羽野くんの管弦楽部観察日記 15

〜激突! 球技大会!〜





 春、4月。
 高2に進級した俺たちも、いよいよ聖陵生活も5年目のベテランだ…っていっても、中等部から数えて…だけどな。

 新学年の始まりは、そんなに変わるところはないんだけど、聖陵ってのは結構他校と違うシステムを導入してる学校で、まず2学期の終業式がなくて、2学期終了の翌日から3学期に突入して、冬休みが3学期の途中で入る…ってのが一番余所と違うところだろうなって思う。

 数年後には『前期・後期』の二学期制に変わるらしい…って噂もあるんだけど、いずれにして来年変わらなかったら俺たちはもう卒業だし関係ないってところだ。

 あと、システムってわけじゃないけど、普通はあるけれど聖陵にはないってのが『遠足』だ。

 ま、高校にもなって今さら『遠足』が嬉しいわけじゃないけどさ、中学時代には『なんで遠足ないんだろ』とか思ったこともあったな。

 だってさ、遠足あったら一日授業がないわけじゃん。それって美味しいと思うんだ。


 あと、『体育祭』がないのも他と大きく違う点だろうな。

 文化祭である『聖陵祭』は毎年これでもかってくらい賑やかに行われるんだけど、体育祭はないんだ。

 その代わりに行われる行事が二つ。
 一つは春と秋の2回行われる『スポーツテスト』で、もうひとつは春に行われる『球技大会』だ。


 スポーツテストってのはその名の通り、『テスト』であって娯楽じゃない。
 成績に直結なもんだから、みんな真剣だ。

 テスト項目は、点数に響かない『基礎体力』と点数がつけられる『運動測定』に分けられる。

 基礎体力は『握力』とか『肺活量』とか『背筋』とか『立位体前屈』とかそんなのだ。

 運動測定は、『反復横跳び』だとか『垂直飛び』の他に、『50m走』『100m走』などなど、たくさんの項目があって、さすがに体力持て余しの高校生でもへろへろになっちまうような品揃えだ。


 ちなみに俺の学年の『TOP10入り常連』はと言うと、浅井とか中沢とか早坂とか…だな。

 中沢とか早坂は運動部のエースだからわかるんだけど、そんな中で浅井がやっぱり好成績ってのがすごいなと思うわけだ。

 すごいと言えば次期生徒会長最有力候補の古田だ。
 学科成績も常に学年第3位という秀才だけど、銀縁眼鏡もクールな、いかにも『知性派です』って面構えのクセに、運動もかなりのものなんだ。

 去年の秋の100m走なんて、早坂を抜いて一番だったからな。しかも総合2位だったから人はみかけによらない。


 そうそう、去年の奈月はランク外だったな。
 運悪く、退院直後がテスト日だったから、全種目免除だったんだ。

 でもそれでは成績が残らないから、保健体育の筆記で追試を受けてたんだけど、筆記となったら奈月の場合は文句無し…だから、結局学年末の総合成績はやっぱり奈月が1位だったっけ。

 でも、去年の春のスポーツテストでは10番台にいたはずだから、やっぱり奈月もすごいと思う。 

 あ、俺はたいがい真ん中あたり。茅野がいつも俺より成績いいのが気にくわないけどさ。
 

 で、一つ上の学年のスポーツテストも見所満載だ。

 首位はたいがいテニス部長の森澤先輩か剣道部長の加賀谷先輩の2人で争ってる。
 反復横跳びで加賀谷先輩が勝ったかと思えば垂直飛びで森澤先輩が抜き返し、50m走で森澤先輩が勝ったかと思えば100m走で加賀谷先輩がリベンジを果たす…なんて感じで、この2人が登場するときにはギャラリー倍増って感じだ。


 テスト日が違う中学生たちは、休み時間のたびに体育館やグラウンドに押し掛けてきて大騒ぎ。

 そんな中、一番黄色い声援を受けてるのはやっぱり守先輩だ。

 何をやってもさまになる先輩だけに、走ってる最中とかはもちろん、タオルで汗を拭っただけでもギャラリーのやかましいこと。

 ちなみに高1までは、短距離も長距離も守先輩が一番だったんだ。ところが去年からはどの種目も4〜5位ってところ。

 調子でも悪いのか、はたまた加賀谷先輩とか森澤先輩がさらにすごいのか…ってところだけど、本人曰く、『ギャラリーの声援に応えるのを優先させるとこうなるんだ』そうだ。

 しかもそれを先生の前で平然と言うもんだから、さらに大したもんだ。


 で、いつも淡々とテストをこなして必ず3位か4位につけているのが悟先輩。

 この人は何をやっても顔色一つ変わらない。
 息が上がったりしてるの、見たことない。
 汗ぐらいかくだろうけど、汗をかいてるように見えない。
 そう言う意味では化け物だ。


