2005祐介Birthday企画

『Aの呪縛』
祐介、中学3年のある日〜そして…。




「会長!」

 そう呼ばれて振り返るのは、ついこの前までは桐生悟だった。
 それが当たり前だったから、反応もついつい鈍くなる。
 なりたくてなったわけでもないから。

「おい、会長ってば!」

 もう一度呼ばれて、ああそうだったな…と、中学3年に進級したばかりの浅井祐介は振り向いた。

「なに?」
「なに?…じゃねえよ、まったく」

 呆れた口調で言うのは、中等部運動部会長の早坂陽司だ。

「管弦楽部が忙しいのはわかってるけどさ、こっちももう1ヶ月だぜ。そろそろ慣れてくれよ」

「ああ、悪い。まだ馴染めないんだ。先代が偉大すぎてさ」

 ぼんやりしていたことを、悟の所為にしてみる。

 中2の終わりに中等部の新生徒会長に選出されて以来、なにかあったらこの手の言い逃れをしてきた
 これがまた、教師・生徒を問わずとても有効なのだ。

『あの悟の後ではプレッシャーも大きいだろう』…と、皆がとても寛大になる。まさに聖陵のカリスマ=桐生悟様々である。 


「まあな。悟先輩が凄かったってのはよくわかるけどさ、でもお前だって負けてないぜ」

「そりゃどうも」 

「あっ、なんだよその気のないリアクションはっ。お前本気にしてねーなっ。俺、お世辞言ってるわけじゃないんだぞ!」

 いや、陽司の言葉がまるっきり『ヨイショ』だとはもちろん祐介も思ってはいない。こう見えても意外と実直なヤツなのだ。早坂陽司と言う良き友人は。

 陽司言うところの『気のないリアクション』の原因は実際そんなところにあるのではない。

 実は、どうでもいいことだから…なのだ。


 この学院内では口が裂けても言えないことだが、祐介は自身でも『桐生悟に比べて特に自分が劣っている』とは感じていない。少なくとも学業成績では。

 幸か不幸か学年が違うから、まったく同じレベルで推し量る事はできないが、中2の学年末試験の総合点は自分の方が2点ほど高かったのだ。一年前の悟に比べて。

 もちろん試験の内容が同じではないから、だからどうだとは断定できないのけれど。


 だが、実際自分と悟の間に横たわる決定的に違う点もある。
『音楽的資質』がそれだ。

 確かに悟にはぬきんでたものを持っているし、しかも彼はその優れた資質にあぐらをかくことなく、生真面目に、それを更に高めるべく日々努力を惜しまない。

 …だから、そう言う意味では結局は敵わないのだけれど。
 自分がここ――管弦楽部に所属している限りは。

 それでも悔しいとか悲しいとかはまったく感じない。

 彼はどうせその輝かしい未来を音楽の世界で生きていくのだろうし、自分にはその選択肢はない。

 何になりたいとか、そんなものは全然まだビジョンにないけれど、少なくとも『音楽家』という未来はあり得ないのだから、構わないのだ。

 生徒会長を引き継いだからといってしゃかりきになることもないし、中等部の管弦楽部長を引き継いだからといって、張り合うこともない。

 生徒会にしても管弦楽部にしても、やるべき事さえやっておけばそれでいい。楽なものだ。

 というわけで、悟は悟、自分は自分。
 だからプレッシャーなんかもまったくない。

 原因物質があるとすれば、自分のやる気のなさ…くらいのものか。


 陽司から提出された運動部会関係の書類に目を通しつつ、祐介は数日後に迫っているゴールデンウィーク合宿を思い、内心でダレたため息をつく。面倒だなあ…と。

 生徒会の仕事はそう面倒でもない。

 楽しいとは言い難いが、性にはあっているようだし、少なくとも部活で過ごす時間よりはいくらかマシだ。
 部活はそう…やっぱり『面倒』だ。何かにつけて。

 音楽は嫌いじゃない。フルートも別に嫌ってない。そこそこがんばればそれなりにいい音で吹けるし、趣味としては悪くないと思う。

 ただ、管弦楽部は別だ。
 あそこは心底『オケが好き!』な連中の巣窟で、それこそ『三度の飯より音楽――しかもクラシック――が好き!』とでも言いきりそうなほどのやつらばかり。
 いや、実際食べ盛りの男子学生にそれはあり得ないが。

 まあ、気の合う仲間がほとんどだから、それなりに楽しくはあるのだが、正直居心地はあまり良くない。
 自分だけ浮いているからだ。
 もちろんそれはあくまでも『気分的に』…だが。

 とにかく、他の連中のように『入れ込む』事が出来ずに、祐介はいつも『適当』に『がんばって』いた。
 手を抜いてもやっていけるほどオケは甘い世界ではないので、致し方なく。



 そして、なんだかんだと言っているうちに新入生歓迎黄金週間強化合宿は始まってしまい、朝から晩まで管弦楽部漬けという、まったくもって面倒でたまらない日々に放り込まれた。

