君の愛を奏でて

〜大貴の『桐生悟観察日記』〜

ついにばれちゃった!編





 ついに聖陵生活6年目――最後の聖陵祭が終わった。

 毎年新鮮な驚きの中でこのお祭り騒ぎを楽しんでやって来たわけだけど、やっぱり最後ってのは感慨もひとしおだった。

 特に俺たち生徒会の役員は、この聖陵祭が最後の仕事になるから、余計そう思うのかも知れない。

 来週には高等部生徒会の役員選挙が行われ、俺たちはめでたく引退。
 あとはただひたすら大学受験に向かって突っ走るのみ…ってとこだ。

 それにしてもなんだよな。

 最後の聖陵祭。
 悟の藤壺だとか、浅井の若紫だとか、翼ちゃんのスカーレットだとか、夢にも思わなかったものが拝めて、マジで面白かった。

 守と麻生のことが心残りだけれど、あいつらも早く立ち直ってくれるといいな…。



 そんな、いろいろあった中、最後の聖陵祭は俺的にも忘れられない日になった。

 真路とついに結ばれたし…。

 真路がずっと俺のことを想ってくれていたなんて、鈍い俺は全然気がつかなかったんだ。

 ただ、俺だってずっとずっと真路のことは気になっていた。

 真路の一言一言が気にかかって、動きの一つ一つに目がいって、先輩が真路に慣れ慣れしく触ったら、ちょっと気分が悪かったりして。

 そんな『色々』の『正体』がなんなのかは、長いこと俺は気がつかなかったんだ。


 それを教えてくれたのは、実は悟だった。
 もちろん、口にしてはっきりと教えてくれたわけじゃない。

 真路が、もう俺のことを諦めようとして、離れていこうとしたとき。
 その真路の行動の意味がわからなくて、苛ついた俺に、悟はこう言ったんだ。


『大貴は、誰かに恋をしたことはないか?』…って。


 もちろん俺だって、幼稚園の時の初恋以来、結構『そういう思い』は経験したことがあるつもりだったから、『あるに決まってるじゃん。ワクワクして楽しいもんだよな』って返事したんだけど。

 でも悟はふわっと色っぽく笑って言った。


『そうかな? 本気の恋って、結構苦しいもんだぞ』…って。


 俺はその時、『悟は本気の恋をしてるのかっ!?』って勢い込んで聞いたんだけど、その時には『さあ、どうかな』なんて誤魔化されて終わりになった。

 で、俺はその時の会話をきっかけに、真路の気持ちを知り、自分の中に隠れていた気持ちに気付き、おかげさまでハッピーエンド…と、なったわけだ。


 今、俺と真路は同じ大学を目指してがんばっているところ。

 学部は違うんだけど校舎は隣同士だから、これからも俺たちは一緒…ってことで、無事合格した暁には二人で暮らせる部屋を探そうな…って約束してる。


 …って、俺のことはいいんだ。なんせラブラブハッピーだからな。

 おかげで俺的心残りは一つになった。

 そう! ルームメイトにして親友…の、悟の『恋』だ!


 2年になったときから様子の変わった悟。

 俺はその変化の真相を絶対に『恋するオトコ』の変貌だと思い、ずっと悟の周辺に気を配ってきた。

 でも、これがなかなか尻尾を掴ませないんだよなあ。

 相変わらず『そういう話』になると、まるで興味がないような素振りでストイックに見せやがるし。

 けれど俺はやっぱり確信してる。


『本気の恋は苦しい』


 そんなこと、経験してないと言えないだろ?

 桐生悟ともあろうものが、苦しいほどの思いを寄せる相手は誰だっ?!

 そして、その恋は果てして成就しているのか、それとも未だに片想いなのかっ?!


 俺はこの真相を確かめずに卒業するわけにはいかないのだ!

