羽野くんの管弦楽部観察日記 12
〜100万記念 Special Edition?〜
茅野くんのコクハク?
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「おーい、羽野〜。行くぞ〜!!」 「…お〜」 「なんだよ、そのシケた返事は」 日曜日。 たとえ朝飯を抜いてでも、ちょっとでも長く寝ていたい俺にとって、茅野のやたらと元気な様子はちょっとばかり、ムカツク。 …ま、ほんのちょっと、だけど。 「ほら、ぐずぐずしてると順番待ちになっちまうぞ」 「んなことねぇって。誰が日曜日の朝7時なんかに好きこのんで洗濯なんかするかよぉ」 「何言ってんだよ。今日は夕方から天気が崩れるって予報だぜ。洗濯をパリッと乾かすには朝一番の洗濯がベストだ!」 やたらと力説する茅野に、俺は洗濯物の入った袋と一緒くたに引きずられて部屋を後にする。 寮生活も5年目。 はっきりいって、ここは結構快適だ。 だって、飯は美味いし冷暖房は完備。風呂も広いし、万一入り損ねても部屋にシャワーがあるし、正直言って、口うるさいお袋がいない分、自宅にいるより楽かもしれない。 …けれど、たった一つ、俺の心を塞ぐモノが…。 それは………洗濯だ! もちろん寮にはちゃんと洗濯室が完備されている。 正式には「ランドリールーム」って横文字がついてるんだけど、誰もそんな風には呼ばない。洗濯機があるから「洗濯室」。 かなり広くて、しかも屋上の風通しのいいところにあるから洗濯機回しながら昼寝しちゃってるヤツまでいる。俺はごめんだけどな。 そうそう、生徒の中にはここへ入学してから一度もこの「洗濯室」へ来たことがないっていう強者もいる。 男子校ならでは…なんて言いたくないんだけど、帰省するまでため込んじまうってヤツら。 はっきり言って、そんなヤツらの部屋には行きたくない。だって、メタンガスが溜まってそうだもんな。 まあ、このおぼっちゃま学校の中ではそんなヤツは少数派ではあるけれど。 反対に、結構いるのが『洗濯物は週に一度、宅急便で自宅に送る』っていう、とんでもない箱入りのおぼっちゃまたちだ。 俺の身近なヤツでは…麻生なんかそのクチだよな。 でも、だいたいみんな自分でやってる…っていうか、それが当たり前だよな…。 ……当たり前なのはわかってるけど、俺は洗濯が大嫌い。 まあ男子中高生で『洗濯好き〜!』なんてヤツはそうそう……… 「今日は新発売の柔軟剤を試してみようなっ」 …ここにいた。 「ほらこれ。今までにないクリアタイプの柔軟仕上げ剤だぜ」 茅野の手には、掌にすっぽり乗るミニボトルが…。 「お前、これどうしたんだよ……」 「この前、駅前のスーパーで試供品もらったんだ。ほら、派手にCMやってるから気になってさ〜」 …おい。男子高校生がいったいどの面下げて『柔軟仕上げ剤の試供品』に手を出したってんだよ…。 「お。結構いい匂いじゃんか」 フタを外したボトルに鼻を近づけて、幸せそうに茅野が言う。 はっきり言ってつき合ってられない。俺は俺で勝手に洗濯を…。 「あっ、おいっ、羽野っ、何やってんだよっ」 「何って、洗濯に決まってるだろ」 って、だいたい茅野の言いたいことはわかってるんだ。 「お前な〜、こんな洗濯日和に乾燥機つきなんて使うなよっ」 ほらな。思った通りだ。 ここには普通の洗濯機と「乾燥機つき洗濯機」がある。 正確に言うと『乾燥機能付き洗濯機』だけどな。 もちろん、ものぐさな男子学生には圧倒的に「乾燥機つき」が人気で、土日は順番待ちになるんだ。 俺ももちろん乾燥機までやってくれる方が手間ナシだし、今日は茅野のせいで早起きさせられちまったから、こうして順番待ちもなくおおっぴらに使え……。 「あっ、こらっ」 茅野は「乾燥機つき洗濯機」に手を突っ込んで、俺の洗濯物をあっという間に「ただの洗濯機」に移し替えていく。 「何すんだよ〜!」 「あのな、羽野。洗濯物は天日干しに限るんだっ。乾燥機に頼るのは梅雨時だけっ」 …チョー変なヤツ。 お袋が言うんならわかるけどさ、これが男子学生のセリフかよぉ…。 おまけに『太陽の恵み万歳』なんて、マジでいってやがるし…。 「な、羽野。面倒なんだったら俺が干してやるから」 え? マジ? 「その代わり、干し終わるまでつきあえよ。先に部屋に帰って寝直すとか、許さねぇからな」 …げ。バレてら。 観念した俺を見て、茅野はまたご機嫌で作業を再開したんだけど…。 「あ、これ、このまま洗濯機に放り込むなよ」 「え? 何がだよ」 茅野に指摘されて見てみれば、それはつい先月採用されたばかりの新しい制服――ベスト、だった。 