2008年バレンタイン企画

君の愛を奏でて

「Unhappy Valentine?」




「今年はダントツで悟先輩だね。卒業間近だしなあ」

「ところが、ここ二日ほどで光安先生も迫ってきてる。締め切り直前にデッドヒートになるかもしれないぞ」

 消灯間近の生徒会室。

 今日も遅くまで頑張っていた生徒会の正副会長――篤人と桐哉は、昼間に後輩たちが集計していた恒例の『バレンタイン・チョコ獲得数当てトトカルチョ』の中間集計を見て話し合っている。

「でも、葵も結構いい線いってるよ。去年ダントツTOPだったのに比べると随分な落ち込みだけど」

「そりゃあ仕方ないだろう。何せ、奈月と浅井は出来上がってるからな」

「みんなゲンキンだねえ。のぞみのない相手に投資はしないって感じかなあ」

「まあな」

 平坦な声で篤人が応えると、桐哉がちょこっと首を傾げた。

「浅井の落ち込み具合も相当だからな。どうみても、カップル効果だろう」

 どことなく篤人が面白くなさそうなのは、気のせいだろうか。

 桐哉はまたしても首を傾げる。

 葵と祐介が本当に『カップル効果』で予想数を大幅に落としているのだとしたら、これは『読めない』レースとなって、トトカルチョ的には面白いはずなのに。

「あのさ、篤人」

「なんだ」

「もしかして、面白くない?」

「なにがだ」

「えと、その、葵と祐介のカップル効果」

「どうして?」

 どうしてと言われても困るんだけど…と、桐哉が少し視線を下げると、篤人がその肩をポンと叩いた。

「そうだな。面白くないってわけじゃなくて…」

 そして、篤人もまた言葉を切る。

 こう言うときの篤人は、言葉を慎重に選んでいるのだと知っている桐哉は、次の言葉をジッと待つのだが…。

「桐哉はどう思う? 奈月と浅井のこと」

「僕?」

 まさか聞き返されるとは思わなかったのだが、ほんの少し考えてから、思い切って話してみることにした。

 ずっと、不思議に思っていたことを。


「ええと、僕たちって3人でご飯食べること結構あるんだけど、なんか側で見てても、こう、なんていうか、葵と祐介って…」

 上手く言えないんだけど…と、桐哉が言葉を濁すと、篤人はそんな桐哉の困り顔を覗き込んでニヤリと笑った。

「自分と加賀谷先輩みたいな甘い雰囲気がないか?」

「…あ、篤人っ」

 確かにそうなのだが、はっきり口にされると恥ずかしいことこの上ない。

 もちろん篤人にしても、桐哉がこの手の話に弱いことを知っての『からかい』なのだが。


「実はな、俺も怪しいと思ってる」

「篤人も?」

「ああ。確証はないんだがな」

 翼がチラリと漏らしたことがあるのだ。
『人に言えない恋愛って、思ってるより大変だもんな…』と。

 それはもちろん、自分たちのことでもあるのだが、あの時の会話の流れからして、翼のあの発言はそうではなくて、葵のこと…だと思えるのだ。

 それはちょうど、彼らが4人兄弟だと公になってから暫く後のことで、日曜の夕方、二人きりで過ごしていた翼の部屋で話題になったのだ。
 彼らのことが。

 そもそも篤人は、葵と親しくなる以前に彼ら兄弟の『秘密』を知っていたから、端から『その可能性』を排除してしまっていたのだが、彼らの経緯からして、もしかすると、葵と兄たちの間に、兄弟以外の感情があったということも考えられるのでは…と、その時思ったのだ。

