第5幕「Finale.Allegro vivacissimo」
【5】
Op.1 最終回
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夏の夕暮れ。 少し足場の悪い――あまり整備されていない側の――裏山の坂道を、僕は軽い足取りで駆け登る。 1学期末の試験を目前にして部活動も停止期間に入った今、僕と悟が会う時間はその分、増えた。 今日ももっと早い時間にここへ来る予定だったのに、思わぬ野暮用ですっかり遅くなってしまったんだ。 「ごめんっ、遅くなっちゃったっ」 もう、すぐそこに悟の姿。 道から少し外れたところ。大木の割には死角に入っていて目立たない『沙羅双樹』の下にある、そこそこ大きな岩がここしばらくの僕らの指定席。 夏の陽は長いから、こんな時間でもまだ十分に明るい。 だからきっと悟は譜読みをしていたんだろう。 手にしていた本――スコア(総譜)――を、横に置いて、僕に優しく微笑みかけてくれる。 「慌てないで」 そう言われた端から、僕は小石に蹴躓いて…。 「わっ」 「葵っ」 でも、倒れ込んだ先は、悟の暖かい腕の中。 「ごめ~ん」 「大丈夫か?」 「うんっ、平気。それより待たせちゃってごめんね」 「いや、心配しなくてもそんなに待ってないよ」 そんなはずはないんだ。少なくとも30分は待たせてしまってるはず。 でも悟は、僕にそれ以上謝ることをさせてくれなくて、軽く口で口を塞ぎながら、僕を膝の上にひょいって横抱きにしてしまう。 日中の暑さが去り、午後から出てきた風のおかげで、こうしてくっついて座っていても、気持ちがいい。 「なんだか今日に限って課題が多くて、やっつけるのに手間取っちゃった」 「ふうん、葵が手間取るなんて相当なものだな。何の課題?」 「数学」 「松山先生か」 「うん」 「珍しいな、松山先生がそんなに課題を出すなんて」 そういえば悟も高1の時、翼ちゃん――松山先生が教科担当だったって言ってたっけ。 「うん、普段はあんまりないんだけど、1週間前の小テストの平均点、うちのクラスが一番悪かったって、翼ちゃんがショック受けちゃってね」 よりによって、担任してるクラスの平均が――しかも自分の教科で――一番悪いなんて、そりゃあイヤだろうとは思うけど。 「葵のクラスが?」 「うん」 悟はちょっと驚いた顔をした。 「学年Top3が揃ってるのに?」 あ、そういうことか。 「うん」 「なんでまた。…もしかして他のヤツらが足引っ張ったとか」 「うーんとね、そうじゃないんだ。実はね…」 実は諸悪の根元はその「Top3」だったりするんだ。 「そんなに捻った問題じゃなかったんだけどね」 というよりは、むしろ素直すぎる問題だったんだけど。 「僕も祐介も委員長も、どう言うわけか妙なところに引っかかっちゃって、見事に総崩れだったんだ」 「へえ~、珍しいこともあるもんだな」 そういう悟は妙に嬉しそうで。 「うん。返ってきたテストを見たとき、自分のじゃないと思っちゃったよ。0点なんて、生まれてこの方みたことないもん」 中途半端に悪い点じゃなくていっそ清々しいものだから正直にコクハクしたんだけど、悟は目を丸くした。 「0点? 葵が?」 「うん」 「…それはまた派手なことを…。もしかして浅井も、古田も?」 「うん、みんな0点」 「何でそんなことに」 まあ悟の疑問はもっともだよね。 「あ、もしかして、何か勘違いしたんだろう?」 さすが悟。 「大当たり。ちょっとした勘違いから、『+』『-』を全部逆に付けちゃって、おかげで数値はあってるのに全問不正解。反省を促すためにって、『部分点』の温情も一切ナシでこんな点になっちゃった」 「お見事だな」 悟~、だから、なんでそんなに嬉しそうなの、もうっ。 「…まあね。で、翼ちゃんってば仁王立ちで『これが入試だったらどうするつもりだったんだ!』