私立聖陵学院・リコ部!






 私立聖陵学院・リコ部……それは学校サイドも生徒会サイドもその存在に気付いていないと言う地下組織。

 現在部員は高校生ばかり8名。

 今夜も彼らはひっそりと、しかし大胆に、とある場所で集会を開く。



「うーんやっぱりこの肌触り」

 一人の生徒が『すりすり』すると、他の生徒も同じようにやってみる。

「うん、やっぱり『木』だよね」

「そうそう、やっぱプラスチックじゃなぁ」

「プラ管はプラ管でそれなりにいいとこもあるけどな」

「しかしがんばって良く揃えたよな」

「ソプラノやアルトはともかく、テナーやバスに、グレートバスまでだもんね」

「まあ、これでなんとか形にはなるよな」

「んじゃ、ちょっとやってみるか」

「おう!」


 そう、彼らは『リコーダー部』なのだ。

 リコーダーと言えば、小学校や中学校の音楽の授業で必ずやるアレだ。

 ひょんなことからその魅力にとりつかれた数人が、仲間に声をかけ、アンサンブルを組むべくこうして楽器を揃えたのだ。

 もちろんすべて『木製』。アンサンブルにはうってつけの楽器と言われている、ドイツ・MECK社の製品で揃えてみた。

 もちろん日本の代理店でも手に入る楽器なのだが、直輸入だと断然安い。

 なので、リコ部のメンバーの一人が、ウィーン在住の師匠に頼んで調達してもらったのだ。

 実際運び屋をやったのは、可愛い息子のためなら何でもやっちゃうというメロメロの父親なのだが、そのことは、本人ともう一人を除いて誰も知らない。



 ということで、本日無事、お馴染みのソプラノリコーダー、アルトリコーダーに、ちょっと珍しいテナーリコーダー(アルトよりデカイ)にバスリコーダー(更にでかくて、サックスのようにネックストラップでぶら下げないと吹けない)、グレートバスリコーダー(人の背丈並みのでかさ)が揃った。


 もちろん資金はみんなで出し合った。

 あるものは春休み中にバイトに精を出し(バイトは禁止なのだが)、またあるものは食べ盛りのお腹をなだめながらおやつを節約して小遣いをためた。

 そして漸くすべて揃った楽器を前、今夜初合奏…ということになったのだが…。

「うわっ」
「ええっ」
「うそっ」


 だが、次々に上がる悲鳴にも似た声。

 そう、みな指使いがアヤシイのだ。

 普通の音なら何とかなるのだが、『♯』や『♭』がつくともうどうしようもない。


「ええ〜、これ、指どうなってるんや〜」

 楽譜を前に弱音を吐く葵の姿など滅多にお目にかかれるものではない。
 ネイティブ関西弁がでるあたり、相当追いつめられている証拠だ。

 しかも、『ソの♯』を見て、反射的に左手の小指が動いてしまうとは(リコーダーでは左の小指は使わない)、フルーティストの悲しい性…としかいいようがない(フルートの『ソの♯』は左の小指なのだ)。


「Keyがついてないって、むずかしいものだね〜」

 1年生、超大者新人のアニーが、普段まるで身体の一部のように操るオーボエよりも、遙かに単純な楽器に苦戦する。

 楽器にはキーが付いていて当たり前…ではないのだ。

「おい、息が足んねぇぞ」

 今年、晴れて首席になった茅野が言う。
 クラリネットなら何でもないフレーズが、何故か息も絶え絶えになってしまう。

 そう、彼らは全員管弦楽部の『木管楽器奏者』。
 しかも、今年の『首席と次席』なのだ。


 秘密集会の場所は音楽ホール。

『木管楽器メインメンバーミーティング』と称して、管弦楽部長から特別に許可をもらい、普段個人練習には使えない防音室を貸してもらったのだ。

 部屋の貸し出し許可にあたって、管弦楽部長から『熱心だね』と言われたことについて、みな若干の後ろめたさがないでもないが…。

 だが、ここなら中を確認するための小窓が付いていないため、見咎められる心配はないのだ。

 みな、普段自分が演奏している楽器ケースの中に、それぞれリコーダーを忍ばせてやって来た。
(グレートバスとバスだけは専用アタッシュケースなので仕方ないのだが)