「だってさ、これ「洗濯機洗いOK」って言ってたじゃん」 「あのな、それでもネットにいれると全然生地の傷みが違うんだぞ」 「ネット〜?」 「おう、これだ」 得意げに茅野が取り出したのは、白くて立体縫製になっている、まさしく『ネット』だった。 おまけに、ピンク色のボトルまで出てきた。 その名も『ア☆ロン』。 「な、なんだよ、それ」 「『お洒落着洗い』だ」 目が点になっちまう俺。 「ほら、俺のと一緒に別洗いしてやるから」 そういうと、さっさと俺のベストと自分のベストを一緒にネットに入れて、また別の洗濯機に放り込んだ。 「朝早いと2台同時に使えていいよな」 …その早朝洗濯につき合わされる俺はたまったもんじゃないけどな。 「それにしても…」 水が溜まり始めた洗濯機を覗きながら茅野が言う。 「これって帰省した時、要注意だよな」 これってのはベストの事か? 「なんでだよ」 「だってさ、ドライクリーニングだったらバレねぇけど、アク☆ンで手洗いなんかされてみろよ」 なんだ? 話が見えねぇぞ。 「ほら、『聖』の字のワッペンの下から、濡れてよれよれになった紙がでてきて…」 あ? それってもしかして、今流行の妙な「おまじない」のことか? (超SS『制服』参照〜!) 「そこに『葵』とか『珠生』なんていう性別不明の名前が出てきたらいいけどさ、どうみても男にしか見えない名前なんて書いてあってら…」 「茅野…まさかお前、誰かの名前入れてんじゃねぇだろうな」 思わず低い声になっちまう俺。 「…ん? もしかして妬いてる?」 はぃぃぃ〜!? 「だっ、誰が妬くかっ」 お前がそんな不気味なことしてるのかって、心配になっただけだっ。 「心配するなって、俺がこの胸に納めてるのはお前の名前だけだからさ」 ひ、ひぇぇぇ〜! 俺は青ざめて、慌てて洗濯機を覗く。 「おいおい、洗濯するときには抜いてあるに決まってるだろ」 「おっ、お前、まさかマジ?」 思わず後ずさる俺。 「さぁね」 ニヤッと笑った茅野は、そのまま俺に背を向けるとホワイトボードに向かった。 そこには洗濯機の番号が書かれていて、その横に、使用中の生徒の部屋番号と名前、それとを書いておくようになっている。 そうしないと、入れっぱなしで忘れるヤツがしょっちゅうだから。 「あれ? 先客いたのか。早いな〜」 茅野の声に、俺も振り返り、ペンで書かれているのをよく見ると。 「うわ、悟先輩だ。しかも朝6時!」 うう〜ん、さすが悟先輩というか何というか…。 「でもさ、名前消してないってことは、まだ取りに来てないってことだよな」 「そうだな。ま、乾燥機つきの方だから問題はないけどさ」 って、いいながらも、茅野は『悟先輩にはぜひ天日干しを実施してほしいよな〜』なんて、ぶつぶつ言ってやがる。 そういえば、昇先輩って最近ここで見かけないな。 なんでだろ? あの人賑やかだから、こういう場所で出会えると退屈しなくていいんだけどな。 …まさか宅急便で実家送り、とか。 でも、それは許されねぇよな。悟先輩がちゃんとこうやって自力で洗濯してるのにさ。 あ、ちなみに守先輩は自分でやってない。 親衛隊の中にちゃんと『お洗濯当番』ってのがあるらしいんだ。 競争率激しいって、ヴァイオリンパートの中3が言ってたっけ。 さすが、天性のジゴロだぜ。 「さて、出来上がりまでの間、健康的に朝の日光浴と行こうぜ」 「ええ〜? 部屋に戻って寝ようってば」 「バカ言え、ほんの20分ほどじゃないか。日光浴だっ」 …ったく、呆れるほど健全なやつだぜ。 腕を取られて、俺は渋々屋上に出る。 …ま、さすがに朝日は気持ちいいし、風もそこそこで気持ちいいし。 まだ誰の洗濯物もはためいていない屋上の、あっちこっちに点在しているベンチの一つに腰かけて大きく伸びをする。 …たまにはこんなのもいいかもな。 それからしばらく、二人してぼんやりしていると…。 洗濯室の方で気配がした。誰か来たのかな? もしかして悟先輩が取りに来たのかも…。 なんとなくそう思ったとき、開け放されている洗濯室のドアからひょこっと顔を出したのはなんと、奈月だった。 「あれ? お隣さんだ。おはよー。早いね」 起き抜けか。声が少し掠れていて妙に色っぽい。 「はよー。奈月こそ早いじゃん」 俺たちがそんな声を返すと、奈月はなんだかちょっと目を泳がせて、『まあね』と曖昧に言った。 奈月が来たってことは、浅井も一緒かな? けど、浅井は顔を出さなくて…。 話をしている気配もないところをみると、一人か。珍しいな。 奈月はしばらくごそごそしていたようだけど、そのうちまたひょこっと顔だけ出して『お先に〜』と言って行ってしまった。 「お先にってことは、奈月のヤツも乾燥機つきだな…ったく、どいつもこいつも」 隣で茅野が不服そうに呟く。 