羽野くんの管弦楽部観察日記 16

〜これが噂の…〜





「邪魔したな」
「いやいや、おつとめご苦労〜」

 同じクラスの、気心の知れたヤツの部屋ってのは、尋ねやすいよな。

「えっと、あと3つだな」
「おう。がんばってさっさと片づけようぜ」
「ん」


 俺と茅野は今週、寮の当番に当たっていて、同じ階の2年生部屋を巡回してるんだ。

 巡回ってったってたいしたことじゃない。
 部屋の中の具合がどんなか…つまり、ゴミをためすぎてないかとか、ちゃんと床が見えてるかとか…そんな程度だ。

 あんまり酷いと寮長の斎藤先生に報告しなきゃなんないんだけど、そこまで酷い部屋は滅多にない。

 巡回が頻繁なのと、万一警告を食らったら、先生が監視してる中で部屋の掃除しなきゃいけなくなっちまうからな。みんなそれだけは避けたいみたいだし。

 ほら、先生の目の前で掃除なんてしたら、見つかっちゃ困るモノも出てくるしさ。

 ちなみに、そういう『持ち込んではいけないもの』の摘発も、一応巡回当番の仕事なんだけど、そこはそれ、お互いさまってことで結構黙認になっちまう。

 あ、『風紀委員会の抜き打ち検査』で見つかっちまったら終わりだけどな。

 で、何が持ち込み禁止ってーと。 
 そりゃあ基本的なモノは酒とタバコだよな。一応法律でも禁止されてるしさ。

 ま、タバコに関しては、部屋の中で吸うようなバカはいねえけど。
 アレは酒と違って匂いが染みついちまうしな。

 そういや、斎藤先生は寮長になったときにタバコやめたって言ってたな。自分が吸ってたら、匂いに鈍感になっちまうからだって。
 つまり、摘発できにくくなるからってことだよな。

 まあ、俺は幸か不幸かタバコには興味ないし、どうでもいいけど。


 反対に、酒は結構寮内で横行してると思うんだけど、これに関しても斎藤先生が面白いこと言ってったっけ。

『消臭スプレー』が常備されてる部屋とか、男子高校生にあるまじき『アロマオイル』なんかのいい匂いがしてる部屋は要注意なんだって。

 つまり、アルコールの『匂い消し』ってことだ。

 俺としては、空き缶とか空き瓶の始末をどうやってんだろう…って不思議に思うばっかりだけどな。


 あと、持ち込み禁止と言えば、『携帯電話』と『成人向け書籍』…ま、ぶっちゃけ『エッチな本』だよな。

 携帯は意外なほど持ち込まれてない。
 これは、見つかったら『即没収』で、しかも返却が『卒業時』っていうキビシイ処分だからで、持ち込むヤツは相当の覚悟をもってやってることだ。

 反対に、見つかりにくくて、男子高校生の『必需品』なんて言うヤツもいる『成人向け書籍』は、置いてない部屋の方が少ないんじゃないかと言われてるんだけど。

 あ、俺たちの部屋にはないからな。 教科書と参考書以外で並んでるのは『鉄道ファン』とか『鉄道模型』とか、そんなのばっかだ。

 それに、エッチ本だなんて、摘発される方もする方も恥ずかしいしな。
『風紀委員会の抜き打ち』も、こればっかりは見逃してくれること多いらしいし。

 まあ、大っぴらに交換とかしてるヤツもいたりして、それはそれで凄いとは思うけど。


 そんなわけで、面倒っていやあ面倒だけど、巡回当番は年に2〜3回くらいしか回ってこないし、当番も2人だけってわけじゃなくて、5組10人での巡回だから、普段拝めない部屋を見られる…ってことを楽しみにやるっきゃないよな。

 で、サクサクとつとめを果たして回る俺たちは、自室の隣までやって来た。



 ここは308号室。最も有名人が住んでいる部屋だ。

「お邪魔〜!」

 ノックと同時にドアを開けていいのは、寮長と巡回当番と風紀委員だけだ。一応。

「巡回だよ〜ん」

 ふざけた声で告げた茅野に、住人は落ち着いた顔で振り返った。

 浅井だ。きっちり机に向かってお勉強中だった。

「ああ、お疲れさま」
「ええと、奈月は……」

 俺は、もう一人いるはずの住人の姿を求めて、部屋を見回した。

 音がしていないから、シャワーではないだろう。

 ふと、視界の端っこで小山がごそっと動いた。

 …まさかこれは。

 噂には聞いてたんだけど、実際見たのは初めてだ…。
 結構壮観だな…こりゃ。


「うは。聞きしにまさる…だな」

 隣で茅野も呟いた。

 床も綺麗だし、本棚とか机の上もきちんと整理されている。

 ちなみにさっと覗いたところでは、洗面とシャワーもばっちり合格。

 なのになんで、ベッドの――しかも奈月のベッドの上だけが、この状態なのか…。

 ベッドの上にはこんもりと小山が出来上がっている。

 全体からはふんわりと石けんの香りがしていて、匂いだけだとこの上なく清潔感に溢れてるんだけど、見た目はそうはいかない。

 小山は小山だ。
 しかも、タオルだとかTシャツだとか、ざっくばらんに色とりどり。

 隙間からは奈月お気に入りのペンギンのぬいぐるみの黄色い足が見えてる。

 反対側から突き出ているのは多分…クマの耳だろう。

 あ、あの白いグローブは多分、ミッキーマウスの手に違いない。


 これが噂の、『奈月の巣』か。


 奈月は洗濯物をたたむのが苦手らしく――って、得意な男子高校生ってあんまりいねえんじゃないかと思うけどさ――取り込んだ洗濯物をベッドに積み上げてしまう…って言うのは、結構有名な噂なんだ。
 しかも奈月はそれに埋もれて寝てるって。

