君の愛を奏でて

〜同室者観察日記〜

桐生悟の同室者:横山大貴の証言





 俺は横山大貴(よこやま・だいき)。
 高校2年生だ。クラスは2−C。寮の部屋は302。
 同室者は聖陵学院の顔にして、管弦楽部の新部長になるであろう桐生悟だ。

 俺が悟と親しく言葉を交わすようになったのは、中学2年の頃だ。

 生徒会の役員選挙で、なぜか俺も悟も執行部員に選ばれてしまったことがきっかけだった。

 当時の悟と言えば、すでに超有名人で、3年の先輩はもちろん、高等部の先輩たちまでもが一目置くって存在だったっけ。

 まあ、入学当初からとんでもない注目度だったからな。

 なにしろ、親父さんはここのOBで世界的指揮者。
 お袋さんも、これまた国内外で活躍の美人ピアニストだもんな。

 しかも、腹違いの兄弟3人揃っての入学とあっちゃあ、『見るな』って方が無理ってもんだ。

 けど、悟は…いや、それは昇も守もなんだけど…そういう妙な注目にもたいして意識している風でもなく平然としてるもんだから、いつの間にか『そんなこと』はどうでもよくなってたっけな。

 で、そんな悟が『超有名人』になったのは、はっきり言って生い立ちのせいじゃない。

 眉目秀麗、頭脳明晰。
 頭の方だけじゃなくてスポーツもかなりいけてたし、なにより『寡黙だけど無愛想でない』ってところが、悟の雰囲気を盛り上げるのに一役買っていたっけ。

 そう、実際の学年よりずっと落ち着いて見えるあいつは、黙っていても人を引っ張っていけるようなとんでもない『カリスマ性』みたいなのを天然で備えてるんだと思う。

 そうそう、本人が喜ばないからあんまり言わないけれど、それってやっぱり親父さんの血だよなぁ。

 俺、音楽のことよくわかんないけど、でも指揮者ってのはそういう『カリスマ性』がないとダメなんだってのは、なんかの本で読んだことあるんだ。

 この学校で一番そう言うのがあるのって光安先生で、次が悟だと思う。

 だから先生方も悟には一目も二目も置いてるってわけだ。
『悟に任せておけば安心だ』ってね。

 そんな悟は中3になる時に、当然のごとく『生徒会長』に選ばれた。

 そして、俺は書記に選ばれて、俺たちはますます一緒にいる時間が長くなったってわけだ。



 悟が生徒会長だった1年間は、嘘のように物事がスムーズに決まった。

 どんな会議をやっても、悟は最初は黙って聞いているだけなんだ。
 そして、大方意見が出尽くしたところでおもむろに口を開く。

 それがまた、静かな口調なのにどういうわけかやたらと説得力があって、ましてやバリバリに頭の切れるヤツの考えだから、いちいち当を得ていて、結局みんなぐうの音も出ないんだ。

 顧問の先生ですら、呆気にとられてることもあったよな。

 だから、俺は書記としてずいぶん楽をさせてもらった。

 悟は『大貴がいてくれるから、僕が自由にできるんだ』って言ってくれたけど、とんでもないことだ。

 ま、そんなこんなで俺たちは所謂『気の置けない仲』ってヤツになり、高2になるとき迷わず『同室希望』を出したってことだ。


 悟との生活は穏やかで楽しい。

 俺たちの302号室ってもしかしたら寮の中で一番静かな部屋かもしれないな。

 あ、『暗い』って意味じゃないぞ。
 俺たちだって、いろんなコトたくさん話すしさ。
 それに訪ねてくるヤツだって多い。

 でも、何故だか俺たちの部屋は穏やかに静かなんだなぁ。
 

 まあ、あいつは管弦楽部で大忙し。
 俺もまもなく実施の役員改選で今度は高校生徒会の副会長になりそうだから(悟が抜けた分、繰り上がったって感じだな。 もし悟が会長になっていたら、俺はきっとまた書記だったと思う)、なかなか部屋でゆっくり話す時間もないけれど、やっぱり気遣いのいらない楽な毎日を送らせてもらってるんだ。




 ただ、今年、その悟に変化があった。

 それはかなり大きな変化なんだけど、気付いている人間は案外少ない。

 だってHRなんかでは相変わらず寡黙で優しいやつだから。

 じゃあ、どうして俺が悟の変化に気付いたかってーと、やっぱり『同室』だからだろうな。

 まず、新学年の入寮日からして悟の様子は変だった。

 次の日は入学式・始業式。
 管弦楽部ものっけからオリエンテーションがあって、その準備があるだろうに、かなり早い時間に部屋へ帰ってきてぼんやりと机に向かってるんだ。

 そう、何をしてるわけでもない。

 疲れてるのかと思って声をかけると、慌てて『大丈夫』って否定したのがますます俺の疑惑を募らせた。

 ある。絶対何かあるって。

 そんな悟が気になって、俺はしばらく悟ウォッチングを続けてみた。

 すると、変化はおもしろいほどわかりやすく現れてきたんだ。

 集中して勉強してると思い込んでいたら、いきなり『ほ〜』ってため息をつく。

 俺はこれだけでも、飛び上がるほど驚いたんだけど、慌てて覗き込んだ悟の表情は、なんと、目が泳いでたんだ。

 どうやら『集中』どころではないようだ。

 手先でシャーペンをクルクル回していたかと思うと、いきなり止めて、ため息をつく。

 パラパラと教科書をめくってるかと思うと、いきなり止めて、ため息をつく。

 ノートに何か書いて、ため息をつく。
 何て書いたんだよっ、悟くん!
 慌てて消して、ため息をつく。
 あ、もしかして『桐生葵』とか書いてたんじゃ?(笑)
 丸めた消しゴムかすを見つめて、ため息をつく。
 消しゴムかす、食べちゃったりしてないだろうねv

 だいたい、広げている教科書と参考書の科目が違うんだよな…。

 教科書は世界史なのに、参考書は化学なんだぜ…。

 ここで俺は確信した。

 悟は『病気』だって。

 しかも、それはかなり重症の『恋の病』だってことを。

 そう思うと、俺は無性に相手が知りたくなった。
 だって、『あの』桐生悟が目を泳がせる相手だぜ。

 中三の時にY女学院の副会長とほんの少しつき合った時だって(あ、これナイショな。俺しか知らないから)、悟は全然こんな風にはならなかった。




 相手は誰だ〜!

