君の愛を奏でて
2007年:看板息子Birthday企画
〜同室者観察日記〜
奈月葵の同室者:浅井祐介の独り言
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聖陵学院高等学校寮・308号室の浅井祐介がそのことに気付いたのは、2年生になって二人部屋になってから…のことだ。 四人部屋の時には、他にまだ二人のルームメイトがいたということと、自身が彼に向けている恋慕の情に取り紛れて見えなかったに違いない…と思われるのだが。 そう、祐介はなんとなく気付いてしまったのである。彼の同室者である奈月葵が、実はかなりの変人なのではないか…ということを。 単に変わっている…ということくらいならば、最初からそうは思ってきた。 何しろ容姿端麗頭脳明晰。 挙げ句、接した相手の気持ちを柔らかくとろけさせてしまう微笑みに、入学当初は『天使の化身』とまで言うヤツらがいたくらい、葵は普通の男子高校生とは違っていた。 もちろんそんな葵の崇拝者は入学から1年以上が経過した今でもまだまだ数限りなくいるわけだが、クラスメイトにルームメイト、管弦楽部員などの特に近しい人間には、葵が柔らかくて優しいだけの子でないことも十分に知れ渡っていて、だがそれがまた、『眺めているだけのお人形さん』ではない魅力を醸し出して、さらに崇拝者が増える…という無限連鎖に陥っている。 と、祐介は分析しているのだが、彼自身『親友』という立場――もちろん今でも葵のことは大好きだが――から見るに、やはり葵は『かなり』変わったヤツだと言わざるを得ない。 まず、ろくに机にも向かっていないのに、どうしてあの成績が維持できるのか。 普段の学校生活はほぼ部活に向けられていて、残りはと言えば、同級生や先輩後輩たちと無邪気に遊んでいる。 とてもではないが、『一生懸命勉強している』ようには見えないのである。 自分は成績の維持のためにかなりの努力を払っているし、『あの』悟だって、部屋にいるときは大概机に向かっている…と、同室の生徒会副会長に聞いたことがある。 だから一度、葵に尋ねてみた。 『いったいどんな勉強方法なわけ?』…と。 同じ方法で自分も成功するとは限らないが、よほど効率のいい方法に違いない、とにかく後学のために聞いておこうと思ったのだが、返ってきた答えはまったくもって参考にならないものだった。 葵は『んー、特にこれと言ったことは何にも』と、何とも気のないコトを言ってくれたのだ。 実は秘密の勉強方法を持っていて、『そんなこと誰にも教えてやるもんか』…なんて陰険な裏があるわけでもなさそうで、『特にご披露するようなものは何にもないし』というのは本音のようだ。 が、しかし、答えに納得できず、怪訝そうな表情を見せた祐介に、葵は『あ、でも』と言い直した。 その言葉に『ほら見ろ、やっぱり何か秘訣があるんだ』…と、祐介は思わず腰を浮かせたのだが、葵はちょこんと首を傾げて、『前もってやってあるんだ』と、意味不明のことを告げた。 わけがわからん…と、それをよくよく問いただしてみれば、前もって長期休暇中に勉強してあるから、学校で日々必死になる必要はないのだというのだ。つまり、2学期の内容はその前の夏休み中に、3学期の内容は冬休み中に…といった具合に、予習をしているから…と。 では、1学期の内容はどうしてるのかと問えば、1年先輩の教科書を借りて、進学前の春休み中にやっつけてある…と、オソロシイ告白をしてくれた。 だから、いざ授業では、聞いているだけで頭に入るのだと。 さらに葵は、『それに、どーしてだか、一回見たら忘れないんだよ』とも言う。 ともかく、教科書でも参考書でも、一度見たらまるっきり頭に入るらしく、しかもそれらを忘れ難いと言うのだ。それは、『聞いたこと』でも然りで、授業中に教師が話したことは、ほぼ正確に記憶できるらしい。 まあ、だからこそ『前もってやっておく』という方法が有効なのだろう…とは、祐介も感じたのだが、それにしても『忘れない』というのは何とも羨ましい話だ。 『多分、どっかおかしいと思うんだけどね』 と、葵はあっけらかんと笑うのだが、そんな『おかしい』なら大歓迎じゃないか…なんて思うのは多分、凡人のひがみなのだろうと、祐介はため息をついて無理矢理ケリをつけた。 ともかく、こんなヤツと同学年になったのが運の尽き…なのだ。 まあそれは、こと成績に関してだけ…だが。 そうだ。