5.5〜Yusuke’s Birthday!!

〜Spare the rod and spoil the child.〜
可愛い子には旅をさせよ?





「嫌だったら嫌だ! 絶対絶対絶対っ、行かないっ!」
「祐介っ」
「待ちなさいっ、祐介!」


 あ〜あ…。
 だから言ったのに。


「さやか、お願い」
「仕方ないわねぇ、もう…」


 そうよ、あんないい方をしたって、祐介が「うん」と言うはずないじゃないの。


「ちょっと探してくるわ。どうせいつもの公園だと思うから」


 そう言った私の背後で、お父さんが深〜くため息をついた。

 ま、お父さんの気持ちもわかるんだけどね。
 でも、自分の夢を丸ごと息子に託そうって言っても、本人次第なんだから…。



 祐介は10歳も離れて生まれた、私の大切で可愛い弟。

 ちょうど祐介が1歳になった頃かなぁ、お母さんがちょっと病気になっちゃたりして、それ以降、祐介の面倒は全部私が見てきたものだから、祐介はもろに『お姉ちゃんっ子』に育ってしまった。

 私の友達連中はみんな『あれは完璧シスコンだよ』なんていうけどね。

 まあ、『僕、お姉ちゃんとケッコンする!』なんて言っちゃうようじゃ、仕方ないか。

 そんな祐介も、まだまだチビで可愛いけれど、もう小学校6年生。
 でも、随分おませな同級生も多い中、本当に祐介は群を抜いてガキくさいけれどね。

 夏休みも終わって2学期が始まってからほんのちょっと。

 いつ言い出すだろうって思っていたことを、お父さんはついに今日、言った。


 それは『聖陵学院を受けなさい』ってこと。


 うちのお父さんは、その『私立聖陵学院』の第1期生。

 6年間の寮生活は、それはそれは思い出深かったものらしくて、未だに同期の結束は固くて、何かというと集まってはいろんな事をやらかしてるらしいの。

 そんなお父さんの夢は『我が子を、母校・聖陵学院に入れる』こと。

 しかも『管弦楽部に入れる』こと…なの。


 お父さんは音楽が好きで、学校創立2年目に出来た『管弦楽部』でフルートを吹いていたそう。

 もちろん今も趣味で続けていて、音楽雑誌にもしょっちゅうインタビューやエッセイが載るわ。
 ほら、よくあるじゃない。趣味で楽器をやっている各界の著名人の記事みたいなの。

 お父さんは一応財界では名前の通ってる人――同期で親友の春之おじさまほどじゃないけど――だから、結構いいネタになるみたいなのよね。

 若手の演奏家を支援する財団法人の理事もやってるし。




 で、お父さんは自分の趣味を子供たちにも…ってことで、私と祐介にも5歳からピアノ、10歳からフルートを習わせたんだけど、私はフルートの方は2年ほどでギブアップ。
 ピアノは楽しかったら続けていて、今でも月に2回くらいレッスンに通ってる。

