君の愛を奏でて 2
番外編
『アニーくんのちょっとばかり複雑になった事情』
後編
…と、おまけ『珠生クンの、本人にだけは深刻な悩み』
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翌日。 合宿を終えて、学校へ戻るバスに乗ろうとしていたところで、僕は葵くんと話すチャンスを持った。 「奈月先輩」 「なあに。アニー」 可愛らしい顔で見上げてくる葵くんの耳元で、僕は小さく訊ねてみた。 「昨日、祐介、何かあったんですか?」 すると、葵くんはちょっと目を丸くして『もしかして、見てた?』と僕の耳に囁き返してきた。 「偶然」 「そっか」 ちょっと肩を竦めて、葵くんは笑う。 「実はね…」 ナイショ話のポーズで、葵くんは僕に昨日の出来事を教えてくれた。 『初瀬くんちに電話したらさあ、藤原くんがいたんだよ』 もちろん僕にはそれだけでわかった。祐介の不機嫌の理由が。 祐介って、他人の感情には敏感なのに、自分の中身にはまるで無頓着なんだな。まったく。 「困ったもんだよ」 そう言ってまたしても肩を竦めて見せた葵くんに、僕が『まったくですね』と返すと、葵くんは『おやっ?』と言う顔をして、それからニコッと笑った。 「みんな、幸せになれるといいね」 「はい」 はい。本当にそう思いますよ、奈月先輩。 祐介も、彰久も、そして…司…と、僕も。 ☆ .。.:*・゜ 2学期が始まった。 入寮でごった返す寮を出て、音楽ホールに来た僕は、フルートパートのたまり場になっている練習室のドアを見つめる小さな影に気がついた。 「彰久?」 声を掛けると、影は小さくビクついて、おずおずと振り返った。 「…アニー先輩」 「彰久、久しぶりだね、元気だった?」 「あ、はい」 僕を見上げてくる瞳が切なげに揺れる。 「どうした? 入らないの? 祐介たち、いるんだろう?」 練習室を見遣ってそう言うと、彰久は小さく頭を振った。 「い、いえ、いいんです」 …可哀相に。きっと、祐介の不機嫌を気にしているんだ。 「あ、あのっ、失礼しますっ」 僕が止める間もなく、彰久は走って行ってしまった。 祐介、さっさと気がついてあげないと、あんなに可愛い子、あっという間に誰かにさらわれちゃうよ。 そうでなくても、彼を熱い目で見つめている後輩がすぐ側にいるのに。 「アニ〜」 彰久を目で追っていた僕は、いつの間にか背後に立っていた人間に気がつかなかった。 「なに? 司?」 振り返ると、司が妙に色っぽい上目遣いで僕を見上げてきた。 「えへへ。なんか藤原といい雰囲気出してたからさぁ」 「え?」 彰久と? 「浅井先輩を諦めて今度は藤原? 全然正反対のタイプってところが面白い〜。ま、趣味はいいと思うけど、ちょっと節操ないよな、アニーってば」 脳天気に笑う司に、僕は苦笑するしかない。 「そういう司は奈月先輩を諦めてからどうしたわけ?」 「え? 僕は…」 言い淀む司。目も泳いでるよ。 「…フリーに決まってるじゃない。ただいま恋人募集中〜!」 いいながら、元気良く突き上げた司の拳を、僕はギュッと掴んで引き寄せた。 「司…」 「なっ、なに?」 耳元にそっと唇を寄せて呟く。 「Ich liebe dich」 「…え? なんて?」 「…ううん、なんでもない」 「今の…英語じゃないよな」 「ドイツ語だよ」 「あはは、ちゃんとドイツ語喋れるんだ、アニー」 「そりゃまあ、一応母国語だからね」 「で、今のはなんて言う意味?」 「…なんて言ったか忘れた…」 「あー! 誤魔化すってことは、ろくな言葉じゃないんだなー。どうせ『司のアホ』とか『司のマヌケ』とか言ったんだろ〜」 「ま、そんなとこかな?」 「あっ、マジっ?! 酷い〜!」 いつものようにじゃれ合う僕たち。 そして、そんな中で、ふと司が寂しそうな瞳を見せたとき、僕はすかさず司を抱きしめる。 心配要らないよ、司。 君には僕が、いる。 いつも側に、いる。 それからしばらく後のこと。 音楽の授業でドイツ歌曲が課題に出された。 曲はベートーヴェンの名曲「Ich liebe dich」。 司が『あれ?』と首を傾げた。 Ich liebe dich――それは…I love you. |
アニーくんのちょっぴり複雑になった事情 END |
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おまけ『珠生クンの、本人にだけは深刻な悩み』 |