 となるともう一人の化け物は昇先輩だろうな。

 まあ昇先輩のまわりってばいつも賑やかだ。
 スポーツテストであろうとなんであろうと楽しまなきゃ損って感じだな、あれは。
 立位体前屈でああまで盛り上がれる人も少ないだろう。

 そういや、昇先輩が高1の時、足くじいちゃったことがあったっけ。

 その時、誰が抱っこして保健室まで運ぶかで乱闘になったってのはすでに伝説だ。

 結局近くにいた悟先輩が抱き上げてさっさと運んじゃったんだけど、それはそれで『萌え』だったらしく、黄色い悲鳴があたりに飛び交ってたけどな。

 ま、ノーマルな俺にはさっぱりわかんねえけど。



 で、本題はスポーツテストじゃないんだ。

 もうひとつの体力勝負の場。もうすぐ行われる予定の球技大会だ!
 こっちは成績なんて関係ない。とりあえず盛り上がるのが礼儀ってことで、種目選びの段階からもう大騒ぎだ。


 競技はバスケ、バレー、サッカー…の団体3種目の他に、卓球がある。卓球は団体戦と個人戦の2種類だ。

 エントリーできる種目は一人一競技に限られるんだけど、当然部活でやってる競技は選べない。
 例えばバスケ部のエース中沢はバスケ以外のものを選ばなくちゃいけないってことだ。
 ま、あいつの場合スポーツ万能だからなにやらしても大差ないけど。


 で、もうひとつルールがあるんだけど、それは管弦楽部員に関してだ。
 俺たち、突き指の危険のある競技には出してもらえないんだ。
 ま、仕方ねえけど。

 だから、管弦楽部員は、サッカーか卓球のどちらかに限られてしまう。
 だいたいみんなサッカーに行こうとするな。

 走り回るのが苦手なヤツは卓球を選ぶ。
 俺もどっちかって言われたらサッカーがいい。
 別に走るのが得意ってわけじゃなくて、卓球が苦手だから…だ。

 だって、ラケットにピンポン玉があたんねえんだもん。
 あれって絶対ラケットが小さすぎるんだよな。
 もっとデカいラケットならいいのにさ。

 そうそう、『俺、サッカーにする』って言ったら、もれなく茅野までついてきやがった。

 あいつってば何でもかんでも俺と同じ事しようとするんだよな。
 特に高校になってから酷くなってる気がする。
 何処へ行くにもひっついて来るしさ。ったく、主体性のないヤツ。

 で、本日の部活休憩中も、どっちの種目にエントリーするかの話でもりあがってたりして…。



                   ☆ .。.:*・゜



「羽野くん、サッカーなんだ」

 奈月が言った。

「うん。奈月は?」

「僕、卓球」

「へえ、そうなんだ」

 確かにちまっとしてて可愛いかもしんないけど。


「なんでだよ、奈月って確か去年も卓球だったろ? 今年はサッカーに来いよ。で、対戦しようぜ。俺たち、組対抗戦で絶対初戦で当たるはずだからな」

 横から茅野が口を挟んだ。

 そっか。奈月と対決…って面白いかも。

 けれど、奈月の代わりに浅井が口を挟んできた。

「それがさ、葵にはサッカーに参加する資格がないんだ」

 へ? っていうと…。

「もしかして、中学の時、部活でサッカーやってたとか?」

 奈月は高校からの編入組だからな。

「ううん。中学ではやってないんだけどね」

 そう言って否定した奈月の後を、また浅井がかっさらう。

「小学生の時、U−13の代表になったことあるんだってさ」

「1回だけのまぐれでしかも補欠だけどね」

 間髪入れず奈月が誤魔化すように笑って言うんだけど、まわりは固まった。

「…すげ…」

「や、だからたまたま偶然だってば」

 偶然でもすごいと思うけどな。

「ま、そんなわけで葵は卓球しか選択の余地がないってわけだ」

「じゃあ、浅井も?」

 ま、こいつらはいつも2人で一組だからな。

「ああ、僕も今年は卓球だ」

 やっぱりな。
 


 去年までサッカーだった浅井が卓球に鞍替えした。

 それが今年の大会に大きな影響を及ぼすとは、この時の俺には知る由もなかった。



                   ☆ .。.:*・゜



「へえ〜、悟先輩も卓球なんだ」

 掲示板に大きく張り出された対戦表を見て、茅野が唸った。

「去年はサッカーだったよな?」

 決勝戦で当たった悟先輩の組と守先輩の組が一歩も譲らず、結局PKにもつれ込んでめちゃめちゃ盛り上がったっけ。

 あの時の悟先輩、かっこよかったよなあ。

 守先輩はいつもかっこいいし目立つ人だから当たり前って言えば当たり前なんだけど、普段寡黙な悟先輩がグラウンドを走り回る姿って、めっちゃ新鮮でさ、ノーマルな俺でも一瞬クラッときたくらいだもんな。


