4.10〜Satoru’s Birthday!!

〜My dear brothers〜





「おい、悟っ」

 暗い方向から守の声がした。

「こっちだよ、こっち!」

 そのすぐ近くから昇の声もする。

 急いで声の方向へ、雑草をかき分けながら進んだ僕は、すぐに大きな岩の下へ出た。

 岩の上には昇と守。


「ほら、上がって来いよ」

 差し出された手に掴まって、僕もその大きな岩の上に登った。



「よくこんなところ見つけたな」

 消灯まであと1時間。

 入学したばかりで、まだ校舎と寮の往復しかしたことのない僕たちのはずなのに、守はちゃっかりとこんな眺めのいいところを見つけている。



 ここは中学寮の裏山。

 大きな岩の上に腰掛けると、中学寮の向こうに音楽ホールも見える。


「守はこういう事にかけては天才的だよね」

 昇が笑った。

 こんな風に、3人でゆっくり話ができるのって、久しぶりだ。

 だって、僕たちは去年の秋からつい何日か前までの半年間、別々に暮らしていたから。

 兄弟なのに…。



 僕たち兄弟は幼稚園から大学まで受験なしで進学できる私立の学校に通っていた。

 なのに、突然ここ聖陵学院中学校の入試を受けるようにお母さんから言われたのは去年の秋の事。

 そして、昇と守は管弦楽部に入るためにヴァイオリンとチェロの特別レッスンを受けなくてはいけないから、入試がすむまでは、ここの先生である光安直人先生のうちに預けられることになった…って言われたんだ。

 いきなりのことで僕は驚いた。
 昇と守と、半年も別々だなんて絶対嫌だった。

 だから僕はお母さんに、ヴァイオリンとチェロのレッスンなら、うちからだって通えるじゃないか…って食ってかかったんだ。

 でも、その時のお母さんは、すごく悲しそうな顔をして首を横に振った。
 そして、僕の聞いたことには答えずに、こう言ったんだ。


『ね、悟。昇と守は中学になったら寮へ入るの。あなたはどうする?』
『どうして? どうして二人だけなんだよっ。僕だって一緒に行く!』


 僕の答えを聞いて、お母さんはホッとしたように笑った。

『そうね、あなた達はいつも一緒だったものね』


 それから小学校を卒業するまでの半年間、僕は、学校でしか昇と守に会えなかった。 でもクラスが違うからゆっくり話をする暇もなくて、学校が終わるとすぐにお母さんが迎えに来て二人を遠く離れた光安先生のうちまで連れて行っちゃっうんだ。

 だから僕は毎朝一人で学校へ行って、一人でうちへ帰った。

 うちへ帰るとおばあさまがいっぱいおやつを用意して待っていてくれたけれど、でも、昇と守が一緒じゃなくちゃ、美味しくなんかなかった。

 それに、二人は土曜も日曜も…一度も帰ってこなかった。

 僕は寂しくてたまらなかった…。






 でも、そんな日もようやく終わり。

 僕たちは一昨日揃って聖陵学院中学校に入学して、寮に入った。

 やっぱりクラスも寮の部屋も違うけれど、でも離ればなれだった頃の寂しさに比べたらなんでもない。

 だって、こうやって夜には一緒にいられるんだから。


「僕、今日隣の席の子に聞かれたよ」
「何を?」
「お前、外人なのか?…って」
「で、なんて答えたんだ?」
「ううん、日本人だよって言った。そしたらさ、嘘つけっていうんだ、そいつ」
「…まさか、苛められたのかっ?」
「ううん、全然。 疑うんだったら戸籍謄本持ってきて見せて上げようか…っていったら、黙っちゃった」

 けらけら…っと、何でもないように笑う昇。

「俺、放課後、高校生に呼び出された」
「「ええっ?」」

 今度は守がとんでもないことを言った。
 
 守は小学校でも一番身体が大きくて、女の子たちにも『かっこいい』って言われてすごくもてていたから、何にも心配はいらなかったんだけど、ここへ来たら全然違った。
 だって、高校生なんてすっごく大きいんだ。
 そんなのに呼び出されたって…。

「な、何の用だった?」
 
 恐る恐る昇がきく。
 
 見たところ怪我もしてないようだから、大丈夫だったんだろうけど…。

「なんかさ〜、つきあえって言われてさ〜」

 つきあう?