そう言えば、以前悟も言っていた。 『もし僕が、一年遅く生まれていたら、成績は4〜5番だったかもしれないな』…なんて。 『一度見たら忘れない』…と言えば、自宅通学のクラスメイトの家へ遊びに行った時のこと。 あまりやったことがない…という葵に、みんなして面白がってTVゲームをやらせてみた。 案の定、パズルゲームの類は恐ろしい勢いでクリアしていく。 アレは多分、幾通りものパターンをすべて頭の中に記憶しておけるからなのだろう。先を読む力にも長けていそうだ。 だがその分…と言っていいのかどうかわからないが、シューティングの類が面白いほどめちゃめちゃだったのが印象的だった。 ともかく、『簡単モード』でも一面もクリアできないのだ。 瞬発力に乏しいというわけではないだろう。運動神経はかなりいいから。 みれば、コントローラーを持つ葵の手は完全に止まっている。 そして画面に見入って呟くのだ。 『綺麗だよねえ…』と、可愛らしく小首を傾げて。 その様子に、ふにゃんととろけている野郎どもも大概だが、端から見れば多分自分もその一人なので、そこはあまり追求しないでおくことにする。 そんなわけで、ともかく葵は『やっぱり普通とちょっと違う』と、祐介は思う。 ベッドの上に取り込んだ洗濯物で『巣』を作るのはすでに寮内でも有名な話になってしまっているが、その他にも上げればかなりキリがない。 例えば。 確か高1の終わり頃だったと思う。 珍しく風邪気味だった葵が、念のために飲んだ風邪薬の所為で真っ昼間から強烈な眠気に襲われた時のこと。 授業中に寝てしまっては大変…と、葵はサインペンで瞼に偽の瞳を描いたのだ。 つまりは『目を閉じてしまっても、開けているように見える細工』をしたと言うことなのだが、『それって、寝てしまわないように…って言う意味での対策じゃなくて、寝てしまってもばれないようにって対策だろう?』と突っ込んだ祐介をモノともせず、葵は見事な偽の瞳を瞼に描いて見せた。 見事すぎてあまりに無機質で笑えるそれは、クラスメイトたちにもバカ受けだったのだが、しかし。 結局葵は根性で授業を耐えて、このまま事なきを得るか…と思われた。 だが間もなく授業終了のチャイムが鳴ろうかと言う時、ふと葵が目を伏せた瞬間を目撃してしまった国語教師が、爆笑のしすぎで呼吸困難を起こしてしまったのは、今でも語りぐさになっている。 そうだ。そう言えば夜中も面白いことをやってくれる。 これは四人部屋の時から気付いていたことで、涼太と陽司も知っていることだが、葵は寝言が多い。 中学1年からの四人部屋生活の経験上、静寂の中で眠ることなど、とうに諦めてはいたし、幸い祐介は熟睡できる質なので、同室者の騒音に悩まされたことはないのだが、葵の寝言は面白くてつい聴き入ってしまったり笑ってしまうのだ。 入学して最初の寝言は『富士山ってデカイ』だった。 どうやら新幹線から見た光景のようなのだが、本人はいたって感動した口振りで、かなり可愛かった。 幸い今までに色っぽい寝言を聞かされたことはない――そんなことがあったらそれこそ眠れない――が、意味不明な寝言には結構遭遇する。 例えば、『あとは丸ごと〜』…なんて、幸せそうに笑うから、何だろうと覗き込んでみれば、葵は何やら皮を剥いているような手つきをしているのだ。多分夢の中でミカンでも食べているのだろう。 そうそう、いきなり『そんなアホな』…と、突っ込まれたときもある。 突然『それがなんやっちゅーねん』…と、喧嘩を売られたこともある。関西弁だからかなり迫力があった。 かと思えば、『ゆーすけ〜、その音ダメ〜』…なんて情けない指導が入ったことも。 そんな中で一番怖かったのはアレだろう。 『あ! 火の玉!』 オソロシイ言葉を嬉しそうに言う葵に思わず脱力してしまったが、あの時は、四人部屋でよかったと、さすがの祐介も思ったものだ。 二人きりの部屋であんなことを言われては、いくらなんでも楽しくはない。 まあ、これらが『うなされている』とか悪夢に悩まされている様子なら、安眠のために何らかの手助けをしてあげたいところだが、何故だか火の玉だと言っている時ですら、妙に幸せそうだから、放っておくしかないだろう。 そもそも『寝言に返事をしてはいけない』らしい――多分単なる伝承だろうけど――し。 だいたい、翌朝はと言えば、それら見たであろう夢を葵は綺麗さっぱり忘れているのだ。 英単語も数式も楽譜も、一度みたら忘れないと言う頭脳を持っていても。 