な~んて」 「まあ、それなら課題がたくさん出ても仕方ないか」 「うん。同じ傾向の問題をい~っぱい出された。『勘違い』なんてつまらない理由で取れる点数を落とすような真似は二度とさせないぞ~って」 先生の気持ちはわかるんだけどね。でも…。 「それにしても、他のみんなは持ち帰り課題なのに、僕たちだけ先生の監視付き教室居残り課題なんて酷いと思わない? それに、委員長はともかく、僕と祐介は音大志望だから入試科目に数学なんてないのにね」 僕はどうにか1時間で片づけたけど、祐介も委員長もまだやってたもんね。 できた課題を翼ちゃんにチェックしてもらって、『お先に~』って出てくるときにちらっと覗いたんだけど、二人ともまだ3分の1くらい残ってて、珍しくも恨めしそうな顔してたし。 それに、ついでみたいにくっついてた傾向の違う最後の3問はかなり難しかったから、この分じゃ夕食時間にかかっちゃうかも。可哀相に~。 いろいろとグルグル考えていると、悟は笑いながら僕の唇にチュッと触れて、そして僕をギュッと抱きしめてくれる。 「確かに音大の入試科目に数学はないな」 「でしょ?」 あ。でも…。 「あ、でも、もしかしたら僕も祐介も、とばっちりなのかも」 「どうして?」 「翼ちゃん、委員長には特に厳しいから」 「あの松山先生が?」 またしても驚く悟。 そうだね、翼ちゃんって特定の生徒に厳しいってこと、今までになかったみたいだから。 「うん。なんかこう、愛の鞭って感じで、ビシバシ」 「それって、もしかして『可愛がってる』んじゃないのか?」 クスクスと笑いを漏らす悟。 僕も釣られて笑ってみるけど、それにしても、翼ちゃんが委員長を可愛がるって、ちょっと不気味かも。 なんか、反対の方がしっくりくるし。 だって『松山先生』はみんなに『翼ちゃん』って呼ばれちゃうほど可愛いん人なんだ。他の先生たちも、生徒のいない場所では『翼』って呼んでるらしいし。 去年、教科担当だけだった時には必要以上のことを話す機会がなくて、ただ『優しげなハンサム』って印象だったんだけど、こうして担任になって身近に接するようになると、ボロが出る出る。 結局、超天然さんのめちゃめちゃ可愛い人だったってわけだ。 その優しさも、第一印象以上の人だったけど。 「委員長が翼ちゃんをかまい倒してるのは時々見るけどね」 「じゃあ、やっぱり『愛の鞭』だ」 「うーん、委員長と翼ちゃんか~。なんか妙にお似合いかも」 そんな他愛もない会話で二人してクスクス笑いあっていると…。 後ろでカサッと草を踏むような音がした。 その音に、思わずビクッと反応してしまった僕を、悟がギュッと抱きしめる。 すると…。 「…あ、あおいちゃんが0点…」 「…ゆ、ゆうすけが0点…」 「僕、そんな点数とったことないよ…」 僕らの背後からヒソヒソと聞こえてきたのはそんな会話だった。 「…そこ、何してる…?」 振り返らないまま、いつもより数段低い声で悟が言った。 迫力あるぅ。 「…げ、見つかったじゃんっ」 「つかさがさわぐからだろ」 「アニーもさわいだよ~」 …あ、あの3人組だ。 「いいから出てきなさい」 悟は僕をそっと降ろしながら振り返った。 すると、茂みの中からごそごそと現れたのは、思った通りの三人組。 それにしても、司や珠生はともかく、アニーってよく隠れられたね、こんな背の低い茂みに。 「で、いったいどういうことだ。いつからここにいる?」 悟に問いつめられて、3人は肩を竦めながらお互いの顔を見やっている。 「すみません~、悟先輩のあとをつけてここまできました~」 司が上目遣いで説明し、 「だからさいしょからここにいます~」 照れっ…と笑いながらアニーは見下ろしてきて、 「ええと、僕たち3人、好きな人とラブラブになるにはどうしたらいいのか…っていうテーマで研究中なんです~」 にこにこと悪びれずに言うのは珠生。 