2006祐介Birthday企画

『Mozartは、お好き?』

祐介、中学3年のある日〜そして…。

注)2006年の祐介BD企画としてUPした話ですが、
後半部分を、本編に吸収したため、前半があぶれました(笑)
中途半端ですが、一応残しておきますので、
もし宜しければご覧下さいませv




 ――ったく、モーツァルトって何でこんなに様にならないんだろ…。


 構えていた楽器を投げやり気味に下ろし、中学3年の浅井祐介は心底だるそうにため息をつく。


 相変わらず…というか、祐介にしてみれば当然のことなのだが、今年も彼は管弦楽部のメインメンバーではなく、しかし中等部のグループ分けでは『A』という所謂メインメンバー予備軍とも言うべき位置にいるため、与えられる課題はそれなりにやり甲斐があるというか、手に余るというか、ともかくやる気に満ちた日々を送っているわけではない祐介にとってはかなり憂鬱な楽曲ではあるのだ。 モーツァルトという偉人の作品は。



 3日後の合奏までに一通り吹けるようにしておかなくてはいけないのは、モーツァルトの交響曲第40番だ。

 編成の小さいこの曲は、中学生にとってテクニック以外の部分で学ぶべきものの多い楽曲だから、顧問の光安直人は毎年これを、『中等部Aグループ』の課題にするのだ。

 祐介はもちろん、この曲を嫌いな訳ではなく、むしろ聴くだけなら好きな方だと言えるだろう。

 ところがいざ自分が演奏してみると、難しいテクニックがいらない分だけ誤魔化しが効かず、奏者の『素』のセンスが丸見えになってしまうのだ。

 そうなると中学生には厄介な曲になってしまう。


 そして、祐介を悩ませる問題がもうひとつ。

 この曲は、通常の交響曲の編成と違い、フルートが一本しか登場しないのだ。

 普通は2本ないし3本(3本目はピッコロになることが多いが)必要なフルートだから、相手が上級生であれ下級生であれ、ともかくコンビというものが組めるのだ。

 そうなると、相談しあうこともできるし、『上手く吹けない』なんて愚痴を垂れることもできるのだ。

 しかし一本となると、パート練習は一人きり…だ。

 もちろん一年上の佐伯隼人や高3の先輩、それに今年生徒指揮者になった桐生悟も頻繁に覗きに来てはアドバイスをくれるのだが、結局交響曲第40番のフルートパートを演奏するのは自分一人きりで、孤独な作業には違いない。


「あーあ、早く合奏にならないかなあ」

 パート練習が終わって合奏が始まればそれなりに楽しくはなるだろう。

 そもそも苦手なモーツァルト。
 その上一人きりの練習。
 だいたい音楽そのものにそれほど執着がない。

 けれどちゃんと吹けなければ周囲に迷惑がかかる。

 仕方ないか…と、小さく陰鬱なため息を漏らし、祐介はだるそうに楽器を構えなおした。


 その時。

 分厚い扉をノックする鈍い音と共に、防音扉のロックが外れた。

「浅井、いる?」

 覗き込んだのは、クラリネットの茅野剛。

 同じく『中等部Aグループ』の彼は、常々『I Love クラリネット』だとか『彼女を作るよりクラリネット』と豪語して憚らないクラリネットラバーだ。

 祐介が『40番はフルートが一本しかない』と愚痴ったときには、『何言ってんだよ、41番なんてクラリネットないんだぜ? あるだけマシだと思え』と小突かれた。



「いるよ、何?」

「生徒会室から一年坊主のお遣いがきてるぜ。練習中申しわけありませんがどうしても会長に来ていただかないといけないことができました…ってさ」

 廊下の端で待ってる…と、告げられて、祐介は助かったとばかりに――もちろん剛にそんな素振りは見せないが――そそくさと楽器を片づけ始めた。


「大変だな。生徒会長と部長の兼任ってさ」

 心底気の毒そうに言ってくれる剛には悪いが、祐介にとって生徒会の仕事はいい息抜きの場であり、管弦楽部から身を隠すための格好の隠れ場所なのだ。

 けれど祐介は、いかにも『仕方ないがこれで今日の練習はおしまいだ』……という表情をわざと作りながら、『仕方ないさ、どれもこれもおつとめだからな』…と、鷹揚に笑ってみせる。



「部屋の片づけ、しといてやるよ」

「悪い、さんきゅ」

「いいって。その代わり、今度アンサンブルの練習つきあえよ」

「…何?」

「アヴェ・ヴェルム・コルプス。木管4本に書き直したからさ」

「ああ。あれね」


『アヴェ・ヴェルム・コルプス』とはオリジナルは合唱用の曲で宗教曲だ。
 美しい4声体のハーモニーで人気の曲である。


「あれならお前だってちょっとはやる気になるだろ?」

 ニヤッと笑われて祐介は一瞬言葉に詰まる。

「浅井ってモーツァルト嫌いだよな」

「嫌いってわけじゃないさ。ただ…」

「ま、面倒だよな。確かに」


 いいから行けって…と、わざわざ最後まで追求することなく、剛は祐介の背中を押した。

 純粋に『音楽が好きだ』…と、いつも屈託なく笑う剛に、こんな風に気まで遣わせて、祐介はいい知れない罪悪感を背負ったままホールを後にする。


 このまま、自分はここにいていいんだろうか。

 そんな風にいつも心のどこかで葛藤しながら、中等部最後の年は過ぎていった。


END

この話の後半部分は、
君愛2・Op.3の第3幕『ただ、憧れを知る者だけが』に入っています。

君の愛を奏でて 目次へ君の愛を奏でて2 目次へ
Novels Top
HOME