2002年クリスマス企画
「サンタクロースは、誰?」
〜葵、高校1年生のクリスマス〜
後編
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消灯から30分。 2学期末のテストも終わり、消灯後も勉強しているのは大学受験を目前にした3年生ばかりで、高校寮の1、2年生の部屋は静まり返っている。 そんな中で、僕はいつもならすぐに寝付いてしまうというのに、珍しく目が…ううん、頭が冴えちゃって眠れない。 何度も寝返りを打っていると、隣のベッドから声がした。 「どうした昇、眠れないのか?」 「あ、ごめん、起こした?」 「いや、そうじゃないけど」 同室の真路は現生徒会長。 日頃の激務のせいか、彼もベッドへ入ると『3カウント』で夢の国へ旅立ってしまうほど、寝付きはいい。 そんな彼を起こしてしまうほど、僕は寝返りを打ってたってことか。 「ごめん。ちょっと考え事があってさ」 「…なにか心配事か?」 真路は面倒見がいい。 まあ、だからこそ生徒会長なんて重責を担えるんだけど。 「ううん、そうじゃないんだ。ほんとにちょっとした考え事だから」 それは本当のこと。心配事じゃなくて、考え事。 「…ならいいけど。…でも、あんまり根詰めて考えるなよ。定演前の大事な時期なんだからさ」 「うん、ありがと。いい加減に切り上げて寝るようにするよ」 そもそも話している僕の声が『心配事』の色をしていないためか、真路はあっさりと納得してくれて『じゃ、おやすみ』と小さな声で言った。 僕も『おやすみ』と言って、もう一度だけ寝返りを打つ。 そして僕は、つい数時間前に葵に尋ねられたことを、また思い起こす。 『12月下旬、音楽ホールに現れる、管弦楽部員だけのサンタクロース』 尋ねられるままに今までのことを話しながら、僕はここへ入学してから今までに遭遇したサンタクロースについて、もう一度思い出していた。 最初の年…中1のクリスマスに僕の譜面台にぶら下がっていたのは『サファイア色の小さな硝子玉』。 僕の瞳と同じ色のそれは、随分後で知ったことだけれど、ドイツ製の手工芸品で、大きさの割に値の張るものだった。 そして去年…コンサートマスターになって初めてのクリスマス…はヴァイオリンを弾いているペルシャ猫の小さな飾り。 周りのみんなは『この猫、昇にそっくりじゃないか』ってはしゃいだっけ。 考えてみれば、僕を含めて部員全員、本当にみんなそれぞれのイメージによくあったものをもらっている。 これほどまでに部員のことをわかっているのはやっぱり、直人しかいない。 けれど、みんなが知っている通り、サンタクロースが現れる夜の直人のアリバイはいつも、これでもかというくらい完璧で。 しかも恒常的に忙しい直人には、150人分のプレゼントを買いに行くような時間の余裕はないし。 …でも、今回僕にはちょっとした確信がある。 今年の夏休みに初めて直人と気持ちを通わせて以来、僕は、直人の休日には必ず側にいて、色んなことを手伝っている。 もちろんそれは、生徒としての分を越えない範囲であるし、テスト中とその採点期間は、僕だってもちろん入室禁止にはなるけれど、それでも、多忙な直人の少しでも助けになりたくて、いろんな雑用を引き受けてるんだ。 で、思い返すに、あれは確か11月の初め頃。 僕たちとの関係がわかった葵が、特待生の申請を取り下げる…って話になっていたときだ。 その件で父さんがここへ来ていて、直人も葵の担任として今後の対応についての話し合いに出るから…っていうんで、僕にメールチェックを任せて行ってしまった後。 チェックしたメールの中に、ドイツ語のメールがあったんだ。 僕は、現代文も古文も漢文も大好きだけど、外国語は何であれ大の苦手。 もちろんドイツ語だって例外じゃない。 だから、そのメールは開けずに置いておこうと思ったんだけれど…。 ふいに僕は気になったんだ。 ドイツに留学していたことのある直人。 いまだに交流のある友達も多いって言ってたから、もし親密なメールだったりしたらどうしよう…なんて、妙な不安に駆られて、読めもしないメールを開けたんだ。 で、辞書を片手に単語を拾い読みして…。 結局、そのメールの中身は色気もへったくれもないものだった。 確か『ご注文の品が揃いました』…みたいなもので、発信元はローテンブルグの、とあるお店…。 