 そうまでして結成したリコーダー部…通称リコ部…の目標は、今年の聖陵祭でのゲリラライブ。 

 曲もバロックからJ−POPまでいろいろ取りそろえてみた。

 これをきっかけに、普段音楽に縁のない生徒にも気軽に楽器を手にとってもらえれば…という思いもある。

 しかし、彼らがリコーダーに魅せられたきっかけが、元中等部生徒会長にして次期管弦楽部長最有力候補・祐介の宴会芸、『リコーダーの同時二本吹き』だとは誰も思うまい…。
 


     ここまでが2002/09/26 に日記に掲載した分です。
     次からがリクエストいただいた部分になります。



「え? リコーダーでゲリラライブ?」

「はい。そうなんです」

 夜の生徒会室。
 生徒会長の浦河真路と副会長の横山大貴を前に、リコ部の責任者、奈月葵は深く頷いた。

 いくらゲリラとはいえ、聖陵祭実行責任者である生徒会に届けを出しておかないといけない。

 まったく無届けでそういうことをやらかすと、処分の対象になるのだ。
 そうなると管弦楽部にも迷惑が掛かる。

 むろん、『ゲリラライブ』と届けておけば、その実体は生徒会のTOPシークレット扱いにしてもらえるのだが、その分審査も厳しい。

 中途半端な出し物では許可が下りないのだ。
 そうでもしないと、あちらこちらで『ゲリラ』だらけになってしまうから。


「リコーダーだってあれだろ? ほら、小学校とかで習う縦笛、だよな」

「そうです」

「管弦楽部の精鋭が小学生の楽器をするのか?」

「先輩方」

 葵がずいっと一歩、前へ進み出る。

「な、なにっ?」

「リコーダーというのは、日本では学習楽器として認知され、芸術性の低い楽器とみなされがちなんですが、実はその歴史は古く、バロック期の一時代は花形楽器だったのです」

「…へ? そうなんだ」

「リコーダーを制するもの、管楽器を制す…と言いまして」

「そ、そうなのか?」

 嘘である。
 ただし、『まとも』に吹こうと思うと、この楽器も難しいことには違いない。

「というわけで、許可をお願いいたしたく、届けに参りました」

「あ、じゃあ、ちょっと聞かせてもらえるかな」

 管弦楽部の精鋭たちがやることだから、間違いはないのだろうけれど、それでも一応決まりだから審査はしなくてはならない。

 ――でもな、しょせん縦笛だから…。

 会長も副会長も、等しくそんな風に思ったのだが。

「では、さっそく」

 葵の合図で生徒会室にぞろぞろと面子が入ってくる。
 中にはでかいアタッシュケースのようなものまであったりして。

「失礼します!」

 一礼の後、メンバーが一斉に楽器を組み立て始める。

「…ちょ、ちょっと、奈月」

「はい。なんでしょう、浦河先輩」

「これ…なに?」

 アタッシュケースから出てきたのは、大人の身の丈以上ある巨大な木の棒。

 どこかで見たような感じだなと思ったら、そうだ、外国映画に出てくる天蓋付きのベッドの柱のようなものだ。


「これがアンサンブルの最低音を担当するグレートバスリコーダーです」

「えっ、これ、縦笛なのかっ?」

 確かに『縦』だが。

「ちょっと鳴らしてみて」

 葵の合図で、グレートバスリコーダー担当のアニーが簡単なパッセージを吹き鳴らす。

 生徒会室に響き渡る、重厚かつ穏やかな響き。

「…すっげぇ…」

 大貴が目を見開いた。

 その様子にしてやったりと葵がほくそ笑み…。

「では先輩方、1曲演奏させていただきます」

 そして始まる、管弦楽部の精鋭たちの縦笛アンサンブル。

 選んだ楽曲は単純なメヌエットだったのだが、それは、『縦笛=子供の楽器』と思いこんでいた二人の度肝を抜くには十分だった。



                    ☆ .。.:*・゜



 消灯点呼1時間前の音楽ホール。
 今夜もまた、『木管メインメンバーミーティング』と称して面々が密かに集うのは、特別な許可が必要な防音室だ。


「よかったよなあ」

 防音完備。しかも小窓無しの部屋だから、覗かれる心配も皆無だというのに、祐介があたりをはばかるようにコソッと言う。

