2006お年玉企画
君の愛を奏でて2
〜魅惑のリキュール〜
葵、高校2年のお正月
つい2ヶ月ほど前まで管弦楽部長だった桐生悟がその話を小耳に挟んだのは、12月にしては寒いある午後のことだった。 そう言えば、その日は部活が始まった時から妙だった。 高等部管弦楽部の全体ミーティング中に、やたらと眠そうにしている輩が数名。 全員が2年生だ。 試験前ともなると、そう言う生徒も見かけられるのだが、すでに期末試験も済んだ今、寝不足の原因と言えば単なる夜更かししか考えられないが、なにより悟が気に留めたのは、その数名の中に葵が含まれていたことだ。 葵はあまり夜更かしをする質ではない。 夜更かしどころか、寮では消灯15分後には爆睡に入っているのが常だと聞いている。 実際、実家や桐生家に帰省したときも、『おやすみ』と言った3分後にはほとんど意識不明だ。 だが、そのおかげなのだろう、日中に眠くなることはあまりないらしく、実際悟も葵が昼間に眠そうにしているところは見たことがない。 帰省中は、強引に『昼寝』に持ち込むこともあるのだが。 だが、今日はその葵はやたらと眠そうにしている。 現在葵は昨年に引き続き、管楽器のリーダーをつとめていて、ミーティング中は新部長である祐介の隣に座っている事が多い。 だから、目立つことこの上ないのだ。葵が眠そうにしていると。 だが、『まさかこいつの所為じゃないだろうな』と、あらぬ嫉妬の矛先を向けた祐介は、涼しい顔でミーティングを仕切っている。 では、葵と反対側の隣に座る、副部長の茅野剛は…。 ――こいつもヤバそうだな。 やはり、どこどなく意識を飛ばしかかっていて、内側では必死で睡魔と戦っているのだろうな…と想像がつく。 ――何かあったのかな。 事、葵のことになると、冷静でいられない自分。 自覚も十分にしているが、改める気もないから致し方ない。 ――あとで聞いてみるか…。 部活がすんだら第一練習室に呼び出そう。 そう考えて悟は仕方なく意識を練習モードに切り替えた。 それから2時間後。 本日の部活は全体合奏の後、各パートに別れての反省会だったので、終わる時間はパートに任されていて、すでに解散しているパートもあればまだ熱心に反省会をしているパートもあると言った状況の中、悟は音楽ホールの階段踊り場で、そのうわさ話を小耳に挟んだのだ。 ぼそぼそと話しているのは高等部2年の弦楽器の面々。 ミーティングの時に、やたらと眠そうにしていてヤツらだ。 しかも、彼らの話題の中心は、葵。 悟は立ち止まって聞き耳を立てた。 「しかし、葵ってあんなに可愛い顔してるのに鬼畜だよな」 「ほんと、あんな容赦ない攻めって滅多にないぞ」 「なんか女王様って感じだったよな」 「王さまって感じじゃないところが葵らしいよな」 「や、でもそんなこと思ってる余裕なかったぜ、俺」 「あ、俺もっ。なんてーの、攻め方が『急所を一突き』って感じでさ」 「そうそう。一撃必殺だったよな」 「葵のやつ、あのテク、どこで仕込んだんだろ?」 「俺、もう腰砕けそうだったもん」 「最後には全員で泣きいれたもんなあ」 いったい何の話だ。 葵が鬼畜で女王様で一撃必殺で…。 確かに葵はあの可愛らしい外見に反して中身はしっかり自立しているし、あの笑顔でお願いされてたら一撃必殺なのは認めるが、どうも彼らの話はそう言う内容ではないらしい。 しかも『あのテク』とはいったい…。 悟は、『これは一刻も早く真相を確かめねば…』と、第一練習室に葵を呼び出す算段を始めた。 ところが。 悟が第一練習室に行ったときには、すでにそこには兄弟たちが勢揃いをしていた。 葵の様子が気になったのは、どうやら悟だけではなかったようだ。 「おい、何してるんだ」 葵が守にもたれてうたた寝しているではないか。 「何ってさ、見りゃわかるだろ。優しいお兄さまが可愛い弟のお昼寝に肩を貸してるところだ」 言いながら、しっかりその腰に手を回すあたりが憎らしい。 「僕が代わる」 「何言ってんの。そんなコトしたら葵が起きちゃうじゃん」 昇が可笑しそうに窘めて、悟をピアノ椅子に座らせた。 「そんなことより、知りたくない? 葵の様子がおかしかったわけ」 顔を見合わせて意味深に笑う昇と守に、どうやら真相を知らないのはすでに自分だけらしいと感づき、悟の機嫌が更に急降下する。 「そんなの、知りたいに決まってるだろ。だから、ここに…」 「はいはい。誰も隠そうとは思ってないけどさー…」 茶化すように昇がいうと、守は葵を起こさないように少し小声で話の続きを引き取る。 「知れば悟にはショックなことかも知れないしなあ〜」 「何っ?!」 