その言葉に、わざと怖い顔を作っていた悟は呆れたようにため息をついた。 「あのなぁ、期末テスト1週間前を切ってるんだぞ。そんなことしている間に勉強しなさいっ」 「「「はい!」」」 やたらと元気のいい返事。 「わかってるのならさっさと帰るっ」 「「「…は~い」」」 3人組はさっきより数段気の抜けた返事をすると、渋々の風情で坂道を下っていった。 そう言えば、最近この3人はいつも一緒にいて、特にアニーはあまり祐介の周りをうろついていない。 もちろんばったり出会えば例の『My Sweet Heart攻撃』は健在で、長身の祐介がさらに長身のアニーに抱きすくめられてジタバタと暴れるシーンはすっかり学校内の名物になっちゃってるんだけれど。 そして、その影がカーブを曲がりきって、完全に姿が消えたのを確認すると、悟はまたひょいと僕を持ち上げて膝の上に乗せた。 「…もう、アニーにまでばれちゃってるよ」 悟の首に腕を回しながら、どうするの?って問いかけた僕に、悟はとんでもないことを言った。 「…実は、佐伯にもバレてる…」 「ええー! ど、どうしてっ?」 「さあ、どうしてだろう」 悟が首を捻る。 「…あ、そう言えば、珠生が合奏に復帰したとき、舞台袖で僕と珠生の話を聞いてたから…」 「…いや、その前からバレてる」 「ええ~! いつから~?!」 悟はまた首を捻った。ほんと、心の底から不思議がっている感じ。 「さあ、いつだろう。そんなヘマをした覚えはないんだけどな」 確かに悟がそんなヘマをするとは思えないけど。 でも、佐伯先輩が僕たちのことを知ってるってことは…。 「…もしかして佐伯先輩、わかってて僕にちょっかい出してるてこと?」 「そうなるな」 「あのっ、セクハラおやじっ!」 僕が拳を握りしめた瞬間、背後から可愛い声が遠慮がちにかかった。 「あの~。佐伯先輩はセクハラおやじじゃないですぅ~」 「うわっ、珠生っ、まだいたのっ」 さっき坂道を下っていったはずの可愛い姿がそこにあって。 「すみません~。でも、佐伯先輩、ホントに紳士です~」 佐伯先輩が……紳士……。 珠生って、もしかして『紳士』の尺度が世間と違う? 「悟先輩、奈月先輩、お邪魔してごめんなさい。でも、これ渡すの忘れてて…」 珠生の手には、大きめの茶封筒。 「佐伯先輩から、悟先輩に渡すようにって頼まれてたんです。でも、先輩の姿が見えないから、司とアニーにも一緒に探してもらってたら、裏山に入られるところを見つけちゃって…」 珠生が可愛い瞳で僕らの様子を上目遣いに探る。 …うわ! 僕、悟の膝の上じゃんっ。 慌てて飛び降りた僕に、悟はともかく、どうしてか珠生まで嬉しそうに笑って。 「奈月先輩、かわいい~」 「あのね、先輩をからかうんじゃありません」 軽くでこピンを食らわせると、珠生はえへへって笑いながら首を竦める。 そんな仕草もほんとに可愛くて。 「ああ、夏合宿の書類か。ありがとう、助かったよ。光安先生が明日の会議に提出されるから、今日中に僕のところに戻ってないといけなかったんだ」 悟は受け取った茶封筒の中身を確かめると、珠生に向かって微笑んだ。 そういえば、珠生の側に最近よく張り付いてるよね、佐伯先輩。 副部長の事務的な仕事が一段落してるときには、必ずホルンのパート練習や金管楽器の分奏を覗きにいってるみたいなんだ。 しかも、珠生からは絶対の信頼を得てるみたいだしね。 そうそう、結局、悟が『珠生』って呼んでいたのは、最初ガチガチに緊張していた珠生をリラックスさせる為だったって事をあとから僕は聞いたんだけれど、その後も悟は彼のことを『珠生』って呼んでいて、いつの間にか僕も、彼のことをそう呼ぶようになっていた。 親しみを、たくさん込めて。 こうして僕はすっかり日々の平和を取り戻し、相変わらずの忙しさの中でついに夏のコンサート本番を迎えた。 ☆ .。.:*・゜ 7月31日 快晴。 