君の愛を奏でて 2
番外編

『ストロベリー・ベイビー』

このお話は、可愛いベイビーのイラストがメインです。
お話の最後にリンクしていますので是非ご覧下さいv
もちろん、そのあとも…(*^m^*)




 ある天気のいい日の放課後。
 聖陵学院にお客が一人、やってきた。

 それは明らかに、教育現場で見かける類の人種ではない風貌をしていて、所謂業界人と言う匂いをプンプンさせている。

 彼の職業は、某大手出版社の編集長。彼の手がける雑誌はことごとくヒットすると言われている、業界のカリスマ的存在だ。

 そして、そんな彼の本日の来校の目的は、ある生徒への取材願いだった。

 生徒の叔母とは仕事上で面識があるから、この取材は楽勝のはずだったのだが、『そういうことはちゃんと保護者を通してくれ』と言われ、その保護者を訪ねたところ、学校の許可がないとそう言うことはできないのだと言われ、こうして学校を訪ねて来たというわけだ。

 そもそも編集長が出張るまでもないことだったのだが、今回は相手が悪かった。

 まさかあの可愛い赤ん坊が、こんな超名門校に入っているとは思わなかったのだ。

 だがこれは、ネタ的にはとてつもなく美味しい。
 敷居は高いが、がんばりどころだ。



 あらかじめアポを取っておいたため(そうでないと、多忙を極める院長との面会は難しいのだそうだ)すんなりと院長室へ通された。

 さすが名門校と言うべきか。
 院長室は品良くシックにまとめられていて、大きなデスクの前に立って出迎えてくれた院長は細身で、聞いていた年齢より随分若く見える。

『どうぞ』と掛けられた声も、優しく若々しいが、どうしてだか妙な威圧感も覚える。

 そんな様子に、らしくなく若干の気後れを感じたが、すぐにそれをうち払い、編集長は名刺を差し出して面会の礼を述べた。

 彼は現在、有名な子育て雑誌の編集長をしている。

 一通りの挨拶を済ませ、来客用のソファーに腰を下ろすと、編集長は一枚の写真を差し出してきた。

 そこには苺の帽子を被せられた可愛い赤ん坊が写っている。


「11年ほど前の写真なのですが、当時一番人気のあった赤ちゃんモデルなんです」

「ほう、これは可愛いですね」

 確かに、100人が見れば100人共が可愛いというに違いない愛らしさだ。

「ええ、これは彼の叔母に当たる人がデザインした衣装なんです。彼女も現在では有名な子供服のデザイナーなのですが、当時はまだ可愛い甥っ子のために服を手作りしているだけだったんです。それが、たまたま読者モデルに応募してきたのが目に留まって、表紙に採用ということになりました。その後も数回彼には登場してもらったのですが、その度に反響は大きかったですね」


 そこで、編集長は来訪の目的を告げた。

 創刊当時、雑誌の表紙を飾った赤ちゃんたちの『その後の成長』を追いかける特集をしているのだと。

「で、保護者の方を訪ねてみれば、聖陵学院の生徒さんになっていると聞きまして、当時一番人気だった赤ちゃんが、11年後には名門中学に進学しているというのは、企画的にも非常に美味しい話なわけでして、取材の許可をいただきたくこうしてお邪魔したわけです」

 背筋を正し、編集長は真っ直ぐに院長の目を見て熱く語った。
『落とす』時には相手の目を見る。これは鉄則だ。

 だが、『名門』故にこの手の取材に対して固いかと思われたガードはさほどではなかった。
 院長は、あっさりと頷いたのだ。

「そうですか、お話はよくわかりました。ですが、本人に取材を受ける意志があるかどうか確かめるのが先ですので、暫くお待ちいただけますか?」

 本人に任せると言うことは、学校は許可するということだ。
 これはもう、いただきだ。

「はい、それはもう」

 編集長は、内心のガッツポーズをおくびにも出さず、どうかこの赤ちゃん――編集部では『あーちゃん』と呼んでいた――が、とんでもないゴリラ男なんかに成長してませんように…と祈りながら、その赤ちゃんモデルの名を告げようとした。