「なんで今年は卓球なんだろ?」

「さあなあ…。あ、でも見て見ろよ、羽野」

「え、何?」

「悟先輩も浅井も団体じゃなくて個人戦にエントリーしてる。奈月もだ」

「ってことは」

「決勝戦、もしかしたらこの3人のうちの誰かが当たるってことになるかもな」

 うわ、そりゃすごい。
 サッカーみたいな派手さはないけど、運動神経も抜群の面々だから、これは面白いことになるかも。


「こりゃあ、生徒会がトトカルチョに乗り出しそうだな」

「だな」

「俺だったら、決勝戦は悟先輩vs浅井で、悟先輩の勝ち…ってところだな」

「そうだなあ。…あ、でも俺は奈月と浅井の対決も見てみたいかも」

「うーん、それも面白そうだな」

「あ、森澤先輩も卓球個人戦だ!」

「え、マジかよ!」



 そして、この「卓球個人戦」は案の定、生徒会のトトカルチョになった。

 優勝本命は悟先輩と森澤先輩の票が真っ二つに別れて、対抗馬はもちろん浅井。
 奈月は体が小さいっていうハンデを背負ってるからちょっと分が悪い。

 でも俺的には奈月が本命だな。

 だって卓球だもん。体が小さい方が有利な気がしねえ?

 それにしても、このトトカルチョ、どうなることやら…。



                    ☆ .。.:*・゜



 球技大会当日。
 天気に恵まれて、朝から校内は大変な賑わいだった。

 午後一番にめっちゃ盛り上がったのが、守先輩率いる3−Bと、中沢率いる2−Cの総力戦となったサッカー決勝だ。

 残り2分ってところまで0−0。
 で、ここで守先輩がシュートを決めたのが決勝点になり、守先輩は去年の雪辱を果たした。
  親衛隊のヤツら、泣いてたよ。さすが守先輩ってか。

 そうそう。準決勝で敗退した3−Cのムードメーカー・昇先輩は、その後チアガールに転身して、バスケの応援で大活躍。
 
 この時、試合を見てるヤツってほとんどいなかったらしい。
 みんな、昇先輩が踊るのに、目が釘付けでさ。

 で。
 大会も大詰め。第一体育館は異様な熱気に包まれていた。

 思った通り、今回の目玉となった卓球は、順当に4人――悟先輩、森澤先輩、浅井に奈月――が準決勝に勝ち上がっていた。

 ちなみに森澤先輩は、守先輩の陰謀で卓球に送り込まれたらしい。
 その辺りの守先輩の真意はわかんないけどさ。

 で、準決勝の組み合わせだけど、これがトーナメントの妙っていうかなんて言うか、本命の2人――悟先輩と森澤先輩がここで当たることになった。となるともう一組は当然奈月と浅井だ。

 つまり、どっちがどう勝っても決勝戦は学年違いの対戦になるってことで、これはもう更に盛り上がること必至だ。



 準決勝の第一試合は悟先輩vs森澤先輩の対戦となった。

 長身美形の悟先輩と、ちょっと小柄で可愛い系の森澤先輩が挟んだ卓球台は何故か通常より小さく見える。

 2人の間にはそれくらい激しい火花が散っていた。

 茅野が小耳に挟んだ情報によると、森澤先輩は守先輩から『絶対勝てよ』とか言われてたそうで、どうやら森澤先輩は守先輩が送り込んだ、悟先輩を決勝へ行かせない為の『刺客』らしい。


 けど、なんで守先輩が悟先輩のいく手を阻むんだ?
 守先輩は今年もサッカーだしさ。

 あ、そっか。もしかして去年のリベンジ?
 結局PKで最後に悟先輩が決めたゴールで決着が着いたもんな。

 そうそう。その悟先輩は、去年の淡々とした戦い振りと違って、今年は何故か勝利への執着が激しいらしく、対戦表が発表になった日に密かに拳を握って勝利を誓っていたらしい…ってのは、同室の横山先輩情報だ。

 横山先輩曰く、『あれは絶対恋愛絡みだ。ライバルにターゲットロックオンだ!』…そうなんだけど、あり得ねーよなー。

 だって悟先輩だぜ? 先輩がこの聖陵校内で恋愛なんて、ないない。
 悟先輩は俺と一緒で筋金入りのノーマルなんだからな。
 昇先輩や守先輩と一緒にしたらダメだっつーの。