 祐介は、どちらもあんまり好きじゃなさそう。

 フルートは『やめたい』って言い出せないまま、なんとなく続けていて、ピアノは私と一緒だから通ってる…みたいね。

 でも、正直言って祐介のフルートは結構いいと思うのね。

 ちゃんと気合い入れて練習したら、いい線行くんじゃないかなぁ。

 …って思っていたら、なんと先月、祐介が出たフルート教室の発表会に、聖陵学院管弦楽部の顧問の先生が来てたの。


 もちろん呼んだのはお父さん。

 祐介のフルートを聞いてもらって、管弦楽部に入れるかどうかお伺いを立ててみようって魂胆だった。

 そして、その結果が今日の『祐介への受験の話』ってわけ。


 無事入学できたら、管弦楽部への入部を認めてもらえる…ってことで、お父さんはそりゃあもう舞い上がっちゃって…。

 もちろん、祐介の成績なら入試そのものは問題ないだろうから、これはもう、受験した時点で入学=入寮決定!…ってことよね。

 もちろん祐介が寮に入ってしまうっていうのは、私にとってもすごく寂しいことだけれど、でも、ここまで『シスコン』に育っちゃったら、姉としてはもう、心配なのよね。

 このあたりで一発、寮生活で鍛え直す…ってのはいいことだと思うの。

 それに私も来年は大学を卒業して社会人になるし、そうそう祐介にもかまってられなくなるから。



 それにしても、あの顧問の先生カッコよかったな〜。
 確かまだ20代よね。

 ま、祐介が入学したら、コンサートとかで見られるわよね。うふv


 あ、そんなこといってる場合じゃないわ。祐介探しに行かなくっちゃ。


                    ☆ .。.:*・゜


 案の定というか芸がないというか…。

 祐介はやっぱりいつもの公園の、土管の中にいた。


「祐介、でておいで」
「……やだ」
「いいから、出ておいでよ」
「……やだ、さやちゃんが来て」


 …ったく、こいつはもう…。


「さやちゃんは、こんなところに入るの嫌だな。さやちゃんの綺麗なお洋服が汚れちゃっても、祐介は構わない?」

 実はそのままその辺に転がってもなんの問題もない『ジーパンとTシャツ』なんだけどね。

 でも、祐介は『シスコン』だから、こんな言葉には弱いはず…。


「……」

 中でごそごそと音がして…。

 ほら、やっぱり出てきた。


「イイコだね、祐介。アイス買ってあげるから、あっちのブランコでさやちゃんとお話しよ?」

 ちらっと私の顔を見上げて、こくんと頷く祐介。

 ふふっ、可愛いったら。




 9月半ば。夕暮れとはいえまだまだ暑い。

 私と祐介は、ソーダ味のアイスキャンディーを舐めながら、ブランコを揺らす。

「ね、祐介。どうして聖陵に行くのは嫌なの?」

「…だって、さやちゃんと離れちゃうもん」


 …あああ、まさかと思ってたけど、やっぱり…。

 これはやっぱり、寮に入れてピシッと更生させなきゃ、私が嫁に行くときにも『ついていく』って言いかねないわ!