今年もOB会・PTA総会のあと、夏のコンサートが行われるんだけど、今年はやたらと参加率が高いらしくて、3階席まで立ち見が出る有様。 例年、総会出席者の数と在校生の参加希望者(もちろんコンサートのみだけど)の数を合わせてちょうどホールが満席…もしくは1階席の立ち見がでるくらいになるらしいんだけど、今年はどちらもいつにない数の参加希望だったそうだ。 なので、どうにもやりくりがつかなくて、結局在校生には『前日のゲネプロ(ゲネラル・プローぺ=総練習)を開放する』と言う形で手を打った。 だから今日はOBとPTAだけでこの数ってわけだ。 もちろん香奈子先生の姿もあるし、珠生のお父さん――宮階幸夫氏の姿もある。 で、実は赤坂先生も来てるんだけど、昇には内緒になってる。 あ、昇だけじゃなくて、悟にも守にも内緒なんだ。 来ている事を僕だけに知らせて、先生は『昇がコンチェルトをやると聞いて、いてもたってもいられなくなったんだけどな。何しろ今まで一度も来てやれなかったから、今さらのこのこ顔を出すのは恥ずかしいんだよ』って、困ったような顔で笑ってた。 でも、こうして『僕』がきっかけになって、先生と悟たちの距離も縮んでいくといいなって思うんだ。 客席のざわめきが落ち着いてきた。 最初のプログラムは珠生。 もちろん伴奏は悟で、曲はシューマンの「Adagio und Allegro」。 音を出すことそのものが難しいとされているホルンという楽器にとって、この曲は『最後まで吹き通す』こと自体が大変な『難曲』だ。 普通の奏者なら、前半のAdagio(ゆっくりした)部分で体力を消耗してしまって、後半のAllegro(早い)部分ではもう息が追いつかない状態になるんだって悟が言ってたっけ。 珠生は小柄で華奢だ。 ホルンという重い楽器を持つことすら大変そうに見えるのに、いざ楽器を構えると、ホルンと珠生はまるで一つの生き物のようになってしまう。 そして珠生は、とんでもなく高い技術力と豊かな表現力で、この難曲を見事に吹ききった。 もう、名実共にホルンパートのナンバー1だ。 次のプログラムはメインメンバー以外の「ベートーヴェン:交響曲第7番」。 僕も何度か練習につき合ったんだけど、練習以上に熱い演奏を聴かせてくれて、来年以降も管弦楽部は安泰だなってみんなに思わせた。 そして休憩を挟んで、いよいよ昇をソリストに据えての「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35」が始まる。 昇は昨日のゲネプロも完璧だったけれど、聴衆が在校生だけだった昨日と、今日は客席の雰囲気が全然違う。 数も違うけれど、何よりも客席は「大人ばかり」。 単にエライさんが多いってだけならどうって事ないんだけれど、中にはもちろん管弦楽部のOBがたくさんいて、その中にはプロも多い。 そんな人たちにとっては『桐生昇』という存在はやっぱり『赤坂良昭』から切り離すことはできないから。 だから誰もが『そういう目』で見る。 『どれだけのものを持っているのか、お手並み拝見』って感じでね。 もっとも、昇はそんなことに左右されるような柔な練習をしてきたわけじゃないけれど。 僕らがすっかりスタンバイを整え、アニーの『A』に合わせて司がチューニングを開始する。 司もしっかりと落ち着いている。 昨日はかなり緊張してたんだけど、舞台袖でアニーがずっと抱きしめていたらしくて、ゲネプロはほぼ満点のコンマスデビューだった。 今日もこの調子でいけるといいな。 司もまた、昇の跡を継ぐ存在として注目されているから。 チューニングを終え、一瞬静寂に包まれる舞台と客席。 一呼吸おいて、昇が、そして先生が登場する。 拍手に包まれて、微笑みながら一礼する昇には、全然気負いも何も感じられなくて。 そしてそれを後ろから優しく見守る先生。 そんな二人の姿を見て、僕はこの時すでに、この曲の成功を確信していた。 