羽野くんの管弦楽部観察日記 1〜5
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今日、昼飯時の学食で珍しいヤツと一緒になった。 学院No.1アイドルの奈月だ。 「あれ? 奈月じゃん。今日は練習室へは行かないのか?」 奈月はいつも、昼休みのほとんどを音楽ホールの練習室で過ごしているらしい。 練習しているのだ。 すごいヤツ…。あれだけ出来るのに、まだ吹くか…って感じだ。 「うん。今日は3時まで点検だから…」 そっか。今日はホールの点検日だったな。 音楽ホールは、大ホールの他に小ホールとか完全防音の練習室がいっぱいあって、結構複雑な構造になってる。 だからスプリンクラーなんかの設備の点検が他の場所より頻繁に行われてるんだ。 というわけで、ホールは3時まで使用禁止。だから奈月がここにいるってワケだ。 でも、見渡すと、なんだか奈月の周りは人口密度が高いような気がする。 隣にいるのは、もちろん浅井だ。 「あれ? …え? 奈月、何食ってんの?!」 俺は奈月の昼飯を見て驚いた。 隣の浅井がキョトンとしている。 側にいた人間も、『え?』っという顔をして、奈月の前に置かれた器を覗き込む。 だがそこにあるのは何の変哲もない『きつねうどん』。 けど、奈月には俺の真意が伝わったようだ。 奈月がニコリと笑う。 実は、俺と奈月の間には意外な接点があった。 俺はお袋が京都育ちなもんだから、関東で生まれ育ったにもかかわらず、味覚が『関西』なんだ。 だから、学食のおばちゃんには悪いけど、関東風のうどんなんて食えやしない。 ダシは濃いばっかりでうまみがなくってさ。 蕎麦は断然こっちの方がうまいのにな。 奈月も、こっちへ来てから、それだけは困ったと思った…って言ってたんだ。 なにしろ京都の人間はうどんが好きだからな。 しかし、なのに何故、そんなものを食ってる…? 「羽野くん、これから?」 「あ、うん、そうだけど」 「じゃ、これ貸してあげるから、きつねうどんにしなよ」 そう言って奈月は制服のポケットから小さなプラスチック容器を取りだした。 俺の掌に乗せられた小さなそれは…。 おおっ、これは京都の『七味』じゃないかっ! うちにあったのと同じだ! 懐かしい〜。 「送ってもらったんだ」 奈月が嬉しそうに言う。 そうなんだ。京都の『七味』は特殊なんだ。なにせ『山椒』が入ってる。 これは、大阪にも神戸にもなくって、ホントに京都だけらしい。 「たくさん入れたらちょっと関西風になったよ」 奈月は周りに配慮してか、小さな小さな声で、俺の耳に、俺だけに聞こえるように『ナイショ』ポーズでそう言った。 当然、身体が密着する。 その瞬間…俺は浅井に睨まれた。 だからぁ、俺はノーマルなんだってばぁぁ…。 それから数日後、なぜか学食の『七味』の隣に、京都の『七味』が並べて置いてあった。 どうも正式採用らしい。 学食のおばちゃんたちは『京都の七味』とは言わずに、『葵ちゃんの七味』って呼んでいる。 恐るべし、奈月葵。 |
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今日は土曜日。 練習は1時から6時までだ。 はっきり言って、キツイ。 1時から2時まで、トランペットだけのパート練習。 2時から3時30分まで管楽器だけの分奏。 30分休憩して4時からは全体合奏って言うスケジュールだ。 管楽器だけの練習は、だいたい、いつも3年生の先輩が交代で指導する。 時々、光安先生が来る。 でも、悟先輩はこの時間、いつも弦楽器や中学生組の練習を見ているから、メインメンバーの管楽器練習には来ないんだ。 なのに、今日は悟先輩が来た。 定員30人の管楽器専用部屋。 防音の重い扉を、重そうでもなくスッと開けて入ってきた先輩は、片手にスコアと指揮棒をまとめて持っていて…。 う〜ん、この人は何でこんなにかっこいいんだろう…。 その姿を認めて、部屋がざわざわと騒がしくなる。 「お、悟、珍しいな。お前がここに来るなんて」 2年のホルン吹きの先輩が声を掛けた。 「たまには悟の意見を聞いておきたいと思ってな」 悟先輩の返事を待たずに、横から3年の先輩が言う。 「ということなので、よろしく」 いつもと同じ、柔らかい表情の悟先輩は、そう言いながら譜面台にスコアを乗せて管楽器の面々を一通り見渡す。 そうなんだ、この人は、初めてあった中2の時からそうだった。 いつも優しい顔と声。 静かで、自分の感情なんて絶対出さないで…。 な・の・に…。 見渡している途中のある一点で、悟先輩がふと微笑んだ。 照れたように…………。 悟先輩が、照れる…? 先輩も浅井と同じく、この春から何だか変だ。 表情が、なんて言うか…こう、豊富になったって言うか…。 おまけに、ストイックだった感じがちょっと取れて、男の色気みたいなものが滲んできて…。 この人ホントに高校生?って感じなんだ。 それに、近寄りがたい雰囲気も少し削がれてきたもんだから、下級生のカワイコちゃん連中はもう、あからさまに悟先輩にメロメロ。 それだけじゃない、高3の先輩方の中にも悟先輩によろめいてる人がいるらしい。 あと1年もしないうちに社会復帰しなきゃなんないっていうのに、今頃からノーマル踏み外してどうすんだよ、まったく。 …俺、思うんだけど、悟先輩たち兄弟や、奈月や浅井や麻生みたいなのがいるから、みんなおかしくなるんだよな。 みんながみんな、俺みたいにフツーのヤツだったら、間違いは絶対起こらないにきまってんだ。 練習中の悟先輩はいつもと同じだった。 冷静で、的確な指導。 順調に時間は過ぎて、やっと30分の休憩に入った。 やれやれ、疲れたぜ。 「羽野〜、何か飲みに行こう〜」 トロンボーンの岡本がしなだれかかってきた。 わかった、わかったからもたれるなっ。 「こら、重いじゃね〜か」 もつれ合いながら廊下の角を曲がると……。 何台か並んでいる自販機の前に、悟先輩と……奈月だ。 肩がくっつきそうなほどひっついて、スコアを覗き込んでいる。 ああ、奈月が質問してるんだな、きっと。 悟先輩が、それは優しい顔をして笑った。 奈月も見上げて笑い返す。 で…。 スコアが奈月の手から悟先輩の手に返されるときに、一瞬触れた手を…。 手を、握っ…た。 え? 嘘? マジ? 「羽野くぅ〜ん」 背後から『子泣き爺』のごとく覆い被さってきたのは、クラリネットの茅野だ。 「いいもの見ちゃったねぇぇ。どう?羨ましい〜?」 バ、バカヤロっ。ンなもん見て、何が羨ましいんだーーーーーっ! 「それとも、妬いちゃう?」 アホぬかせー! 何で俺が悟先輩に妬かなきゃいけないんだっ。 ン? 待てよ? 奈月に妬くのかな? ……………はっっっ!!! ちがーーーう!! 俺はノーマルだぁぁぁぁぁぁ!!!! |
*スコア…総譜。オーケストラのすべてのパートが書いてある楽譜。
このページのどこかに羽野くんが遊びに来ています。
『へのへのもへじ』の正体が知りたいあなたは探してねv
ヒントは『葵くんの大好物』
☆ .。.:*・゜
2001.4月から「桃の国日記」にて不定期連載中のものを1〜5までまとめました。
若干の加筆修正が入っています。
「6+スペシャル」もUPしています。
バックでもどってねv