あのな、ふつーはそうなんだ、ふつーは。 「お。できたな」 奈月が去ってすぐ、『洗濯終了』のブザーが鳴り、茅野が立ち上がった。 「ほら、行くぞ」 「え? お前が干してくれるんじゃねぇのかよ」 「あのな、かごに移し替えるくらい手伝え」 「…ちぇ〜」 渋々立ち上がって、茅野の後に続く。 「え? あれ?」 先に部屋に入った茅野が変な声を上げた。 「おい、悟先輩っていつの間に来たんだ?」 悟先輩? 何のことだ。 みると、茅野が俺たちの名前を消そうとしたんだろう。ホワイトボードを見つめてた。 「先輩の名前、消えてる」 「ほんとだ」 確かにそんな気配はなかった。 だって俺たち、かなり近くのベンチにいたし、ドアも開いてたから中の様子は聞こえてたし。 「奈月しか来てないよな」 確認するように茅野が言う。 「うん、奈月しか来てないはず」 「…って、おい。奈月の名前、ないぞ」 ホワイトボードには、俺たちの名前しかない。 見渡しても、どの洗濯機も全部蓋が開いてる。 そう、俺たちが使ってるの以外、どれも使用してないってことだ。 「奈月のヤツ、何しに来たんだ?」 「…そんなこと、俺に聞いたって…」 顔を見合わせる俺たち。 ポツンと茅野が言った。 「まさか、先輩の洗濯物取りに来た…とか」 「……奈月が? 悟先輩の? 何で?」 「何で…って」 またしても見つめ合ってしまう俺たち。 そして、またしても茅野が言う。 「…もしかして、俺たちって騙されてるんじゃないか?」 「誰に? 何を?」 俺の質問に、茅野が深刻そうに眉を寄せた。 「悟先輩と奈月って、もしかしたらデキてるのかも…」 はい〜? 「何だよ、それ。今さら『悟先輩』なんて話はないだろ〜」 奈月は浅井とデキてるってのが、もはやこの学校の定説のはず。 実際あの二人はいつ見ても一緒だし。…って、さっきは一緒じゃなかったけどな…。 「だからさぁ、その『今さら』ってのが落とし穴なんじゃないかって」 やけに真面目な顔で茅野が言う。 「学校中の誰もが『浅井と奈月はデキている』と思いこんでる。実はそれが隠れ蓑で、真実は『悟先輩と奈月がデキている』…とか」 「ってことは、浅井はカモフラージュだってことか?」 「そうなるよな」 ふーん。 でも、やっぱりそれは不自然だと思うな、俺は。 だってさ…。 「そりゃ、推理としては面白いけどさ、動機は? もしお前の言うとおり、実は『悟先輩と奈月がデキていて、それを隠すために浅井がいる』としても…だ。どうして悟先輩とつき合ってることを隠さなきゃなんねぇんだ?」 ……まあ、『男同士でつき合ってる』なんて言ったら普通は隠すもんかも知れねぇけど、このガッコじゃ今さらそんな野暮言うヤツいないし。 まして、悟先輩に奈月だ。見た目もお似合いってヤツじゃん。 俺の説に説得力があったと見えて、茅野は『うーん』と唸って腕を組んだ。 「動機と言われたらなぁ…。確かに隠さなきゃならない理由はない」 「だろ? まあ、俺みたいのが悟先輩とつき合ってる…なんて言ったら、身の程知らずって叩かれるかも知れないけど、奈月だったら誰も文句言えねぇだろ」 何の気ナシにそう言ったら、茅野がサッと顔色を変えた。 「あのなっ」 「なに?」 何だよ、その剣幕は。もともと話を振ってきたのはお前だぞ。 「冗談でもそんなこと言うなよっ」 「だから、何がだよ」 「…だってさ、お前が『悟先輩とつき合う』なんて言うから」 なんだとぉぉ? ガキみたいに口尖らせて何を言うのかと思ったら…。 だいたい『つき合う』なんて一言も言ってねぇじゃん。 呆れて次の言葉が出ない俺に、茅野は妙に引き締まった表情をして、言った。 「お前には俺がいるじゃないか」 …………。 「お前がジタバタと往生際が悪いのも、ちゃんと我慢してるじゃないか」 ………………。 「…そんなに嫌ならさぁ、俺が下ならOKか?」 ……………………なんだそりゃ。 「……下ってなんだよ」 何か、嫌な予感がする。 「ヨメになってやるってことさ。お前、家事とか苦手そうだし」 ……………………ヨ……………………メ? ……なにそれ。 コメの親戚? …………食えるの? 「まあ、サイズ的にも外見的にもお前がヨメの方が見栄えはいいし、俺も抱かれるよりは抱く方がずっとずっといいんだけどな」 ……ヨメ…って、抱く…って、抱かれる…って……………………。 みっ、みっ、みっ…見栄えの問題じゃねぇーーーーーーーーーーー! おっ、俺はノーマルなんだぁぁぁぁぁぁぁっ! |
END |
よかったね、葵。話題がそれたよ(笑)
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