羽野くんの管弦楽部観察日記 13

〜2004年新春お年玉 Edition〜





 聖陵学院の新年は8日に始まる。

 ちなみにいきなり平常授業だ。
 始業式はない。

 聖陵はちょっと変わったシステムで、12月上旬…2学期の期末が終わった次の日から3学期が始まるんだ。

 で、3学期が2週間足らずあって、冬休みに突入。
 つまり、年明けは、中断されていた3学期が再開されただけ…のことなんだ。
 だから始業式もなくて、いきなりの平常授業ってわけだ。

 ってことで、俺たち寮生は、少なくとも前日の閉門時間までには入寮してないといけない。

 遠方(海外組も何人かいる)から戻ってくるヤツや、雪の多い地方から帰ってくるヤツらは交通事情に左右されやすいから、1〜2日余裕を持って帰ってくる。

 だから、寮は5日から開いてるんだ。

 俺? 俺はもちろん『都内組』だから、前日入寮…のはずだったんだけど。

 

 帰省中の自宅に電話がかかってきたのは、4日の夜。
 ニューヨークからの国際電話で、相手はルームメイトの茅野剛。

 茅野の親父さんは大手商社のニューヨーク支社長で、家族はみんなニューヨークに行っちゃってる。
 
 で、茅野ときたら薄情なヤツで、長期休暇でも滅多に家族の元へは行かないんだ。

 だいたい静岡に住んでる母方のお祖母さんのところへ居着いてて、たまに俺のうちに泊まりに来たり…って感じで。

 そんな茅野がこの正月に限ってニューヨークに行っていたのには訳がある。


 俺たち管弦楽部は、年末に演奏旅行に行っていた。

 で、日本在住組は一旦全員で成田へ戻ってから解散って決められていたんだけど、帰省先が『海外組』は保護者が迎えに来ることを条件に、現地解散が認められていたんだ。

 茅野は今回の正月も日本で過ごすつもりだったらしく、俺たちと一緒に帰ることになってたんだけど、演奏会場にいきなりお母さんが現れて、本番終了後、文句垂れまくりの茅野を拉致してニューヨークへ帰ってしまったんだ。

 あ、俺たちアメリカに行ってたわけじゃないんだぞ。
 だから、いきなり海を越えて現れたお母さんに、茅野も相当驚いてた。
 
 でも、光安先生は全然驚いてなかったから、きっと先生には連絡がいってたんだろう。

 って訳で、茅野は――本人にしてみればめっちゃ不服だったらしいんだけど――ニューヨークで新年を過ごし、そこから俺に電話をかけてきたってわけだ。

 そうそう、俺のお袋なんか、長期休暇中には必ず一度は現れる茅野が今回はこなかったものだから、『幸喜っ、あなた茅野くんを苛めたりしたんじゃないでしょうね』…なんて言い出す始末。

 どっちかってーと、苛められてるのは俺だよな。
 二人部屋になってから、笑えねぇセクハラも一段と酷くなってきたしさ。
 


 で、茅野の用事は何だったかってーと、『お前も一日早く入寮しろ』…なんて、とんでもないものだったんだ。

 
 万一飛行機がキャンセルになったり遅れたりしたらいけないからって、一日早く――6日に入寮するスケジュールで帰ってくる…ってのはいい心がけだと思う。

 でも、何で俺がそれにつき合わなきゃなんねえんだっ? あ?

 思わず電話口でそれ言っちまったら、横からお袋のヤツ、受話器を取り上げやがった。

 でもって、『茅野くん〜、いつもありがとうね〜。ええ、もちろん一日早く行かせるから、今年も幸喜のこと、よろしくね〜』…なんて、勝手に言いやがんの。

 でもさ、お袋に『向こう3ヶ月間、お小遣い増額』とか言われて『はい、行かせていただきます』とか即答しちまう俺も、俺だよな…。


 結局茅野が俺に『一日早く来い』って言い出したのは、自分が先に入寮して、例え一晩であろうと一人で寝るのが寂しい…ってことらしい。

 っとに、お前いったいいくつだよ。ったくもう。



                     