 ただ、その目で確かめたヤツはそう多くはないんだけど。


「すげえな」

 腕組みをして、心底感心したように茅野が言った。

「だろ? そろそろたたんでやんないといけないなとは思ってたんだけど」

 言いながら、浅井はてっぺんの布きれを取り上げた。体操服だ。

 浅井はそれを綺麗に畳み上げて横に置くと、洗濯物の小山の中に手を突っ込んだ。

 これもマジ、噂通りだ。浅井が見かねてたたんでやってるって。


「ほら、葵。巡回だぞ」
「ふえ〜?」

 ごそごそとかき回すと、さらさらの黒い髪が現れた。

 続いてぴょこっと現れた小さな顔は、まだ夢の中っぽい。

 消灯までまだ1時間もあるってのに、奈月はすでにお休みモードだったようだ。


「悪いな、寝てるのに」

 茅野が声を掛けると、やっと俺たちの存在に気付いたのか、奈月はパチパチと瞬きをして、漸く目を覚ました。

「あれ、羽野くんと茅野くんが当番?」
「そう」
「お疲れさま〜」
「奈月、気持ちよさそうだな」

 起きたはいいけど、腰から下がまだ洗濯物に埋もれたままの奈月の姿は、何故だか妙にほっこりしていて、俺はちょっと羨ましかったり。

「うん、気持ちいいよ。ふかふかだし〜」

 ふわっと小さくアクビをした奈月がやたらと可愛くて、思わず頭撫でちまったら、茅野と浅井の両方から睨まれた。

 浅井はわかるけどさ、なんで茅野に睨まれねーといけねえんだよ。


「ええと、大丈夫だとは思うけど、一応確認な。持ち込み禁止品は…ないよな」

「もちろん」

 浅井はいつもと同じ、落ち着いた顔で応える。

 ま、こいつの場合、酒もタバコも携帯もエッチ本も、興味なさそうだし。

「祐介は、そう言うの全部、実家だもんね」

 ……え?

「こら、葵。何バラしてんだよ」

 本気で怒ってる風でもなく、浅井が奈月のおでこを小突いた。

 ちょっとまて。
 そう言うの全部…って、何? 
 タバコ?酒?携帯?エッチ本?

 いや、浅井はタバコ嫌いなはずだし、携帯はそもそも実家には持ってる。それは管弦楽部の同級生はみんな知ってることだし。

 ってことは、酒とエッチ本?

 うう〜。酒はともかく、『浅井とエッチ本』なんて、想像つかねえ。

 ま、浅井も『ふつーの男子高校生』ってことか? 
 それはそれで、親近感もわくけどさ、でも、似合わねえ〜。

 だいたい、奈月はそれで平気なのか? 
 こいつらつき合ってるはずだし、つき合ってる相手がそんなものを部屋に隠し持ってたら…。

 や、でも奈月だって、こんな顔してても一応オトコだし…。
 や、待てよ、でも奈月にエッチ本なんてますます似合わねーってーか…。

 あああ〜! もう、わけわかんねぇ〜。

「さ、羽野、行くぞ」

 ぐるぐるしている間に、俺は茅野に連れ出された。

 それから2部屋巡回して、俺たちは部屋に戻ってきたんだけど…。



「巡回当番のいいところは、当番の日には自分の部屋は巡回免除ってことだよな」

「免除されなくても、引っかかること何にもないけどな〜」

 そう。床一面に鉄道の線路敷いてるけど、ちゃんとベッド下に格納できるようになってるし、だいたい、鉄道模型が汚れたら嫌だからさ、部屋の埃とかもちゃんと掃除してるしな。

「そうだよな。ま、エッチな本はさておき、タバコは俺もお前も苦手だし、携帯はもとから持ってないし、酒も始末が面倒だから長期休暇中だけだもんな。健全健全」

 何でもなさ気に茅野が言った。

「おい。エッチな本はさておき…って、まさかお前、この部屋の中に隠し持ってるんじゃないだろうなっ」

 俺に黙ってそんなもの持ち込むとはいい度胸じゃねえか〜!

「さあね〜」
「おいっ、茅野っ」
「持ってないってば」

 茅野はニヤリと笑って肩を竦めた。思いっきり怪しい。

「…ほんとか…?」

「当たり前じゃん。目の前に羽野がいるのにさ〜、なんでエッチ本が要るんだよ」

 ……はい?

「オカズは現地調達…ってね」

 ………はい〜?

 おかず? 現地調達?
 え? ええっと〜?
 俺、おかずなら肉じゃがとか好きだけど。



 ちなみに。

 俺が、『俺はノーマルだあああああああああ!』と、叫んだのは、この日から3日後のことだった。



お・わ・り


 羽野ってば鈍すぎ。ま、そんなところも可愛いんだけどさ。(by茅野)


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