4.10〜Satoru’s Birthday!!

〜Perfect Smile〜


葵が聖陵に入学した直後の、悟の誕生日です。





 入学式から2日目のこと。

 まだまだ新学期のざわめきを引きずったままの校内は、結構騒がしいんだけど、今日はまた何だか雰囲気が違う。

 あちらこちらで何やら妙にもりあがってるグループをいろいろ見かけるんだ。


 僕が入学した、ここ聖陵学院は同じ敷地に中高6学年が学んでいて、生徒数は1125名。

 僕の出身中学は全校生徒数が90人に満たない小さな学校で――商業地のど真ん中にあるから子供が少ないんだ――しかも、半数以上を占める女の子たちの賑やかさに気圧されて、男子はおおむねのんびりムードだったから、こんな風に男子ばかりが集団で騒ぐっていう環境が珍しくて。

 おまけに、この大きな学校の全員…とは言わないけれど、見ている限りではほとんどと言っていいくらいの男子生徒が、相当に盛り上がっている様子を目の当たりにして、僕は何事だろうかと、同室の祐介に尋ねてみたんだ。

「ねえ、何かあるの?」

 それだけで、妙に察しよく、祐介が『ああ、この騒ぎな』って答える。

 ということは、これは『よくあること』なんだろうか?

「今日、悟先輩の誕生日なんだ」
「へ?」

 誕生日? それだけ?

 そう思った僕の心の内が読めたわけではないだろうけれど、祐介は妙に真面目な顔で説明してくれた。

「何てったって、悟先輩は『聖陵のカリスマ』だからな。誕生日の盛り上がりは尋常じゃない。 プレゼントを渡そうとしてるヤツはもちろん、この機会に何とか声だけでも掛けたいって思ってるヤツらも、チャンスを狙って朝からそわそわしてるってわけだ。 もっとも悟先輩本人は、こんな騒ぎ何処吹く風…だけどな」


 えっと、ここ、男子校、だよね? 


 …あ、だからか。ほぼ全寮制に近いこの環境だからこそ…ってとこだな。

 それに、まあ、悟先輩ならそれもわからないではないけど。

 僕も入学前日、初めてあったときには何て綺麗な人だろうって思ったもんね。

 あんまりにも顔立ちが整っていて、話す言葉もすごく落ち着いているもんだから、最初は取っつきにくい人かと思ったんだけどそれは全然違っていて、悟先輩はとても物静かで優しい先輩だって言うのは、学年が始まったその日――オリエンテーションの時にはもうだいたいわかっていた。


 そして、そのあとたった2日間の観察だけど、なんとなくいろんなことが見えてきた。

 実は祐介も、悟先輩に負けないくらい、全校生徒に注目されてる存在だったんだ。

 まあ、このルックスとこの成績だもんね。それだけでも目立つだろうに、やっぱり集団を引っ張る力に優れているらしいんだ。



 悟先輩と祐介。よく似ていると言われている2人。

 でも、僕はそうでもないと思うんだ。

 まあ、同級生で同室の祐介と、まだよく知らない悟先輩を比べることには無理があるんだけれど、祐介はかなり分かり易い性格みたいな感じ。

 寮の部屋の中だけじゃなく、教室でも部活でも、ご機嫌・不機嫌がはっきり顔に出るしね。


 でも悟先輩はそうじゃない。

 この二日間、放課後は管弦楽部のいろいろで、かなりの時間、悟先輩の近くにいたんだけれど、なんだかわかりにくいんだ、先輩って。
 何がって…。中身が。

 本当に綺麗な顔立ちをしている悟先輩は、笑顔もそれはそれは綺麗なんだけれど、それはいつでも同じ。誰にでも同じ。でも、多分いつも機嫌がいい訳じゃないと思うんだ。

 悟先輩だって、気分の良くないときだってあるだろうし、元気のでないときもあるだろうし。

 でも、そんなことを一切感じさせないんじゃないかと思うくらい、悟先輩の笑顔はいつも作られたように完璧なんだ。

 まあ、たった二日間の観察だから…って思ったんだけど、その話をチラッと祐介にしたら、『葵って、結構鋭いな』って言われたから、多分当たってるんだろう。


 悟先輩、しんどくないのかな?