「しかもライブ回数無制限…っていうゴールド許可証だぜ」

 茅野が静かににやりと笑う。

 そう、リコーダーの日本人的常識を越えた彼らの演奏は、生徒会のお墨付きをもらったのだ。

 回数無制限、出没場所無制限。
 要は、『お好きにどうぞ』という許可を受けたのだ。

 こんな許可が得られることはめったにない。

「さ、あと30分くらいは練習できるから、ぎりぎりまでがんばろ〜」

 葵の呼びかけに、全員が元気良く『お〜!』と答えて、心地よいウッディな響きのアンサンブルがまた始まった。



                    ☆ .。.:*・゜



 その頃、生徒会室では。

「しかし、驚いたよな」

 腕組みをする大貴に、真路もまた深く頷く。

「確かにな。…まあ、あの面子を見れば半端な演奏じゃないってのはわかってるけどさ、それにしても楽器が縦笛…じゃなくてリコーダーだろ? どうなるかと思ったけどさ、やっぱ我が校が誇る奏者たちは一筋縄ではいかないよな」

「ほんとほんと」

「でもさ、大貴」

「なに?」

「あの面子のゲリラライブだろ? 実行委員会サイドとしてもちょっと考えとかないとな」

「って言うと?」

「そもそも管弦楽部は悟たちの影響で周辺の女子高生の注目の的だからな」

「あ、なるほどね。奈月も浅井もご多分に漏れず…ってとこか」

「そういうことだ。大貴…そのあたりの手配、頼んでいいか?」

「おう。任せとけって」



                    ☆ .。.:*・゜



 そしてやってきた聖陵祭2日目。

 例年2・3日目は一般公開となるため、朝の開門時刻から校内は大にぎわいだ。

 様子を見に来るあまたのOB、豊富な品揃えが自慢のバザー目当ての一般客、そして、『素敵な彼氏GET』がお目当ての女子高生たち。

 そんな有象無象をものともせず、『管弦楽部内リコーダー部』の面々は朝から最終チェックに余念がない。

「最初の場所はどこだっけ?」

 葵が覗き込むと、茅野が校内図に◎を入れていく。

「最初はここ。ホールと講堂の間だ。そのあと、一旦第1校舎の音楽室に逃げて、次が第2体育館前。それから第1体育館前に移動して、ラストがグラウンドのど真ん中…だ」

「派手だねえ」

「そりゃ、ゲリラライブですからなぁ」

「さ、そろそろ時間だ。行こうか」

 祐介が腕時計を確認すると、全員が表情を引き締める。

「じゃ、出発!」

 面々はそれぞれに楽器を抱え、意気揚々とホールを出た。


 そして。


「One・Two・Three・Four!」

 アニーのカウントで始まった『掴みの1曲』は今年前半にブレイクしたJ-POP。

 練習の甲斐あって、息もぴったり、ノリもぴったり。

 始めた瞬間には『何事?』と遠巻きにしていたお客たちがだんだんと寄ってきた。

 曲が進むに連れ、その数は膨れ上がり、そして…。


 ――なんか…異様に近くない?

 手を伸ばせば届きそうなところに、女子高生が垣根を作っている。

 可愛い子ばっかりなのは嬉しいのだが、妙に鼻息が荒いような感じがするのは気のせいか?

 葵がちらっと隣を見ると、なにやら祐介の身体も若干後ろへ引け気味だし。

 ――これ、やばくない? 終わってから、どうやって脱出するわけ?

 そう思うと、リコーダーを持つ手にも冷や汗が…。

 やがて最後の曲も終わりに近づき、その頃には当然リコ部の面々は全員この異常事態に気がついていた。


『女の子たちに踏みつぶされるかもしれない…』


 そして、最後の一音が消えてなくなると…。

「きゃ〜!」
「浅井くーん!」
「奈月くーん!」
 
 主な叫び声はこの二人宛てに集中しているのだが、なかなかどうして他の面子も負けていない。

 ――…こわっ!

 だが、生まれ育った環境の所為で『集団女性心理』の怖さが身に滲みている葵は、『ここはデレデレしてる場合じゃない! 逃げるが勝ち!』と本能的に察知して、退路を探したのだが…。

 ――うそっ。後ろにもっ?

