君の愛を奏でて〜番外

あーちゃんの、『チビは辛いよ』
あーちゃん、中3の春




 僕の名前は藤原彰久。

 聖陵学院中学の、3年生になったばかり。

 部活は管弦楽部で、パートはフルート。

 中等部の管楽器リーダーを任されて、忙しいけど充実した毎日を送っている。

 勉強の成績も、『凄いね』と言われるほどよくもないけど、『ダメじゃない』と言われるほど悪くもなくて、平和な毎日。

 よりによって、これでもかって言うくらい優秀でモテる先輩に分不相応な恋心を抱いてしまって、辛かったけど、これはもうどうしようもないことだから、僕自身はちゃんとケリをつけた………つもり。

 側には、いつも初瀬くんがいてくれるし。

 というわけで、目下、僕には悩みはないはずなんだけど、最近どうでもいいことがちょっと気になってる。

 それは、靴。靴のサイズなんだ。

 聖陵では、制服を着ている間は靴も決まった物を履かなくちゃいけない。

 中学は焦げ茶、高校は黒の皮のローファーなんだけど。

 みんな同じものだから、間違えないように、ちゃんと内側にネームが入ってる。

 これも、履いてるうちに擦れてだんだん薄くなっていくんだけど、大概みんな、消えちゃう前に履きつぶす。

 だから、靴は、指定されている物の中でも一番買い替え頻度が高いものなんだ。

 月曜から土曜まで、ほとんど履いてるしね。

 そうそう。靴に限らず、制服も、同級生たちは結構買い替えてる。

 成長期だから、すぐに短くなったり小さくなったりするんだって。

 僕も、靴だけは2年の秋に買い替えたんだけど、制服は、このままだと卒業まで持ちそう。

 靴も服も、かなり値段が高いから、お母さんは『あーちゃんはサイズが変わらないから助かるわー』なんて言ってる。

 でもそれって、親として喜んでていいの?って感じ。

 女の子ならともかく、男の子が大きくならないなんて、問題じゃないかと思うんだけど。

 …まあ、制服は、入学したときにちょっと大きめに作ったから……って、自分に言い聞かせてるんだけど。

 ともかく僕は、自分の靴のサイズが普通の中学3年生に比べてかなり小さいんだということに気がついた。

 どうして今まで気がつかなかったかって言うと、靴が並んでる状態をじっくり見る機会がないからなんだ。

 授業中に靴を脱ぐことはないし、体育で履き替えるときはロッカーに入れるし、寮の入り口で脱ぐときも、すぐに自分の靴箱に入れないとダメなんだ。

 脱ぎっぱなしにしておくと、ペナルティ。

 そうしないと、寮の玄関はきっとぐちゃぐちゃになっちゃうだろうから。

 そんなわけで僕は、自分の靴と同級生の靴を今まで比べることがなかったから、なんとも思ってなかったんだけど…。


 あれは一昨日の放課後。

 いつものように迎えに来てくれた初瀬くんと、音楽ホールに向かっていたんだけど、ふと見ると、初瀬くんはいつもの荷物の他に、靴の箱を抱えていた。

「あれ…? 靴、買ったの?」

「あ、はい。1週間前に頼んでたんですけど、発注の少ないサイズなんで時間がかかりました。やっと入ったので、購買部まで取りに行ってきたんです」

「そっか、入学して1年だもんね。そろそろ買い替え時なんだね」

 そういえば、進級の時に買い替えるクラスメイト、多かったからなあ。

 けれど、初瀬くんの口から出た言葉は…。

「いえ、これ3足目です」

「3足〜?」

 たった一年で?

「はい。まだ綺麗なのにもったいないとは思うんですが、サイズが小さくなってしまってはどうしようもなくて、今履いてるのもかなりきつくて辛くなって」

 あ、履きつぶしたわけじゃなくて、サイズが合わなくなったんだ。

 でも、足って1年でそんなに大きくなるもの?

「え…と、初瀬くん、何センチ?」

「僕は28.5になりました」

「にっ、にじゅうはってんごっ?」

 ななな、なにっ、それっ。恐竜の足っ?

