羽野くんの管弦楽部観察日記 11
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春。 新学年のスタート。 俺はついに高2になった。 上から2番目の学年だ。聖陵に入学してから5年目。 長かったような、短かったような…だよな。 そうそう、高2になって何が嬉しいって、やっと2人部屋になったことだ。 これから卒業までの2年間。俺はルームメイトに茅野を選んだ。そして、茅野も俺を選んだ。 所謂『相思相愛』ってやつだ。 あ、誤解するなよ。変な意味で言ってんじゃないからな。 俺たちがこの日――2人部屋になる日を心待ちにしていたのには、実は訳がある。 俺たちには共通の趣味があるんだ。 まあ、放っておいても同じ管弦楽部の管楽器同士、中学入学からそう遠くないうちに俺たちは親しくはなったんだろうけど、それでも、同じものに興味をもっていたってのは、他の誰よりも、茅野と俺を近づけたんだ。 きっかけは確か、俺が楽器ケースに貼っていた『500系の☆み』のステッカーだったと思う。 中1の、まだ入学したての頃、それを目ざとく見つけた茅野が、 『もしかして、羽野くんって鉄道好き?』 な〜んて、頬を染めて可愛らしく聞いていたんだ。 まだ声変わりもしてなくってさ、ほんっと可愛い『男の子』だったよな、ヤツも。 そういや、俺も、 『あ、うん、好き。茅野くんも?』 なんて、返事したっけ。 …ったく、恥ずかしくなるような初々しさだよな。 あの頃の茅野は、俺よりずうっとチビで細っこかったのに、いつの間にか俺よりでかくなりやがって、しかも高校になってからは骨格自体が大人びて来たっていうか、その…俺としては面白くないわけだ。 俺って、中学の頃とあんまし変わんねえって言われるしさ。ちぇっ。 ☆ .。.:*・゜ さて、新しい俺たちの2人部屋。 入寮して部屋の片づけもそこそこに、俺と茅野は自宅から大切に運んできた『Nゲージ』をとりだす。 なんてったって、チビの頃からお年玉だの誕生日だの、とにかくプレゼントをもらえる機会すべてをこれに費やしてきたんだ。 (もちろん、日々金欠のわけもここにあるわけだ) おかげで俺たち、中1の時から楽器も買い替えてない。 去年メインメンバーになったときは、いくらなんでも買い替えないとヤバイかなと思ったんだけど、光安先生も特になんにも言わなかったから、そのままにしてきた。 ま、今年もこれでなんとかなるだろう。 万一買い替えた方がいいって言われても、トランペットやクラリネットは『世界の最高級品』でもオーボエの一番安物と同じくらいだからな。うん。 「もう一個ポイントがほしいところだよな」 線路を継ぎ足しながら茅野が言う。 「そうだな。贅沢言うならあと二つ」 「だな〜」 俺たちは床の上で線路工事の真っ最中。 今度の休みにはボードとキャスターを買ってきて、線路を敷く台を作ろうと思ってるんだけど、今日の所は待ちきれなくて、直接床の上に線路を敷いちゃってるんだ。 あ、線路を敷く台ってのはキャスター付きで、そのままゴロゴロっとベッド下に収納出来るようにしようってことなんだ。 だって、床一面に線路を敷いたら、足の踏み場なくなっちまうもんな…って、実は、尋ねてきたヤツらに踏みつぶされちゃ困る…ってのが本音だけど。 そうそう、昨日はお隣さん――奈月と浅井が見学にやって来た。 俺も茅野も驚いたんだけど、奈月って結構詳しいんだ。 なんでもガキの頃から仲良くしてたヤツ――今年の新入生総代の兄貴らしいけど――が、いっぱい持ってたらしくて、よくそれで遊んでたらしい。 どっちかってーと「おままごと」とかの方が似合いそうな外見なのにな。 ま、そんな奈月から『ジオラマにはぜひ富士山が欲しい』ってリクエストされて、俺も茅野もちょっと張り切ってる。 これから暫く、晩飯がすんだら消灯までこれにかかりっきりって感じだな。 あ、そういやオーディションの練習もしなくちゃなんねぇな。 忙しくなりそうだな〜。 ☆ .。.:*・゜ 「お疲れさまでした〜」 やれやれ、今日の部活もやっと終わった。 首席になった途端に、練習以外の用事が増えちまって、ここ数日寮に帰るのが遅くなってる。 まあ、それは茅野も一緒だからいいか。 俺だけ居残りだったら悔しいもんな。 さてと、さっさと帰って飯食って、線路工事の続きだ! …って。 そういえば俺たちの部屋、昨日買ってきた新しい線路と車両を床に並べっぱなしにして、余分な荷物とか、全部ベッドに乗せちまってたっけ。 俺は茅野に囁いた。 「どうしよう。俺たち今夜寝られないかも」 そう言った瞬間、先輩方がぎょっとした顔で振り向いた。 「か、茅野っ」 「はい、なんすか〜?」 呼ばれた茅野はにんまりと微笑んで…。 「お、お前ってヤツは、2人部屋になった途端、羽野に…」 俺? …なんの話だ? 「いや〜、こいつがどうしても…ってきかないんですよ〜」 …そりゃあ、俺が早く工事しようってせっついたけど。 今度は茅野が俺にアヤシク囁き返す。 「ま、とりあえずベッドは一つあれば十分だよな、羽野」 え? こいつと一緒に寝るの? やだよ、だってこいつ寝相悪いんだぜ。 朝起きたら、必ず掛け布団が半分落ちてるんだからな。 それに校外合宿でも何回か痛い目にあったしさ。 「それとも何?」 茅野の声色が急に変わった。いいから肩抱くのやめろってーの。 「朝まで寝ないで頑張る?」 あ! それいい! 早く完成を見たいからな! 「おうっ、朝まで頑張る!」 俺が力一杯宣言した瞬間、先輩方が床に崩れ落ちた。 「せ、先輩?」 なんのリアクションなのかさっぱりわかんなくって、目を丸くした俺に、先輩方は縋るような目を向けてきた。 「羽野ぉ…お前、まだまだ子供だと思ってたのに、いつの間にか大人になっちまったんだなぁ…」 はい〜? 「茅野っ」 「はい〜」 「いいかっ、羽野を泣かせたらただじゃすまないからなっ」 ちょっと待った! な、何で俺が茅野に泣かされなくっちゃなんないんだっ。 「もちろんです。正真正銘の相思相愛で、どうして俺が羽野を泣かせるもんですか」 へ? 何の話だ? 「あ、悦楽の涙…ってのは別ですよね、先輩」 茅野が挑発的な声色で先輩に言った。 …………………………おい。 いくら鈍い俺でも、もうわかったぞ…。 「くっそう〜。羽野〜、茅野に壊されそうになったらいつでも俺たちの部屋に来いよ〜」 「そうそう、俺たちの方が絶対優しいし、テクも上だぜ〜」 ……………………………………………………やっぱり。 「先輩っ、俺はっ…んぐっ!」 慌てて誤解を解こうとした俺は、いきなり口を塞がれて、言わなきゃならない一番大切な一言を飲み込んでしまった。 「では先輩方、失礼します。2人の夜は短いので」 いうなり茅野は俺の口を塞いだまま、腰までがっちりと抱いて、ずるずると引きずり始めた。 こらっ、離せっ、茅野のばかやろ〜! 俺はっ、俺はっ、善良な鉄道少年(ノーマルともいう)なんだぁぁぁ!!! |
がんばれ、羽野くんv
もちろん『朝まで』(笑)
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