 それに、百歩譲って恋愛絡みだとしてもさ、悟先輩のライバルなんていないって。

 ま、校内で悟先輩のライバルってーと、浅井くらいしか考えられないけどさ、浅井と悟先輩が取り合うようなヤツってそうそういいるわけな……い。
 ……ええっと。

 ふと俺の脳裏を誰かの影が過ぎった。


「お、始まるぜっ」

 けれど、茅野に肩を叩かれて、その影は霧散した。





 白熱の準決勝第一試合。

 俺、そもそも卓球に興味ないからルールとか全然知らねえんだけど、何がびっくりって、結構サーブとか派手なのな。

 茅野に教えてもらったんだけど、「王子サーブ」なんて必殺サーブもあるらしく、なかなか卓球も奥が深い。

 ま、先輩たちがそんなサーブしてるかどうかは俺にはわかんないんだけど、とりあえず2人の点差が2点以上離れることはなく、まさに大接戦。

 悟先輩が長い手足を生かした縦横無尽な返球をすると、森澤先輩は小回りの利いた切れ味のいいショットで巻き返す…って感じで、最初は黄色い声援を送っていたギャラリーも次第に息を詰めて見入るようになった。
 マジで手に汗握ってる…ってところだ。


 双方相譲らず、結局ゲームは5セットまでもつれ込み、その上デュースの応酬で、もうすぐ20ポイントに届こうかと言うとき。

 体育館中にどよめきが広がった。

 森澤先輩のショットが僅かに反れて、台に触れることなく悟先輩の脇をすり抜けたんだ。

 ゲームセット。
 時間を大幅に延長しての白熱戦はほんの一瞬の分かれ目で悟先輩の勝利に終わった。


「…すげ…」

 隣で茅野が呟く。
 ほんと、凄い試合だった。森澤先輩はいつも元気で熱い人だからわかるけど、あんな悟先輩初めて見た。
 美形が凄むとコワイんだな、ほんとに。


 後輩が差し出したタオルをにこやかに受け取って、悟先輩がチラッと視線を流す。

 その先には…。
 次の試合を待つ、浅井と奈月がいた。

 悟先輩、どっちを見たんだ、今。

 やっぱり浅井? もしかして、これは本当に『ターゲットロックオン』…なのかっ?


「浅井のヤツ、燃えてるな」

 含み笑いで茅野が言った。

 その言葉にもう一度浅井を見ると、腕を組んだまま、ジッと悟先輩に視線を向けている。

 あんな浅井も、初めて見た。体中に闘志を漲らせてやがる。

 じゃあ、奈月は…と、隣の奈月を見ると。

 …ギャラリーとはしゃいでるじゃん。緊張感ゼロ。


「それにしてもさあ」

 茅野が唸った。

「なんだよ」

「奈月って綺麗な足してるよなあ……って、…いてっ」

 オヤジみてーなこと言ってんじゃねーよっ。

 思いっきり足を踏んで睨み付けてやったら、茅野は何故か嬉しそうな顔で俺を見下ろしてきやがった。

 ふん、変なヤツ。

 ちなみに。

 森澤先輩は敗戦の弁として、新聞部のインタビューにこんなことを語った。

「だいたい卓球ってのはラケットが小さすぎるんだ。テニスラケットくらい大きさがあったら俺は絶対に負けない〜!」

 うんうん、わかるよ、森澤先輩。ラケット小さすぎるよな、あれは。





 準決勝第一試合の興奮さめやらぬ中、第2試合が始まった。

 こちらは新聞部曰く『因縁の同室対決』。

 どの辺りが因縁なのかはよくわかんねえけど、とりあえずいつも一緒で、『デキてる』って噂まである浅井と奈月の対決とあって、当然周囲の盛り上がりはさらに膨れ上がる。

 でも。

 第一試合のような緊張感はないんだな、なぜか。

 というか、悟先輩と森澤先輩がお互いに『打倒!』って気合いを漲らせていたのに対して、こっちの試合はと言うと、かなり浅井の押し気味で進んでいるからだ。

 奈月にはちょっと戸惑いすら見える。


「なんかさ、奈月の表情って、『な、なにっ、何マジになってんのっ?』って感じだよな」

 茅野の言葉に俺も頷く。

 対する浅井はというと、この試合はさっさと片づけてやろう…って感じが透けて見える。

 まるで、本当の目標は違うところにあるって………あ、そうか、もしかして浅井はすでに決勝戦に的を絞っている?