 のだが。

 院長は立ち上がり、スタスタと自分のデスクに行くと電話を取った。

「ああ、光安先生。今よろしいですか?」

 院長の、続く言葉に編集長は目を見開いた。

「ええ、藤原彰久くんのことで、ちょっと」

 名前を、言っただろうか。いや、言ってない。

 確かに自分が訪ねてきたのは『藤原彰久』に違いないが、言った覚えは確かに、ない。

 編集畑ン十年。百戦錬磨の自分が口から出した言葉を忘れるはずはないのだ。絶対に。

 だが、編集長のそんな煩悶を余所に、院長は教師らしき電話相手に説明をすると電話を切った。


「今、担任に連絡しました。本人を連れてくると言っていますので、もう暫くお待ち下さい」

「…あの」

「はい」

「私、名前を言いましたでしょうか?」

 わからないことは聞くに限る!

「誰の、でしょう?」

 院長は、はて…と、首を傾げた。

「ええと、藤原くんのです…が」

「いえ、仰ってませんが」

 あらびっくり。やっぱり言ってなかったのだ。
 だが、自分は正しかったのだ…なんていってる場合じゃない!


「ど、どうしてわかったんですか?!」

 情けなくも言葉に詰まった編集長に、院長はにこやかに微笑んだ。

「見ればわかるじゃないですか。これは紛れもなく、中等部2年4組出席番号30番の藤原彰久くんです」

「み、見ればわかるんですか?」

 そんなはずは、ない。

「はい」

「あの、彼だから…?」

 例えば特別可愛い生徒だから…なんて思ったのだが。

「いいえ、大概の生徒はわかると思いますが」

 それが何か?…とかえって不思議そうに問われてしまい、こうなったらもう、さすがに名門校のTOPは違う…と、唸るしかないだろう。

 いや、待てよ。

 この可愛い赤ちゃん写真で11年後の本人が特定できるということは、少なくとも『彰久くん』はゴリラ男にはなっていないはず。

 これは期待が持てそうだ…なんて、ワクワクしながら待っていると…。


 ノックの音と共に、張りのあるバリトンの美声が『失礼します』と告げ、やたらとスーツの似合う男前が入ってきた。
 年の頃は30あたり。これが担任だろうか。…にしても、決まりすぎではないか。

 そして、促されて入ってきた少年をみて、編集長は目を細めてニヤリと笑った。


 ――いただきだっ。


 やったね。ここまで来た甲斐があった。どうだ、この可愛い坊やは。
 ゴリラ男? とんでもない。
 11年前の愛らしさをその雰囲気に残したまま成長した彼は、中学2年という年齢のわりには幼げで、ちょっとおどおどしたところさえ、どうしようもなく愛くるしいではないか。

 そう、もう一度、あの『苺帽子』を被せてみたいほどに。


「初めまして。お忙しいところを申しわけありません」

 立ち上がり、まず、『光安』と名乗った担任と挨拶を交わし、ターゲットに来訪の意図を説明した。

 もちろん編集長は、『OK』の言葉しか想定していなかったのだが…。


「あの、僕、そういうのはちょっと…」

 なんと、うつむき加減に『苺帽子のあーちゃん』は拒否の言葉を口にしたのだ。

「いや、そんなに難しい話ではないんだよ? ちょっと写真を撮らせてもらって、近況を教えてもらいたいだけなんだ。ほら、学校生活とか部活とか。そうそう、ここなら寮生活っていうのもちょっと聞かせてもらえると嬉しいかなと思うんだけど、いずれにしても、いつもの君の生活を聞かせてもらうだけで十分なんだ」