「ん〜……」 守の言葉に思わず大きな声で反応してしまうと、葵が小さく喉を鳴らして身じろいだ。 「ほら、葵が起きるから静かにしてってば」 むかつくことこの上ないが、葵を起こすのも可哀相で、悟は仕方なしに口を噤んだ。 そして、視線だけで『さっさと吐け』と、二人の弟を威圧してみせる。 そんな凶悪な視線もモノともせず、昇がしれっと真実を告げた。 「徹マンしたんだってさ〜」 「……は?」 悟のボキャブラリーの中には、徹マンと言うと『徹夜で麻雀』しかあり得ない。 しかし、葵と徹マン。…あまりにも結びつかない。 だが、その事実を必死で否定しようとしている悟に向かって、今度は守がまた脳天気に告げた。 「入れ替わりで総勢8人くらい参加したらしいんだけど、葵の一人勝ちだってさ。恐ろしく強いらしいぜ」 そうか、それで合点がいった。 「じゃあ、今日眠そうにしていた茅野たちって…」 「そう。あいつらが昨夜の葵の餌食ってことさ」 「最後には全員で『お許し下さい』ってひれ伏したらしいしー」 きゃたた…と笑う昇の目には、しかし悪戯っ子の光が。 「楽しみだなー。お正月休みv」 どうやら、葵の隠された実体をまた一つ知って、ショックを受けているのは悟だけのようだ。 昇と守は、来るべき正月に照準を合わせたらしい。 『麻雀は世界に通用するゲームよっ。世界で友達を作るにはこれが一番!』 これは彼らの母・香奈子の言葉であって、それを忠実に実践してくれた母の手ほどき――ある意味音楽教育より厳しかった――の、おかげで彼らの実力はかなりのものなのだ。もちろん悟も含めて。 同じような理由で、彼らはチェスも学んだのだが、母一人兄弟三人の4人家族では、当然のように麻雀の方が優先だったのである。 それにしても。 「母さんも、葵が強いと知ったら喜ぶだろうな」 守の言葉に、悟は脱力したため息をついた。 それが一番コワイのだ。 さらに母は葵を離さなくなるだろう。 衆人環視の寮内より、実家の方が不自由だなんて…。 やれやれ…と、諦めの境地で悟は熟睡する葵の頭を柔らかく撫でた。 「葵〜、お前いったいどこでそんなテクを身につけたんだよ〜」 牌を崩しながら守がマジで泣きを入れる。 「容赦なさすぎ〜!」 昇もまた、雀卓に突っ伏して文句を言う。 「えへへ。花街仕込みを侮ってもらっちゃ困るんだよねー。なんてったって、初めて牌を握ったのは3歳だからね」 「え〜!」 大晦日の桐生家。 佳代子さんという優秀な家政婦さんがいてくれるおかげで、実家に帰れば兄弟たちには快適この上ない生活が待っている。 することと言えば、年賀状や海外へのグリーティングカードの発送くらいで、それも済ませてしまえばあとはもう、やることと言えば…。 というわけで、早速雀卓を囲んだのだが、末っ子のあまりの強さに、兄たちの目論見はものの見事に崩れ去ったのであった。 「踊りや和楽器のお稽古より先に、こっちを先に始めちゃって」 牌をひっくり返す手つきで可愛らしく笑う葵に3人はため息で答えるしかない。 「あ、ちなみに由紀は僕より容赦ないからね」 いったいどういうオコサマ時代を送ってきたんだ…と、呆れる3人の兄だが、実際のところ彼らも5歳の時には牌の読み方を香奈子に教わっていたくらいだから、似たり寄ったり…といったところか。 後ろでは『早く誰かギブアップしなさいよ〜!』と香奈子が騒いでいる。 面子が5人になって、一人あぶれてしまったのだ。 「あ、僕が抜けるから」 「何言ってんだよ、抜けるのは俺だ」 「ちょっと待った、僕、直人に電話しなきゃいけないから…」 「だぁめ。僕と香奈子先生が一緒に組むから、5人でやろ?」 ――そんな、恐ろしいことを…! 『母と葵』 兄たちにとって、 そして、結果は言うまでもなかったのである。 明けて元旦。 「なあに? それ」 キッチンで何やらゴソゴソとやっている昇の手元を葵が覗き込んだ。 「真路に教えてもらったカクテル作ってるんだ」 「浦河先輩にお酒を? なんか信じられないー」 昇のルームメイト・浦河真路は、葵にとっては『生徒会長』という真面目でしっかり者のイメージしかないようだ。 だが実際の真路は、部屋のミニ冷蔵庫にお気に入りのビールを隠し持つという意外にやんちゃな面を隠し持っているのだ。 もちろん、2年間同室の昇もその恩恵には十分与っていて…。 「だろ? でもさ、あいつの部屋って、中等部の頃から『聖陵の酒蔵』とか言われてたんだよ」 「うそー! 今度遊びに行こうかなあ」 中等部の頃から…というのはいくら何でもあんまりだと普通は思うのだろうが、小学生の頃にはすでに日本酒の銘柄を20種以上当てられた葵にとっては、特別どうということでもないらしい。 