2002年ホワイトデー企画
お・ま・け
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「これ…」 夜の第1練習室。 綺麗な笑顔で、悟が僕に、かなり大きな箱を差し出した。 今日はホワイトデー。 箱の中身はきっとバレンタインの『お返し』だ。 でも、僕は小さな抹茶チョコをあげただけで、しかも課題を1週間やってもらうってオプションつきで…って、これは悟が悪いんだよね。 やめてって言ってるのに、あんなコトするから…。 それにしても箱は大きい。 しかも…。 これって、ほんの何時間か前に祐介からもらった箱と、すっごくよく似てるんだけど…。 「これ…」 「うん…開けてみて」 そう言われて僕は、リボンを解き、破らないようにそっと包装紙を広げた…。 中から出てきた箱も、やっぱり見覚えがあるものと同じ。 「う…」 蓋を開けてみると、そこには綺麗な焦げ茶の…クマ。 うわ…どうしよう〜!!! 祐介からもらったのとまったく同じだ…・!! どうしてこんな…? 僕は戸惑いの表情のまま悟を見上げる。 「葵、クマ好きだもんな」 うん、そうなんだけど…。 「あ、ありがと…悟。大事にするね」 僕はそう言ってクマをギュッと抱きしめる。 「クマじゃなくて僕に抱きついて」 そう言って少し手を広げた悟は、いつもと変わらない優しくて温かい微笑みで…。 やっぱ、言えないよね…。 祐介がくれたのと同じだなんて…。 僕は諦めにも似た気持ちで、そっと悟の腕の中に納まる。 ここでまた、悟にへんな気持ちを起こさせちゃまずいし…。 頬のあたりに触れる悟の心音は、その笑顔と同じように穏やかだ。 とりあえず、今夜は黙っていよう。 また、帰省したときに言えばいい…よね? 二人きりで過ごす時間はとても早い。 今夜も少し話しただけなのに、もう消灯間際だ。 それに…、明後日から悟は修学旅行に行ってしまう。 僕は、一人で桐生家に帰ることになってるんだけど…。 そうだ…。その時、このクマを連れて帰ろう! 香奈子先生が車で迎えに来てくれるって言ってたし! 412号室には祐介のクマ。そして桐生家の僕の部屋には悟のクマ。 悟が412号室に来ることは滅多にない。 入ってきたのは、ゴールデンウィークの時に、階段から落ちて安静にしていたあの時だけだし…。 そう考えつくと、なんだかホッとした。 だって、悟と祐介、どっちにも嫌な思いさせなくてすむしね。 …って、こう言うところが、僕のずるい所なんだろうな…。 う。反省…。 「帰ろうか? 葵」 悟が名残惜しそうに言う。 僕も仕方なく頷く。 もしも、明日の夜会えなかったら、次に二人だけになれるのは、1週間も後…。 やっぱり、寂しいな…。 僕はまた、ギュッとクマを抱きしめる。 寮への帰り道も、僕は大切にクマを抱えて歩いた。 実は放課後も、祐介がくれたクマを抱えて歩いてたんだけど。 こうなったら、なまじ似て非なるクマでなくてよかったよね。 まったく同じクマだから、きっと、大丈夫…。 |
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でも。 どうしよう…。 まさか412号室には持って入れない…。 僕のベッドの上、同じクマが2匹ってことになっちゃうよ。 そうなったら、祐介に悪い…。 階段を上がる足も鈍くなる。 どうしよう…。 4階へたどり着く前に打開策を見つけないと…。 そうやって、内心で焦りまくってる僕の脳裏に、一人の友人の顔が浮かんだ。 そうだ! 隣の部屋の羽野くんに預かってもらおう! 彼はすっごく口が堅いし、詮索したりもしないから、きっと1日くらい預かってくれるだろう。 そう思うと、急に心が軽くなった。 現金な僕…。 そして、寮の3階。 悟とはここでお別れ。 「はい、葵」 悟は両手を出した。 「え? なに?」 何かを受け取ろうとする形にされたその手の意味がわからなくて、僕は悟を見上げる。 「クマ、連れて帰るよ。僕の部屋で預かっておくから」 え? 「どうして?」 悟の意図がまったく掴めなくて、僕は混乱する。 「だって、葵の部屋にはもう、クマがいるだろ?」 な・な・な…。 「なんで知ってるん?」 ああ、思わずお国言葉が…。 「浅井のプレゼントも、これと同じもの…」 ニコッと笑った悟に、含むものはなさそうなんだけど…。 僕のパニックに気づいてか、悟は僕の手からクマをさっさと取り上げて、もう一度柔らかく微笑んだ。 「心配いらないよ、葵。 わかっててやったんだから」 …それって…どういうこと?! 「浅井がクマのぬいぐるみを二つ、駅前で買ったって言う情報はキャッチしてたんだ。 で、そこのところをきっちり調べて、僕も同じものを選んだ」 だから… 「ど…して?」 聞かれて悟は、ちょっぴり苦笑を交えたような、少し寂しい微笑みになった。 「もともと僕もクマがいいなって思ってたんだけど、これなら誰に見られてもいいだろう? みんなきっと、浅井からのだと思ってくれるから…」 「悟…」 目の奥がツンとする。 「ごめん…。ごめんね…悟」 僕の我が儘で、悟に嫌な思いをさせている…。 なのに、悟はどこまでも優しくて…。 「隠すというなら、徹底的にやろう…。な、葵」 それはまるで、『共犯者』の言葉。 本当に…本当に、その夜は離れがたかったんだけど、悟の言葉に、僕はどうにか頷いた。 優しくされるばかりの僕。 いつかきっと、たくさんの優しさを返したい。 愛する悟に…そして、大好きな祐介に。 |
お・わ・り |