 もしそうだとしたら、可能性が一番高い…というよりは、消去法でそれしかなさそうなのだが、相手は長兄の悟だろう。

 だとしたら妙に納得がいくのだ。
 祐介との『収まりの悪い』感じも、兄弟と知れてからの、あの『ウルトラブラコン』振りも。


「ね、笑わないで聞いてくれる?」

 意を決したように、桐哉が顔を上げた。

「もちろん」

 あんまりおかしかったら笑うかも知れないが…とは言わないでおくけれど。

「僕さ、葵の相手って、実は悟先輩じゃないかと思ってるんだ」

「…桐哉…」

 お前、意外と鋭いんだな…と、失礼な発言をしそうになったのを踏みとどまると、桐哉はその絶句を『否定』と取ったらしく、慌てた様子で弁解をはじめた。

「や、あの、何を突飛なことをって思うかも知れないけど、でもっ…」

 だが、言い募る桐哉の小振りな頭をポンポンと撫で、篤人も言った。

「いや…、俺もちょっと思ってたんだ」

「え、ほんとに?」

「ああ、そもそも浅井との間は疑ってたからな。だから『そう言う可能性』もなくはないな…とかな」

 思わぬ篤人の『同意』に、桐哉がキュッと口を引き結ぶ。

「もしかして、兄弟だから、誰にも言えない…とか?」

「…そうかもしれないな」

「だとしたら、可哀相だね…。でも、聞くわけにもいかないし…」

 はあ…と、ため息をついた桐哉の顔を篤人が覗き込んだ。

「しかし桐哉」

「なに?」

「お前、人の心配してる場合じゃないんじゃないか。加賀谷先輩、去年より順位上げてるぞ」

 その言葉に、桐哉がグッと押し黙る。

 気付いてはいたのだ。去年はぎりぎりベスト10入りだったのに、今年は6位につけている。

 それに、去年は数はそこそこだったが、やたらと気合いの入ったチョコが多かったのだ。

 あれなら、義理丸出しのチョコが山盛り…の方が絶対マシだと、なんだか悲しくなった。

 もちろん、加賀谷本人は桐哉の手前、受け取るつもりはなかったようなのだが、机の上や寮の郵便受けなど、黙って置いて行かれる分にはどうしようもなく、処分しようとするので思わず『もったいない』と言ってしまい、結局一緒に食べる羽目になってしまったのだ。


 ――あれって、美味しかったけど、美味しくなかった…。

 そんな風にぐるぐると考えを巡らせている桐哉の肩をポンッと叩き、篤人が笑った。

「悩むことはないさ。加賀谷先輩はお前しか見てないんだから、悠然としてればいいんだよ」

「篤人〜」

 なにを無責任な…と言おうとしたが、やめておく。
 どのみち、口で篤人に勝てることはないのだから。

「ま、いずれにしても、本当のカップルでないのが、カップル効果で票を落とすのは面白くないけれど、それもお楽しみの一つだと思うしかないだろうな」

「だよね」


 でも、いつか葵の『恋バナ』をちゃんと聞かせて欲しいな…と、桐哉は思った。



                    



「はい、これ」

「え? なに?」

「なにってさ、今日と言えばチョコしかないじゃん」

 だいたいこの包みはどう見たって『チョコ』だ。
 しかも、わりと『義理丸出し』の。

「…僕に?」

「そう。いつもいつも助けてくれる一番の親友に、義理…じゃなくて、友チョコのプレゼント」

「…ありがと」

「どういたしまして」

 複雑そうな顔で受け取る祐介に、葵はちょっと躊躇ったのだが…。

「でさ」

「ん?」

「もらった? チョコ」

「ああ、まあそれなりに」

 去年は葵が仕掛けた『カモフラージュ』の所為で祐介のチョコは激減したのだ。

 しかしその『カモフラージュ』は今でも有効のようだから、『葵という恋人がいる』とされる祐介に、本命のチョコがやってこようはずは…ない。
 
 のだが。

「それなり?」

「そう、それなりに、こういうチョコがさ」

 と言って示すのは、今、葵からもらったばかりのチョコ。

「義理ってこと?」

「これは友チョコだろ?」

「まあそうだけど…」

 友だろうが義理だろうが、ともかく本命ではない。

「…ええとさ、例えば藤原くんとかから…」

 義理でもいいからもらっていないのかと聞いてみれば。

「もらってない」

 …やっぱり…。
 …と、顔に出てしまったのだろうか。

「なんだよ、その顔」

「あ、ええと〜、ほら、去年もらってたし〜」

「……義理だろ」

 ちらりと悔しそうな表情を見せ、祐介はプイッと横を向いた。

 ――ったく…。この期に及んでまだ気付かないってどういうこと?

