君の愛を奏でて 2

2014クリスマス企画

『Strawberry Christmas』

  




 12月24日。
 街中がクリスマスムード最高潮のこの日、僕たち管弦楽部は1年で最大の行事・定期演奏会の本番を迎える。

 僕にとっては3回目の定演で、卒業までのちょうど折り返し地点。

 でも、僕は第3奏者だし、まだ中等部だから運営に関しての責任ある仕事も回ってこない。

 だから、かなり自分の演奏に専念させてもらえて楽しいことばかり……のはず。

 ううん、実際演奏することに関しては楽しいことばかりには違いない。

 僕は、先輩にも後輩にも、そして同級生にも恵まれていて、部活は本当に順風満帆。

 去年の今日も、僕は近づいてくる開演時間にワクワクしていた。

 それは今年も同じはずだった。
 楽しくて、ワクワクして、ちょっぴりドキドキして。

 でも、今僕の心は少し塞いでいる。

 もちろん演奏に不安はない。
 きっとみんなも僕も、練習の成果を出し切れると思う。


 でも……。

 今日の定期演奏会は、僕にとって多分、特別なものになる。
 それは、『最後の定演』だから。

 そう、先輩にとって聖陵でのラストステージ。

 当たり前のようにそこにあった先輩の姿は、来年にはもうない。

 そして、もしかしたら……思いたくもないけれど、僕にとっても先輩との最後の……。



 先輩は2ヶ月ほど前に、アニー先輩に管弦楽部長を譲った。

 今日の定演を最後に部活は引退なんだけど、でも先輩はすでに音大の入試に合格してるから、これからも卒業までの間、僕たち後輩の面倒を見てくれる事になっている。

 でも、卒業までも、もう3ヶ月足らず。

 そこから先は…どうなるんだろう。

 先輩は新しい世界へ旅立って、僕はここに残る。

 先輩が指導OBになる事は確実だから、きっとたびたび来てくれるとは思うんだけど、住む世界はまったく別になる。

 そう、僕の胸を塞いでいるのはそれ…なんだ。

 ただでさえ、今でさえ、僕はまだ信じられない思いでいる。
 先輩と僕が、恋人同士だなんて。

 先輩は優しい。
 いつも僕を甘やかしてくれて、包む込むように大切にしてくれて。

 校舎も寮も違うから、同じ校内にいても会えるチャンスは部活だけで、2人きりになれることはそんなにない。

 それでも先輩は、忙しい中でも一生懸命に僕との時間を作ってくれて、誰にも見つからないようにどこかでこっそり会ったりしてる。

 そんなときはいつもギュッと抱きしめてくれて、この頃はちょっとだけ、キスにも慣れてきた。

 だから僕は余計に寂しくて悲しいのかもしれない。
 僕は今、すごく幸せ…のはず、なのに。



                     



 終演して、舞台袖では高3の先輩方を囲んで下級生みんなが泣いてる。

 そんなみんなを、先輩や奈月先輩たちが『今までありがとう』って、慰めたり肩を撫でたり大忙し。

 僕も、先輩とのことがなかったら、あの中に入ってみんなのように大泣きしてたかもしれない。

 でも、きっと、みんなと同じように……ううん、もっと悲しいはずなのに、どうしてだろう…涙が出ない。

 少し遠巻きに、あんまり焦点の合ってない感じでぼんやりと先輩を見つめていたら、先輩が不意にこっちを見た。

 僕はちょっと驚いて目を見開いてしまい、先輩は瞬間、少し不安そうな顔をしてから、ニコッと笑ってくれたんだけど、僕はぎこちない笑いしか返すことができなかった。



 その後、寮食で打ち上げがあったんだけど、当然先輩はたくさんの人にずっと囲まれていて、やっぱり僕は近づけないまま。

 一度だけ、フルートパート全員で写真撮ろうってことになったんだけど、いつもなら奈月先輩にぶら下がってるふーちゃんとはーちゃんが今日に限って先輩にぶら下がってて、僕は僕で奈月先輩にがっちり抱きしめられちゃってて――それはそれですごく嬉しいんだけど――『お疲れ様でした』って言うのが精一杯だった。 

 …でも、そんなあれこれの中で、僕は、もしかしたらこんなものなのかもしれないなって気がしてきた。

 ここにいる間だけの恋愛関係なんていっぱいあるって同級生たちも言ってたし、『卒業』っていうのは『色んな事からの卒業』でもあるんだ…って言ってたのは、図書委員会の3年の先輩だったし。