 まさにターゲットロックオン状態ってことか。
 というからには、浅井のターゲットは悟先輩ってことになる。

 ということは…。


「お、奈月が反撃にでたぞっ」

 茅野が拳を握った。

 見れば奈月の表情が変わってる。
 このままやられっぱなしでたまるか…って顔だ。


「面白くなってきたな」

 その言葉通り、体育館が更にヒートアップし始めた。

 さすがに奈月。マジになったら浅井に負けていない。

 力勝負なら全然太刀打ちできないだろうけど、小技を繰り出して着実に点を重ねて追いついていく。

 浅井の表情も変わった。きっと楽勝モードでいたんだろう。


「奈月も実はかなりの負けず嫌いだったんだな〜」
「だよな。普段はそんな感じ見せないもんな」

 ギャラリーからそんな声が聞こえてくる。

 ほんと、その通りだ。

 奈月って余裕で何でもできるヤツだから、『がむしゃら』とか『必死』とかいうシーンって見たことないんだよな、みんな。

 まあ、俺たちは部活が一緒だから、真剣な表情ってのもしょっちゅう目にはしてるけど、普通音楽やるときにギラギラ闘志を燃やしたりしないもんな。

 おっと、奈月のサーブが決まった。

「追いついたぞっ」


 それからは、第一試合同様に白熱戦となった。

 奈月が手も足も出せないような浅井の強烈なスマッシュが決まったかと思えば、思わぬ方向へと回転する奈月からの返球に浅井が為す術もなく立ちつくす。

 取られたら取り返す。延々この繰り返しだ。


「おい、写真部のヤツら、でかいレンズ持ち出してきたぞ」

 元々こういう行事の時はカメラの数もすごいんだけど、なんだか今日は機材に気合いが入ってないか?


「ありゃあ奈月の足狙いだな」

 はあ〜?

「足ってなんだよ、足って」

「さっき言っただろ? 奈月の生足、むっちゃ綺麗じゃん。キュッと締まっててつるつるでさ。あれ、男子高校生の足じゃないって」

 …確かにそうだけどさ。

「でもさ、足だけ撮ったって仕方ないじゃん」

「当たり前だ。全身と表情のアップと生足の3点セットで価格10倍だ」

「…マジ?」

 って、まさか。

「おい、茅野」

「ん? なんだ?」

「まさかお前も買う気じゃないだろうな」

 ジロッと睨み上げてやったら、茅野はニヤッと笑い見下ろしてきやがった。

「心配するなって。俺はお前一筋だ」

 はああああああああああああ?

「なんの心配だよっ。そう言うことじゃなくてだなっ」

 俺が声を荒げた時、体育館が歓声に包まれた。


「お、決着が着いたぞ」

「えっ?!」


 中央の卓球台に目を転じてみれば、奈月が崩れ落ちて床とお友達になっていた。

 対する浅井は、肩で息はしているもののしっかりと立ってラケットを握りしめている。


「浅井の執念勝ち…だな」

 うーん、凄い試合だった……って、おおっ。

 ハッと我に返ったように、浅井はラケットを放り出すと奈月に駆け寄った。

 ひっくり返っている奈月を抱き起こすと、浅井はその背中を必死でさする。

 奈月はぐったりしながらも『大丈夫』って言ってるようなんだけど、辺りがぎゃあぎゃあとやかましくてもちろん聞き取れない。

 寮長の斎藤先生や保健委員も駆け寄ってくるけれど、奈月は手振りで大丈夫と伝えているようだ。

「おい、見て見ろよ」

 肘で小突かれて、俺は茅野の視線を辿る。

 そこには不安げな表情を浮かべた悟先輩が奈月をジッと見つめていて…。


「心配そうだな、悟先輩」

「…そりゃま、そうだろ。だって悟先輩、奈月のこと可愛がってるじゃん」

「それだけ…かな」

「え?」

 茅野が何を言おうとしてるのか、わかんなくてジッと見上げると、茅野はスッと目を眇めて『やっぱりそうかな』と呟いた。

『やっぱり』って何? 『そうかな』って何が?


「俺、前から感じてたんだけどさ、みんな、奈月と浅井がデキてるっていうけど、実は違うんじゃないかって」

 そう言えば、前にもそんなこと言ってたような気がしないでもない。

 真剣に自説を繰り出す茅野に、俺は『なんでだよ』って突っ込んだ。

「浅井は否定しないじゃん。奈月とのことからかわれてもさ」

「浅井はいいんだよ。奈月が好きだってことには変わりないからな。問題は奈月だ」

 ってことは?