 食い下がるのは得意だ。というより、食い下がれなくてなんの編集者がつとまるか。


「でも、この当時のことはもちろん僕の意志ではないですし、今になって、またそういう風に雑誌に出たりするのは嫌なんです」

 む。これは、儚げな外見に反して意外と頑固か。
 しかも年齢のわりにはしっかり自分の意見ももっているようだ。


「うん、不安なのはわかるよ。 でも、見てわかってもらえたと思うけれど、この雑誌は育児雑誌でね。これから赤ちゃんを育てる人たちにとっては、藤原くんのように、小さかった赤ちゃんが立派に育つ姿をみることが励みにもなるんだよ」

 こんな美味しいネタ、絶対離してなるものかとばかりに編集長は食い下がる。
 わざわざ自分が出張ってきたのだ。手ぶらで帰るわけにはいかない。


「どうかなあ、これから育っていく赤ちゃんたちのためにも、お願いできないかなあ」

 たかが中学生。どんなに言葉を尽くして反論してきても、端からひっくり返してやるぞ…と、荒い鼻息は内心だけに留めて、ずるい大人はニッコリと微笑んで見せた。

 さあ、どうするね、苺帽子のあーちゃん。


 だが、藤原彰久くんは、今度は口を開かなかった。

 ただ、潤んだ瞳で縋るように担任教師を見た。
 そして、次に院長を。

 そう。ホンモノのカワイコちゃんには言葉なんていらないのだ。

 視線を受けて、男前の担任教師はその小さな肩を抱き寄せて安心させるようにポンポンと軽く叩き、優しい目をした院長はニッコリと微笑んで見せた。

 そして、編集長に向き直ると、穏やかな声で言った。

「本人がこう言っていますことですので、どうぞお引き取り下さい。お疲れさまでした」

 柔らかく丁寧な物腰。だが、この壮絶な威圧感はいったい…。

 百戦錬磨、今まで全戦全勝を誇ってきたカリスマ編集長は、為す術もなく、名門校を後にした。



                   ☆ .。.:*・゜



 なんで今頃あんなことを…。

 部活の最中に、光安先生に呼ばれて院長先生のところに行ってみれば、そこにいたのは見知らぬおじさんで、机の上にはとんでもない写真が置いてあった。

 僕が、まだ自分が誰かもわかっていない頃の写真。

 確かに可愛いけれど、赤ちゃんなんだから、誰だって可愛いんだ。

 それに、叔母さんお手製の帽子を被せられてて、半分ぬいぐるみみたいなんだから。
 しかも、女の子のカッコしてるんだから。

 それを今になって、この赤ん坊はこの子なんですよ…なんて、人に触れ回らなくたっていいじゃない。

 ほんと、光安先生と院長先生が助けてくれて、よかった…。



                   ☆ .。.:*・゜



「あ、藤原くん、みっけ!」

 次の日の放課後。
 音楽ホールの2階、練習室が並ぶ廊下を歩いていた僕を、呼び止めた人がいた。

「奈月先輩!」

 僕の大好きな、尊敬する先輩が、練習室からひょいっと顔を出してニコニコと笑っていた。

「ね、今ちょっといい?」

「はい。大丈夫です」

 中等部Aグループの合奏開始までまだ30分もあるし。

 返事をした僕を、奈月先輩は『おいでおいで』と部屋の中へ引っ張り込んだ。

 なんだろう? 昨日の練習中に、抜け出したコトかなあ。
 でもあれは光安先生に連れられて…だから…。


「お、来たな、藤原」

 あ、浅井先輩もいたんだ! えっと2日振りかも。こうして側に来られるのって…。

 嬉しくなって思わずぼんやりと先輩を見上げてたら、僕と浅井先輩の間にひらひらとなびくものが差し入れられた。

「ほら、これ!」

 ………。

 どどどどどっ、どうして、これをっ。


 奈月先輩がその手でひらひらさせていたのは、昨日、あのおじさんが院長室に持ち込んでいた『あの写真』だった!