僕はその名前になんとなく聞き覚えがあった。 5〜6歳くらいの記憶だから怪しいことこの上ないんだけれど、母さんに連れられて、守と初めて行ったウィーン。 そこから出かけた小旅行の行き先が確かローテンブルグで、日本で留守番をしている悟にお土産を買おうって入ったのがこのお店だったんじゃなかっただろうか。 照明を落とした店内にイルミネーションの洪水。 室内とは思えないほど高い天井の下の巨大なクリスマスツリーは、今だに鮮明に思い出せるほど、子供心にも印象的な光景だったっけ。 そこは、広いお店のすべてが年中クリスマス…という、クリスマスグッズの専門店だった。 僕は、そのメールを読んだときには、ただの事務的なメールだったものだから、少なからずホッとしただけで終わってしまったんだけど。 でも、今よくよく思い返してみれば、あれはもしかして、サンタクロースの買い物だったんじゃないだろうか。 多忙な直人が、それでも自分で生徒たちにプレゼントを選ぶとしたら、インターネットはとても便利なはず。 …じゃあ、もし、本当にサンタクロースが直人だとしたら、今年、僕の譜面台にはいったい何がぶら下がるんだろうか。 去年までとは違う、僕と直人の関係。 サンタクロースのプレゼントに、その思いは込められるんだろうか。 …そうだったら、いいのにな…。 そんなことを考えながら、僕はいつしか眠りに引き込まれていった。 |
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どうも上手くいかない。 目前に迫った定期演奏会。僕は遅くまで一人、練習室に籠もって練習をしている。 僕が吹く、栗山先生とのコンチェルトは、全体の仕上がりとしてはいい線いってると思う。 けれど、僕が、僕自身の演奏にまだ迷いを残している。 栗山先生は、そんな僕の迷いにきっと気付いているはずなんだけれど、何も言わない。 吹き方や指使い…なんていう技術的な問題点についての解決方法を探しているときには、先生はいつもすぐに的確なアドバイスをくれるんだけれど、今回のように、どこをどうしていいのか…演奏の中身そのものに問題を抱えている時には、先生は何も言わない。 僕自身が解決の方向を決めるまで、いつも黙ってみてるだけ…なんだ。 でも、…どうしよう。定演まであと少しなのに…。いつまでも迷っている時間はない。 僕はもう一度、考えあぐねているフレーズを吹いてみる。 このフレーズ、僕が担当するセカンドフルートは、栗山先生が演奏するファーストフルートを支えて、より輝かせなければいけないのに、どうしても上手くいかないんだ。 どうしてかっていうと、普通はセカンドの方が低い音域を担当するのに、ここでは逆転してるんだ。 つまり、ファーストより高い音域を吹くのに、メロディじゃない。 あくまでもメロディは、ファーストフルート。 セカンドフルートは、ファーストより目立つ音域にいるのにファーストより目立ってはいけないんだ。 だから、気持ちを込めすぎて情緒過多に走ってしまうとファーストを潰してしまうし、それを抑制しようとすると、やけに素っ気なくなって、ファーストに寄り添うことが出来なくなってしまう…。 自分自身が歌い上げながら、それでもファーストより目立つことなく演奏する…って言うのが、今のところ、僕の理想なんだけれど。 何度繰り返しても上手くいかなくて、僕が肩を落としたとき、練習室の分厚いドアが鈍い音をたてた。 急いでドアを開けてみると…。 「先生」 光安先生だ。 「随分遅くまでがんばっているんだな」 いいながら、手にした楽譜を僕に差し出す。 「フルートパートのアンサンブル用練習曲だ。今度のパート練習で譜読みしておいてくれ」 「あ、はい。わかりました」 僕はそう言って、楽器を持っていない方の手――左手で楽譜の束を受け取ろうとしたんだけれど、先生はそのまま部屋に入ってきて、楽譜を机に置いてくれた。 「今日はそろそろ終わりにしたらどうだ? ほどほどにしておかないと、本番まで持たないぞ」 …先生、心配してわざわざ見に来てくれたんだ。 だって、楽譜の配布はだいたい中学生の役目だ。先生がわざわざパートの楽譜を持ってくるなんてことないもん。 「…でも、何回やっても上手くいかないから、心配で…」 せっかく心配してもらっても、こればっかりは妥協するわけにいかない。 