「奈月は浅井のこと、好きじゃないってことか?」

「いや、そうじゃなくて、決めかねてるってあたりじゃないかな。悟先輩もいることだし」

「悟先輩?」

 なんでここに悟先輩が出て来るんだよ。

「そう。悟先輩も奈月が好き。浅井も奈月が好き。けれど奈月は決められない」

 …げっ。

「ももも、もしかして、三角関係…ってやつ?」

「ご明察」


 うわあっ。それって、まさに『究極の大型三角関係』じゃんかっ。
 奈月だろ、浅井だろ、そこへ持ってきて悟先輩だろっ。


「な、そう思うと今回2人が異様にヒートアップしてる訳が簡単にわかるだろ?」

「…そうかっ、悟先輩と浅井はライバル同士なんだ。奈月を巡って…」

「そういうことだ」


 茅野が納得いったとばかりに頷いた時、間近で『あー、しんどかった』っていう、ちょっと関西ニュアンスな声が聞こえた。

 奈月が戻ってきたんだ。

 ヨロヨロとやって来た奈月は、俺の隣に腰を下ろすなり、コトンと頭を俺の肩に預けてきた。


「大丈夫か?」

「うん、もう大丈夫。でもほんと、最後は酸欠で死ぬかと思った〜」

「浅井、容赦なかったよなあ」

「だよねー。ほんと、酷いんだからー」


 まだちょっと息が荒いような気がして、俺は奈月の薄い背中をそっとさすった。

 奈月がはあ〜っと息を付いて、小さく『ありがと』というと、体重も預けてきた。なんだかめっちゃ可愛い。


「…いてっ」

 手の甲を茅野が抓りやがった。

「なにすんだよ」

「浮気してんじゃねえよ」 

 なんだとぉぉぉ〜?!

 俺が拳を握りしめた時、奈月が俺の肩でクスクスと笑い始めた。


「大丈夫だってば、茅野くん。羽野くんと僕じゃ浮気にならないってば」

 や、奈月、そう言う意味じゃなくてだな。

「だからちょっとだけ、羽野くん貸して?」

 ニコッと微笑まれて、茅野は肩を竦める。

「ま、奈月だからな。いいよ、貸してやるからゆっくりしてな」

「ふふっ、ありがとー」


 …おい。何を勝手に貸し借りしてやがんだ…。

 怒りに震えていると、ついに決勝戦の開始を告げるアナウンスが流れた。





 決勝は、とんでもない試合になった。

 準決勝の二試合だけでも恐ろしいほどだったってのに、今度こそ双方譲らない。

 1セット目からもつれまくって、いつまで経っても終わらないんだ。

 悟先輩も浅井も、仕草やパフォーマンスに派手さは無いけれど、全身から滲み出る闘志は隠しようもなくて、いつの間にか黄色い声援も止んで、みんな息を潜めてことの成り行きを見守っているって感じだ。

 新聞部のヤツらでさえ、カメラを下ろして呆然と見てる。

 あ、写真部の部長だけがシャッター切ってたっけ。
 ほとんどプロ根性だな。


 10−11、11−11、12−11、12−12、12−13…。


 ポイントはどんどん重なっていくけれど、たったの2点差が開かない。


「な、俺の言ったとおりだろ?」

 茅野が俺の耳にこっそりと言った。

 その言葉に、ただ、頷くしかない俺。

 確かに悟先輩と浅井は今、真剣に戦ってる。

 今までもずっとライバルと目されてきた2人。
 でも当の本人たちはそんなこと全然気にしてる様子じゃなかったのに、ここにきてこんな風になるなんてやっぱり原因は…。


 俺はその『原因』と思われる人物に視線を落とした。

 奈月はどう思ってるんだろう。恐らくは自分のために繰り広げられている2人の真剣勝負を目の当たりにして………って。おい。


「すげえ心臓だな、奈月」

 茅野が呆れたように…いや、心底感心したように言った。

 いくら華奢とはいえ、小振りの頭の重みが肩にしっかりと乗っている。


「…疲れが出たんだろ…」

 そう。
 奈月は俺にくったりともたれかかって、ぐっすり眠ってやがったんだ!

 マジ、こいつ心臓に毛が生えてるぜ、絶対。
 足がつるつるな分、心臓はバリバリ剛毛に違いないっ!



