White Angel
〜君の愛を奏でて・2001クリスマス企画〜
この企画は『豪華イラスト』がメインですv
ただし、お話を読んで先に妄想を膨らませてください(笑)
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「葵のサイズ?」 「え、いや、正確には葵の服のサイズ…なんだが…」 さっきまでの威厳やカリスマ性はいったいどこへなりを潜めたのか。 指揮棒をケースに収めるなり、世界の巨匠はただの父親の顔になった。 それは12月初旬のこと。 管弦楽部の定期演奏会を24日に控え、超過密なスケジュールを無理矢理やりくりして赤坂良昭は、長男・悟の指揮のレッスンのために、ここ聖陵学院をたびたび訪れていた。 普段どちらかというと穏やかな良昭も、ひとたびレッスンにはいると容赦はなく、悟にとって今までになく厳しい練習の毎日となったのだが、彼にとって良昭とは、数えるほどしか会ったことのない父親であったために、こうしてレッスンを受けていてもさほどの違和感はない。 かえって、純粋に『師』として受け入れられる部分が多くてよかったと思えるくらいだ。 しかし、そんな良昭がレッスンが終わるなり言ったのだ。 父親の顔と声で、しかし聞き難そうに、『葵のサイズってどれくらいかな?』と。 (それをどうして僕にきくわけ?) 悟はまずそう思う。 「いや、香奈子に聞こうかとも思ったんだが…」 訝しげな表情を見せる悟に、取り繕うように良昭が言うのだが…。 「えっと、僕も詳しくは知らないけど…」 「え? そうなのか? 悟ならよく知ってるはずだって…」 「誰がそんなことを」 「え…」 「……どうせ、昇か守でしょう?」 呆れたヤツらだ。人のこと、ネタにして…。 悟がそう思った時、良昭は慌てて首を振った。 「いや、違う。栗山さんが…」 「はいぃぃぃ?」 「栗山さんが、『葵のことなら、誰よりも悟くんが一番よく知っていますよ』…って」 違うのか? …とでも言いたそうに、巨匠の目は大きく開かれる。 「あのですねぇ…」 反論する気も起こらない。 ま、だいたい葵の体のサイズなら想像がつく。 腕に抱いた感じや、抱き上げた感じ…。 ついでに言うと、抱き寄せた時の腰の細さも、唇を寄せたときの胸の薄さも自分の身体は記憶している。 だがそれをどうやって父親に説明しろと言うのだ。 まさか『僕が抱いたときの感じでは…』などと言えるはずがない。 いくら自分と葵が『そういう仲』であると知れていても…。 「そっか…わからないか…」 あからさまにがっかりして、良昭がため息をついた。 「服のサイズなら葵に直接聞けばいいでしょう?」 もっともな意見だ。 だが、良昭はチラッと長男をみて、またため息をついた。 「いや、その、内緒にしておきたくて…」 「何を」 「え…ええっと…」 視線を泳がせる父親に、悟は思いっきり不審を抱く。 この人はいったい何をしようとしているんだ…と。 こうなったらもう、とことん突き止めないときがすまない。 何しろ対象は『葵』なのだから。 「お父さん」 あまり呼ばれたことのない名称で呼びかけられ、良昭は思わず背筋を伸ばした。 「な、なんだ?」 「うち明けてくれたら、協力してあげないでもないですが」 レッスンの時とは打って変わって、圧倒的優位に立つ長男が、不敵な態度で誘いをかける。 それについふらふらと傾いていくのは、父親としてあまりに情けないことではあるのだが、子供たちのことを『何も知らない』というだけで、もうすでに十二分に情けない父親であるのだから、ここは悪魔の微笑みに乗っかるしか手がない。 葵の喜ぶ顔が見たいから……。 良昭は覚悟を決めて、悟に言った。 「葵にクリスマスプレゼントがしたいんだ」 |