 心底呆れた顔を、祐介から見えない角度でご披露し、葵は聞こえないようにため息をついた。



                   



「はい、これ」

「え? なに?」

「なにって、今日と言えばチョコじゃないですか」

 だいたいこの包みはどう見たって『チョコ』だ。
 しかも、かなり気合いの入った。

「…僕に?」

「そうです。大好きな先輩に」

「…ありがと」

「どういたしまして」

 複雑そうな顔で受け取る彰久に、英彦はちょっと躊躇ったのだが…。

「あの…」

「ん?」

「他にもらいました? チョコ」

「え? なんで僕が」

 心底驚いたように言ってから、ハタと気付いたのか、彰久は目をまん丸に見開いた。

「…あっ、ご、ごめんっ。僕、初瀬くんに買ってなかったっ」

 その言葉に今度は英彦が慌てる。

「ち、違うんですっ、そうじゃなくて!」

 催促したわけではないのだ。ただ、探ってみたかっただけで。

『あの人』と、やりとりがあったのか、なかったのか…を。

 ただ、『あの人』から先にチョコを贈ってくるとは思えないが。


「あの、ほら、管弦楽部の先輩方とか…」

 誰に…とは言えないけれど。

「…あ、ううん。誰にも、何にも…」

 はあ…と、おそらく自覚していないだろうため息を漏らしてから、彰久はまた潤んだ瞳で英彦を見上げ、『ごめんね』と繰り返した。

「先輩…」

 すっかりしょげた様子の彰久があまりに可哀相で、仕方なく――こういうやり方はあまり好きではないのだが――『じゃあ、お願い一つ聞いて下さい』と、頼んでみた。

「あ、うん、僕でできることなら」

「ありがとうございます」

 言うなり小さな身体を抱き上げ、そのまま膝に横抱きで座った。

「わっ。は、初瀬くんっ」

 驚き、一瞬もがいた軽い身体をキュッと抱きしめ、『大丈夫。こうしてるだけですから』と、耳元に囁いた。

 その優しい声に、あまり騒ぐのも恥ずかしいとでも思ったのか、所在なげにちんまりと膝の上に納まってはくれたが、どうにもこうにも居心地が悪そうで何だかまた可哀相になってしまう。

 けれど、腕の中の温もりは、離しがたいほど気持ちよくて…。


「…先輩…」

 呼びかけた声に反応して、ふわっとこちらを向いた唇に、不意にキスしたい衝動に駆られた。

 けれど、それを実行するほどの勇気は今の英彦には、まだなく…。

「あの、もう一ついいですか?」

 だから、誤魔化すように聞いてみる。

「うん、いいよ」

 もちろん、小さいくせに包容力のある『先輩』は、頷いてくれて。

「名前で呼んでもらっていいですか?」

「…え…あ、ええと…」

 一瞬戸惑いを見せた彰久に、被せるように、言い訳のように、言ってしまう。

「あの、兄が、英彦…って、いつも」

 途端に、彰久の表情が弛んだ。

「そう、だよね。お兄さんって、弟のこと、名前で呼ぶもんね」

「はい」

「あ、じゃあ、ええと……ひでひこ?」

 少し恥ずかしそうな、可愛らしい声。

 堪らなくなった。


『兄が…』

 その言葉に、最初の頃は、キュッと緊張した小さな肩が、今は、同じ言葉に、ホッとしたように力を抜く。

 そして、多分、これからは『恋人同士』のようなあれこれに、この小さくて可愛い人は、その都度酷く緊張して、キュッと身を縮めるのだろう。


 もしかしたら…この先も、ずっと……。



END

今年こそ進展を…と願いを込めて(笑)

でも、今度はちょっと初瀬くんが不憫です…。

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