 それなら、僕がひとりで悲しんで暗い顔をしてたら、先輩はきっと面白くないよね。

『ここ』での思い出が楽しいものになるように、僕も精一杯の笑顔でいなきゃダメなんだ。きっと。

 あと3ヶ月、いつでも先輩が楽しい気持ちでいられるように、頑張らないと…。 

 そう決めたら何だか気持ちが軽くなった。空っぽだけど。


 
                     



 午後6時すぎ。
 冬至から2日目で、辺りは当然真っ暗。
 僕は退寮して家に向かっていた。

「今年も1月5日は先輩とデートですか?」

 いつものように初瀬くんとの帰省の道のりで、今日の出来について話したりしていたんだけど、『そう言えば』って感じで聞かれたのは、年明けの僕の誕生日のこと。

「えっ? …ええと、さあ、どうかな…」

 結局あの後、先輩とは言葉を交わすこともできないままだったんだけど、でも僕が寮食を出る間際に追いかけてきてくれて、『気をつけて帰れよ。風邪引かないようにな。それと、帰ったら必ずすぐに楽器の手入れすること』って言いながら――周りにはまだ同級生がたくさんいたから――誰にも見えないようにこっそり僕のコートのポケットに何かを突っ込んだ。

 そして、『じゃあな』って、奈月先輩が待ってる方へ行ってしまった。

 ポケットに突っ込まれていたのは小さなメモ。
 メモには、『明日の夜、電話するから』って書いてあった。

 正直な気持ちを言うと、それだけでも嬉しい。すごく。

 でも、その分だけやっぱり悲しくなる。

 誕生日でも、そうでなくても、冬休み中に一度くらい会えるのかなあ、無理なのかなあ…なんて、色々考えてしまって。

 そして、来年はどうなってるんだろう…って。


「あれ?まだ約束してないんですか?」
「あ、うん」

 浮かない顔をしているだろう僕に、初瀬くんは『きっと今夜か明日には電話がありますよ』って慰めてくれて。

「じゃあ、今年と同じで6日は1日もらえますか? 母も楽しみにしてるんで」

「あ、うん! 僕もお母さんに会えるの楽しみにしてるんだけど、またお邪魔しちゃっていいの?」

「ぜひお願いします。連れて行かないと僕が母に怒られますから」

 笑いながらいう初瀬くんに、僕もちょっと笑ってしまったりして。

 初瀬くんの側は居心地が良い。
 それは多分、なんの不安もないから。

 そんな自分の甘えた考えが嫌で、また密かに落ち込み始めた僕に、初瀬くんが唐突に言った。

「僕は浅井先輩を信じてますよ」

「…初瀬くん」

「不安な気持ちはよくわかります。でも、浅井先輩の気持ちに関しては、僕はこれっぽっちも不安じゃないですよ」

 …どういう、こと?

 言葉を継げなくなった僕に、初瀬くんは独り言のように続けた。

「四つも年下の僕に、頭を下げてでもあなたが欲しかったんですよ、浅井先輩は」

 …え?

「なに、それ」

 そんな話、聞いたことがない。

「まあ、ちょっと大げさな表現になってしまいましたけれど、とにかく浅井先輩は僕に向かって真正面から向き合ってくれました。あなたを僕に渡したくないんだっていう強い意志で、謝りはしないけれど、礼は言うって」

 僕を見下ろす初瀬くんは、それは優しい笑顔をしていて、でも僕はどんな顔をしていいのかわからなくて。

「あなたを守っていてくれてありがとうって」

 …先輩が、そんなことを…。

「僕はその時、先輩の本気を知りました。そして、これならあなたを渡してしまっても悔いはないと思いました」

 涙で、見上げる初背くんの顔が滲んだ。

「あああ、泣かないで下さい」

 慌てた初瀬くんが僕の目元をそっと拭ってくれて、僕は小さく『ありがとう』って言った。



                     