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「へ〜。そりゃまたおもしろそうだな」 「だね。父さんも結構考えてるじゃん」 「あとは母さんに連絡しておかなきゃいけないよな」 その夜の第1練習室。 桐生家の上から3人が集まって、何やらヒソヒソ話をしている。 「そりゃそうだ。母さん一人、蚊帳の外にしたら怒るよ、きっと」 「で、服のサイズはどうやってしらべるんだ?」 「それは悟の役目だろ。葵がベッドの中でぐったりしてる隙に計ればいいじゃん」 「ば、バカ言うなって」 「あはは、悟、焦ってる〜」 「昇っ!」 「はいはい、冗談ですってば。だいたい、演奏会準備で忙しくてさ、冬休みに入るまで葵をぐったりさせてる暇ないって」 「そう言う問題じゃ…」 「こら、いいかげんにしろよ、昇。 悟もいちいち相手にするなって」 「けど…」 「今度、伴奏合わせの時かピアノのレッスンの時にブレザー脱がせろよ。で、葵が練習に集中してる隙に俺たちがそのブレザーのサイズを測っておいてやるからさ」 「なるほど〜。守、頭いい〜」 「へっ、おかげさまで、いいのはルックスだけじゃないんだ」 「よくいうよ」 「でも、楽しみだな」 悟が言ったその言葉に、昇も守も頷いた。 |
それから数日後。 午後10時の電話取り次ぎ終了間際、寮内の放送が告げた。 『桐生家の3兄弟〜。誰でもいいから外線1番とって〜』 寮外にいた守はさておき、電話の相手を大方察していた悟と昇は部屋をでて、我先にと中間点にある電話に走った。 「あ、ちくしょ〜。やられた〜」 見かけに似合わない言葉で悔しがる昇を後目に、タッチの差で先に受話器をとった悟は珍しく悪戯っぽい微笑みを返すと電話に向かった。 「もしもし?」 『あら、悟ね』 受話器の向こうの母の声は、なんだか遠いような気がする。 「うん。お父さんから何か言ってきた?」 『それがね、えへへ…』 照れくさそうに笑う母に、悟はいや〜な予感を覚えた。 『良昭に任せておけなくなっちゃって…』 まさか。 「まさか、母さん…」 声色の変わった悟に、昇が不審そうな顔を向ける。 『ドイツまで来ちゃったの〜』 (もしかしたらと思ったら…) 片手で顔を覆った悟に、昇は『何? 何があったんだよっ』とまとわりつく。 それをまた片手で制し、悟は一つ深呼吸をした。 『でね、あんまりかわいいから、お揃いで帽子もミトンもマフラーも作っちゃったの〜。 それに、今日アンティークショップで素敵な柊のブローチ見つけてね、それを帽子につけたらもう、めちゃめちゃ可愛くて〜〜』 電話の向こうからバラ色のハートマークが零れ出てくるようだ。 『22日には帰るからね。 あ、良昭からあなた達にもプレゼント預かってるわ。楽しみにね〜。 じゃ、電話代高くつくから切るわね。24日が楽しみ〜!!』 言いたいことだけ喋って、母は電話を切った。 「悟、母さん何て?」 「今、ドイツだって」 「はぁぁぁ?」 「なんだかすごいことになったみたいだぞ。帽子にミトンにマフラーにブローチとか言ってたっけ」 「ブローチはともかく、冬装束フルコースじゃん」 「そうだよな。…で、僕たちにもプレゼントがあるらしい」 思いだしたように悟が言うと、昇がちょっとだけ肩を竦めた。 「そういや、毎年なんか送ってくれてたよね、父さん」 「あ、そう言えばそうだっけ」 「なんだったっけ?」 「ん〜」 自業自得とはいえ、報われない父親である。 「楽譜だろ。日本ではまだ発刊されてないのばかり」 「そうそう!! …って、守?」 いつの間にか守が後ろに立っていた。 「チビの頃はあんまりありがたいと思わなかったけど、今になるとかなりなお宝だよな」 「今年はなんの楽譜だろ?」 「さあね。それよか、俺、葵の冬装束フルコース、楽しみだな」 3人は顔を見合わせてデレッと笑った。 |
