心の恋人

〜君の愛を奏でて〜
2007年七夕企画





 俺は今、恋をしている。

 いや、今…ではなくてずっと、だ。

 初めて彼に会ったあの時から、ずっと恋をしている。

『超』がつくほどの美形だというのに気取ったところはなく、いつも優しい笑顔を見せているところへ時々現れる、いたずら小僧の茶目っ気。

 大人しいのかと思っていれば、いざという時には頼りになり、外見に反して意外なほど情熱家で、さらに意外なことに怒ると結構怖くて、理由がちゃんとあれば喧嘩だってする。 

 ついこの前も、俺の部活の『素行に若干問題アリ』の先輩が、彼の部活の後輩にちょっかい掛けちまったらしいんだけど、後日、彼はその『問題アリ』の先輩の喉元に親指を突きつけ、『今度やったらただじゃおきませんよ』って、言い渡したらしい。

 喉って言う急所をグッと押さえられた先輩は、咄嗟に返事ができなかったらしいんだけど、『返事は?』…と促されて、壊れたように頷いてた…って、近くにいた俺のダチが目撃証言をしていたっけ。

 いつも可愛い笑顔を見せている彼の、思わぬ迫力に、周囲は息を飲むしかなかったそうなんだけど、俺が思うに、彼は結構『修羅場慣れ』してるんじゃないだろうか。

 周りはそんなこと、絶対認めないけど。
『蝶よ花よ』で大事に育てられた『箱入り息子』に違いないって言ってさ。

 でも、それって、彼の外見しか見てないんじゃないだろうか。

 俺、思うんだ。
 彼は多分――いや絶対、強い男だ。

 そして俺は、そんな彼の側で、その優しさに触れたり、内側に秘めた男らしさなんかを垣間見るたびに、さらに惹かれ、焦がれていくのだが、告白はしていない。

 そんな恐ろしいこと、できない。
 だって俺は……。


 でも、幸いなことに俺の恋は、遠くから見ているだけ…ではないのだ。

 ラッキーにも1年の時に同じクラスになり、さらにラッキーなことに2年になっても同じクラスになれた。

 さらにラッキーの積み重ねで、現在俺の席は彼の隣だ。

 当然交わす会話の量も多く、部活関係を除くと、俺はもっとも彼に近しいクラスメイトだと言ってもいいのだ。周囲もそう認めているし。

 なんてったって、ファーストネームで呼び捨てにし合える仲なのだから。



                  



「…薫? どうかした?」

 センセが急に腹壊して自習になった化学の時間。

 正直言って、自習でない方が良かった…ってくらい、うんざりな量の課題がでて、成績は万年『中の下』という俺には拷問の様な時間になってしまったのだが。


「…あ、うん、これさ、全然わかんなくて…」

 シャーペンを銜えたまま呆然としていた俺に、隣から声が掛かった。

 量が多くて難しい上に、ぼんやり考え事をしていてちっとも進まないプリントを見せると、彼はジッと覗き込み、『ああ、これはね…』と解説を始めてくれた。

 …わかりやすい…。

 外見や性格だけでなく、成績まで抜群の彼は、こうしてよく俺の面倒を見てくれる。

「えっとさ…じゃあ、これはこういうこと?」

 類似問題を解いてみると、彼はニッコリ笑ってくれる。

「凄いね、薫。すぐできた」

 えらいえらい…と、アタマを撫でられて、俺はかなりときめいてしまったり。


「でも、薫ってばここのところちょっと疲れてない?」

 心配そうに尋ねられ、俺の心拍数はうなぎのぼり。

 そんな風に、ちゃんと見ててもらえたなんて大感激で泣きそうだ。

「ん…と、ちょっと部活がきつくてさ…」

「そっか…薫は主力だもんね。次期主将の最有力って先輩も言ってたし」

 そう、俺は自慢じゃないが柔道部の主力選手だ。

 ガタイもデカイし――今年の春までは校内で一番でかかったんだけど、ドイツ人のアニーが入学してきて、身長で1.5センチ抜かれちまった――中等部からここにいるからスポーツ推薦ではないんだけど、とにかく『来期はお前に任せた』って現主将の先輩から言われるくらい、中心人物なのだ。


「薫が活躍するところ、僕も見たいけど、でも無理しちゃダメだよ? ちゃんと疲れを取っておかないと思わぬ怪我に繋がっちゃったりもするし」

 真剣な瞳で見つめられて、胸がきゅん…と疼く。

「お…おう、気を付ける」

 素直に頷いた俺に、彼はまた、惚れ惚れするような笑顔を向けてくれた。



             



 7月の第1週になると、聖陵学院の裏山は人口が増える。

 笹の生えているあたり一帯に限ることだけれど。

 もちろん、七夕の短冊を吊すためで、娯楽に乏しい寮生活ではこれも重要な年中行事の一つだ。

 俺ももちろん、願いを書いた短冊を持って登ってきたのだが…。

 お。あそこに見えるデカイヤツはアニーだ。

 学年も違うし部活も違うから、俺たちにはまったく接点がなかったんはずなんだけど、お互いに『デカイ』という事を意識していた所為か、ふとした弾みで挨拶を交わしてから、校内で会えば必ず近況を報告し合う仲になっていた。


「アニー」

「あ、せんぱい」

 実は俺より年上らしいアニーに『先輩』と呼ばれるのもちょっとこそばゆいのだが、ま、そこはそれ、学年が物言う高校生活だから仕方がないとして、アニーは今日も、傍らに可愛い坊や――今年の総代で『佐倉司』って子で、葵の幼なじみらしい――を連れていた。


「お。アニーも短冊か?」

「はい。日本のromanticなふうしゅうに、かんげきしてるところです」

 言いながら、吊そうとしている短冊を見ると…。

『色即是空 空即是色』

 …は?

