15万記念夏祭り

君の愛を奏でて

花火〜僕たちの未来〜





「ほら、これ」

 小さな花火を先輩は僕に渡してくれる。

「落っことすなよ。最近の線香花火って持ちが悪いからな」
「はぁい」

 遠くではまだ、縁日の賑わいが続いている。
 お囃子の音と物売りの声。

 鬱蒼とした鎮守の杜には提灯の明かりと本殿の蝋燭。

 普段僕たちが暮らす都会にはない、緩やかな時間の流れ。

 ここは先輩のおばあさんのうち。つまり、先輩のお母さんの実家だ。

 僕が毎年夏休みを利用して、ここの夏祭りにお邪魔するのも4回目。

 先輩自身も中学高校の間は帰ってなかったらしくて、大学に入った年の夏、僕を連れてきてくれたのが7年ぶりのことだったようだ。

 当時の僕は高校1年生。
 あれから3年、僕は今年大学生になった。もちろん、大学は先輩と同じところ。
 ついでにいうと、同じ学部の同じ学科、同じ専攻なんだ。

 会いたくてもなかなか会えなかった3年間を耐えて、やっと近くに来ることができたけど…、でも、来年は先輩が卒業してしまう。

 先輩が社会人になってしまっても、僕たちはこんな風に同じ時間を過ごすことができるんだろうか…?

 僕の中を震わせた動揺が花火に伝わってしまったのか、かなり大きな玉を作っていた線香花火がポトッと落ちた。

「あー、やっぱりお前って不器用だよな〜」

 先輩が呆れた顔でいう。

 でも、僕は何故だかいつものように元気良く言い返すことが出来なくて…。

「ん? どうした?」

 先輩が、俯いてしまった僕の顔を覗き込む。

「何でもない…」
「何でもないことないだろう?」

 顎がグッと持ち上げられた。

「何でもないって…」

 最後まで言えずに、僕の唇は塞がれてしまった。

「…ん…」

 キスが深くなるにつれて、先輩の腕がゆっくりと僕の身体に回され、ギュッと抱きしめられる。
 だんだん上がってくる息の中で、僕も先輩の身体に腕を回す。

 長いキスの間も、遠くのお囃子の音は絶えることなくて…。

「なぁ…後期になったら、一緒に暮らさないか?」

 やっと離れた唇が乾く間もなく、先輩はそう言った。

「お前だって、1時間半もかけて通学するの辛いだろ? 僕のマンション、一人で住むには広いしな」

「……でも、半年後には卒業だよ」

 不安から、思いもかけず強い口調で言ってしまった僕に、先輩はちょっと照れくさそうに笑ってみせた。

「来年、大学院に残ることにしたからさ」

「え…? ほんと…に?」

 修士課程は2年。
 僕が3年生を終わるまでは一緒にいられるっていうこと…?

 でも、先輩…、大切なあの人は卒業しちゃうよ…。
 そして、多分、行ってしまうよ…。

 その思いは、違う言葉になって僕の口から転がり出た。

「…それで…いい、の?」

 たったそれだけの言葉で、先輩はわかったみたいだった。

「ああ、あいつは卒業するよ。大学院に残ることはないさ」
「先輩…」
「なんて顔してるんだよ」

 先輩は『クスッ』と笑って、また僕を抱きしめた。

「たとえ道は別れても、僕とあいつは一生親友だからな」

 そう、先輩の心の中に、あの人はいつも…。

「でもな、お前とはずっと同じ道を生きていきたい…」

 え…?

「離したくないんだ。ずっと、一生…」

 それって…。

「わかってるか…? プロポーズだぞ、これ」

 僕はあまりの言葉に目を回して…。

「返事は…?」
「あ…。は…」

 僕が夢見心地で返事をしようとしたその時…。






「こらっ! 渉っ! 走っちゃダメっ!」 

 大きな声の主は、先輩のお姉さん。

 見ると、先輩の甥っ子、渉くんがよちよちとこちらに向けて駆けてくるところだった。

 お姉さんは、二人目の赤ちゃんがお腹にいるから走れなくって…。

「あ!」

 僕と先輩が声をあげて、同時に立ち上がったものの間に合わず、渉くんは見事にすっころんだ。

「うわぁぁぁぁぁぁん」

 僕たちは同時に駆け寄ったんだけど、僕の方が渉くんを抱き上げるのが早くて…。

「ほらほら、渉くん〜、痛くないよ〜、大丈夫だよ〜」

 あやすと、ほどなく渉くんは泣きやんで、今度は『きゃっきゃ』と笑い声を上げ始める。

「悪いけど、少しの間、渉のことお願いしていいかしら〜?」

 離れたところからそう言ったお姉さんに、先輩は『いいよ〜』と大声で返事をした。

 お姉さんはきっと、駅まで『だんな様』をお迎えに行くんだろう。

 だんな様――僕にとっては先輩だけど――は、今日コンサートツアーを終えて合流する事になってるんだ。

「渉くん、もうすぐパパがご到着だよ」

 僕は渉くんを『高い高い』しながらそう言う。

 けど、見れば見るほど、渉くんはパパよりも、あの人にそっくりだ…。

「こいつって、ホントにあいつにそっくりだよなぁ…」

 先輩もそう言って、渉くんのほっぺをつつく。
 この小さな命で繋がった、先輩たちの絆。

 けれど今、この人は僕だけを見つめてくれようとしている。

「先輩…」
「ん?」
「さっきの返事…」



_


「ああ、やっぱり返事はいらない」

 え? どういうこと…?

「Yes以外聞かないから」

 なんてことを…。

「ごーまん〜」
「なんとでも〜。…それよりさぁ、いい加減僕のこと先輩って呼ぶのやめろよ」

 ……そ、それは…。

 先輩は、しゃがんで、また線香花火に火をつけた。
 そして、僕の目の高さにそれをかざす。
 小さく飛び散る火花が、先輩の端正な顔を隠して…。

「タイムリミットはこの花火の玉が落ちるまで」
「え?」
「それまでに、僕のこと、名前で呼べよ」

 ちょ…ちょっとそれはあんまりだってば…。
 中1の時から6年以上、『先輩』って呼んできたのに…。

 線香花火の玉がじわじわと膨らんでくる…。

「先輩〜」

 情けない声を出した僕を、先輩は嬉しそうに見つめるばかりだった…。


 

二人の未来、そして『君愛3』へ つ・づ・く


2001.8.14限定UP
  2013.10.27再UP

ってなわけで、12年ぶりに表へ出て参りました『花火』。
『君愛3』の主役は、すっ転んだ渉くんと、まだお腹の中にいる赤ん坊です(*^_^*)
ちなみに成長した渉くんは、
文中の『先輩』のことを『ゆうちゃん』、『僕』のことを『あーちゃん』と呼んでいるようです。

君愛3、お楽しみに〜。

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