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「おはよう、葵」 25日の朝。 昨夜遅くに桐生家に帰った葵たちは、定期演奏会の疲れから、そのままそれぞれの部屋でぐっすりと眠っていた。 ただし、悟はしっかり葵の部屋に潜り込んでいたが。 「おはよ…悟」 やっぱりなんだか声が掠れてる。 「起きられそう?」 心配そうに訊ねてくる悟に、葵はたまらず頬を染めて頷く。 「じゃ、起きてみようか?」 そっと抱き起こされ、一瞬顔をしかめると、悟が慌てて背中や腰をさすってくる。 「大丈夫? まだ無理かな…」 昨夜、まるで葵のすべてを取り込んでしまわんばかりの勢いで抱いてしまった。 「ううん、大丈夫、だから…」 ふんわりと微笑んで葵が悟の首に腕を回す。 その微笑みを見て、悟は思う。 早く、見てみたい。葵が真っ白な天使になるところを…。 「うわぁ…」 紙製のくせにやたらと丈夫に作られた衣装箱の蓋をそっと開け、葵がため息と共に絶句する。 中に入っていたのは、まるで雪が降り積もったような、白・白・白。 そしてその中央に『永遠の命』を表す緑の葉と真っ赤な実。 「帽子…?」 ちいさな柊のブローチがついたその『白』は帽子だった。そして…。 「ミトン…あ、マフラー…………コート!!」 すべて白。 「綺麗…。それに、気持ちいい…」 その手触りに思わず頬を寄せる葵を、3人の兄たちと母はそれは嬉しそうに見守る。 「葵、着てごらん」 悟が葵に『白』を纏わせる。 サイズはバッチリ。 「ほら、マフラー」 昇がフワッと葵の首に『白』を巻く。 「手袋じゃなくてミトンってとこが葵っぽいよな」 そう言いながら守が葵の白く細い指にまた『白』を重ねる。 「どうして?」 「ん? だってかわいいじゃんか」 そう言ってポンポンと頭をなでると、香奈子がそこへ帽子を乗せた。 小ぶりの葵の頭がピッタリと納まる。 「ふふっ、ばっちりね」 そして出来上がったものは…。 「本当に、White Angelだな」 悟が言うと、他の誰もが頷く。 「温かい…」 葵がうっとりと呟く。 そして、目を転じた庭先には本物のWhite Angelがちらほらと舞い降りて来ていた。 「雪になったな…」 「葵、なにしろドイツ生まれのコートだからな、日本の寒さなんてへっちゃらなはずだぞ」 守の言葉に頷いて、葵は庭へと降りた。 「ホントだ。全然寒くない、すっごく温かいよ」 降りてくる雪を抱きしめるように、葵が空へ向かって大きく手を広げる。 「葵、こっち向いて!」 「え?」 突然かけられた香奈子の声に、葵が振り向くと、小さな音を立ててデジタルカメラのシャッターが落ちた。 「わ…」 葵が目を丸くすると、香奈子はニコッと微笑んだ。 「良昭に送ってやらなくっちゃね」 その言葉に、照れくさそうに葵が頷く。 「仕立ててくれたのは、良昭がいつも燕尾服を作るところなんですって。偶然見つけた生地が、とても葵に似合いそうだったからって」 その言葉に葵がまた、自分の腕や手をみてにこっと笑う。 「絵に描いたようなドイツの頑固職人がね『これを着たマエストロの坊ちゃんの写真、必ず見せてくださいよ』って言うんですって」 それってなんだか恥ずかしいな…と思いながらも、葵は体中を包む温もりにうっとりと目を閉じた。 今夜、電話しよう。 遠く、ドイツにいるあの人に。 『ありがとう』……と伝えるために。 |
END |