「藤原、赤ちゃんモデルだったんだって?」

 がぁぁぁぁん。
 ば、ばれてるしっ。

「可愛いよねえ〜」

 奈月先輩はニコニコしながらそう言うけど。
 でもっ、そう言う先輩はTVCMにまで出たモデルさんじゃないですかっ。


「でも赤ちゃんモデルって、めっっちゃ藤原っぽいよな。スカートだけど違和感ゼロだし」

 再びがぁぁぁぁん。

「だよね〜」

 それってどういう意味ですか…。
 なんで僕だと赤ちゃんモデルっぽいんですかあ〜! 
 なんで僕だとスカートでも違和感ゼロなんですかあ〜!!
 …どーせ、僕はチビでオコサマですよ〜だ…。ぐすん。

 でも。

「で、でもどうしてこの写真が…」

 この件は昨日キッパリ断ったはずで、光安先生も院長先生もそのことはわかってくれてるはずで。

「あ、これ? これね、昨日のお客さんから院長先生がもらったんだって。で、それを光安先生がコピーして、それをたまたま先生の部屋で昇先輩が見つけて、守先輩に見せて、悟先輩に渡って、僕が見つけて、ここへ来たってわけ。ね、祐介」

 ね…じゃないですってば〜!

「その通り」

 うわあああっ、それじゃあ、先輩たち、みんなしてこれ見ちゃったってこと?
 ううう〜。どうしよう〜。


「昨日のお客って、雑誌の取材だったそうじゃないか」

「えっ。どうしてそんなことまで…っ」

「受けたんだろ?」

「い、いいえ、断りましたっ」

「え? どうして? 藤原さえOK出せば、学校側は差し支えないってことだったんだろう?」

 ひえ〜、そこまでばれてるし〜。


「で、でもっ、この赤ちゃんモデルだってやらされてただけですし、こういう風に人前に晒されるの、嫌なんです…」

 そう。奈月先輩みたいに音楽雑誌から取材が来るならともかく、僕はこんな世界には興味ないんだから。


「うんうん、その気持ちはよ〜くわかる。やりたくないモデルなんて、ほんとごめんだよね。でも、もったいないよねえ。今でもこんなに可愛いのに〜」

 え、そんな。奈月先輩に言われちゃうと、こそばゆいですぅ…。

「そうだな、もったいないよなあ」

 浅井先輩が僕の頭をぐりぐり撫でる。
 こう言うのは嫌いじゃない…っていうか、好き、かも。


「でも、藤原がモデルとかで有名になったら、ちょっと嫌かもな」

「おや、またどーして?」

 浅井先輩の言葉に、奈月先輩が首を傾げた。

「だってさ、藤原を一番可愛がってるのは僕たちだからな。大事な宝物は誰にも見せずにしまっておきたいものじゃないか」

 …ええと、あの…。

 う。僕もしかして、顔、真っ赤? だって熱いもん…。

 ふと見ると、笑いを堪えてる風の奈月先輩が、僕だけにわかるように、ウィンクをした。



                    ☆ .。.:*・゜



 夕暮れのひととき。

 珍しくも30分も空きができて、この部屋の主は来客用のソファーにゆったりと背を預けて、束の間のティータイムを楽しんでいた。

 ここは院長室。

 今日も多忙だったが、日々はこれ以上ないほどに充実している。

 そんな彼の手には、赤くて丸くてふかふかしたものが。

 それの表面には黒い粒々が点々と刺繍されていて、丸く開いた縁には緑色のヘタがついている。

 そう、苺…だ。しかも帽子の形をしている。


「さて、どうやってこれを藤原くんに被ってもらうか…だな」

 嬉しげに呟く彼が、いったいどうやってこのレアな帽子を手に入れたのか。

 私立聖陵学院院長・館林祥太郎。
 彼ほど趣味と実益を兼ねた仕事をしている人間は、恐らく他にはいないであろう。


 そしてその頃、某出版社の某育児雑誌編集室では、ぐったりとデスクに突っ伏す編集長の姿があったとかなかったとか……。



END

苺帽子のあーちゃん(0歳)はこちら!


祐介、無自覚な独占欲丸出しでございました(笑)
 院長の爪の垢でも煎じて飲むがいい。

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