星降る里にて
〜2003年 七夕SS〜
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夏至を過ぎて半月ちょっと。 高校3年の1学期末試験を間近に控え、いつもよりほんの少し、余裕のないこの頃。 けれど、そうは言ってもここで流れる時間は、去年の今頃、僕が身を置いていた場所とはあまりにも違って…緩やかだ。 だいたい今まで「夏至」なんて言葉すら、知識として知っているだけで、身体に感じることなんて何もなかった。 けれど、ここへ来てからは、そんな季節の細やかなあれこれが、当たり前のように側に、ある。 今夜は七夕。 漸く暮れた陽の名残も山間を渡る優しい風にながされて、とても静かで、涼しい。 あっちにいた頃は浴衣なんて着ることはなかったけど――ああ…一度だけ、着たっけ。たった一度の、デートの時――ここではそんな格好もごく当たり前で、僕は縁側で、遠くに賑やかなお囃子を聞きながら小さな文机に向かっている。 手には筆。机には短冊。 さあ、何を願おうか。 僕は東の山を見る。 ついさっきまで、落ちていく陽に晒されていたけれど、もう真っ暗…。 その先、東京は、遥か彼方。 裏山の笹の葉は、今年もきっと、賑やかに飾られているだろう。 そう言えば、去年葵は『お腹いっぱい抹茶プリンが食べたい』なんて書いてたっけ。 1年の時も『チョコパ』とか書いていたから、今年もまた『葵的ブーム』なおやつを書いてるんだろうな。 僕がここへ来てから、葵はよくメールをくれる。 こんな山奥にももちろん電話線は通っているから、僕もパソコンでメールのやりとりが出来るんだけど、アドレスは葵にしか教えなかった。 だから葵は――忙しいだろうに――今まで滅多に足を踏み入れたことのなかった学校のパソコンルームに出入りして、僕にメールをくれるようになった。 だから僕はこんなに遠くにいても、色んなことを知っている。 茅野の猛攻に、羽野が陥落しかかっているらしい…ってことや、佐伯先輩が卒業しても毎日のように部活に現れるのは、珠生に会いたいからなんだ…とか、アニーたちは相変わらずラブラブで、側で見てる方が暑苦しくって堪んない…とか。 …そうそう、初瀬が中等部生徒会の執行部員に選ばれてしまって、次期生徒会長最有力とか言われてる…なんて情報もあったし、悟先輩がバイト先の塾で女の子たちに纏わり付かれて困ってる…なんて悩み(?)も聞いたっけ。 そして……そう、守先輩が今でも苦しんでいるってことも、僕には伝わってくる…。 葵は、『元気にしてるよ』としか言わないけれど。 「おーい! 隆也〜! 何やってんだよ〜!」 「早く来いよ!」 「お祭り始まっちゃうよ〜」 坂の下から元気な声がした。 僕の、仲間たちだ。 この山間の小さな集落に、高校生はたったの四人。 もちろん僕を含めて。 3年生が二人。2年生が二人。1年生はいない。 男女の内訳は、男子が三人、女子が一人。 毎日四人で、8キロの道のりを元気に自転車通学してる。 当然、雨の日も。 まあ、雪のないところだから、それだけは助かってるけど。 遠くに聞こえていたお祭りの賑わいは、一段と近くに聞こえるようになってきた。 きっともう、大勢集まっているんだろう。 「ちょっと待って〜! すぐに行くから!」 僕は筆を持ち直して改めて短冊に向かう。 迷う事なんてなかったんだ。 僕の願い事は、これだけなんだから。 そして、僕の願いが叶った時、きっと葵は教えてくれるだろう。 『あのね、もう、大丈夫みたいだよ』…って。 早くそんな嬉しいニュースが聞けるといい…な。 僕は、墨の乾いた短冊を浴衣の袷にそっと収め、奥で洗い物をしているおばあちゃんに『行ってきます』と声をかけ、坂の下で待つ仲間たちの元へ駆けだした。 東京よりも、もっともっと星に近いこの山里で、僕は願い事を笹に託す。 『あなたが、新しい恋をみつけられますように』 |
END |
2003.7.7 一日限定UP
2005.10 修正の上、再UP