がんばれ、青少年!
〜PANIC THE・聖陵祭〜
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*カサノヴァの恋人の場合 「げっ」 よりにもよって真後ろでいきなり上がった『カエルを踏みつぶしたような』声に、守は何事かと振り返る。 ここはスタンバイ中の舞台袖。 「わっ、おいっ、東吾!」 それでなくともはっきりと人目を避けてこそこそしていた東吾が、いきなり守の纏うマントに中に入り込んできたのだ。 「なんだよ、どうしたんだよ」 「い、いいから黙ってかくまえ!」 その時…。 「森澤先輩っ!」 早坂陽司が全力疾走で突っ込んできた。 「守先輩! 森澤先輩は?!」 何だそう言うことか。 守は東吾の意図をはっきりと悟った。 ま、東吾の気性なら仕方がないかと思うのだが…。 陽司の声が東吾の名を告げた途端、守はマントの中でギュッとしがみつかれた。 背中にふかふかと作り物のバストが押しつけられている。 経験豊富な守には、そんなものはものの数ではないのだが、それよりも後ろから自分の胸に回された腕が小さく震えているのが何だかいじらしくて、そっちの方がそそってしまう。 陽司は守のあたりを中心にキョロキョロと東吾の姿を探しているが…。 「ん〜、そうだな、これ以上しがみつかれて、今夜部屋に帰ってその気になっちまったら困るからな〜」 「はぁ?」 守の意味不明の言葉に、陽司が首を傾げると、守は『ほれっ』っとばかりにマントを翻した。 「ああっ! バカっ守っ!!」 怒声と共に現れたのは、これからカサノヴァの餌食にされる予定の、なんとも可憐な貴族の令嬢。 「せ…せんぱい…」 陽司はこれでもかというくらいまで目を見開く。 可愛いだろうとは思っていたが、これほどとは…。 もともと長いまつげが、さらに濃厚に強調されていて、もともと紅い唇が、さらに艶やかに濡れていて…。 しかも、いくら華奢とはいえ、部活で鍛えてある肩だというのに、露わにされて真っ白のレースに縁取られたそのラインはとんでもなく色っぽい。 そんな陽司の歓喜と欲望に満ちた視線を受けて、東吾は完璧に固まっていた。 あっさりと裏切ってくれた守に対する文句も出てこない。 …と。 つ〜……。ぼたっ。 「お、おいっ、早坂」 今度は守が目を見開いた。 …・お前、情けなすぎ…。 東吾は陽司の流血を見て我に返った ハイヒールで陽司にケリを入れた瞬間に光った新聞部のフラッシュが、さらに東吾の怒りを煽ったのはいうまでもない…。 *黒蜥蜴の場合 「え? …ええええ?!」 本番中の舞台のど真ん中。 アヤシイ紫のピンスポットの中で、小林少年こと綾徳院桐哉はセリフにない声を上げていた。 本当ならば立っていなければいけないハズなのに、何故か自分の目の前には天井が。 そして、覆い被さってくるのは妖艶な笑みを浮かべた『黒蜥蜴』。 総スパンコールの豪華衣装も、ぬらぬらと妖しく光っている。 「さっ、佐伯先輩っ」 小さく言ってみるが、黒蜥蜴さんはにっこり笑うばかりで答えてはくれない。 「あ、あのっ、つ、次のせりふ…!」 だいたい『黒蜥蜴』に小林少年が出てくること自体がおかしいと言うのに、さらなるこのシチュエーションはいったい何だ? しかも、いきなり始まったラブシーンに、講堂中は大歓声だ。 『可愛いね、小林くん』 それははっきりとセリフになってはいたのだが…。 「せんぱいっ、勝手にセリフ変えちゃダメですっ」 桐哉、そんな心配をしている場合じゃないだろう。 そして、そんな二人に舞台袖で舌打ちした人間が約1名。 明智小五郎こと坂枝俊次だ。 「…ったく、佐伯のやつ、やりたい放題やりやがって」 ここは可愛い後輩のために一肌脱ぐしかない。 『待つんだっ、黒蜥蜴』 こうなったら何が何でもここから軌道修正してやる。 坂枝は、舞台中央でもつれ合う二人に走り寄った。 そして、黒蜥蜴を小林少年から引き剥がす。 「さかえだ〜、まだ出番じゃないだろ〜」 「やかましいっ、ボケてんじゃねぇよっ」 「いいじゃんか、ちょっとくらいアドリブいれなきゃ、ウケないぜ」 「アドリブ入れるのは勝手だがな、桐哉に手を出して加賀谷に殺されても知らんからな、俺は」 「へ〜、桐哉の相手は加賀谷なんだ」 「そうだよっ。加賀谷にボコられたくなかったら、今すぐその手を引っ込めろ。そうしたら、今回だけは黙っててやる」 そう言った明智小五郎の袖を、小林少年が引っ張った。 「ん? なんだ? 桐哉」 「早く次のセリフ言わないと上演時間オーバーになっちゃいますよ〜」 確かに上演時間オーバーになると、失格してしまうのだが…。 舞台中央でがっくりとうなだれる、美貌(?)の怪盗と名探偵。 小林少年、危機感なさ過ぎだよ、君…。 *ジュリエットの場合 「うわぁ…」 隆也は一度だけ声を上げて、絶句した。 スタンバイで入った舞台袖。 数メートル先のライトの下では目眩く『文芸大作』の耽美な世界が繰り広げられていた。 しかも、よりによって愛の場面。 折しも春琴が佐助に抱かれようとしていることろだ。 抱きしめられた春琴が軽く反ると、白い喉元が晒される。 何故だかあちらこちらで『ごくり』とナマ唾を飲み込む音までする。 客席はあまりに艶やかなシーンを目の当たりにして声もない。 『…いてっ』 だが隆也はそんな舞台に集中できなかった。 肩に回されていた悟の指が、肩に食い込んだのだ。 『…うっわ〜ん、悟先輩…目が据わってるよぉぉぉ』 隆也が怯えた瞬間、講堂中がどよめいた。 何事かと目を戻せば…。 『あ、あさい〜!! やめろ〜!! それ以上やるんじゃない〜!! 被害を被るのは僕なんだぞ〜!!!』 隆也の心の叫びは、当然佐助には届かない。 舞台の佐助は幸せいっぱいだ。 堂々と、その白い喉元に唇を這わせて…。 *春琴の場合 うわ…祐介っ、そんなに力入れなくても…っ。 ああっ、こらっ、どこ触ってんだよっ。 ひゃぁっ、な、舐めるなってばっ。 ぜーぜー…。 最後のセリフを言うと、それに少しかかるように、、緞帳がわずかな機械音と共に降りてくる。 …一応練習通りには出来た。 祐介はかなり暴走していたが。 だが問題は幕が下りきったときに起こった。 D組が終演すると、すぐにC組が舞台設営にかかる。 座ったまま演技を終えた葵が祐介に優しく抱き起こされたとき、下手からロミオとジュリエットがやって来た。 ロミオは葵と祐介を見てにっこりと笑った。 「お疲れさま、良い出来だったね」 そんなロミオに肩を抱かれたジュリエットが、可憐な顔を引きつらせている。 「ありがとうございます。葵のリードのおかげで全力投球できました」 …はぃぃぃ? ちっ、違うだろっ祐介っ!! 葵もまた、幼い色気満開の頬を引きつらせる。 「先輩も麻生と頑張ってくださいね」 「ああ、負けないようにがんばるさ、な、ジュリエット」 「はっ、はいぃっ!」 返事の声が裏返っているのは、もちろん開演前の緊張のせいなんかではない。 「じゃあ、感想はまた今夜ゆっくりとね…」 ロミオは葵に向かって殊更穏やかに微笑んだ。 その穏やかさが…。 「あおい…今晩大変だね…」 すれ違いさま、ジュリエットから心底同情したように囁かれて、葵は顔色を無くした…。 ☆ .。.:*・゜ やれやれ、大騒ぎの聖陵祭初日がやっと終わった。 けれど、今夜は学校中が不夜城と化す。 明日の準備の為だ。 そうそう、そのせいで、今夜は消灯点呼がないんだ。 その代わり、正門はいつもより早い時間に閉められちまうけどな。 ちなみに、俺、横山大貴が部屋に戻ったのは午前も2時過ぎ。 校内での最終点検を終えるとこんな時間になっちまうんだ。 けれど…。 悟はまだ帰ってなかった…。 おかしいな。 管弦楽部は、演劇コンクールのあともいつも通り練習はしていた。 なにせ、3日目の目玉は管弦楽部のコンサートだからな。 でも、音楽ホールはいつも通り10時に施錠されたはずだけど…。 そして俺がシャワーをあびて出てきた時、漸く悟は帰ってきた。 「遅かったな」 「あ、ああ。ちょっとね」 …どこで何してたんだ?悟……。 「あれ、このビデオは?」 悟はわざわざ話題を変えてみました…ってくらいにわざとらしく、俺の机の上に、いくつか積み上げられたビデオに話を振った。 「ああ、それ、本日の没収分」 「え。もう出回ってるのか?」 「ああ。早いだろ? 没収第1号は演劇コンクール終了のわずか30分後。D組の春琴抄で取引価格はなんと5千円だぜ」 「……へぇ…」 悟…お前、なんだか物欲しそうな顔してるぞ。 や、やっぱり本命はD組の…。 じっと見つめる俺の視線に気がついたのか、悟は何でもなさそうに肩をすくめた。 「いや、麻生が欲しがってたから。D組のビデオ」 へ? 「麻生が?」 そういや、麻生のヤツ、やたらと『葵、葵』って言ってたよな。 「あのさ、まさかと思うけど、麻生って奈月のこと…」 「ああ、管弦楽部では有名だ」 「…え」 …マジっすか? ってことは、浅井と奈月がデキていて、麻生が好きなのは奈月で、悟が好きなのは……。 うがー! もう、わけわかんねぇっ! そうそう。 わけわかんねぇって言えば…。 なんだかさ、光安先生ってば、ふらっと生徒会室に現れて、A組のビデオだけ没収していったんだよな〜。 なんでだろ? |
おしまいv |
そんな大ちゃんに、らぶ(笑) |
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