 そして、結局この決勝戦は誰もが予想をしなかった結末になった。
 なんと、『引き分け』になったんだ。

 第一セットですら30ポイントまで行ってもまだ決着が着かず、主審の松山先生が『引き分け』を宣言したんだ。

 ギャラリーからは不満の声は上がらなかった。
 どっちかって言うと、ホッとした…って空気が大方だった。

 2人とも学院の大事なアイドルだから、ヘタに決着が着いて禍根を残すことになったら嫌だ…ってのは、双方の親衛隊の弁だ。

 でも、悟先輩と浅井は、翼ちゃんに『最後までやらせて欲しい』って詰め寄ってたけどな。



 ちなみに。

 今回の負傷者数は、保健委員会の発表によると中高合わせて25人。
 例年並みだ。

 その中でも重傷だったのは、同級生の早坂陽司。

 バスケの試合中に、ボールが顔面急襲!
 真正面からもろにクリティカルヒットして、脳震盪を起こしたらしい。

 あの運動神経抜群の早坂が、どうして試合中にそんなヘマをやらかしたのか。

 本人が頑として口を割らないので、結局謎のままなんだけど、噂によると、誰かに見惚れていたとかいないとか。
 
 っとにもー、お前もノーマルじゃねえのかよ、ったく…。



                   ☆ .。.:*・゜



「残念だったなー、浅井」

 学校から駅前までの桜並木をぞろぞろと行きながら、みんなが浅井にそう声を掛ける。

 午後3時に全ての競技が終了して、俺たちは打ち上げと称して駅前に向かっていた。

 本日、管弦楽部の部活は休みなんだ。
 みんなくたくただから、やったところでろくな成果は上がらないから…ってのは、いつも光安先生が笑いながら言うことだ。


「まあね。でも仕方ないさ。あのままだったら本当にいつ終わるかわかんなかったからな」

 すっかりいつもの冷静さを取り戻している浅井は、小さく肩を竦めてそう言った。

「でも、惜しかったよねー。せっかく決勝まで行ったのに〜」

 こちらもすっかり元気になった奈月がきゃらきゃらとはしゃぎながら言う。

 ったく、よく言うぜ。ぐっすり寝てたクセにさー。


 さて、俺たちが行き着く先はカラオケボックスだ。

 滅多にこんなチャンスはないから、みんな入った途端に何を歌うかで盛り上がりまくる。
 もちろん、主なラインナップは最近のヒット曲。

 歌唱力に自信のあるヤツは『平☆堅』だとか『福☆雅治』を選ぶし、ノリのいいヤツに人気なのは『OR☆NGE R☆NGE』とかだな。あと、自信のないヤツはお笑いで誤魔化そうとする。

 ま、どっちにしても楽しめるわけだけど…。

 それにしても……。


「なあ、奈月」

「なに? 羽野くん」

「や、上手いしかっこいいしいいんだけどさ、それにしてもお前の選曲って古すぎねえ?」

 そう、何故か奈月の選曲が異様に古いんだ。
 だいたい70〜80年代ポップスってとこか。演歌も混じってるし。

 そもそも生まれてねえぞ、俺たち。

「やだなあ、古いったってたかが20年ちょっとくらいだよ? 普段僕らがやってる音楽なんて2〜300年前のものなんだから、それに比べたら20年前なんて『昨日』みたいなもんだよ」

「……あ、なるほどね」

 って、納得していいのか、これは。


「ね、ね、よく聞いてみてよ。70年代から80年代のポップスとか演歌のアレンジって、なかなかいい味出してるんだよ。ベースラインなんてバッハもびっくりって感じだしー。…ええと、例えば次のコレ」

 って、奈月が入れてたのは俺たちでも一応タイトルは知ってるクリ☆タルキ☆グの「大都会」だ。

 ハイトーンボイスがウリの、超ヒット曲だった…ってのはわかってるんだけど、もちろんリアルで知ってるヤツは皆無だ。


「特にね、サビのバックに入ってるラッパが華やかでカッコいいんだから」

「え? マジ?」

 ラッパと聞いちゃ、トランペット吹きの俺としては聞き逃す手はない。


「わ、マジかっこいい」

「でしょ〜?」

 ご満悦の奈月につき合って、俺の選曲もだんだん古くなっていったりして。



「おい、茅野。お前たちにぴったりの入れておいてやったぞ」

 超盛り上がりの中、浅井が意味深にそう言って俺たちにマイクを渡した。

 …って、流れてきたのはデュエットソングの定番中の定番、『銀恋』――銀座の恋の物語――だっ!

 おいっ、どこが俺たちにぴったりなんだっ。


「お。浅井、相変わらず気が利くじゃん」

「だろ? 感謝して好き勝手歌え」

「さんきゅ」

 さんきゅ、じゃねえっ。
 おいっ、茅野っ、何を気安く肩なんて抱いてやがるっ。

 しかも俺が女パートってどういうことだよっ。

 あ、こらっ、奈月っ。目、潤ませてうっとり見上げてんじゃねえっ。
 肩を貸してやった恩を忘れたってのかっ!

 あ〜! 茅野っ、てめっ、腰撫でるなっ、このっ、ヘンタイ!

 俺は…っ、俺はノーマルだーーーーーーーーーーーーーー!



お・わ・り


 

(2006.4.〜6に『桃の樹の下掲示板』で連載したものをまとめました)


お待ちかね(?) after 球技大会
〜葵と祐介編〜


葵:酷いよ祐介、めちゃめちゃ本気で容赦なかったんだもん。

祐介:ごめんごめん。つい…。

葵:つい、なに?

祐介:いや、その…ちょっと決勝戦に気がいっちゃって…。

葵:あ、それってもしかして僕との対戦なんて眼中になかったってこと?