僕がフルートと楽譜を見比べてため息を付いたとき、先生は何でもないようにサラッといった。 「下から支えるばかりがセカンドの役目じゃないぞ」 「…え?」 でも、普段音域的にもファーストより下にいる、セカンドの基本的役割は、それだから…。 けれど、そんな僕の疑問も、先生にとっては予想の範疇だったようだ。 「音域の高低に惑わされることはないんじゃないか?」 …それって、もしかして、音域に囚われすぎ…ってこと? 「普段のセカンドフルートの…そうだな『縁の下の力持ち』的な気持ちのまま、高い所に上って下を見てみるとどんな気持ちになると思う?」 この音を、支えたい、輝かせたいと思う気持ちのままで…。 それは、普段は支えることに徹している手を、今度は差し伸べるということ…? ふと、目の前が明るくなったような気がした。 伏せていた目を上げると、先生が優しく頷いた。 「やってみろ」 「…はいっ」 言われて僕は、さっそく楽器を構え、今湧いてきたイメージのままに音をだす。 ああ、なんだかすごくいい感じ。 僕が一番大切にしたい、栗山先生が吹くその音を、柔らかく包み込むように、光を降り注ぐように…。 そうすれば、ファーストフルートはもっと輝く…! 一気に問題のフレーズを吹き終わって、僕は思わず先生を見つめた。 「…先生…っ」 ありがとうございます…と言おうとしたんだけれど、嬉しさと安堵のあまり声を詰まらせてしまう僕。 そんな僕の肩を、先生はポンッと叩き、 「まさしく天上の楽、天使の笛の音…だな、葵」 そう言って『その調子でがんばれ。でも今日はもう終わりにしろよ』って微笑むと、練習室を後にした。 ☆ .。.:*・゜ その後、僕の練習は順調に進み、今日はもう22日。 定演を明後日に控え、練習も大詰めで、今日もばっちり朝練だ。 僕と祐介が楽器と楽譜を抱え、今朝は特に冷えるよね、とか、楽器が暖まるのに時間かかりそうだな、とか話しながらホールに入っていくと、ワッと歓声が聞こえてきた。 「サンタクロースだ!」 え? ついに?! 「行こう! 葵!」 祐介に手を取られて、僕も一緒に駆け出す。 そうして上がった舞台の上、僕の譜面台には…。 「…うわ、綺麗…」 掌にすっぽりと収まる乳白色の陶器は、ピンクのサテンのリボンで吊してあった。 天使が羽ばたきながら笛を奏でている、それは素敵なオーナメント…。 みんなでひとしきり騒いでいると、悟がやって来て練習が始まった。 朝練の合奏はたいてい悟が指揮をする。先生は職員会議があるからだ。 集中した1時間の朝練が終わって、僕は悟と話をするヒマもなく、HRに向かう。 悟は何をもらったんだろう? あとで聞いてみなくっちゃ。 制服のポケットには、天使と一緒にぶら下がっていた、お菓子の入った小さな赤いサンタのブーツ。 そして僕の手にはあの、天使。 HRに僕らの担任がやって来た。 ふと目があった瞬間、僕はサテンのリボンを指に通し、目立たないように、天使を顔の横で小さく振ってみた。 すると、先生は…。 パチンとウィンクしたんだ! やっぱり、サンタクロースは…! そして、先生は次の瞬間、軽く人差し指を口に当てて「ナイショ」のポーズで微笑んだ。 うん、もちろん、ナイショだね、先生。 先生にはやっぱり今年も完璧なアリバイがあった。 昨夜は複数の生徒が先生の私室で作業していたんだ。もちろん、先生と一緒にね。 でも僕は気付いてしまったんだ。 僕たちの412号室から、夜中に一人、消えていたヤツがいたってこと。 こんなに強力な共犯者はいないね、先生。 だって先生たちの関係を知っているのは僕たち兄弟だけだから。 さて、去年まで3年間、年の割には結構大人っぽい雰囲気のオーナメントをもらっていたという祐介の譜面台には、何故か今年は…。 『く、くま……っ』 それが妙にそっくりなんだ。412号室の、祐介のベッドにいるクマのぬいぐるみとね。 憮然とした顔でクマをつまみ上げた祐介が『どういうことだよ…』って呟いたのがめちゃめちゃ可笑しかったっけ。 そして、サンタクロースと『特別な関係』にある昇がもらったオーナメントはというと。 可愛いピンクのハートに、燃えるように真っ赤な矢が刺さっていた…。 センセ、ベタすぎ…。 昇がリアクションに困ってるじゃない…。 ![]() |
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