 だが、祐介もそこは知能犯で、黙ってそう言う日々に甘んじてはいない。

 メインメンバーでないのをいいことに、そして生徒会長であることを盾にして、時々『生徒会の用事で』と虚偽の申請をして部活を抜けたりもしているのだ。

 管弦楽部長でもあるのだが、こちらは高等部の部長の権限が絶大かつ絶対で、中等部の部長はいてもいなくても同じようなものだから。
 もっとも中等部の前部長だった悟の存在感は高等部のそれを遙かに凌いではいたけれど。



 そんな風に、時々は生徒会室に用もないのに潜んだりして、息の詰まりそうな合宿期間をどうにかやり過ごした最終日。

 同級生に『打ち上げしよーぜ』と誘われて、集団で駅前に出てきた祐介に、それは起こった。





「そこの君?」

 誰かが誰かに声を掛けた。

 え?…と大勢の聖陵生が振り返ったのだが、その声は「そうじゃなくて、そこのほら、そっち向いてる背の高い君だって」と言うではないか。

「お前のことじゃねーの? 祐介」

 そう言われて、『は?』…と振り返って見れば、いかにも胡散臭そうな黒ずくめの女性がそこにいた。

「そう、君よ、君」

 ニッコリ笑う目元の化粧がケバ過ぎて、年齢不詳だ。

「…僕、ですか?」

 なんだよ、知り合い?…とこっそり聞かれて慌てて否定しながら、祐介は怪訝そうな面もちを隠さずに問う。

 そして、問われた女性は微笑みの形だった瞳を戻し、やけに目をぎらつかせていきなり言ったのだ。

「君の背後に『A』…が見えるの」

「はあ?」

 なんのこっちゃ、わけわからん…と呆れてみれば、占ってあげるわ…といきなり手を引かれ路地に連れ込まれた。
 同級生たちが慌てて追いかけてくる。


「ちょ、ちょっとなんですか、いきなりっ」

 手を振り払おうとすれば、同級生の一人が祐介の耳元にコソッと囁いた。
 おい、この人この界隈じゃ有名な占い師だぜ…と。

 檻の中で寮生活を送る男子高校生がどうしてそんな巷の噂を知ってるんだ、と突っ込もうとした祐介だが、その『有名な占い師』とやらに向き直られて息をのむ。

 確かに持っている雰囲気はそれらしくて、やけに不気味だ。
 妙に説得力のある瞳をしているし。

 そして、その占い師は唐突に祐介に告げた。


『Aの呪縛…だわ』…と。


「エーのじゅばく?」

 思わず問い返してしまう。

「そう、イニシャルA」

 イニシャルと言えば、人の名前か。

「君の未来は輝いている。人間関係にも恵まれて、将来の仕事運も最高。金銭運にも翳りなし」

 すごいじゃんか、さすが祐介だな…と、小さな声で妙に納得しているのは背後にいる同級生たちだ。

 それにしても、そんな占いならわざわざ路地裏に引っ張り込んでまで告げることはなかろうにと祐介は思う。

 …ところが。 

「けれど、恋愛運がね…」

 占い師はそこで言葉を切った。

 恋愛運と言われても、現在『思う人』のない祐介にはピンとこない話だ。それこそ『どうでもいい』ことで。
 まあ、大学生くらいになったら彼女の一人も欲しいところではあるが。


「波乱に富んでいるわね」

 なんだそれ、面倒だな…と思った祐介の耳元で、張り付いている同級生たちがまた『女難の相でも出てんじゃねえ?もてる男は辛いよなあ』だとか『男難ってこともあるぜ。ほら、この前親衛隊の連中がさあ、祐介が捨てたメモの取り合いしてたじゃん』…などと、いらぬツッコミをしてくれる。


 ところが占い師はそんな外野の言葉に気を取られることもなく、祐介の瞳を真正面から捉えたまま、祐介にだけ聞こえるように、小さな声で予言のように告げた。


「Aを想い、Aに想われ、そしてAと結ばれる」


 ――Aを想い、Aに想われ、そしてAと結ばれる?


「君の運命は『イニシャルA』に握られているわ。それを忘れないようにね」

 占い師はニヤリと笑うと身を翻した。あっと言う間に駆け去る。


「…なんなんだ、いったい……」

 呆気に取られている祐介の背後から、『おい、いったい何言われたんだよと』野次馬たちがつついてくる。

「…別に〜。たいしたことないさ」」

 根っから占いなどの類を信じていない祐介は、小さく肩を竦めると、行こう…と同級生たちを促して歩き始めた。

 そして。

『Aを想い、Aに想われ、そしてAと結ばれる』

 この言葉は祐介の記憶の片隅に追いやられ、封印されてしまったのであった。



     ☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆



「え〜!これ、めっちゃ当たってるんじゃんか〜」

「だよな〜。特に『お節介もほどほどに』なんてとこ、めちゃめちゃ当たってるし〜」

「あ〜! 羽野っ、そんなこと言うかっ? お前、毎朝俺が起こしてやってるおかげで遅刻しないですんでるってことわかってないだろ〜!」


 管弦楽部の根城・音楽ホールの中、休憩中の生徒準備室。
 管楽器パートが弦楽器より先に休憩に入ってお茶を飲みつつ騒いでる。

『休憩』と言うのはあくまでも『続く合奏のためのリフレッシュ』であって、演奏で酷使した体を休めるためのものなのだが、体力の有り余ってる彼ら男子中高校生には『静かに休む』なんてこと、できはしない。