僕にはとっても仲良しがいる。 もちろん管弦楽部の同級生たちとはみんな仲良しだけど、それ以外で、クラスにすっごく仲良くしてる友達がいるんだ。 秋園貴史…っていうんだけど、バスケ部のマネージャーをやってる。 中学の途中まではプレイヤーだったんだけど、心臓の病気が進んでしまって、今は運動ができないから、マネージャーに専念してるんだ。 でも、そんなハンデを思わせないほど、貴史は明るくて優しくて、クラスでも人気者。 僕たちは入学式の日の席決めで隣同士になり、いきなり意気投合しちゃって、それ以来ずっと仲良し。 あの時も、中庭のベンチで一緒におべんとを食べようってことになって…。 あれは夏休みに入る直前の、ある昼休みのこと。 「え? 珠生、失恋しちゃったわけ?」 「うん、そうなんだ。先輩にはもう好きな人がいて、その人でないとダメなんだって」 「…そっか…。残念だったね。…元気だしなよ」 「うん、大丈夫だよ。 あのさ、先輩の好きな人って、すごく綺麗ですごく優しくて、とにかくすごい人なんだ。 僕もその先輩のこと、大好きだから、大丈夫」 「…ってことは、その先輩も管弦楽部の人?」 「あ、うん、そうなんだ」 「もしかして、奈月先輩?」 「…え? なんでわかったの」 「だって、管弦楽部の人で『すごく綺麗』っていったら、普通、昇先輩か奈月先輩のこと、思い起こすじゃない?」 「うん」 「で、珠生の好きな先輩は悟先輩だから、その相手は奈月先輩」 「…う。なんで?」 「だって悟先輩と昇先輩は兄弟だもん」 「…あ、そうか。貴史、頭いい〜」 「…でも、ヘンだな…。奈月先輩って、浅井先輩と恋人同士のはずなんだけど」 「…………」 「ええと、ほら、バスケ部の中沢先輩が、去年奈月先輩と浅井先輩と同室だったんだ」 「あ、そうだったんだ。中沢先輩って、いつも貴史のこと、迎えに来てくれる先輩でしょ?」 「うん、そう。で、その中沢先輩が言ってたんだから、確かだと思うんだけど…」 「あのさ、貴史」 「なに?」 「このこと、ナイショにしてね」 「悟先輩が奈月先輩を好きだってこと?」 「うん。実は二人は『秘密の恋人』なんだ」 「…え? ほんとに?」 「うん」 「じゃあ、浅井先輩は?」 「ええと、あのね、僕もよくわかんないんだけど、悟先輩と奈月先輩は、恋人同士だってこと、ナイショにしなきゃいけないんだって。だから浅井先輩はそんな二人に協力をして上げてるんだって」 「どうして?」 「…さあ、どうしてだろ?」 「あんなにお似合いなのに」 「うん、悟先輩と奈月先輩だったら、絶対誰も文句言えないよねえ」 「ねえ」 僕の言葉に相づちを打ってから、貴史は小さくため息をついた。 「でも、ナイショにしなきゃいけないなんて、辛いだろうね…」 うん、僕もそう思うんだけど…。 「ね、貴史はもしかして、中沢先輩と恋人同士?」 「えっ? どうしてっ?」 「だって、仲いいもん」 「ふ、普通、仲がいいくらいでそうは思わないんじゃない?」 「だって、『涼ちゃん』って呼んでたじゃん」 「…う」 「運動部で先輩をそんな風に呼ぶなんて、ふつーは許されないよねえ、貴史」 「ううう…」 「僕には隠さなくっていいってば」 そう言うと、貴史はジッと僕を見て、ニコッと笑った。可愛い〜。 「でも、このガッコ、先輩と恋人同士になる人多いけど、卒業したらどうするんだろ?」 僕が最近思いついた疑問を口にすると、貴史は真剣な顔で僕を見た。 だから、 「貴史は、どうするの?」 って聞いてみたんだけど。 「…ええとね、中沢先輩は、卒業したら一緒に暮らそう…って言ってくれてる」 「うわっ、ほんと? いいなあ、貴史〜」 でも…。 「でも、男同士じゃケッコンできないねえ」 「うん、ケッコンは出来ないけど、こういう場合は『養子縁組』するんだって」 「『養子縁組』?」 「そう。年長者が『親』になって、戸籍上は親子になるんだよ」 「それって、いくつからできるの?」 「『親』になる方が成人してたらいいらしいよ」 「そうなんだ〜。あ、じゃあもしかして、ケッコンした時みたいに名前も変わるの?」 「うん、もちろん」 …じゃあ、奈月先輩はいつか『桐生葵』さんになるのかな? なんだかすごく青々した名前だけど。 その夜僕は、ベッドに入ってから、貴史に聞いた話を色々と思い出して、それから貴史はいつか『中沢貴史』になるのかなー、なんて想像したりしたんだ。 で。 僕の名前も色々いじってみたんだけど、なんかイマイチ収まりが悪い。 「みやがいたまき」って、もともとばっちり決まってると思うんだけど、なんだかどの先輩の苗字を持ってきても「たまき」との相性が悪いんだ。 特に、あの先輩との相性は最悪かも…。 だって、苗字も名前も「き」で終わるし…。 いつも僕のことを可愛がってくれる、とっても紳士で素敵な先輩なのにな…。 これってなんかちょっと、悲しいかも…。 |
END |
珠生クン、名前で悩む前にハードルは色々あるだろうに(笑)