 思わず初瀬くんの足元に目を落としたんだけど、そこに見えるのは、初瀬くんの体格に見合った足で、違和感はもちろんない。

「アニー先輩と柔道部の古村薫先輩もこのサイズらしいんですが、他には今のところいないらしくて、中学でこのサイズ注文したのは僕が初めてだって言われました」

 古村先輩って奈月先輩の仲良しだ。

 柔道部員らしい、ものすごく大きな身体と見上げるような長身で、去年の七夕の時、裏山で奈月先輩を肩車してるの見たことがある。


「先輩は何センチですか?」

 ……。

「えっと、に、にじゅう……さ、ん?」

 …ってつい、サバ読んじゃった。

 本当は22.5なんだけど、なんだか急に恥ずかしくなって…。

 そんな僕の気持ちに気付いたのか、初瀬くんは、にっこり笑って僕を見下ろして、「先輩の身長なら、ちょうどいいくらいじゃないですか?」って言ってくれたんだ。

 そう、ちょっと伸びたとは言え、僕はいまだに160cmになれないでいて、周りの同級生たちにどんどん置いて行かれているような状態で、確かにこの身長だったらこの足のサイズでもおかしくはないのかもしれないけれど、でも、もしかしてこれって、中3男子としてはものすごく情けなくない?



 それから僕は、密かに「あまり身長の高くない人たち」の足のサイズに注目した。

 大きい人はこの際どうでもいい。
 だって、身長が高かったら足のサイズも大きいに決まってるし。

 現に浅井先輩なんて、身長180cmをちょっと越えてて、足のサイズは26.5。

 男として、これでもかっていうくらい格好良くてバランスがいい先輩に、悩みなんてないに決まってるんだから。

 …でも。

 周囲を確かめてみても、なんだかやっぱり僕の足が一番小さい…。

 中2の後輩たちも、一番小さい子で23.5。
 でもそんな子ほとんどいなくて、だいたい24とか24.5とか言ってるし。

 おまけに僕より小さい、フルートパートの新入り――中1の双子、ふーちゃんとはーちゃんも、なんとすでに24センチらしくて、『ぼくたち、これから大きくなる予定で〜す』なんてステレオで言うし。



 そんなこんなでちょっとがっくり来ていた僕に、『何か心配事?』と、優しい声を掛けてくれたのは奈月先輩。

 先輩は、いつもこんな風に、周囲の後輩たちに気を配ってくれている。

 フルートパートはもちろん、他のパートにも。

 で、僕は素直に話したんだ。
 足が小さくて、格好悪いって。

 そうしたら…。

「え? 僕だって足、小さいよ?」

 奈月先輩はそう言ってくれた。

 でも、先輩だって24センチなんだ。僕より1.5も大きい。

 しかも先輩は衝撃の一言を呟いた。

「…でも、足が大きくならないと、身長伸びないってことかなあ…」

 先輩は、身長170cmが目標だったらしい。

 でも、結局167cm止まりで、この先はもう絶望的…なんて言ってたんだけど、やっぱり、足のサイズと身長って関係があるんだろうか。


「僕も、足が24で止まってから、身長伸びなくなったんだよね…」

 ちょっと恨めしそうに自分の足を見下ろす先輩の隣で、僕も同じように自分の足を見下ろして、ため息をつく。

「でも、いいじゃん。藤原くんはまだこれから可能性があるんだから。僕なんて、もう高3だもんね。やっぱり先は望めそうもないや…」

 まるで僕が乗り移ったかのように、同じようなため息をつく奈月先輩。

 と、その時。

「なんだなんだ。二人揃ってシケた顔して」

 背後からいきなり、奈月先輩と僕をまとめて抱き込んだのは、もちろん声でわかる…浅井先輩だ。

 ギュッと抱きしめられて、背中いっぱいに先輩の体温を感じて、しかも頭の上に先輩の顔が乗っかってたりして、僕はドカンと火を噴いた。


「あのね、祐介」

 奈月先輩が浅井先輩の腕の中でくるりと向きを変えて、伸び上がってグッと顔を近づけた。

「なに」

「男として何の不足もないヤツには関係のない話だから、ほっといて」

 けど、奈月先輩のその言葉に、浅井先輩はかえって好奇心を煽られちゃったみたいで…。

「え? なになに、何だよ? 教えろってば」

 いきなり上から顔を覗き込まれて、僕の心臓は、MAXドキドキっ。

「あっ、あのっ」

 もう、口から心臓が飛び出そうで、僕は何を言っていいのかわからない。

 というより、すでに何の話を奈月先輩としていたのか、忘れちゃったくらいで。


「ん?」

 そして、好奇心に目をキラキラさせた浅井先輩に、これでもかって言うくらい至近距離で優しく微笑まれて――しかも抱きしめられたまま――情けないことに僕は、目を回してしまったり…。

