15万記念夏祭り

〜縁日〜昇くんと光安先生の夏休み


 


『縁日に行ったことがない』

 ふとそう漏らしたことがきっかけで、僕は今ここにいる。

 お盆のお墓参りのために京都へ行く葵が、夏祭りの縁日の想い出を話すのを聞いて、僕はそう言ったんだ。

 僕が行ったことがないと言うことは、兄弟である悟と守も当然行ったことがないわけなんだけど、悟は今頃葵と一緒に京都で縁日体験をしているだろう。
 守は…。どうせあいつを誘ってるんだろうし…。




「まぁ、色が白いからよく似合うわね」

 そういって僕に浴衣を着せてくれたのは、中沢優子さん。
 僕の母さんの親友で、そう、直人のお姉さんだ。

 ここは中沢家の和室。
 直人は面倒くさいといって、シャツにチノパンと言う出で立ちで僕の着替えを待っている。

「お、似合うじゃないか」
「そっかな…」

 初めて着た浴衣姿を、恐る恐る鏡で見れば…。 
 金色に近い髪でも、あんまりおかしくないや…。

 ちょっとホッとして、肩の力を抜くと、直人が『行くぞ』と言って、僕の手を引っ張った。

「直人! 涼太たちを見かけたら、あんまり遅くならないように言ってね」
「わかってる」
「昇くん、楽しんでらっしゃいね」
「はい。行ってきます!」

 ここから歩いて10分くらいのところに大きな神社があって、今日はそこで夏の縁日がたってるんだ。

 もう、陽もすっかり落ちて、提灯の明かりがあたりの賑わいを照らしてる。
 僕は直人と2人、ゆっくりと人の波の間を抜けて行くんだけど…。


「あれ…なにやってんの?」

 大人も子供もしゃがみ込んで何かを覗き込んでる。

「あ、金魚だ…」
「なんだ、金魚すくいじゃないか」
「金魚すくい…って?」
「え? まさか、昇…、金魚すくいを知らないとか…」

 まさか…って…。
 ちょっと口を尖らせた僕に、直人は最初びっくりした顔を向けたけど、すぐに笑って僕の手を引っ張った。

「じゃあ、初体験だな」

 そう言って、座らされて渡されたのは針金で作った輪っかに薄い紙を貼ったもの…。

「これ、なに?」
「これで金魚をすくうんだ」

 は?

「え、でもっ、これって紙…」

 僕が絶句すると、向かい側から笑い声がした。
 日焼けした無精ひげのおじさんが笑ってたんだ。

「にーちゃん、可愛いねえ。外人さんかと思ったら、日本語上手だし」
「だって僕、日本育ちの日本人だもん」
「へぇ〜。でも、金魚すくいは初めてなんだろ?」
「うん」
「じゃあ、特別にあと2枚、おまけに上げちゃおう」

 そういって、紙を貼った輪っかを2つ、渡してくれた。

「わあ、ありがと〜」
「がんばんな」

 ガンバレって言われてもなぁ…。

「よっと…」

 横でふいに上がった直人の声に、目を向けてみると…。

「え?」

 直人が手にしているアルミのお椀には、もう3匹も金魚が…。

「な…。どうしてすくえるの? これ、紙だよ、紙」

 濡れたら破けるじゃん。でも、直人の輪っかは破れてない…。

「もしかして、これだけ紙じゃないとか…」

 そう言って僕は、直人の持つ輪っかに指を突き立てた。

「あーーーーーー! なにするんだよっ、昇っ」

 輪っかは簡単に破けた…。ふ〜ん、やっぱり紙なんだ。

「お前なぁ…」
「僕もやってみる」

 そう言って輪っかを水に突っ込めば…。あらら。一発で破けちゃったよ。

「昇、水の抵抗を逃がさなきゃダメだろうが」
「あ、なるほどね」

 僕は次の輪っかをそっと斜めに入れてみる。
 今度はどうにか水の中でも持ちこたえてるけど…。
 ちょっと金魚を追っかけただけで破けちゃった。

「う〜」

 悔しくなった僕は、何が何でもすくってやると何度も何度も挑戦して…。

「やった!!!」

 やっと1匹すくったとき、僕の前には紙の破けた輪っかの山が…。



 結局その後の僕は、見るもの触るものすべてが珍しくって、帰る頃には、金魚・リンゴ飴・綿菓子・お面・ヨーヨー……と、持ちきれないほどの荷物を抱えてたんだ。

「昇を連れてくると、破産だな」

 直人がそう言って肩を竦める。

「なにいってんの。高給取りのくせに」

 それに、使う時間なくって全部貯めてるクセに。

 そう言うと、直人はいきなり僕の手のリンゴ飴にかじりついた。

「あー! 僕のリンゴ飴!」
「また買ってやるって」
「ホント…?」
「だから、来年も来ような」
「……うんっ!!」



END


す、すみません…。ただの甘々でした(汗)

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