もしかしたら、それで頭の中のバランスを保っているのかもな…なんて、根拠のない分析をして、祐介は夜毎葵の寝言につき合っている。 それと。 やたらマイブームの多い人間でもある。 しかも食べ物。しかも甘いものばっかり。 祐介は一応好き嫌いなくなんでも食べるし、甘いものだって嫌いなわけではない。 しかし、葵のあの無節操な甘いもの好きにはちょっと胸焼けを感じないでもない。 普段の食事は男子高校生とは思えないほど少食なくせに、甘いものとなるとどうやら別腹(まるで女子高生のようだ)らしく、あの細い身体のどこに入って行くんだろうと思うくらいだ。 そう言えば、1年の時のルームメイト・涼太は『もしかして、糖分で脳の栄養だけ摂ってんじゃないか?』なんて、真顔で言っていた。 そんな葵が今はまっているのは、至ってシンプルに『どら焼き』だ。 故郷の幼なじみを共犯に、あちらこちらから取り寄せたらしき『どら焼き』が週に1度、宅急便で送られてくる。 『どら焼きなんて、どれも一緒じゃないのか?』 ある日そう聞いたら、『何言ってんの。生地の配合とか焼き具合とか、餡の炊き具合とか艶とか甘さ加減とか、色々あるんだって。ほら、これとこれ、食べてみてよ』…と、ちょっと大きさの違うどら焼きを渡されて、一応囓ってみたものの、どっちも美味しいには違いなく、どれがどうと言われてもさっぱりだった。 だが。 『ん〜、やっぱりここのが一番美味しい〜』 …と、幸せに微笑まれてしまえば、『ま、いいか。葵が幸せなら』…なんて思ってしまうわけだ。 そして、葵がどら焼きにはまって暫く経った頃。 部活終了後の音楽ホール内で、祐介は悟に呼び止められた。 『ちょっといいか?』と、深刻そうな表情で、辺りを憚りながら声を掛けてきた悟に、祐介も『部内で何か問題でも起こったか』…と身構えたのだが。 「葵が食事をしていない?」 「ああ。昇に聞いたんだ。たまたま葵を寮食で見かけたんだけれど、あんまり食が進んでいないようだった…って」 ストレスが胃に直結する葵に、何かあったのでは…と、案じたのだろう。 本当は自分が側についていたいのに、その役目を祐介に独り占めされている立場としては、かなりもどかしいものがあるだろうことは想像がつくのだが。 しかし、祐介にはこれといった心当たりがない。 葵は今のところ至って元気だ。元気に毎日どら焼きと戯れている。 「それ、いつのことですか?」 「昨日の夕食だったと昇は言ってるんだが」 「昨日…ああ」 わかった。『あれ』だ。 そして、得心したように頷いた祐介に悟は心配を募らせたようだ。眉間の皺が一層深くなった。 やはり思い当たることがあるのだと。 だが。 「そりゃあ食べられませんって」 「そんなに具合悪かったのか?」 掴みかからんばかりである。 しかし、祐介は余裕の様子で肩を竦めて見せた。 「夕食前にどら焼き4つか5つ…食べてましたからね」 「どら焼き? 誰が?」 「だから、葵です。今マイブームが来てるみたいですが…。まさか、ご存じなかったんですか?」 『まさか』の中に、『へ〜? 恋人のクセに? ふ〜ん、知らなかったんだ?』なんていうニュアンスをこれでもかというくらい散りばめてしまえば、なんとなく『ふふん』…なんて、優越感に浸ってしまうのも無理はないだろう。 「京都から送ってもらってたどら焼きの賞味期限が一気に来たんですよ。だから一度にたくさん食べてしまって、夕食が食べられなかった…ってわけです。でも本人も反省してましたから、もう大丈夫だと思いますよ?」 ――葵のことならご心配なく。お任せ下さい。 …なんて、余計なことはもちろん『思うだけ』で口にはしないのだが、どうやら『思うだけ』でも伝わってしまったらしい。 一瞬こめかみをひくつかせた後、今度は一転して『ニヤリ』笑って見せた管弦楽部長は、祐介の肩をポンッと一つ、気安げに叩いて言った。 「…そうだな。校内では、葵のことは浅井に任せておけばいいな。残念ながら僕は普段一緒にいられないのでね」 そして、また、不敵に笑う。 「その代わり、長期休暇中は夜も離さないけれど」 売り言葉に買い言葉か。部長様も負けてはいない。 しかし、浅井祐介! ここで怯んでいたのでは、男じゃない! 「…じゃあ、葵の寝言ってご存じですか?」 譲る気はさらさらないぞ…とばかりに、ちょっと胸なんか張っちゃったりして。 「…『富士山ってデカイ』ってやつだろう?」 