 ってことで。
 不本意ながら、俺は6日の朝に自宅を追い出され、昼前には寮に戻った。
 
 最初に迎えてくれた守衛さんには『おや、羽野くんは都内なのに珍しいね』って言われ、次に出会った食堂のおばちゃんには『あれ? どうしたんだい? もしかして、家追い出されたのかい?』って言われ…。

 ま、追い出されたに等しいから、素直に『まあ、そんなとこです』って返事したら、『可哀相に』って『ぜんざい』の差し入れもらっちまった。
 
『可哀相に』って口では言ってる割りに、おばちゃんの顔が笑いを堪えてたのはちょっと気になるけどさ。

 ま、悪いことばっかじゃないな。
 
 
 部屋に帰ってもこれと言ってやることないし――茅野がいないのに一人で模型いじっててもつまんないしさ――俺は暖かい食堂でまったりくつろいでいた。

 そうしたら…。

「え? 羽野? 早いじゃん」

 管弦楽部の同級生で、『遠方組』が数人帰って来た。

「おう。茅野のバカに呼び出されたんだ。自分が今日戻るからって、何で俺まで巻きぞいくわなきゃなんねぇんだよな」

「そりゃお前、一日も早く愛しい羽野と再会したいっていう、茅野の恋心だろーが」

 はいぃぃぃ?

「なんだよ、それ」

「茅野も純愛のやつだよなー」
「ほんとほんと」
「羽野もこんなに愛されて幸せだろーが」

 おい、ちょっと待てっ。
 いつの間にそんな話にっ。

「あ、羽野、お前甘いものいけるよな」

 いきなり話を変えるなってっ。

「めっちゃ美味いチョコレート買ってきたんだ〜」
「おっ、さすがベルギー帰り」

 だからっ、俺に反論させろって!

「んあっ」

 おいっ、いきなりチョコ放り込むって…。

 ……お。

「めっちゃ美味い」

「だろ?」
「どれどれ」
「ほんとだー、めっちゃうまい〜」
「中に入ってるのなんだ?」
「おう。最高級のレーズンを、これまた最高級のラム酒にじっくり漬け込んだってヤツだ」
「へー、めっちゃいい香り」
「だけどさ、これ相当アルコール分キツイよな」
「確か、3粒でビール1本分くらいあったな」
「ふーん。じゃあ、これ食って運転したら飲酒運転か?」
「そうなるな。だから、アルコールに弱いヤツにはすすめるな…って親父にもきつく言われてきた」
「おい、羽野。お前ってめっちゃ弱そうだけど大丈夫か?」

「俺? 普通だよ。別に強かねえけど、弱いわけでもない」

「そっか、じゃあ安心だよな」

 な〜んて、俺は『その前の話題』が何だったか…なんてこともすっかり忘れて、同級生たちと美味しいチョコを堪能していたんだけど…。



「あれー? みんな早い〜」

 可愛い声がして、振り向いてみればそこには…。

 奈月だっ!

「「「おおっ、葵〜!」」」
 
 学院一のアイドル登場に、みんなも一斉にどよめく。

「葵、早いじゃないか」
「うん、ちょっといろいろあって」

 言葉を濁す奈月。
 けれどにっこりと微笑まれてしまえば、もう野郎どもに返す言葉はない。

「あれ? 浅井は?」

「祐介は明日だと思うけど」

「なんだ。ラブラブ待ち合わせ入寮じゃねえのか」
「あっはっは、そりゃ、羽野と茅野だろーが」

 …おいっ!
 思い出したぞっ、その話、ここできっちりケリをつけさせて…、

「あ! チョコレートだー!」

 奈月の目がハートになった。
 めっちゃ可愛い。

「おう、めっちゃ美味いぞ、食えっ」
「わーい! いっただっきまーす!」

 って、大丈夫か?