「お疲れ、葵」
「うん、祐介も」

 打ち上げが終わって、荷物を取りにいったん寮へ戻り、僕たちは暫し息をついた。

「終わっちゃったね」
「そうだな」

 僕たちの聖陵でのラストステージ。
 祐介にとっては6年間、僕にとっては3年間の集大成。

 たくさんの思い出を身体いっぱいに詰め込んで、僕たち高校3年生はステージを降りた。

 充実感と同じくらいの寂しさは、きっとここでのたくさんの思い出の重さ、そのもの。

 僕はここで恋をして、兄弟たちに巡り会った。
 そして、たくさんの友達と、祐介という無二の親友を得た。

 祐介もまた、ここで恋をして、たくさんの友達と愛しい人を得た。


「藤原くん、寂しそうだったね」

 見送る立場がどれだけ辛いか、僕にはわかる。
 去年の僕が、まさにそうだったから。

 でも僕は1年我慢すればよかったんだけど、彼らはこれから3年間離ればなれになる。

 3年か…ちょっと長いよなあ…。


「…置いて行きたくないな…」

 ポツンと祐介が呟いた。

 その気持ちは痛いほどわかるよ、うん。

 ポンッとひとつ、慰めを込めて祐介の肩を叩けば、また艶めかしいため息なんかついちゃって、燃料を投下してくれた。

「なんだろ…。愛しいって言葉じゃ、もう足りないんだよな」

 わお。

「あらま、愛してらっしゃること」

「茶化すなって」

「や〜、だって茶化してもいなけりゃやってられないじゃん〜。こんなに盛大にノロケされちゃってさ〜」

 なんて言いつつも、僕は嬉しくて仕方がない。
 彼らの想いが日々深くなっていくことに。

 それに、僕は確信してる。祐介と藤原くんはずっと一緒だって。

 そりゃあ、この先何があるかなんてわかんない。

 上手く行かないことや、辛いこともきっとある。
 何より、同性だっていうハードルは多分僕たちが今思うよりもずっとずっと高いはず。

 でも2人の気持ちが離れることは絶対ないって思えるんだ。
 僕と悟のように、何があっても離れない…って。

 ただ物理的な距離は僕たちが卒業してから3年間は確実に続くわけだから、その間のもどかしさについては察するに余りあるって感じだけど。


 …っていうか、祐介と藤原くんって、あれ以来…。

「ちょっとお尋ねですが」
「ん?」
「その後、どこまで進んだ?」

 つきあい始めて半年ちょっと。

 まあそれなりの進展があっただろうと、かなりワクワクしながら聞いたんだけど、祐介はわざとなのかマジでニブいのか、真顔で『何が?』…なんて聞き返してきたりして。

 「何がってさ、恋人同士にどこまで進んだ…なんて聞いたらもう、アレしか無いじゃん」

 僕がさらにワクワクすると…。

「…や、まだキスしかしてないけど…」

 …へ? なんですと?

「ええと、それ、マジで?」
「マジで」

 ええと、ええと、どこから突っ込んだらいいんだろ?
 あれ以来、それっきり…ってこと、だよね?

 ん〜…でも、まあ、仕方ないか。
 日々の学校生活で、どうにかなるようなチャンスって、そうはないもんなあ。

 そう思うと守って凄いよなあ。まさにその道の達人って感じ。
 あ、佐伯先輩もそうだったらしいけど。

 ともかく、これが高校寮内なら、僕が一晩どこかの部屋へ遊びに行って、部屋を空けてあげれば済むことだから協力のしようもあるんだけど、残念ながら中学生は高校寮には入れない規則なんだな。 

 ったく、もー。

「いや、当然その気はあるけどさ、いずれにしても、あきが高校生になるまでは待とうと思ってるんだ。 触れる程度のキスでも緊張してガチガチになってるくらいだし、まだ身体も小さくて可哀相だと思うし」

 …祐介…。

「大人になったねぇぇ、祐介くんってば」
「だから茶化すなって」
「や、茶化してないって。マジで感動してるから」

 ほんと、何もかもが愛おしいんだろうなあ。
 いやいや、愛おしい…では足らないんだっけ? ふふっ。

 思わずニヤニヤしちゃう僕だけど、けれどそんなのまるで気にしてない風で、祐介はちょっと視線を落とした。

「でもさ、さっきの別れ際は気になってる」

 あ、ちゃんと気づいてたんだ。
 やっぱり成長したね、祐介。

「だよね」
「あんな笑い方、させたくない」
「うん」

 祐介が追いかけて、藤原くんのコートのポケットにメモを入れた時、見上げた彼の笑顔は悲しくなるほど儚かった。

 そう、こっちの胸が詰まるくらいに。

 あれは多分、諦めの笑顔だ。

 今、彼の心を塞いでるのは多分、これからの3年間への不安だと思う。

 そして、どこかで『これが別れに繋がっても仕方がない』って感じてるんだろう。


「あいつ、潔いくらい諦め早いからな。気をつけてやらないと…」

 おやおや、『ニブい祐介』も返上?