「おいっ、奈月っ、羽野のバカに一言言ってやってくれよう〜」

 そう言いながら、管楽器リーダーの葵に泣きついてくるのはクラリネットの首席奏者、茅野剛。

「おいっ、誰がバカだっ」

 応戦するのは同室でトランペットの首席奏者である羽野幸喜。

 そして。

「えへへ。相変わらずラブラブだね、茅野くんと羽野くんって」

 天使の笑顔でニコニコと嬉しそうに言われて、脱力するのはもちろん羽野だけだ。

 茅野は嬉しそうに、
「そうだろ〜。あんまり寝起きが悪いときにはおはようのチュウで起こしてやってるんだぜ〜」
 などと言い放って、脱力から立ち直った羽野からパンチを食らっている。

「え〜!ほんとかよっ、それっ」

 他の部員たちも乱入して大騒ぎだ。

 そんな彼らの間で今流行っているのは、その名もズバリ『イニシャル占い』。

 言ってみれば血液型占いの変形のようなもので、人間を26文字のアルファベットで分類しようというのだから、胡散臭い事この上ない。

 しかし、娯楽の少ない男子校・男子寮暮らしの彼らにとっては、こんなものでも格好のネタになってしまうのだ。

 今も茅野がイニシャル『T』の分類で『お節介もほどほどに』と書かれていて、ツッコミを受けていたところだ。

 そんな大騒ぎの中、はしゃぐ葵を穏やかな表情で見つめているのは祐介。

 占いなんかにまったく興味はないけれど、こうやって楽しげに仲間たちと絡んでいる葵を見るのは大好きだ。


「な、今度は奈月の見てやるよ。葵…だから、イニシャルAだよな」


 ――イニシャルA…?


 その響きにはなぜか覚えがある。

「面倒見がよくて人気者だってよ〜」

「うわ、これも当たってるじゃん」

 確かに当たってはいる…と祐介は思う。

 葵は面倒見がよくて人気者だ。
 だがそんな人間は別に珍しいわけでは…。


「ほかにイニシャルAのヤツって誰かいたっけ」

「あ、ほら、アニーがいるよ」

 茅野の問いかけに葵が答える。

「やっぱ当たってる〜。アニーも面倒見がよくて人気者だもんなぁ」


 ――イニシャルA


 この奇妙なデジャビュはなんだろう。

 ――葵…そして、アニー…。

 記憶のページを高速でめくり始めた祐介の脳裏に、唐突にある言葉が蘇った。


『Aを想い、Aに想われ、そしてAと結ばれる』

 それは、2年前の超胡散臭い占いの言葉。


 Aを想い…葵を想った。
 Aに想われ…アニーに追っかけられた。


 それは、『占いなんて』とバカにしきっていた祐介の前に悠然と居座った事実。

 ――…当たってる…。

 知らず青ざめた祐介は、もう一度占いの言葉を反芻した。そう、最後にもう一つ、あった。


『そしてAと結ばれる』


 ――…誰っ? はっ、もしかして、葵と悟先輩に何かあって二人が別れるとかっ? いや、そうじゃなくて結局アニーに押し切られる…?



「…おい、なんだ、あれ?」

 ヒソヒソと葵に囁いてくるのは、さっきまで大騒ぎしていた同級生たちだ。
 見れば祐介が一人で赤くなったり青くなったりしているではないか。

「…な、なんかあったのかな?」

 葵が不安そうに呟くと、羽野が肩を竦める。

「…さあ…? 占いでなんか不吉なことでも書いてあったんじゃねえの?」

「イニシャルYは…っと」

 早速占い本のページをめくって確かめているのは『お節介もほどほどに』…の、茅野だ。


「ええと、何々…。『もっと視野を広く持ちましょう。幸せはあなたのすぐ後ろにあります』…だってさ〜」

 すぐ側に幸せがあるならいいじゃんかよ〜…などと騒ぎ出す同級生たちを余所に、葵は『なかなかどうして占いもバカにならないよね』などと思い、にんまりと笑う。


 ちょうど祐介の後ろを、銀色のフルートを大切そうに抱えたおチビがトコトコと通っているところだった。

 ちら…と遠慮がちな視線を祐介に向けて、少し頬を染めながら。



END

実はこの話、某Mさまとのメールでのやりとりから思いつきました。
Mさま曰く。『祐介、Aの付く名前の人間に弱い』

まさにその通り! Aの呪縛でございました(笑)

さあ! 後ろのおチビを見に行きましょう〜!
祐介、ますます不憫です( ̄ー ̄)

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