「おいっ。それすっごくアルコールきついけど、大丈夫か?」

 そう、それ。
 奈月ってなんかいかにもアルコールに弱そうな気が…。

「うん、ちょっとくらいなら平気だよ」

 …まあ、一口くらいなら平気か。一応お菓子だもんな。

「でもさ、酔っぱらって目がとろんとした葵も可愛いかもな」
「あはは、やだなぁ、もう」

 笑いながら、奈月は一個、ポンと口に放り込んだ。

「うわー! めちゃくちゃ美味しいっ」
「だろー?」
「ねえ、もう一個もらってもいい?」
「おう、たくさん食え」
「わーい!」
「心配するな。酔っぱらっちまっても俺たちがちゃんと介抱してやるからな」

 …おい。お前ら、魂胆見え見えだぞ。
 浅井に殺されても知らないからな。

「うん、お願いだよ」

 奈月はそんなオオカミどもの『限りなく邪な親切』に気づきもせずに、ニコニコと嬉しそうにチョコを食べて…。



 あれ? そういや俺、何の話が引っかかってたんだっけ?
 んー? なんだかグルグルしてきた…。


「…あれっ? 羽野くんっ?」

 奈月の声が、遠い…。

「おいっ、羽野っ、大丈…

 みんなの声も、だんだん……。



                     



「大丈夫? 羽野くん」

 耳元で心地よい声がした。

 ぼんやり目を開けてみると、あたりはすでに薄暗い…。

「あ…れ? なづき?」
「うん、僕だよ。気分悪くない?」

 ええと…。

「うん、大丈夫みたいだけど…」

 俺、どうしたんだ?
 ここは、どこだ?

 造りは同じだけど、俺の部屋とは空気が違うような気が…。
 もしかして、奈月の部屋?


「よかった。じゃあ、お水飲もうね。そしたらもっとすっきりするよ」

 奈月に抱き起こされて、俺はそこで初めてベッドにいることに気づいた。

「俺、どうしたんだっけ?」

 奈月が差し出してくれるペットボトルを受け取りながら聞いてみた。

「あのチョコ、かなりアルコールきつかったからね」

 ってことは、俺、酔ったってこと?
 ひえ〜、情けねえ…。

「奈月は? 大丈夫だったのか?」

 俺がひっくり返るくらいだから…。

「うん、僕は全然平気だよ。ここだけの話、実はまったく酔わない体質なんだ」

 え…。

「マジ?」
「うん。燃料用アルコール以外、何でもOK」
「あっはっは、それ、可笑しい」
「へへっ」
 
 奈月の冗談に、俺の元気が急速に戻ってくる。

 …そういえば。

「他のヤツらはっ?」
「うん、心配ないよ。みんな大丈夫。羽野くんのこと、心配してたよ。それに、ちょうど食堂のおばちゃんたちも忙しい時間帯に入ってて、大人の目撃者は一人もいないから、そっちの心配もないよ」

 俺の心配の先回りをしてくれる奈月。

 うん、俺、それが気になったんだ。
 俺がひっくりかえっちまったせいで、誰かが『処分』なんて事態になったら申し訳ないし。

「みんな、心配してるクセに、ピンク色のほっぺして寝てる羽野くんを見て、『かわい〜』とか言ってたよ」

 はぁ?

「ほんとに、このガッコ、ケダモノ多くて笑っちゃうよね」

 ニッコリ笑う奈月に俺はなんだかすごくホッとして…。

 んー、でもなんか忘れてるような…。


「そうそう、茅野くんだけど」

 そうだ。茅野のヤツ、夕方までには帰ってくるって言ってたはず。

「ニューヨークが大雪で飛行機遅れてるらしいよ」
「え〜?」

 あのヤロー、人を呼びだしておいて…。

「今晩は僕も一人だから、羽野くん、一緒に寝ない?」

 え? 奈月と?

