫…? どーしてブレザー姿なわけ? 「ぷぷっ」 ぷぷっ…? 「かわいー。祐介ったら寝ぼけてるー」 え…。僕の葵姫…。 「わーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 僕は飛び起きたっ。 え…飛び…起き…? もしかして、僕は今…どこで…。 「あんまり幸せそうな顔して寝てるから、起こすのがかわいそうになっちゃったよ」 葵の膝枕? 「あのさ、僕、どこで寝てた…」 恐る恐る真実を確かめる。 「ん? ここだよー」 葵が指さしたのは……紛れもなく葵の膝の上だった…。 バカ祐介…。 なんで飛び起きたりしたんだ…。もったいない…。 よしっ、こうなったらもう一回…! 「もう一寝入りさせてっ」 僕は葵の膝にしがみついた。 「わわっ。祐介ってばっ」 ええい、離すもんか。 もう一回寝て、寝所のシーンからやり直しだ! こうしてジタバタしていた僕たちは、結局夕食時間に間に合わなかった。 「祐介のバカ」 「ごめん…」 翌日、僕が特大のチョコパ(コーンフレークなし)を奢らされたのは、言うまでもない…。 |
END
月から来た迎えの若者は誰かって?
そんなのアナタ、聞かぬが花でしょう(笑)
10000GET、秋本司さまからいただきましたリクエストです。 が…実は…。 ![]() リクエスト内容は、『葵くんと祐介のデートがいいが、悟先輩派が恐いので葵くんと祐介と悟先輩と光安先生(保護者として)でデート?がいいです。果たして高校生に保護者はいるのか!というあたりは気にしないで。内容はコメディー(ギャグ)が………』ということでした(汗) コ、コメディ…ギ、ギャグ…、しかも3P(違うって)デートに、光安先生の乱入…。 ワタクシの頭は混乱を極めました。そしてついに司さまに泣きついて…。 「ごめんなさーい!!オールスターキャストにするからパラレルにさせて下さいっ!」 …って、オールスターキャストでもないじゃん…。 祐介、最後までいけなかったし…(誰も最後まで頼んでないって/笑).。 しかも、この内容に、このタイトル(爆) 司さま、ごめんなさいっ!(逃げっ) |