 しかし、相変わらずこれと言った手だてはない…。
 うーん。どうしたもんか。



                   ☆ .。.:*・゜



 珍しく、聖陵祭の代休日に悟が帰省していった。

 たった二日間の休日だから帰省しないやつも多いし、悟だって今まで一回もこの代休に帰省したことはなかったはずだ。

 でも今回は兄弟3人揃って帰っていった。

 多分、守を休ませてやろう…って心遣いじゃないかと俺は踏んでる。

 ここに残ってると、イヤでも色々思っちまうだろうしな。 



 さて、そうして悟が帰っていった夜。

 俺は2年生の執行部員からの頼みで悟の実家に電話を入れることになった。

 なんでも文化部会の部会長選挙のことで至急確認したいことがあるってことで…。

 悟の実家には何回か行ったこともあるし、お母さんとも面識があるから、俺は軽く請け負って電話を掛けた。

 電話を取ったのは昇だった。



『あれー? 大貴、どうしたのさ。真路と喧嘩? せっかくお互いに同室者がいない夜なんだから、有効活用しなきゃー』

 あのなあ…。そりゃ言われなくても…。
 しかし、ここまで筒抜けってどうよ。


「真路とは上手くやってっからご心配なくっ」

『あ、なんだ〜』

 なんだ…ってなんだよ〜。 おまけに今、『つまんないの』とか言わなかったかお前。

 いや、コンナコトしてる場合じゃなかった。

 俺は用件を告げ、悟に代わって欲しいと昇に頼んだ。


『おっけー、ちょっと待ってて』


 ゴソゴソ…と音がしたかと思うと、パタパタと走るスリッパの音がする。 

 そうなんだ、こいつらの家は、電話の保留音ってやつを使わないんだった。

 なんでもあの音って妙に中途半端な音らしく、耳障りで嫌いならしい。

 ま、俺もああいうのを延々と聞かされるの嫌いだしな。


『さとるー!悟ってばー!』


 遠くで昇の声がしている。
 もしかして、いないのかな。

 そう思ったとき。


『葵〜! 悟知らない〜?』


 …え。

 あ・お・い? 

 今、葵って言ったよなっ?
 葵って、まさかあの、『葵』?

 俺の聴覚が一気に野生動物並みになる。


『え? さっきそこにいたよ〜』


 かなり遠いけれど、この可愛らしい声は間違いない!

『あの』奈月葵だ!

 どうして休暇中の桐生家にいるんだっ。
 しかも…。


『さとる〜! あ、いたいた、電話だってー!』


 呼び捨てってか…。

 ふふっ…。
 苦節1年半。ついにやったぜ。

 ついに悟の尻尾を掴んだ!

 悟の相手は『やっぱり』奈月葵。しかもすでに家族公認ときてるぜっ。


『大貴が部会長選挙のことで…って』

 間近でまた昇の声がした。

『もしもし? お待たせ』

「あ、ああ、悪いな、帰省中に……」

 嬉しさの余り顔面が崩壊しそうだったけど、俺はその後のやりとりをどうにか取り繕いつつ終えることが出来た。


 勝負は明日だ! 桐生悟っ!

 明日こそ吐いてもらうぜっ!



                   ☆ .。.:*・゜



「ただいま」

「お帰り〜☆」


 夕食時間も随分すぎてから、悟が実家から帰ってきた。

 こっそり探りを入れたところ、奈月は30分ほど早く帰寮していて、談話室で管弦楽部の連中と遊んでいるらしい。

 それで上手く誤魔化しているつもりだろうがな、悟。
 さあ、真相を喋ってもらおうか。


「えらくご機嫌だな、大貴」

「え? そうか〜?」

 そりゃそうだろう。
 なんてーの? 太☆胃散飲んで胸焼けが一気に解消して愉快痛快って感じだよなv

 そんな俺の『ご機嫌』を、悟は『真路と上手く行っているから』…と、とったようだ。

 もちろんそれもあるけどな。ふふっ。


「なあ、悟」

「なんだ?」

「俺、昨日お前んちに電話したじゃん?」

「ああ」

「あん時さ、側に奈月がいただろう」


 直球で聞いてやった。

 そして、俺は盛大にほくそ笑む。

 だって、悟の顔色が変わったから。
 悟のこんなあからさまな変化、初めて見たぞ。


「…聞こえて、たのか?」

「ああ。しっかりとな」


 俺の返事に、悟は『あちゃー』とばかりに大きな掌で顔を覆った。

 ついに迎えた、桐生悟、陥落の瞬間だ!