「あ、うん、俺で良ければ」
「わーい。ありがと。僕、一度じっくり羽野くんと話してみたかったんだ〜」

 茅野が帰ってこないことにはむかつくけれど、思いもかけなかった『お楽しみ』がついてきたから、ま、今回に限り勘弁してやるか。


 そして、冬の長い夜を、俺と奈月は一つのベッドの中で、ずっと語り明かした。

 音楽のこと、学校のこと、部活のこと、友達のこと、そして…将来の夢。

 奈月が入学してきて以来、ずっと仲良くはしてきたけれど、こんなにも深く、いろんなことを話すことができて、俺はすっごく幸せな気分で、夜も明けようかという頃に、漸く寝付いたんだ…。



                     



 そして、そんな俺たちを起こしたのは、早朝、開門と同時に帰ってきたヤツ…茅野だった。

 ノックの音に先に気がついたのは奈月で、ドアを開けてみれば、焦った茅野の声が飛び込んできた。


「あれ? お帰り茅野くん」
「奈月っ、羽野、知らないかっ?」
「羽野くんなら僕のベッドで寝てるよ」
「なっ、奈月のベッドでっ?」

 遠慮なく部屋に押し入ってきた茅野は俺をみるなり、低く唸った。

「羽野〜」

「…なっ、なんだよっ」

「俺がいない間に浮気とはいい度胸だな」

 はい〜? 俺と奈月でいったい何が起こるってんだよ〜っ!
 いや、それ以前に俺はノーマルだっつーの。


「きゃはは〜」

 そして、浅井のベッドに突っ伏して可愛い声で笑い出したのは、奈月。

「やだなあ、茅野くん。僕と羽野くんじゃどうにもならないと思うけど」

 おいっ、だからそう言う問題じゃなくて。

「うーん、そりゃまあそうだけど」

 こらっ、茅野もあっさり納得してんじゃねぇっ。

「昨夜はお互い一人だったんだ。せっかくのチャンスだからいろいろ話してたんだよね、羽野くん」

 にっこり笑って首を傾げる奈月に、俺は必死で頷く。
 
 そんな俺たちの様子に茅野はすっかり納得したのか、漸く身体の力を抜いた様子で、奈月の隣――つまり浅井のベッド――にどすんと腰を下ろした。

「ったく、部屋に直行してみればもぬけの殻。俺のいない間に誰かの部屋に引きずりこまれたんじゃないかって、心臓が潰れそうだったんぞ、俺」

 …そんなこと言ったって。

「お前がちゃんと帰ってこないからイケナイんじゃないか」


「………」


 え? 俺としては精一杯悪態をついたつもりだったんだけど…。
 何で茅野の目はカマボコ型になってるんだっ?
 お、おいっ、奈月まで、なんだっ、その意味深な微笑みは…っ。

「…羽野…、寂しかったんだ? 俺がいなくて」

 はい〜?

「じゃあ、早速寂しくないように可愛がってやろうな〜」
「良かったね、羽野くん」

 まてっ、奈月っ。ニコニコしながら俺を見捨てる気かっ!

「邪魔したな、奈月」
「どういたしまして。茅野くん、がんばってね」
「おう、任せとけって」


 いっ、いやだ〜!!
 だからっ、俺はっ、ノーマルなんだぁぁぁぁ〜!



〜羽野くんの嘆き〜



 そうだっ、聞いてくれよっ。
 お袋が約束した『向こう3ヶ月間、お小遣い増額』ってヤツっ。
 いくらだったと思うっ?

 月500円だぜっ!
 きつねうどん2回食ったらおしまいじゃねーかっ!

 くっそぅ〜。
 絶対俺の世話が面倒になって、早く追い出したかったに違いないっ。

 グレてやる〜っ!!


 え? 俺がその後どうなったかって?

 だからっ、俺はノーマルだって言ってるだろーがっ!