「何につきあうの?」

 昇もきょとんとしている。

「つまりだな。恋人になれってことさ」
「「こいびとぉ〜?」」

 なんだそれ?
 だって…ここは…。

「ここ、男子校だよ?」
「だよな」

 あっけらかんと守が答えるから、僕らもなんて言っていいかわかんなくて…。

「でさ、どうするの?」
「そんなもん、断ったに決まってるじゃないか」

「「だよね〜」」

「当たり前だろ〜。俺に『彼女になれ』なんて、バカにするにもほどがあるよな〜」

 ……守が『彼女』…?

 昇の目も点になってる。

「でもさ、悟も昇も気をつけろよ。あいつら、『お前がダメなら後の二人に声かけてみるさ』…なんて言ってたからな」

 僕の目も点になった。




 それにしても…。
 同じ学年に『桐生』が3人。髪の色も目の色も違う僕たちが兄弟だっていうのは、いつの間にか知れ渡り始めている。

 もし、昇や守が苛められでもしたら、僕は絶対に二人を守ってやるんだ。
 だって僕は一番上の『お兄ちゃん』なんだから。

 身長は、守にはちょっと負けてるけど、昇には去年追いついて、今ではもう随分差がある。




「そうそう」

 もう、変な上級生の話はこれまで…とばかりに、守が楽しそうな声を上げた。

「今日、食堂のおばちゃんに『守くんって悟くんと昇くんと兄弟なんだってね』って言われたんだ」

 そこまで知れ渡ってるんだ…。

「でさ、『誰が一番お兄ちゃんなんだい?』って聞かれたから、『悟。今日が誕生日で13歳なんだ』って言ったら『そりゃあおめでたいね』ってこっそりプリン作ってくれたんだ」

 そう言って、紙袋から守が取り出したのは、可愛いカップに入ったプリン。ちゃんと3つある。スプーンもついてる。

「で、ほらここに」

 そう言って、昇がポケットから取り出したのは、小さな白いろうそく。

「一本しかないけど、でもこれで誕生日の雰囲気はばっちり」

「昇、これどこからもってきたんだ?」

「うん、光安先生に『ろうそく欲しいんだけど』って言ったら、化学の先生のところに連れていってくれたんだ。で、実験用のろうそくもらっちゃった」


 昇の細くて小さな手が慎重に、僕のプリンにろうそくを立てる。

 …でも。

「おい、昇。マッチは?」
「……あ」

 …一瞬しーんとなって………僕らは顔を見合わせて大笑いした。

「ごめ〜ん、さとる〜」
「いいよ、火事にでもなったら大変だし」
「ここまでの手回しは完璧だったのにな〜」

 そう言いながら、守はろうそくに火をつける真似をした。

 そして昇がそのプリンのカップをそっと持ち上げて、僕の目の前にかざす。


「「悟。誕生日おめでとう!」」


 僕は、火のついていないろうそくに、小さく息をかけた。

「ありがと、昇、守」



 僕は、うちを出るときにお母さんから言われた言葉をきっと一生忘れないだろう。


『悟、あなたはお兄ちゃんなんだから、昇と守のことをしっかりと守っていくのよ』


 昇、守…大切で大好きな僕の弟。


 その晩のプリンは、今まで食べた中で一番美味しかった。




END


以上、誕生日のちょこっとSSでしたv
いや〜、ヤツらにもこんな可愛い時期があったんですね(笑)

こんな三兄弟に溺愛の弟が現れるのは、これから約4年半後の事です(*^_^*)

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