「時間はかかると思うけど、僕の本気は必ずわからせるつもりだから」
「ふふっ、かっこいい、祐介くんってば」
「だから茶化すなっての」
「茶化してないってば」

 バンッと一発背中を叩けば、『痛っ、なにすんだよ』って言いながらもやっぱり幸せそうなんだけど、不意に目を眇めて僕を見た。

「そう言えば、葵」
「なに?」

 ちょっと目がコワいんですけど。

「さっきはよくも好き放題してくれたな」
「え。なになに? なんのこと?」

 って、もしかして、アレ?

「フルート全員で写真撮ったとき! あきのこと抱きしめて触りまくってただろっ」

 ありゃ、やっぱり気づいてたか。
 
「だって〜、一度抱きしめたいと思ってたのに、必ず嫉妬深い恋人の邪魔が入るからさ〜、この千載一遇のチャンス、逃してなるものかって思ったんだも〜ん」

 実はふーちゃんとはーちゃん、共犯なんだ。
 頼んだとおりにがっちり祐介をホールドしてくれちゃったりして。

「なにが、『だも〜ん』だっ」

 へへっ。そんなこと言ったってもう思う存分触っちゃったもんね〜。
 柔らかくてふわっとしてて良い匂いしてて、めっちゃ気持ちよかったし〜。
 
「ゆ〜すけ〜、狭量な男は嫌われるよ〜」

 って、この台詞、何度目だろ?

「なんだと〜」
「きゃ〜、助けて〜」

 頑張れ、祐介。

 僕はずっと、2人を応援して、助けていくからね。



                     



 家に帰って、僕は先輩に言われたとおり――言われてなくてもいつもするんだけど――楽器の手入れをしようと思ってフルートケースのカバーを開けた。

 その時、何かがひらりと落ちた。
 濃いグリーンの封筒だった。

 なんだろう、これ。

 拾い上げてみれば、表には『Dear Akihisa』の文字。
 慌てて裏を返してみれば、そこには『From Yusuke』って…。

 まさかこれ、先輩が?

 …そうか、だから先輩はわざわざ楽器の手入れしろって言ったのか…。

 僕は少し震える手で、はさみで丁寧に封を切った。

 中に入っていたのは、サンタの帽子を被った可愛いクマとクリスマスツリー柄のカードだった。



   

『定演お疲れさま。
 今年1年の成果を十分出せたね。良い出来だったと思うよ。
 来年の演奏も期待してるから、この調子でがんばれ!

 明日電話するけれど、ひとつ約束して欲しいことがある。
 1月5日は必ず空けておくこと。 
 また2人で楽譜を探しに行こう。

 聖陵で同じステージに上がれるのはこれが最後になってしまったけれど、僕はこれから先もずっと、あきと同じ場所で一緒に演奏していきたい。
 そして、ずっと側にいたい。
 遠い未来までも、いつまでも、ずっと。

 Merry Christmas あき、大好きだよ』

  



 僕はカードを胸に抱きしめて、少しだけ、泣いた。
 嬉しくて。



 その夜。
 僕は温かい気持ちのままベッドに入って、そのままふわふわと眠りに落ちていく。

 先輩が僕を見ていてくれる限り、僕も先輩から目を逸らさずに、しっかりついていこう。

 でも、もし先輩が僕を見てくれなくなったとしても、僕はきっと、ずっと先輩が好きだ。

 その気持ちは誰のものでもなく、僕だけのものだから、僕はやっぱり、幸せなんだと思う。

 Merry Christmas 浅井先輩。
 僕はあなたが、大好きです。


END


 祐介とあーちゃんのラブラブを書こうと思ったのに、
書き上がってみれば何故かやっぱり、
初瀬くんが男前だって話になってしまいました…(滝汗)

 とりあえずみなさま、Merry Christmas!
 来年も、君愛を、そして桃の国をよろしくお願いいたしますv


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