2002年バレンタイン企画
お・ま・け
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「これ…」 夜の第1練習室。 神妙な顔をして、葵が僕に、小さな包み紙を差し出した。 そっと僕の反応を伺う素振りが何とも言えない。 きっと、内心でびくびくしてるのだろうけれど…。 葵が差し出した箱の中身はきっとチョコレート。 僕は心の内でざわざわするものを無理やり押さえ込んで、笑顔を作ってわざと聞く。 「なに?」 「んと…開けてみて」 そう言われて僕は、初めてその箱を受け取った。 渋い金色の包装紙に、銀色のリボンが丁寧に掛けてある。 わざとゆっくりとした動作でリボンを解き、包装紙を剥がすと、でてきたのは…。 「え…?」 てっきり『黒い物体』がでてくると思っていたんだけれど、そこにあったのは目にも鮮やかな挽き茶色をした丸い物体で…。 「悟、京都で抹茶を飲んだ時に美味しいって言ったから…」 ああ、もしかして…。 「これ、祇園のお茶屋さんがこの時期だけ作る抹茶チョコなんだ。悟は甘いものあんまり好きじゃないから、これだったらいけるかと思って…」 わざわざ京都から? 「でも…葵は駅前でチョコを買ってたって誰かが言ってたけど」 それは、誰か…じゃなくて、みんなが噂していた…多分…事実。 『駅前』の一言で、葵は少し顔色を変えた。 「あ、あのね、買いにいったんだけど、いいのが見つからなくて、それで、由紀に電話して京都から送ってもらったんだ」 「そうなんだ」 僕がニッコリと笑うと、葵もスッと緊張を解く。 「うん、そう」 「わざわざ京都からだなんて…葵、ありがと」 「ううん、そんな…」 「じゃあ…、クマのチョコレートはどうしたの?」 サラッと流れた僕の言葉に、葵の顔色が、今度ははっきりと変わった。 …言わないでおこうかと思ってたんだけど…。 やっぱり、ダメだ…。 「く、くまって…」 葵は可哀想なくらい動揺してしまったようだ。 「浅井が持ってるのかな?」 そこまで言うと、葵は観念したように俯いた。 「…うん。祐介に…あげ……っ」 最後まで言わせたくなくて、僕は強引に葵の唇を塞いだ。 折れそうなほど華奢な身体をきつく抱きしめて、息もさせないほどに唇を深く合わせる。 |
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『聞いたか? 奈月って、浅井にチョコ渡したらしいぜ』 『マジっ?』 『1−Dの連中、大騒ぎしてたぞ。二人っきりになった生物実験室でキスまでしてたって話だ』 『うわ〜、やるねぇ、一年坊主』 『これで、奈月と浅井の関係は確定だな』 『陰で泣いてるヤツ、多いだろうなぁ〜』 『お前だって泣いてるんじゃねーの?』 『え? わかる?』 昼休みの終わる頃、僕の耳に飛び込んできたとんでもない話。 『なあ、悟〜』 『…なに?』 『やっぱ、部活中でもあいつらいい雰囲気?』 それを僕に聞く? 『さあ…。ジッと見てるわけじゃないから…』 大嘘もいいところだ。 僕の目はいつも葵だけを追っている。 『あ、そっか。指揮者は一箇所だけ見てるわけにいかねーよな』 『まあね』 曖昧に返事をすると、クラスメイトたちはまた、無責任に葵の話に花を咲かせる。 葵が浅井に…。 きっと浅井はこの状態になることを狙ってやったんだろう。 それはきっと、『葵のため』…で。 葵は僕との関係を隠そうとする。 そこに立ちはだかるのは、僕らが『恋人である』という以前に『兄弟である』という事実…。 でも僕は、『葵は僕のものだ』と大きな声で叫びたい…。 |
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「ん…っ…」 葵が身じろいだ。 息苦しさからか、それとも…。 僕は抱きしめる力を弱めないまま、葵のブレザーをはぎ取った。 そして、ネクタイに手を掛けて、抜き取る。 シャツのボタンに指をかける。 葵が激しく暴れ出した。 取れてしまいそうなほど、強く頭を振って、僕の唇から逃れたその小さな口は、上がってしまった息の中で苦しげに僕の名を呼ぶ。 でもそれは、甘い囁きじゃなくて…。 「さと…るっ、やめ…」 止めてなんかあげない。 僕は葵の言葉に耳を貸さず、そのままシャツのボタンを外しにかかる。 「お願い…だか…らっ」 いやだ…。 「だ、め…って…。こんな…とこ、誰か…に…」 誰に見られたってかまうもんか。 「葵…抱かせて」 耳にそう埋め込むと、葵は一瞬で身体中を強張らせた。 「さ…とる…」 その声には、恐怖の色すら含まれていて…。 ああ…葵…。 「葵…あおい…僕だけの……」 僕は、有無を言わせず、その白い肌に掌を這わせた…。 |
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「…はい、これ」 僕は3冊のノートを葵に手渡す。 「あ、ありがと、悟」 葵はニコニコとそれを受け取る。 バレンタインから1週間。 葵のご機嫌はなかなか直らなくて、僕はこうして毎日せっせと課題のノートを葵に渡している。 まあ、一学年下の課題だから、取り立てて大変なことはなんにもないのだけれど…。 でも、『キスもお預け』…は、かなり、キツイ…。 |
お・わ・り |
アホな悟のそれなりに深刻なバレンタインでした(笑)