 俺は勉強そっちのけで推理に走る。

 まず、悟がおかしくなったのが、入寮日の午後だ。

 午前中は普通だったんだ。いつもと変わらない悟で…。

 顧問に呼ばれて出ていって、帰ってきたときにはすでに様子がおかしかった…。とすると。

 やはり『現場』は校内で、しかも、管弦楽部絡み。
 そして、相手は『新入生』だ!

 そこまでひねり出して、俺は結構焦った。

 だって、悟はノーマルだと思ってたから。

 この学校に満四年もいると、おかげさまでまっとうな感覚も麻痺しちまって、男同士でラブラブしてることについてどうのこうの…なんて野暮は言わなくなる。

 マジで好きならいいんじゃない?って感じだ。
 ま、『人類愛』ってことにしておいてやるよ…ってところだな。

 だけど、悟に関しては本当にノーマルだと思ってた。

 だって、この四年間、上級生からも下級生からも、引く手あまただったんだぜ。

 まあ、昇や守のような気安さはないから、面と向かってどうのこうのってことは少なかったのかも知れないけれど、それでもアタックの数は相当だったはずだ。

 それをものともせずに来た悟が、ここに至って引っ掛かった相手って…。

 まさか、あの子じゃないだろうな…。

 今年の『正真正銘』のなかでもピカイチの『総代』。

 今や、悟を抜いて『獲得競争率ナンバー1』って言われているあの子…。


 俺がそんなことを考えながら悶々と日々を過ごしていると、悟にまたしても大きな変化があった。

 生活のリズムが乱れはじめたんだ。

 それまで超優等生の悟は、生活のリズムもきちんとしていた。

 寮生ってのは、朝は概して同じリズムで動くもんだけど、夜となるとそうはいかない。

 それぞれに勉強だってあるし、他の部屋へしけこむことだってある。

 どっかの部屋で、消灯後、懐中電灯の灯りを頼りに『徹マン』なんてこともしょっちゅうだ。
 ま、みんな、それぞれに寮生活を謳歌してるってことだよな。

 けど、悟は違った。

 きちんと規則を守ってるし、なによりも享楽的な考えが欠如しているらしく、羽目を外して遊んだり、出掛けてて帰寮が消灯点呼ぎりぎり…何てことも一度だってなかった。

 なのに、夜が遅くなった。
 今までだって、ホールで練習はしていたけれど、点呼ぎりぎりにならないと帰らない…なんてことなかった。

 それが、なぜかある頃を境に、ほぼ連日のように点呼ぎりぎり。

 一度なんか、あと30秒遅れていたら点呼アウト!ってことがあって、その時の悟は全力疾走で帰ってきたらしく、息を弾ませていたこともあったんだ。

 おまけに心なしかほっぺがピンクだったりして、俺はもう唖然とするしかない。

 
 そうそう、夏休みに入る直前、悟のヤツ、妙にウキウキした様子でこんなコト言ったな。

『大貴は速攻帰省だろう?』って。

 ヤツが『ウキウキ』ってのがすでに不気味なんだけど、確かに俺は生徒会一筋で、部活をしてないから休みにはいると同時に帰省する。

 悟は管弦楽部の合宿があるから、あと10日ほどは学校に残るはずなんだ。
 
 だからその間、302号室は悟の一人部屋だ。

 …ってことは?

 も、もしかしてお前…誰か連れ込もうとかして…る?

 そう思い至って、思わず隠しカメラか隠しマイクを仕掛けて帰ろうかと考えた俺だけど、事実だったら腰抜けちゃいそうだから、やめた…。




 でも、それはやっぱり当たっていたのかもしれない。

 だって、夏休み明けに再会した悟は、劇的に変わっていたのだから。

 そう、よく笑うようになったんだ。

 今までだって笑わないことはなかったけれど、それはどっちかってーと『微笑み』って部類のヤツで、声をあげて嬉しそうに笑うってことはなかったからな。

 それと、拗ねるような表情をするようになった。

 部屋へ戻ってきて、ブレザーのポケットからメモを取りだして読んだあと、口を尖らせる悟の顔なんて、絶対に同室の俺にしか拝めないレアな一瞬だ。

 おまけに時々『思い出し笑い』なんかしやがる。

 ここに至って、俺は勝手に『恋の成就』を決めつけた。

 だけど、俺は未だに相手が特定できない。

 本人に聞けばいいんだろうけど、悟が素直に話してくれるとは思えないし…。

 なんてったって、俺が定めた『大本命』は同室の浅井とデキてるって噂だしなぁ…。 

 悟ぅ、相手は誰なんだよ〜!



お・わ・り

不気味に変化を遂げていく悟クンを赤裸々に追った大貴クンの観察日記、
いかがでしたでしょうか?
さて、大貴くんが真実を知る日は来るのか…!(笑)

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お嬢さん〜。疑いすぎっ(笑)