 いやー、裏ボスキャラをやっつけたときに以上の快感だぜ、これは。


「と言うわけで、悟。俺とお前の間には隠し事ナシだ」

 きっぱり言いきってやると、悟も俺を真っ直ぐに見つめて『そうだな』と頷いた。

 そして、意外なことに『卒業までにはちゃんと話そうと思っていたんだ』って言ったんだ。

 でもな、卒業前夜に聞いてもおもしろくねえしなあ。

 だってさ、せっかくの『悟の恋』だぜ?

 相手がちゃんとわかった上で、じっくりまったり観察したいじゃん〜。
 卒業直前なんかに聞いても、それ出来ないじゃんよ〜。


「なあ、大貴」

「ん?」

「ちゃんと全部話すから、この話は他言しないで欲しいんだ」

 あ? おめでたい話なのに隠すのか?

 んー、まあわかんないでもないな、その気持ち。

 何てったって桐生悟と奈月葵のカップルだ。公になっちまったらそれこそ一騒動だろうしな。

 それに、今んとこ、奈月の恋人は浅井ってことになってるし、そのあたりもなんか事情があるんだろう。


「おう、任せとけ。絶対喋らないから」

 そう言うと、悟は『大貴の言葉は信用できるからな』…なんて嬉しいこと言ってくれて、真っ直ぐ俺に向き直った。

 そして。

「実はな…」

 ゴクッ。

「葵は、僕の…」

 ゴックン。

「僕たちの…」

 …は? 僕、たち

「弟なんだ」

 ………………………………。

「へ?」

 今、なんて?


「驚くのは無理もないと思うけど、葵は僕たちの弟だったんだ」

 ……ええっと〜。

「ごめん。なんか理解を超えた話になってるんだけど」

 脳味噌の容量オーバーを起こした俺は、悟にさらなる説明を求めた。


 そして、悟が語ってくれた『真相』は、俺の想像を遙かに越えるものだったんだ。



                   ☆ .。.:*・゜



 すべて聞かせてもらって、俺は深く息をついた。

 奈月のヤツ、ちっこい身体で、可愛い顔して、なんて苦労してきたんだ…。

 特に、去年の今頃、奈月が血を吐いて倒れたのが、真実を知ったからだ…って言う話になったとき、俺は思わず涙しちまった。

 そりゃあそうだよな。経緯が経緯だけに隠しておきたくもなるよな。
 こんなのがみんなに知れたら大騒ぎだぜ。

 しかし、ハードな人間模様だよな、こいつらの親たちってさー。


 ってわけで、俺は悟と奈月の関係ってヤツを、これ以上なく正確に把握することになった。


 そうか〜、奈月は悟の弟だったのか〜。そりゃあ可愛がるよなあ。
 ということは、やっぱり奈月の恋人は浅井…ってことに…。

 …あれ? 恋人?

 ええと。


 悟が劇的に変化して、なんとも言えない色気を漂わせるようになったの…って…。

 …あれれ? 俺、何を突き止めようとしてたんだっけ?

 ええとええと。


 悩ましげにため息をついたり、シャーペンをクルクル回しながら遠い目をしていたり、ポケットからメモを取りだして拗ねたような表情をしてみたり…って…。

 …あれれれ?

 悟のそんな今までの『あれやこれや』の変化は、生き別れてた弟に対する親愛の情ってヤツ?

 それにしてはちょっと過剰で、しかも方向が違う反応のような気がするけど…。


 でも。
 なんか時系列がおかしくねえか?

 そもそも悟がおかしくなり始めたのは、俺たちが高2に進級したその日のことだ。

 悟の話によると、その頃奈月との兄弟関係はまったく見えてないはず。
 兄弟だとわかったのは、去年の聖陵祭の時…っていってたよな。

 その前には悟はもう充分おかしかった。

 完全に『恋するオトコ』の顔をしてたからなっ。


 そうだ! 俺は桐生悟の恋人探しをしてたんだっ!


 くっっっっそう〜。

 大本命の奈月がお前の弟ってことは…。


 じゃあ、お前の『恋人』って誰なんだよ〜!



 
お・わ・り

常識派の大ちゃん、めでたく振り出しに戻る(笑)

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お嬢さん〜。疑いすぎっ(笑)