祐介:や、そういうわけじゃ…。

葵:酷い〜!

祐介:や、ほんとにごめんってば。

葵:(ジト目)それにしても、酷いっていったら、トトカルチョに参加したみんなも酷いよね。

祐介:どうして?

葵:だって、森澤先輩は本命なのに、僕は分が悪いって言われてたんだよ?

祐介:そりゃあ仕方ないじゃないか。森澤先輩はテニス部のエースだからな。運動神経抜群だし。

葵:もちろんそれは僕だってわかってるよ。そう言う意味なら納得できるけど、『奈月は体が小さいからな』って言われたんだよ?

祐介:だって小さいじゃんか。

葵:あのねっ。そりゃあ悟とか祐介に比べたら小さいけどね、でも、僕は森澤先輩より2cmも背が高いんだよ!

祐介:えっ? ホントに?

葵:森澤先輩、165cmだって。僕は167cm! なのにどうして僕の方が『小さくて分が悪い』んだよ。

祐介:や、でも、見た目が……(ごにょごにょ)

葵:なにっ?! 言いたいことがあったらはっきり言う!

祐介:いや、何にもありませんです。はい(すごすご)


 デカイ野郎どもに囲まれて、ちょっと身長コンプレックスな葵でございました。


〜悟と守編〜

悟:ちょっと小耳に挟んだんだが。

守:何?

悟:東吾を卓球に送り込んだの、お前だって?

守:ご明察〜。

悟:何でだよ。

守:何でってさ、そりゃあお前を優勝させないためじゃないか。

悟:なに〜?

守:お前、知ってたんだろう? どっから情報手に入れた? 大貴か?

悟:…何のことだ。

守:しらばっくれてんじゃないよ。生徒会が極秘に用意していた『卓球個人優勝』の優勝賞品だ。

悟:……。

守:あの熱の入れようからいくと、浅井も知ってたみたいだし。

悟:………。

守:しかしなあ、葵が優勝しちまったらどうするつもりだったんだろうな。賞品が『葵の寝顔写真』なんてなあ。

悟:……お前こそ、どこから情報仕入れたんだよ。それに、どうして僕が優勝しちゃいけないんだよ。

守:だってお前が寝顔写真持つ必要ないじゃん。生寝顔が拝めるのにさ。

悟:そうだけど…!

守:人に渡したくなかったんだろ? 特に浅井に…さ(にやり)

悟:…浅井は葵と同室じゃないか。寝顔だって毎晩見てるだろうし、そんなもの欲しがらないだろ。

守:はっ、わかってないねえ。浅井が必死になってたのだってお前と同じ理由さ。『自分が欲しい』んじゃなくて、『他人に渡したくない』ってな。

悟……ふんっ。

守:どっちにしても、俺は『東吾vs葵』っていうカワイコちゃん対決が見たかったのにさー。結局決勝はでかいヤツの勝負になっちまってさ、全然ビジュアル的に面白くねえの。

悟:…腐ってる…。


 ここで疑問がひとつ。
 生徒会は、どうやって葵の寝顔写真を入手したのでしょうか(笑)




〜陽司と東吾編〜

東吾:お前さあ、顔面クリティカルヒットなんて、何でそんなヘマしたんだ? らしくないじゃん。

陽司:…だってさ…、隣のコートで卓球の準決勝始まっちゃってさ…。

東吾:あ? 俺がでてたあの試合か?

陽司:…そう。

東吾:それが何の関係があるんだよ。

陽司:……だってさ…。

東吾:はっきり言えってば。

陽司:や、その、ちっこいラケット振り回してる東吾も可愛いなあ〜…なんて、ついうっかり見惚れちゃって…。

東吾:……(真っ赤)←恥ずかしいらしい。

陽司:ついでに言うなら、真剣な目で悟先輩をにらみ返してるところがまたツボで…。

東吾:も、もういいってばっ、わかったからっ。 …で、もう大丈夫なのか?

陽司:うん。全然OK! 元気いっぱい! ほら!(がばちょ!)

東吾:わ! なにすんだ〜!(ケリ!)

陽司:って〜! 酷いよ、東吾。蹴るなんて〜!

東吾:だだだ、だって! 学校じゃヤダって言ったろ!

陽司:じゃ、今度の土日、東吾んちに泊めて?

東吾:…(どきどき)


 …キミタチ、勝手にやってなさい。

☆ .。.:*・゜

というわけで。
大騒ぎの球技大会、一巻の終わりでござました。

え? 葵の寝顔提供者は誰かって?

もちろん彼ですよ、彼。

ヒント:容易に寝顔写真を撮れるくらい近しい人間で、しかも生徒会関係者とも近しいヤツです。

見返りは何だったんでしょうねえ( ̄ー ̄)


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