2002年新春お年玉企画

君の愛を奏でて
氷解〜その後

〜二日酔い編〜




「おはよう!」

 明るい朝の光に満ちた、京の町屋の台所。
 朝からやたらと清々しい声で挨拶をするのはこのうちの子。
 葵、15歳。

 光を背負って立つ葵はその背中に真っ白な羽根が生えているかのような神々しさだ。


「お…おはよ…」
「はよ〜」
「おは…」

 
 だが、掠れる声で返事を返した3人組――葵の兄たち――は、今日ばかりはなんだかその光の中に『先の尖った黒いしっぽ』が見えたような気がする。


「葵さぁ…」
「なぁに。守」
「元気、だな…」
「うん、元気だよ」

 葵は朝食を摂ったらすぐに神社へ向かう。
 奉納雅楽の準備のためだ。
 その昔は、奉納する者は朝から食事をとらずに潔斎しなければならないとか、小難しい決まり事があったのだが、今時そんなことを言っていては、若い子は誰も奉仕になど来てくれない。
 
 そう言うわけで、葵も現代っ子らしく――しかし、食事は一応精進で――お腹を満たしてから奉納に向かうということだ。

「私は葵について行くから、あなた達は始まる時間にいらっしゃいね」

 母・香奈子も元気だ。
 すっかり葵の母親役が板についてしまっている。

「あ、僕もついていく」

 悟が慌てて申し出たのだが、自分の出した声が頭に響いたのか、ウッと顔をしかめた。

「悟…大丈夫?」

 葵が心配そうな声を掛けた。

「あ、うん。大丈夫」

 笑ってみせるのだが、かなり無理があるようだ。

「ホントにだらしないお兄ちゃんたちよね。末っ子ちゃんに負けるなんて」

 昨夜の宴会で最後まで残った香奈子が、呆れたようにいう。

「香奈子先生、お兄ちゃんたちを責めるのは酷ですよ」
 
 笑いながら入ってきたのは重紀だ。

「守くんはちょっと弱めかも知れないけれど…」
 
 そう言ってチラッと守を見ると、葵に水を汲んでもらって一気飲みをしている。 

「悟くんも結構飲んだと思うし、昇くんはかなり強いですよ」

 しかし、悟はやはり頭を抱えている。

「昇は二日酔いしてないみたいだね」

 葵が言うと、

「うん。それは平気。でも、僕さ、かなり自信あったんだけど、葵がこんなだとは思わなかった〜」

「ホントよね。葵がこんなに強いとは思わなかったわ」

 香奈子はそう言って、頼もしそうに末っ子を見つめた。






「いて〜」

 居間で頭を抱えて守が転がっている。

「僕はそろそろ大丈夫だけど…」

 しかしそういう悟もまだ左手が頭に添えられている。
 結局葵についていくことがかなわず、置いて行かれてしまったのだ。

「ったく、だらしないんだから」

 端から平気だった昇は、座卓の上に並べられた色とりどりの和菓子に目を輝かせている。

「しかし、詐欺だよな〜。あの可愛い顔で『ザル』…じゃなくて、『ワク』なんだもんなぁ」

 納得行かないとばかりに守が言う。

「全然酔わないんだってさ」

 昇は赤い椿をかたどった和菓子に手を伸ばす。

「でもさ、よかったんじゃない? 悟」

「どうして?」

「だって、あれだったら『酔わせて悪さしてやろう』って輩はいないって」

 確かにそうだ…と悟は思う。
 しかし…。

「けど、ちょっと酔っぱらって目がとろんとした葵も可愛いと思うんだけどな…」

 長男の腐った呟きに、三男がすぐ反応する。

「だよな〜。ほっぺたピンク、体温がフワッと上がったカワイコちゃんなんてたまんないからな」

「何言ってんのさ。守だったらカワイコちゃんがとろんとする前に自分が潰れてるって」

 昇はすでに二つ目の和菓子に手を伸ばしている。
 今度は『花びら餅』だ。

「…悪かったな…。けど、俺って変なとこ、親父に似ちゃったかも〜」

 心底情けなそうに守が言うと、口いっぱいに花びら餅を頬張っている昇の代わりに悟が口を開いた。

「でも、父さんより守の方が始末悪いんじゃないか?」

「なんでだよ」

「だってさ、父さんは全然飲めないから、かえって二日酔いしないと思う。けど、守は中途半端な所まで飲めてしまうから、次の日大変じゃないか」

「…くそ〜」

 自分でもそう思ったのか、守は畳に突っ伏した。

 そう、彼らの父、赤坂良昭は早い段階でダウンしたおかげで翌朝にまったく影響が出ず、今朝も早くからいったんホテルへ戻り、神社で合流することになっていた。



「ん〜、これ美味しい〜」

 昇は早くも3つ目の和菓子に挑戦のようだ。



「こら、お前たち」

 台所から直人がやって来た。

「教師にお茶を淹れさせるとはいい根性だな」

「あ、直人〜。これ美味しいよ」

 昇はそんなことをまったく意に介していないようだし、守は転がったままなにやらごにょごにょと弁解し、悟は珍しくも『あ、すみません』といっただけだ。

 動くのも億劫…といったところか。


「おいおい、いくつ食べたんだ? 昇」

「次で4つ目」

「太っても知らないぞ」

「和菓子だもん。平気、平気〜」

「昇は甘辛両党だよなぁ…」

 呟いた守の口元に、昇が食べかけの和菓子を持っていく。

「守は甘党じゃん。何で食べないの?」

「今は食えない…」
 
 見るのもゴメンだといわんばかりに、守が反対を向いてしまう。

「お気の毒〜。めっちゃ美味しいのに〜」

 残りをポンと口に放り込んで、昇はさすがに満足したのか、漸く食べるのをやめた。

「悟は? 和菓子だったら大丈夫だろ?」

「うん、大丈夫だと思うけど、今はいらない…」

 悟は甘いものがちょっと苦手なのだ。
 大の苦手と言うわけではないのだが、お菓子はなくても生きていける。
 しかし、クリーム系はかなり苦手か。

「甘いもの食べられないと葵についていけないよ〜。そうだ、今日、雅楽がすんだら葵と一緒に黒糖シフォンパフェ食べに行く約束してるんだ。二人も行く?」

 嬉々として言った昇に、悟と守は慌てて首を振り、その衝撃に盛大に顔をしかめた。
 
 そして直人はというと、呆れたようにため息をついたのだった。



END

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