「藤原っ?」
「藤原くんっ?」

 焦ったような、先輩たちの声が遠くなって、もうダメ…と思ったんだけど、その瞬間に身体が浮き上がったのを感じて、僕はまたパチッと目を開いた。

「大丈夫か?」

「え?」

 ………。

「わああああっ」

「あ、こら、危ないから暴れるなって」

 なな、なんと僕は、浅井先輩に抱き上げられちゃってたりしてっ。

「藤原って、チビのくせに暴れると意外にすごい力だな」

 苦笑しながら先輩は、僕を抱えたまま椅子に腰かけた。

 で、そのままの格好で白状させられちゃったんだ。
 僕の悩みを。



「小さいから格好悪いって?」

「あ、あの、ええと、はい」

「いいじゃん別に」

 ええ〜。だって…。

 だって…の後は、奈月先輩が引き継いでくれた。

「いいわけないだろー。祐介みたいにタッパのあるヤツにはわかんないの。ね、藤原くん」

「は、はいっ!」

 ブンブンと頷いて同意を示した僕の頭を、浅井先輩が抱え込んだ。

 …って、先輩…僕はいつまでこの格好で――つまり先輩の膝の上――いるわけですか…。

 そりゃあ、今までだって色んな先輩にお膝抱っこされてきたけど、浅井先輩は、僕にとって……。


「女の子みたいで可愛いじゃないか」

 おっ、おんなのこ!?

 言われた瞬間、相手が先輩だってことも忘れてブゥッっと膨れた僕に、浅井先輩はちっとも慌てた様子でもなく、『ごめんごめん』と言いながら、子供にするみたいに頭を撫でてきて、僕はその仕草に、ときめいちゃったり、むくれちゃったりと大忙し。

 でも……嬉しいかも。
 こんな風に、先輩に構ってもらえるの。

 だって、僕は先輩にとって、『可愛い後輩』でしかなくて、先輩は、奈月先輩の……。

 って、思ったところでふと気がついた。

 奈月先輩、気を悪くしてるんじゃ…。

 僕が、こんな風に浅井先輩の膝の上に乗っちゃったりしてて。

 でも奈月先輩は何故か、僕と浅井先輩を、妙に嬉しそうにニコニコと眺めていて、うんうん…なんて頷いてる。

 どうして?

 でも、その疑問を僕が先輩たちに尋ねるわけにはもちろんいかなくて、僕はそのまま、中等部のフルートパートが集合する時間までからかわれてて、やって来た初瀬くんと浅井先輩の間に妙な緊張が走ったことを不思議に思って奈月先輩を見たんだけど…。


「わ〜! 藤原先輩、いいんだ〜!」

「奈月先輩〜、僕も、お膝に乗っけて下さい〜!」

「あ、ずるいっ、ぼくもっ」

 って、こざるのようにはしゃいだふーちゃんとはーちゃんが二人がかりで奈月先輩にのし掛かってる。

「わっ、こらっ、ふーちゃんはーちゃんっ! いっぺんに乗ったら重いってばっ。一人ずつ〜!」

 奈月先輩…押し倒されちゃってる…。

 二人とも、膝に乗っけてもらうのなら、初瀬くんにすればいいのに。

 初瀬くんなら、二人いっぺんに乗っても全然平気だと思うよ?


 
END

というわけで、あーちゃんのささやかな悩みはこれっぽっちも解決をみなかったのでありました。
 しかし、初瀬くん、最後のあーちゃんの台詞聞いたら、がっかりするでしょうねえ〜。
 ほんと、罪作りな坊やです(*^m^*)
あ、文中にちらっと出てきた「柔道部の古村薫くん」は、
去年の七夕企画「心の恋人」の主役ですv
やっと苗字が出てきました(笑)

さて。
 私の観察では、身長と足のサイズは必ずしも比例していないと思います。
 身長150cmで足のサイズ24.5っていう友人もいますし、うちの妹は167cmで23です。
 そういえば、昔から言いますよね。
『バカの大足、マヌケの小足』
 まったく失礼な言い方ですが、続きがあるの、ご存じですか?
『ちょうどいいのはろくでなし』ってね。
 みんな仲良しで、いいことです(どーゆーオチやねん)

 あ、文中で藤原くんが、「28.5」を恐竜の足なんて失礼なことを言いましたが、
お嬢さん方の中でこのサイズの方がいらっしゃったら、ほんと、ごめんなさいです。
 22.5からみれば、28.5は未知の数字ってことでお許し下さい。
 え? お嬢さんでこのサイズはないんじゃないかって?
 そんなことないですよ。故ダイアナ元妃は28cmだったそうですから。

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