「いいよ。葵なら大歓迎。でも、酒蔵が空になるかもね」 「あ、ひどーい」 じゃれる葵の頭をヨシヨシと撫で、昇は『さ、できた』と、手吹きのグラスをかざして見せた。 揺れる、黄金色の液体。 「美味しそうだね」 「飲んでみて」 「うん!」 グラスを受け取って、葵が一口、慎重に味わう。 「…美味しい!」 「どれ、貸してみ」 いつの間に来ていたのか、守が横からグラスを取った。 「お。すっきり甘くて美味いじゃん」 「だろ? 真路のお薦めなんだ。ちょっと甘めだけどすっきりだから、お酒が苦手な人でも大丈夫だし、お酒好きにも結構好評なんだって」 説明する昇の横、葵の背後から手を伸ばして悟もまたグラスを取った。 「……もうちょっと甘くなくてもいいけど」 甘党ではない悟には少し厳しいらしい。 「そうはいかないんだよね。これ、元になるリキュールが甘いから」 「何使ってんだ?」 「えへへ、ナイショ」 などと、兄たちが会話を交わしている隣では、葵がグラスをすっかり飲み干していた。 「ねー昇ー。もう一杯作って〜」 「OK〜」 この時、兄たちは気付かなかったのである。 葵の口調が妙に甘えたものになっていたことに。 「…って…葵?!」 これ美味しい〜!…と言って、軽く5杯を飲み干したあたりで葵がコトンと寝てしまった。 「…もしかして、酔っぱらった?」 「まさか。一升瓶の一気飲みでも血中アルコール濃度の上がらない人間だぞ、葵は」 いや、いくらなんでもそんなことはないのだが。 だがともかく葵は酔わない。何をどれだけ飲んでも酔わないのが、かえって悩みの種だったりする葵のはずなのだが。 だが、暖かいリビングのソファーに葵は気持ちよさそうに転がって、安らかな寝息を立てているのだ。 いったい何が起こったのか。 「昇、なんか怪しいもの混ぜてないだろうな」 「まさか。どこの家庭にも常備のものしか使ってないし、アルコール度数はかなり低いよ」 けれど、何かが身体に合わなかったに違いないのだ。 悟と昇が頭を捻ったとき、守がニヤリと笑った。 「この機を逃す手はないぜ」 「え? 何?」 「なんだか知らないけど、葵はこのカクテルに弱い。葵を酔わせて、大晦日に負けた分を取り返そうぜ」 「あ、なるほど!」 「ちょっと待てよ、そんな可哀相な…」 同意したのは昇で、止めたのは悟。 だが、悟の心の底ではほんの少し、悪魔が囁かないでもなかった。 飲み比べては負け、麻雀でも負け…と、長兄のプライドがちょっと傷ついていたのは確かで。 「何言ってんだよ、悟。酔っぱらってトロンとしなだれかかってくる葵の介抱、したくねーの?」 そのあまりに魅惑的な誘いに、悟が否と言えるはずがなかった。 ところが。 「きゃはは〜! ロンっ! 」 「…おい…誰が酔っぱらわせて、取り返すって?」 いや、悟の主な目的は、『ベッドで優しく介抱する』というところにあったはずだが。 「…知るかよっ、大体葵のヤツ、わけわかってねえじゃねーか〜! って、おいっ、これ四槓子だぞ!」 「うっそー! …葵ぃ、もうちょっと手加減してよぉ…」 「え〜? 手加減ってなあに〜? それ、美味しいのぉ〜?」 「「「ダメだ、こりゃ…」」」 酔っぱらい、さらに容赦なく攻め立ててくる葵を止めることは、最早誰にも出来ない。 敢えなく返り討ちにあった兄たちに、明日は来るのか。 |
END |
というわけで。
新年早々、アホ話ですみませんでした(^^ゞ
文中の「四槓子」は麻雀の役の名前ですが、
ロンであがっていい役なのかどうか、定かではありません。
細かいところは見逃してやって下さい(笑)
さて、葵はいったい何に弱かったのでしょうか。
では、真路くん直伝だという謎のカクテルのレシピをどうぞ。
焼酎(甲類のものがオススメ)75ml
みりん50ml
レモン果汁 大さじ1
水または炭酸水 適量
以上をグラスに入れて軽く混ぜるだけ。
ご注意! みりんは必ず『本みりん』で。
みりん風調味料だと人間の飲める物になりません。実証済みです(笑)
ただし、このレシピは大雑把なものです。
私は焼酎もみりんももっと入れます(笑)
ポイントはレモン果汁。これは多めがお薦めです。
どうやら葵は「生(き)のみりん」に弱かったようですね(^^)v
ちなみにこのカクテル、
某酒造メーカーの社員さんの間で密かに受け継がれる伝統のカクテルで、
名前もちゃんとあるんですが、メーカー名がばれるのでご勘弁下さい(笑)
それではみなさま、本年もどうぞよろしくお願い申し上げますv
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