君の愛を奏でて

「ストロベリータイム」





 ボクの名前は藤原彰久。
 聖陵学院中学校の1年生。
 ついでに言うと、管弦楽部のフルート奏者だ。

 入学して2ヶ月。
 友達もたくさん出来て、初めての寮生活にも何とか慣れてきた。

 先月、大好きな奈月先輩にけがをさせてしまって、酷く落ち込んだボクだけど、その後も奈月先輩はとっても優しくて、ボクはまた元気に学校生活を送っている。
 毎日、部活で奈月先輩を眺めながら…。
 
 …の、はずだったんだけど…。



 ボクは最近何だか変だ。
 部活へ行っても、違うところを眺めている。
 何なんだろう…。
 ボク、何処を見てるんだろう…?



 ある日、ボクはたくさんの楽譜を抱えて練習室の並ぶ廊下を歩いていた。
 すっごく重くて、ボクが一休みしようかと思ったとき…。

「貸して」

 声がするのと一緒に、ボクの腕がフッと軽くなった。

「あ…」

 振り返ると、そこには浅井先輩がいた。
 高校1年生でフルートパートの次席奏者。中学生たちにとって、憧れの先輩の1人だ。

 そして、その手にはもう、さっきボクが抱えていた楽譜の束が…。

「あの…」
「何処まで持って行くんだ?」
「準備室なんですけど」
「持っていってやるよ」

 言うなり先輩はさっさと歩き出してしまった。

「あ、でも…!」
「藤原、お前ちゃんと食ってる?」

 先輩は、小走りについていくボクの方を見ないまま、そう言った。 

「え?」
 いきなりの展開についていけないボク。

「お前って飛び抜けてチビだし…」

 ど、どーせ…。群を抜いてチビですよーだ。

「ま、チビはいいとして、めちゃめちゃ軽かったからな」

 え?

「軽いって、…ボクがですか?」
「ああ。この前、脳貧血でひっくり返ったじゃないか。あの時すごく軽いからびっくりしてさ」

 それって、ボクが奈月先輩にけがをさせちゃったときだ!

「もしかして、ボクを運んでくれたの…」
「僕だけど」

 先輩は相変わらず前を向いて、長い足でスタスタと歩いていて…。
 知らなかった…。

「ごめんなさい、先輩。ボク、知らなかった…」
「あ? そりゃそうだろ。だって『イシキフメイ』だったもん」

 わざと『意識不明』を強調して、おどけたように言う先輩。 

「まあな、身長はそのうち伸びるだろうけど、しっかり食っとかなきゃ体力持たないぞ。管弦楽部は体力勝負だからな」

 …やっぱりそうなんだ。ボク、練習がすんだらいつもヘロヘロになっちゃうもん…。

「…ボクも浅井先輩みたいに大きくなりたいな…」

 ポツッと呟いただけなのに、先輩はピタッと歩くのをやめた。
 そして、ボクを見おろして…。

「僕だって、中1の時はチビだったよ」

 ニコッと笑う。

「え? ホントに?」
「ああ。ホントだ。でも、藤原は小さい方が可愛いと思うけどな」

 ええっ?!

「何も、でかくなることないって。体力さえしっかりついてればいいんだからさ」

 先輩はまたスタスタと歩き出す。
 僕は慌てて後を追っかける。

「開けて」
「あ、はいっ!」

 準備室のドアを開けると、部活が終わってずいぶん経っているせいか誰もいなかった。

「置いておくだけでいいのか?」
「はい。配るのは明日だからって、3年の先輩が」
「ん、わかった」

 先輩は、楽譜の束を広いテーブルの上に置くと、またニコッと笑った。

「がんばった藤原に、ご褒美やるよ」

 え? ご褒美?!
 ボクの目はきらり〜んと光ったはずだけど…。

「でも、ほとんど先輩に運んでもらって…」
「いいから来いよ」

 先輩は悪戯っぽく笑うと、ボクの手を引いた。

「どこ行くんですか?」
「練習室さ」

 それだけ言うと、先輩は小走りになった。
 ボクにとっては全力疾走に近いけど…。




「はぁはぁ…」
「なんだ、やっぱりお前って体力ないな〜」

 はい、我ながら情けないです…。
 準備室から練習室まで、たった2階分の階段を駆け上がっただけなのに、ボクは散歩の後の犬みたいに息をついていた。

「ほら、入って」

 分厚い防音室の扉の向こうには…。

「あれ? 藤原くん」

 奈月先輩だ!