 ま、嫁にいく気なんて毛頭ないけどね。



「さやちゃんさぁ、祐介のこと大好きだけど、一つだけ困るところがあるのよね」


 さも深刻そうに言うと、祐介はブランコをピタッと止めた。


「…なに?」

「祐介、ちょっと甘えんぼさんでしょ?」


 ちょっとなんてもんじゃないけど。


「さやちゃんとしては、祐介に少しでも素敵な男の子になって欲しいんだけど、こんなに甘えんぼさんじゃ、ちょっと無理かもなぁって思っちゃうの」

「そんなことないよ!」 


 ふふっ、必死で言い募るところが可愛いったら…。


「じゃあ、素敵な男の子になって、さやちゃんを喜ばせてくれる?」

「…どうすれば、いいの?」

「そうねぇ…。まずはいい学校に入って一生懸命お勉強して…ついでにフルートも上手になってくれると嬉しいなぁ」 


 うーん、我ながらずるい物言いだなぁ。


「…ほんと? そうすると、ほんとにさやちゃん、嬉しい…?」

「もちろん! 祐介のこと、もっと好きになるわ!」


 この一言で、祐介の将来は決まった……みたい。



                   ☆ .。.:*・゜ 



 春、4月。

 祐介はスキップでも始めそうなほど浮かれたお父さんと、それを見て呆れたような顔のお母さんに連れられて、大きな荷物と共に聖陵学院へ向かって行った。

 私にちょっと恨みがましそうな瞳を向けて。


 その時私の頭の中に流れていた音楽が「ドナドナ」だったことは、祐介には永遠にないしょ…よね。



                    ☆ .。.:*・゜



「え? 荷物って、たったこれだけ?」

「そう。これで全部。だってあちらに全部揃ってるって言って下さるから、私は身の回りのものを持っていくだけだもの」

「そりゃそうかもしれないけど。それにしても張り合いのない嫁入りだよな。せっかく手伝いにきたのに」

「あら、運ぶのはちゃんとやってもらうわよ。私は重いもの持てないんだから」  



 そんな気なんて毛頭なかったはずの私が、祐介の聖陵入学から7年と少し後に、嫁に行くことになろうとは。

 しかも、私のお腹の中にはすでに新しい命が宿っている。


 そして、午後の引っ越しに備えて手伝いに来てくれたのはもちろん祐介…と、その恋人クン。

 これがまた『祐介っ、でかした!』って誉めてやりたいくらい可愛い子なの。

 しかもまだ高校生よ、高校2年生っ! あ、当然聖陵の後輩ね。
 もちろん管弦楽部で、去年から首席をつとめてる子よ。 

 今は大学と高校に別れているから、休みの日くらいしか会えなくて、ちょっと可哀相だけど。

 葵くんに振られたってわかったときには、思わず心の中で『なにやってんのよっ、この、ボンクラっ』って拳握っちゃったけど、まあ、これなら結果オーライよねv




「あ、そうだ、祐介」

「何?」

「私のピアノ、あげるわ。マンションにもってっていいわよ」

「ん〜、そりゃありがたいけど。姉貴はどうするんだよ。もう弾かない気か?」

「何言ってんのよ。あちらのお宅はピアノだらけよ」

「あ。そうか」

「全然弾いてないピアノもあるらしいから、私がじゃんじゃん弾いて………あら?」

「なに?」

「今、動いた…」


 お腹の中で、今、確かに…。


「ほんとっ? どれどれ」

 祐介が私のお腹に耳を当てた。

「んー、よくわかんないな」
「そりゃそうよ、私だって今日初めて感じたもの」
「男かな? 女かな?」
「さあ、どっちかな〜」



『どちらでも、生まれてきてくれたらそれだけで嬉しい』

 それは、妊娠を告げたときに、彼が言った言葉。



 それにしても…。
 男の子だったら当然聖陵行きよね〜。

 楽器は何がいいかな〜。
 うーん…やっぱりフルートよね!

 あ。表向きはチェロって事にしておかないと、拗ねちゃうかな?



「うわっ、これ何が入ってるんだよ。めっちゃ重いっ」
「あ、それね、ピアノの楽譜〜」

 祐介が、一度持ち上げかけた箱を降ろして文句を垂れた。

「がんばってね、祐介おじちゃま」

 そう言うと、隣で可愛い恋人クンが『ぷっ』って吹き出した。

「あ、お前、何吹き出してんだよっ」
「ひゃ〜、ごめんなさい〜」





 世界中で『さやちゃん』が一番好きだったシスコンのおちびさんは、いつの間にかこんなに大きくなった。

 寮にいた6年間。 
 きっと、いっぱい笑って、いっぱい泣いて、一途に恋をして、そして…失恋もして…、また新しい恋を見つけて…。


 祐介、あなたほんとにいい男になったわよ。

 これというのも、あの時聖陵行きを説得した私のおかげよね。

 ふふっ、せいぜい子供の面倒みてもらいましょv




「あ、来たみたいだ」

 一階から賑やかな声が聞こえてきた。

『お邪魔しま〜す!』

 あら、葵くんも来てくれたのね。

「うわ、全員集合だ」

 廊下から吹き抜けを見下ろして祐介が言った。

「あら、ほんと」


 彼らもまた、たくさんのことを乗り越えて、今ここにいる。

 ね、祐介。
 本当に聖陵に行ってよかったね。



END

2003.5月期間限定UP
2013.12.1再UP


以上、誕生日とは何の関係もないちょこっとSSでしたv(おい)

今まで謎のベールに包まれていました(笑)『幼き日の祐介』、楽しんでいただけましたでしょうか(^^ゞ

さて、さやか姉さんのお腹にいるのは当然♂です。
え? そんなことわかってる?
えへへ〜、すみません〜vv

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