昇がコンマス――司と軽い握手を交わし、そして指揮台に上がった先生とも同じような握手を交わすと、再びホール全体が静寂に包まれる。 振り下ろされるタクトとともに、司が率いるファーストヴァイオリンが導入の旋律を柔らかく奏でる。 やがて木管楽器が、打楽器が、そして金管楽器が加わって次第に盛り上がり、23小節目で昇のソロが…。 うん。最高の滑り出し。 こうして全3楽章の協奏曲が順調に始まった。 第1楽章は超難度のカデンツ(独奏ヴァイオリンの無伴奏ソロ部分)も完璧にこなし、第2楽章は切なく美しい旋律を、いっぱいの気持ちを込めて紡ぐ。 そして第3楽章『Finale. Allegro vivacissimo』。 1楽章よりさらに技巧的になるこの楽章も、昇はところどころにゆとりさえ覗かせつつ、これっぽっちのミスもなく、18歳らしい若さに溢れた演奏を展開し…。 そして、終結部へ入る、もっとも聞かせどころであるヴァイオリン群とフルートの、早くて細かいパッセージも気持ちよく弾いた僕たちは、まったく疲れを見せない昇と共に、最後の坂道を駆け昇り、そして…。 最後の一音の残響を待つか待たないかという絶妙のタイミングで入る、拍手とブラボーの嵐。 昇は構えたヴァイオリンを…、弾ききって宙にとどまった弓を…、ゆっくりと降ろし、そして彼に向けられている割れんばかりの拍手に向かって深々と頭を下げた。 客席のほとんどが立ち上がっている、スタンディングオベーション。 そして…。 深々と下げていた頭をゆっくり上げると、昇はとても自然に、吸い寄せられるように、指揮台を降りた先生と抱き合った。 『よくやった…』 言葉はなくてもわかる。 今、先生は昇を抱きしめながら、きっとそう、心の中でいったはず。 そして昇は、『ありがとう、先生』…そういったはず。 舞台の上の二人は今、恋人同士の思いを越えて、一つの作品を作り上げた同士としての満たされた想いで繋がっているから。 やがて先生はそっと昇の身体を放し、そしてその腕を取ったまま、そっと僕らの方へ向けた。 そして昇の濃い碧の瞳が柔らかく微笑んで、ふっくらと色づいた綺麗な形の唇がそっと動いた。 『ありがとう、みんな』 僕らもまた、僕らの敬愛してやまないコンサートマスターに、心からの賛辞を送る。 それはもう、客席に負けないくらい。 余談だけど、舞台袖に引っ込んだ昇の第一声は、 『夏休みは遊びまくるぞ~!』 …だったらしい。 そんな昇に、先生が、 『お前、受験生だって事忘れてるだろう』 って呆れてた…っていうのは、袖で二人を最初に迎えた悟が、後から僕に教えてくれた事。 そうそう、これも後から香奈子先生に聞いたんだけれど、客席では珠生の出来映えに感動して、宮階氏が涙ぐんでいたそうだ。 終演後のロビーでは『悟くんのおかげですっ』って、両手を握られて大泣きされてしまい、たまたまそこへ通りかかった赤坂先生がなんだかバツの悪そうな顔をしていたって、香奈子先生は大笑いしてたっけ。 こうして僕らは夏のコンサートを大成功のうちに終え、1ヶ月後の軽井沢合宿までの短い夏休みに入った。 僕のこの夏の予定はもちろん、栗山先生をウィーンに訪ねること。 初めて海外に行くから、ちょっと…ううん、かなり緊張してるんだけど。 でも、悟がついてきてくれるって言ってるから――受験の準備は?って聞いたら、『夏の2週間で左右されるような状態じゃないよ』って軽くあしらわれちゃった――不安はないし、とってもワクワクしてる。 さあ、楽しい夏休みの始まり! もちろんその時の僕には、この秋に起こる大事件のことなんて、知る由もなかったんだけれど。 |
君の愛を奏でて2~Op.1 END |
そして
Op.2へとつ・づ・く
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