END

 

(2004.1.2UP)


今年も前途多難な羽野くんでした(笑)
さて、その後、葵と祐介の308号室では…。(2004.2.1追加UP)


☆ .。.:*・゜




「でもさ、茅野じゃないけど、葵も一日早く戻るんだったら言ってくれればよかったのに」

 7日の昼前のこと。
 これから入寮もピークという頃、祐介が寮へと戻ってきた。

 僕が『前の日に戻っている』ってことを知らせていなくて、しかもパジャマのままでまだベッドの中にいたりしたものだから、祐介に『具合でも悪いのか』…って慌てさせちゃったんだけど、実際のところは羽野くんと明け方まで話し込んでいたために、二度寝をしちゃっただけのことなんだ。


「うん。連絡しようかな〜って思ったんだけど、なんかバタバタしてるうちに6日になっちゃったから、まあいいかと思って」

「葵はてっきり今夜ぎりぎりの入寮だと思ってたからな…」

 ぬかったな…なんていいながら、祐介は着替えを終えて、ベッドに腰かけた。


「で、羽野はもう大丈夫なわけ?」

「うん。酔ったっていっても、一気に食べたから、急にまわっちゃっただけのことだと思うよ。お菓子だっていう油断もあったと思うしね」

「そんなにすごいチョコレートだったのか?」

「そうだね、確かに1個あたりのアルコール量は、日本のチョコの比じゃなかったかも。そうだ、祐介も食べてごらんよ」

「え? まだあるのか?」

「うんっ、ほらっ。二箱ももらっちゃったんだ〜」

 僕がチョコ好きなのは、結構みんなの知るところらしくて、わざわざ僕用に…って二箱も買ってきてくれてたんだ。

「一箱いくつ入りだ?」
「んーと、18個」
「3粒でビール一本分のアルコールって言ったっけ?」
「うん、そうらしいね」
「…ってことは、二箱でビール12本分?!」

 祐介が目を丸くする。

「そういうことだね」
「葵、いくらチョコ好きでこれが美味しいからって、一気に食べちゃダメだぞ」
「え? どうして?」
「酔っぱらっちまうだろ?」
「大丈夫だよ〜、これぐらい。第一、この部屋の中だったら酔っぱらっちゃったところでどうってことないじゃん」

 そもそも酔うはずないけどね。

「そりゃまあそうだけど…」
「それより、祐介こそ大丈夫?さやかさんとお母さんは底なしだったけど、お父さんはそうでもなさそうだったし…」

 僕は今までに何回も浅井家にお邪魔してるんだけど、その度にさやかさんとお母さんの底なし振りにはびっくりさせられてる。まあ、僕ほどじゃなさそうだけど。

 あ、もちろん僕は浅井家では――浅井家だけでなくて、自宅以外ではどこでも――、一滴も飲まない。

 別に『飲めません』と宣言してるわけじゃなくて、勧められても『僕、ジュースの方が…』って語尾を濁すだけで、みんな『そうね、葵くんはまだ未成年だものね』ってあっさり納得してくれる。
 じゃあ、最初に勧めたのは何? …って聞きたいところなんだけど。

 まあ、僕としても、そこら中で正体を晒すつもりはないから、大人になるまではこの手でいこうと思ってる。


「そうだな、その底なし母子からは『まあまあいける口なんじゃない』って言われてるけど。まあ、限界に挑戦したことがあるわけじゃないから、実際どこまで大丈夫かなんてまだわかんないけどさ」

 普通はそうだよね。うん。

「ま、しょせんお菓子だからね。とりあえず食べてごらんよ。めちゃくちゃ美味しいから」

 ふーん…なんて言いながら、祐介はチョコを一つつまんで口に入れた。

「あ、ホントだ。おいしい…」
「でしょ?」
「でも確かに、アルコールきつい」
「でしょ〜」
「もう一個もらっていい?」
「もちろん、いくつでも」


 このチョコ、何がクセモノって、チョコ自体がそもそも美味しいんだ。

 そこへ持ってきて、ラム酒の香りとレーズンの歯触りが何とも言えず具合が良くって、ついつい手が伸びてしま…。

 …あれ? 祐介? どしたの?
 …まだ5粒目だよ?