 …でもって、裏にもあるようなので返してみると…。

『天上天下唯我独尊』


 確かに…確かにドイツ人とは思えねえほどの達筆だけど…。
 …誰だ、アニーに日本語教えてるヤツは…。

 第一これ、願い事かよ…ってんだ。


「…これ、誰に教えてもらったんだ?」

 と、俺が尋ねると、佐倉が苦笑しながら教えてくれた。

「えっと、表が浅井先輩で、裏が葵ちゃんです」

 ………。

「最初は『魑魅魍魎』って書こうとしたんですけど…。難しすぎて失敗したんだよね、アニー」

「うん、あれはむずかしかったねえ〜」

 そりゃそうだろ。日本人だって書けやしない。

 っていうか、ロマンティックな七夕の短冊に『魑魅魍魎』ってナンなんだよ、いったい。


「葵ちゃんはすらすら書いたけどねえ」

 …やっぱり。もしかして葵なら書けるんじゃねえかと思ったんだけど…。

 はあ…かっこいいなあ、葵…。俺の心の恋人…。


 ひとしきり喋って、アニーと佐倉が去ると、入れ替わりに反対側から葵と浅井がやってきた。

 俺を見つけると、俺の名を呼びながら走ってきてくれて、俺の胸は鳴りっぱなしだ。


「ね、薫は何て書いた? インハイ優勝?」

 俺を見上げながら――俺がでかすぎるんだけどさ――葵が聞いてくる。

「ああ、まあな。とりあえず、いい成績上げときたいからな」

 学業成績はイマイチだけど、柔道の実績が評価されれば、そこそこいい私立大学に推薦できるから…って、担任の翼ちゃんにも言われて、俺は俄然その気なんだ。


「かっこいいなあ、薫」

 そ、そんな…。ああ、全身の血が逆流しそうだぁぁ…。

 俺が密かに悶えていると、葵はどこに隠し持っていたのか、コソッと短冊を取り出した。

 そしてあたりをキョロキョロと見回す。

「どっかいいとこないかなあ。今年は誰にも見られないくらい高いところに吊したいんだ」

「え、なんで?」

「だって、去年みんなに散々からかわれたし」

 プッと膨れるところも麗しいんだけど…。

「あ、そうか。去年は『チョコレートパフェをお腹いっぱい』とか『京都のきつねうどんが食べたい』とか書いてたっけ」

 そう言うと、またしてもプウッと膨れ、『なんでそんなこと覚えてるんだよっ』と、俺の腹に可愛いパンチが一発入った。

 もちろん常々鍛えまくっている俺には蚊に刺された程度の衝撃しかないが、葵からのパンチだと思うと、愛おしくて仕方なく、ずっと腹を撫でていたい気分だ。
 
 ああ、できることなら、あと百発でも二百発でも喰らっていたいところだ
けど…。


「で、今年は何て書いたんだ?」

 崩壊してしまいそうな顔面を取り繕って覗き込むと、そこには『お腹いっぱい抹茶プリンが食べたい』と、高校生とは思えない達筆で書かれていた。

 そう。この麗しい彼は、実はとても食い意地が張っているのだ。
 しかも甘いもの限定。

 ちなみに人参が嫌いで、特にグラッセはダメみたいで、見ただけで涙目になっている。

 その涙目を見て、『もっと泣かせてみたい』なんて腐ったことを言うヤツが大勢いるけど、俺にはわかんねえ。
 
 俺だったら、泣かされ……あ、いや、それは置いといて。


「俺の実家の近所に抹茶プリン売ってるけど、今度買ってこようか?」

 とりあえず、会話をプリンに戻して誤魔化してみる。

「ほんとっ?!」

 葵の瞳が輝いた。
 この光に焼かれてみた……いやいや、それも置いといて。


「ああ、真ん中に小豆が入ってて結構美味いんだ」

「わ〜! 薫、ありがと〜!」

 なんて、飛びつかれちまって俺の鼓動はMAXバクバクだ。


「よし、じゃあついでに肩車してやるから、高いところに短冊吊るしな」

 首に巻き付いていた彼の手を取り、そのままひょいと抱き上げて肩に乗せると、葵は大喜びで俺の肩に細い足を回してきた。

「ありがとー。でも薫、重くない?」

「あ? 重さなんてこれっぽっちも感じねえけど?」

「…それ、ちょっと失礼じゃない?」

 またプウッと膨れる様子が可愛くて、このまま降ろしたくない気分だ。

 …って。
 だからそこで睨んでんじゃねえよ、浅井。

 そりゃあ、恋人が他のヤツにじゃれついてて気分悪いかも知れねえけどさ、根本的に、俺とお前じゃ立場が違うんだからさ。

 だって俺、葵のこと『抱きしめたい』とか思わねえもん。


「ね、薫、もうちょっと右ー」

「はいはい」

 ああ…このまま時間が止まればいいのに。

 俺の恋は告白すらできないのだから。

 だって…俺は…。


 葵…。
 俺、お前に、ぎゅ…って、抱きしめられたい…。



END

初登場、葵のクラスメイト、薫くんの恋物語でしたが、
ガタイに反してなかなかの乙女な様でございました(笑)

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