「そこでばったり会ったから連れてきた」

 浅井先輩が後ろ手にドアを閉めて入ってきた。

「あ、あの…、浅井先輩に楽譜を運ぶの手伝ってもらったんです」

「優しい先輩だろ?」

「あはは。藤原くん、祐介は体力もてあましてるから、どんどん使っていいよ」

 奈月先輩、顔は天使の微笑みなのに、言うことは…。

「どーせ」

 答える浅井先輩の口調も、他の人に対するものとずいぶん違うような…。

 2人の先輩は、ニコッと笑い合った。
 なんかこう…割り込めない雰囲気が…。

「はい、藤原くんもどーぞ」

 ボーッと見つめていたボクの目の前に、真っ赤なものが現れた。
 いちご?

 奈月先輩が持つ、プラスチック製のお皿には、真っ赤な苺が甘い香りを立てて、てんこ盛りに…。

「どうしたんですか?これ?」

 びっくりしてるボクに、奈月先輩がペロッと舌を出した。

「学食のおばちゃんがね、発注をミスっちゃったんだよ」

「こう言うときに、学院のアイドルと同室だと得だよな」

 つまり、余った苺をおばちゃんたちが奈月先輩に貢いだってことか。

 浅井先輩がボクの後ろから手を伸ばして、一個つまんだ。

「ほら」

 はい?

「藤原、口開けて」

 あ?
 ホケッと口を開けたボクに、浅井先輩が、ポンッと苺を…。

「んあっ」
「どう? 美味しい?」

 ボクは口をモゴモゴさせながら頷く。

「たくさん食べろよ。ビタミンCたっぷりだからな」
「色白になるかな?」
「葵はこれ以上白くなったら雪女になるぞ」
「何それ、ひどーい」

 先輩たちも苺を食べながら、仲良く話をして…というか、じゃれて…。

「ほら」
「はい」

 ボクの口にもどんどん苺を放り込んでくる。
 1人で食べられますってば〜。

「藤原はとにかく体力つけなくちゃな」
「そうだよね、藤原くん軽かったもん」

 そう、あの時奈月先輩はボクを庇って、ボクを抱えて階段を落ちたんだ。

「でも、奈月先輩もすごく細いじゃないですか」

 先輩はボクより10cmくらい背が高い。
 浅井先輩はもっともっと高いけど。

 でも、まだお子さま体型のボクと違って、奈月先輩は手足が長くてスラッと見える。
 もしかして、ボクより華奢なんじゃないかな?

「あはは! 藤原、外見に騙されちゃダメだぞ。こう見えても、葵は結構体力あるんだから」
「え? そうなんですか?」

 奈月先輩はあんまり食べないって、誰か言ってた覚えがあるんだけど…。 

「机の引き出しの中…」
「わーーーーーーーーーーーーーっ!言うなっ祐介っ」

 浅井先輩が何かを言おうとしたところを、奈月先輩が遮った。
 けど、浅井先輩はそんな奈月先輩を、後ろから羽交い締めにして口を塞いだ。

「葵の机の中、チョコレートぎっしりなんだぜ」

 へ? ホント?

 ボクが目をまん丸にしたとき、
「いてっ」
 浅井先輩が慌てて奈月先輩から手を離した。

 …奈月先輩、噛んだらしい…。

「あ〜お〜い〜」
「ゆうすけ〜」
 

 …それから取っ組み合いが始まった。

 本人たちは喧嘩をしているつもりかも知れないんだけど、ボクにはじゃれてるようにしか見えない。

 だって、浅井先輩、嬉しそうなんだもん…。

 ボクも、苺をつまみながら、滅多に見られないものを楽しんで…。


 何故かその時、ボクは唐突に気がついた。
 ボクがこの頃見ていたのはどこだったのか…。


 ボクはもう一つ苺をつまむ。
 口の中に広がるそれは、なぜか、酷く酸っぱかった…。




10万Hits記念感謝祭「ストロベリータイム」 END


ふふっ…恋せよ、少年(笑)

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