                   ☆ .。.:*・゜


『ほら、葵、食べ過ぎちゃダメだって』

 僕の前には目をとろんと潤ませた葵がちょこんと座っている。

『…え〜、だいじょおぶだよぉ〜。ほらぁ、ゆーすけもたべようよぉ〜』

 その口調が、今まで聞いたことのないほど舌足らずになっているのはやっぱりアルコールのせい?

『葵…もう酔っぱらっちゃってる? まだ5粒目だよ?』

 葵の隣に移動してその顔を覗き込んでみれば、葵はくすぐったそうに身を捩って『うふふ』と可愛い笑いを漏らす。

『やだなあもお〜。ぼくぅ、よってなんかないよぉ』

 そうは言うけれど、ほっぺはピンクで息は熱いよ?

 葵はその細い指先でチョコを摘むと、こっちをふわっと見上げてきた。

『はい、ゆーすけ、あーんしてぇ〜』

 口元にチョコが差し出される。

『え? 恥ずかしいよ』

 言うと、葵は紅く染まった唇を小さく尖らせて肩を大げさに揺すって見せた。

『やだー。ゆーすけ、あーんしてってばー』

 まったく無防備な、天使の微笑みでねだられて、僕は『仕方ないなぁ』と――心にもないことだけど――呟いて、口を開けた。

『あー……



                   ☆ .。.:*・゜


「お〜い、ゆうすけ〜、おきろー」

 いきなり葵に揺すられて、僕はふと我に返った。

「…へ?」
「へ? じゃないよ。まさか5粒で酔っぱらった?」
「まさか。これくらいで酔っぱらうわけないじゃんか」

 確かにアルコールはきついけど、酔うようなレベルじゃない。

「…んじゃ、何をぼーっとしてたわけ?」

 ええと。

「え、別になんにも…」

 ……何となく、ぼんやりしてただけでさ…。

「なんだか幸せそうな顔してたけど」

 だって、あと少しで『あーん』…な〜んて……。

「それより葵はなんともないわけ?」
「何が」
「だって、見てる間に一箱空いてるじゃないか」

 オソロシイ勢いで消費してる。一箱18粒入りだから、僕が5つ食べてあと…13!

 ビール4本強のアルコールじゃないか。
 それをこの数分で食べてしまったってことは、普通の高校生なら例え酔っぱらわなかったとしても、ちょっとふわふわしたり、クラクラしたりはするはずで。
 それに、少なくとも頬が赤くなったりはするだろう。特に葵は色白だし。

 けれど…。

「だって、これ、チョコだよ」

 葵はいつもとまったく変わらない様子でにっこりと笑った。

 でも、いっきに13個だぞ…。

「もしかして、葵って…」
「ん?」
「めっちゃ強いとか」

 恐る恐る聞いてみれば、こんな答が返ってきた。

「ま、普通…かな?」

 葵の『普通』がかなり『普通』でないことは、2年に近いつき合いでよーくわかっている。

「これも開けちゃおうかな〜。でもやっぱり明日のお楽しみに取っておこうかな〜」

 未開封のもう一箱を幸せそうに眺めている葵の微笑みは相変わらず天使のようだけれど、その背後に、純白の羽ではなくて、黒くて先の尖ったシッポが揺れてるように見えたのは、気のせいだろうか…。 


                     End



☆ .。.:*・゜
 


 年末年始に掛けて実施させていただきました「君愛2〜Op.1」終了アンケートの中に『どんな内容のお話を読んでみたいですか?』と言うのがあったのですが、「羽野くん13」UP後にこんなお答えをいただきました。

 報われないのがかわいそうで「酔って祐介くんと葵くんが…」
 なんていいなぁって思ってたんですけど
 葵くんがあんなにお酒に強いんじゃだめですね…。


 いや〜(^^ゞ 葵ってば、期待を裏切る受け子ですみません(笑)
 で、あまりに祐介が不憫なので、ちょっといい目を見せてやろうかと書き始めたのが『その後の308号室』だったのですが、祐介クン、ちっともいい目を見ていないような気がするのは私の錯覚でしょうか(笑)
 お粗末でした〜v

バックで戻ってねv