 でも、あの先輩が誰かに甘えるところなんて、想像できないよね。

 それに、甘えられても困るかも。

 だってあれほどの人だもんね。
 よほどの包容力がある人か、ぽやんとした小動物的癒し系とかでないと、甘えさせてあげるなんて、きっとできない。

 うーん。ああいう完璧な人の恋人になるって、大変だろうなあ。

 まあ、僕がなるわけじゃないから別に悩むことはないんだけど。






 昼休み。
 クラスメイトの何人かが、悟先輩に『おめでとうございます』って声を掛けたらしくて大騒ぎしてた。

『ありがとう』って返してくれた笑顔がめちゃめちゃ美しかったらしい。

 ちなみにプレゼントを渡そうとしたヤツもいたらしいんだけど、結局渡せずに、寮の郵便受けに突っ込んできた…なんて言ってたっけ。

 それって、結構迷惑なんじゃないの…って思うんだけど。
 だって、部屋別の郵便受けって、小さいんだもん。





 放課後。
 音楽ホールにある、生徒準備室の机の上にはプレゼントの山が出来ていた。

 もちろん、ぜ〜んぶ悟先輩宛て。
 これって、寮まで運ぶだけでも大変そう…。

 祐介が『ほんと、毎年壮観だよな』なんて呆れてたけど、同級生の証言によると、祐介の誕生日も相当なものらしい。

 ただし、祐介の誕生日は祝日なんだそうで、当日的盛り上がりには欠けるらしいんだけど。

 って、そういえば、いつが誕生日か聞き損ねてた。
 今度聞いておこうっと。





 消灯30分前。

 オーディションに向けての個人練習を終えて練習室を出たところで、僕はばったり悟先輩に出くわした。

「遅くまでがんばってるね」

 完璧な笑顔。

「オーディションまではなかなかハードだと思うけど、がんばって」

 言いながら僕の肩を労るようにポンと叩いてくれた。
 大きくて暖かい手のひらが気持ちいい。

「はい、がんばります」

 あ、そうだ…。

「あ、あの、誕生日おめでとうございます」

 思い出して僕が言うと、悟先輩は一瞬目を見開き、それから、笑ってくれた。

「ありがとう。嬉しいよ」

 本当に、嬉しそうにそう言ってくれたので、僕も何だか嬉しくなる。
 そして、見せてくれるのは、『眩しいくらい』綺麗な笑顔。


「葵の誕生日はいつ?」

「ええと、3月20日です」

「なんだ、ついこの間だったんだ。…ってことは、僕と葵は学年は一つ違いでも、歳はほとんど2年違うわけだ」


 …あ、そうか。どうりで悟先輩、大人っぽいはずだ。

 っていっても、僕が悟先輩の歳――17歳になって、この大人っぽさが出るかというと、全然自信はないけど。


「来年はちゃんとお祝いしなくちゃね」

 え? そんな、滅相もない。

 慌ててブンブンと首を振る僕に、悟先輩はちょっと可笑しそうに口元を緩ませて、でも、またキュッと引き締めて、今度はかなり真顔になって僕を見つめた。


「何か困ったこととか、心配事なんか、ない?」

 え?

「…いえ、全然、ないです」

 同室の3人がとても気を遣ってくれているおかげで、僕は今のところ何不自由なく過ごさせてもらっている。

「それならいいんだけれど、もし、何かあったらいつでも僕に言うんだよ。いい?」

「あ、はい。あの…ありがとうございます」

 優しいな、悟先輩。
 きっと遠くからやって来た僕に気を遣ってくれてるんだ。

「遠慮しちゃダメだよ、いいね?」

 もう一度念を押す悟先輩に、僕は嬉しくなって、思いっきり元気よく返事をしちゃったんだ。

 そしたら悟先輩、なんだかちょっと照れたように笑ったんだ。

 その笑顔が、すごく自然で、すごく素敵で…。

 こんな笑顔を独り占めできる、悟先輩の恋人って、ちょっと…羨ましいかも…。



END


葵が『悟先輩』って呼んでいますが、なんだか妙に懐かしい感じがします(^^ゞ
さて、葵くんは『よほどの包容力がある人』なのか
『ぽやんとした小動物的癒し系』なのか、どっちでしょう(笑)

『悟先輩』の笑顔、存分に独り占めして下さい、葵くんvv

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