 確か講堂の外壁を背にしていたはずなのに、後ろ側もいつの間にか囲まれている。

 ――もうダメかも〜。

 面々の誰もがそう思いかけたとき……。


「リコ部のメンバー! こっちだ!」

 大きな声で呼ばれ振り返ってみれば、そこには葵たちのクラスメイトにして生徒会執行部員の古田篤人の姿。

「早く!」
 
 声と同時に数名の執行部員がリコ部のメンバーを囲むようにして現れた。

「とりあえず音楽準備室でいいな!」

「うんっ、古田くん、ありがと!」

 リコ部の面々は執行部員に囲まれながら走った。
 後ろを黄色い歓声が追いかけてくる。

 だが、第1校舎の上部階は部外者立入禁止だ。
 ここまで来てしまえばこっちのもの。


「はあ〜、助かった…」

 活きのいい高校生が全員肩で息をしている。

「でも、どうして?」

 あまりにもいいタイミングで入った『救いの手』に、葵は不思議そうに篤人を見る。

「生徒会長の判断でね」

「浦河先輩の?」

「そう。あの面子がライブなんてやったら、騒ぎになるのは目に見えてるってね。 詰めが甘いな、リコ部の諸君」

「「「すみませ〜ん」」」

「で、どうする? このあとのライブも続けるか?」

 その言葉に面々は顔を見合わせる。
 そして、お互い顔を見ただけで考えていることは手に取るようにわかった。

「…ううん。今年は諦めるよ。執行部員のみんなにも面倒かけちゃうし」

「それは気にしなくていいぞ、奈月。これは俺たちの役目の一つだからな」

 そう言ってもらえるのは本当にありがたい。
 けれど。

「うん、ありがとう。でも、この状況じゃアブナイからね」

 けが人が出たら、困る。

「そうか? いいのか?」

「うん。また来年、そのあたりをきちんと考えて計画立てるよ」

「相談があったら乗るからな」

「わ〜い、ありがと〜!」


 こうして「私立聖陵学院・リコ部」の初ライブは後に『幻の』と呼ばれることになるワンステージのみで終わりを告げた。

 そんな彼らが、

『来年は仮面ライブだ!』

 そう誓い合ったのも、無理からぬことであった。



                   ☆ .。.:*・゜



 そしてその後。

「さて、リコーダー部のみんな。素晴らしい演奏だったそうだね。お疲れさま。聴かせてもらえなくて本当に残念だったよ」

 にっこりと笑う管弦楽部長を前に、何故か面々は怯えている。

「これをきっかけに、普段音楽に縁のない生徒にも気軽に楽器を手にとってもらえれば…という君たちの試みは本当に素晴らしい」

 部長の笑顔は絶えない。

「ただし」

 ――来た…っ。

「『木管楽器メインメンバーミーティング』と称して、防音室を使用するのは規定違反のような気がするが」

「…ごめんなさいっ」

 代表の葵が怯えた声で謝罪する。
 その様子に管弦楽部長は密かに微笑み…。

「まあ、今回は初犯ということで、始末書だけにしてあげよう」

 向こう3ヶ月間活動禁止…などの処分になったらどうしようかと怯えていた面々はその温情にホッと胸をなで下ろした。



 さらにその後。

『次回からは嘘を申告せずに、きちんと相談すること。悪いようにはしないから』

 本物の『木管楽器メインメンバーミーティング』の席上、配布された資料にそう書き添えられていて、面々は管弦楽部長の懐の深さに改めて感じ入ったのだった。


 
 ただし。

 リコ部責任者の葵だけは、管弦楽部長から特別に罰をくらったとかくらわないとか……。


END


777777GETのたまごさまからいただきましたリクエストですv
お題はズバリ、『桃の国日記に書かれていた「私立聖陵学院・リコ部!」の続き』!

日記UPから随分経っていまして、しかも日記にログがないためご存じない方も多いと思います。
UP当時はまだ君愛2が始まってませんでした。
なのになぜか、文中にはすでにアニーの姿とか…(笑)

この後、リコ部が仮面で活動を再開するのかはまだわかりませんが、
とりあえず、リコーダーは面白い楽器です。みなさんも是非どうぞv

たまごさま、リクエストありがとうございました!&遅くなってすみませんでした〜(>_<)

おまけ:リコーダーの画像はこちらから
グレートバスリコーダーの画像もあります(*^_^*)

☆ .。.:*・゜

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