それくらい知ってるさ…と、部長様もちょっと胸を反らしてみたのだが。 「『あとは丸ごと』とか『そんなアホな』とか『あ!火の玉!』とかは?」 「………」 勝った。 ま、相手は曲がりなりにも先輩だ。 今日のところはこれくらいで勘弁しておいて…… 「いや、僕の腕の中の葵は、夢を見る暇もないほど熟睡なんでね」 「………」 ヤラレタ。 「とにかく。葵のこと、よろしく頼むよ」 「お任せ下さい。一年のうち300日間、夜も昼も葵と一緒なのは僕ですから」 双方が巨大な墓穴を掘りあう中、空調完備のはずの音楽ホールにブリザードが吹き荒れる。 そんな様子を、善良なる管弦楽部員の諸君は、『先輩たち、何かあったのかな…』…と、だた遠目に見守るだけだった。 お・わ・りv ☆ .。.:*・゜ おまけ〜『管弦楽部長さまの、不毛な放課後』 ――葵がどら焼きにはまっているなんて、これっぽっちも知らなかった。 悟は寮への帰り道、ちょっと前に祐介から聞かされた話を反芻していた。 葵も葵だ。教えてくれればいいのに…なんて、ついつい理不尽な文句を向けてしまいそうになり、悟は慌てて思考の方向を切り替える。 「そうだ! 母さんに頼んで送ってもらおう!」 葵の喜ぶ顔が、見たいから。 数日後、母が早速手配してくれた荷物を学生課で受け取り、悟はいそいそと練習室1へ向かっていた。 葵はすでに呼びだしてある。 ところが。 現場に到着してみれば、なぜか『招かざる弟』が約2名。 「…なんで…」 お前たちがいるんだよ…と続けようとした言葉は、だが、顔面崩壊とばかりに大喜びの葵によって遮られた。 「悟〜! ありがとう〜! 香奈子先生にどら焼き頼んでくれたって〜!」 ――どうしてばれてるんだっ。ナイショにして驚かせようと思っていたのに〜。 だが、嬉しい嬉しい…と、シッポを千切れんばかりに振っているかのような葵の様子に、悟の表情も自然に緩んでしまう。 「母さんから電話があってさ。悟に頼まれたおやつ、たくさん入れたからみんなで食べなさいねって」 バレた真相を明かしながら、昇はさっさと悟の手から荷物をひったくって開け始めている。 それを見守りつつ、やはりワクワクした様子で守が悟に言った。 「昨日、部長会議が長引いたろ? あの時母さんから電話があったんだけど、お前、まだ寮に戻ってなかったから、俺が伝言受けたんだ」 なんて間の悪い。 そりゃあ、葵が食べ残したら、昇と守にも分けてやらないでもないけれど、最初から乱入されてしまうとは…。 「でも、どうして僕が今どら焼きにはまってるって知ってるの?」 幸せそうに、早速どら焼きを頬張りながら尋ねてくる葵に、しかし悟は『浅井に聞いた』とは言えなくて――いや、言いたくなくて――言葉を濁した。 「…いや、葵のことならなんだって知ってるってことだ」 そんな悟を、『招かれざる弟たち』はチラリと見遣ってニヤッと笑い合ったのだが、もちろん悟がそんな様子に感づこうはずはない。 とにかく『葵』。葵よければすべて良し…なのだ。 それにしても。 ――よく食べるな…。 3人は『どら焼き』について熱く語り合いながら、延々食べている。 ――胸焼けしそう…。 見ているだけで胸が一杯だ。 ふと見れば、箱の中にはブラックコーヒーの缶がいくつか入っている。 微糖でもなんでもない、完全に無糖のそれは、悟のお気に入りの銘柄だ。 母が、甘いものを食べない悟を気遣って入れてくれたのだろう。 「なんだ、悟ってばコーヒーなんて飲んじゃってさ」 両手からはみ出そうなほどデカイどら焼きに囓り付きながら、昇が言った。 「しかもブラックだろ? 俺、甘くないコーヒーなんて、ケーキと一緒じゃなきゃ飲めないし」 学院一のプレイボーイとは思えない発言を繰り出すのは守だ。 「僕、コーヒーより抹茶がいい〜」 両手にどら焼きを持ってにっこり笑った葵は、それはそれは可愛いのだが…。 ――はぁ〜…。 この疎外感はいったい何だ。 いつにない疲れをドッと感じて、悟はだるそうに頬杖をついた。 けれど。 ――ま、いいか。葵が幸せなら、それで。 やっぱりそれに尽きるのだった。 |
お・わ・り |
葵のお誕生日企画ってことで、
彼の日常生活を祐介に語ってもらおうと思って書き始めたところ、
終わってみれば何故か悟が不憫な話になっていました(笑)
いやー、お話ってどっちに転ぶかわかんないですね〜。あはは(あははじゃねえ)
看板息子の葵、これからもよろしくお願いいたします〜☆
お嬢さん〜。疑いすぎっ(笑)