羽野くんの管弦楽部観察日記:10万スペシャル!!

いつもは「桃の国日記」でひっそりと綴られている、羽野くんの日記。
今回はスペシャル拡大版で登場です。
羽野くん、出世したね(笑)





 俺、羽野幸喜(はの・こうき)。
 高校1年生、15才。

 日記でお馴染みの人もいるだろうけど、初めましての人もきっといるだろうから、まず は自己紹介だ。

 俺は、聖陵学院管弦楽部でトランペットを吹いている。ポジションは次席奏者。顔は『へのへのもへじ』。いたって良心的な一高校生だ。

 今日はいつもよりたくさん書いていいってことだから、しっかりとまわりを観察しようと思う。




 平日の学校。
 午後3時に授業が終わり、これから部活タイムだ。

 今日の練習は『合奏』で、俺たちはホールの舞台上にいて、それぞれ『音出し』(ウォーミングアップだな)を始めている。

 俺の席、つまりトランペット奏者の席はオーケストラの最後列。
 ひな壇の一番高い所だから、周りがよく見渡せて、観察には絶好の場所なんだ。

 

 さて…っと。
 今日もあたりは華やかだ。

 俺自身はふつーの高校生なんだけど、俺のまわりはなんだかやたらと騒々しい。
 それはきっと、華やかな人間が多いからなんだろう。

 まずは中学からのダチ。ほら、2列前でフルート吹いてるヤツ。

 中3の時は生徒会長まで務めた、学年一の秀才にしてハンサム野郎、浅井祐介だ。

 こいつは中学時代には結構クールなヤツで、ノリはいいんだけど、どっか醒めてる目をしたヤツだった。部活にもそんなに身を入れてるようには見えなかったし…。

 お…。奈月の髪に手を伸ばしたぞ…。あ、なんだ、糸くずを取ってやってるのか。

 ん…? 取れたのなら、さっさと手を離せよ。いつまで触ってんだ。

 浅井は絶対に奈月が好きだ。俺は確信している。

 あ、奈月ってのは今年、外部受験で入ってきたヤツ。

 浅井を楽々と抜いて学年一位に納まってる超秀才だ。
 おまけに可愛くて、フルートの腕前もピカイチときている。

 今は浅井に綺麗な笑顔を向けているんだけど…。

 そんな顔して見せるから、みんな転ぶんだよな…。



 もともと、ここ聖陵学院は、中高一貫の男子校で、しかも九割が寮生って環境からか、やたらと校内にカップルが多い。
 ただ、それはそれ、俺は他人の恋路を邪魔する気もないし、第一、俺はノーマルだからな。


 それにしても、最近はとみに賑やかだ。
 奈月が入ってきてからこっち、周りがやたらと浮き立っている。

 あ、ほらそこ。ヴァイオリンを持って通ったヤツ。

 同級生で、麻生隆也ってんだけど、あいつも中学時代は『お姫様』で通っていて、一部の先輩方に絶大な人気を誇っていた。

 奈月の登場以来、ちょっと影が薄くなった感じもするけど、どっちにしても可愛いことに変わりはない。

 噂によると、悟先輩に想いを寄せているらしい。
 ま、成就は難しいよな。なんてったって、悟先輩は倍率が高すぎる。

 お、噂をすればなんとやら。
 悟先輩と守先輩のお出ましだ。

 光安先生が会議で遅くなるから、今日の合奏は悟先輩の指揮らしい。

 この二人が入ってくると、ホールの舞台が一気に華やかになる。

 おっと、守先輩、下級生に声をかけられた。
 耳元で何かを言ってるぞ…。
 おおっ…! 耳たぶにキス?!
 下級生は溶けて流れてしまったようだ……。

 守先輩……相変わらずの無節操、プレイボーイぶり……お見事です…。

 そんな守先輩のおでこを、悟先輩が小突いた。

 この二人、表人気は守先輩、裏人気は悟先輩…ってことで、学院のカワイコちゃんたちの人気を二分している。

 何で悟先輩が『裏人気』なのかって言うと、悟先輩は筋金入りのノーマルだからだ。

『そんなこと』には全然興味ありません…って感じだもんな。
 これじゃあアタックのしようがない……って、みんな思っていたようなんだけど、ここへ来てなんだか雲行きがおかしい。

 最近、メインメンバーの間で『悟先輩は奈月にご執心らしい』って噂が流れている。

 けど、俺は「またまた〜、みんな、カップルでっち上げるの好きなんだから〜」な〜んて思っていた。

 だって、今までも、周りからでっち上げられて盛り上がってしまったカップルって、結構多いんだ。気の毒なことに…。

 しかし! しかしだ!
 俺はみてしまった……。
 悟先輩がさりげに奈月の手を握った瞬間を…。
 (詳しくは俺の管弦楽部観察日記【5】を参照だ)

 う〜ん…。どういうことなんだろうか……。
 奈月が驚かなかったのも気になる…。
 むしろ、受け入れていた節が……?

 ちょっと複雑な俺だ。
 なんてったって、奈月はアイドル。

 アイドルってのは、誰のものにもならないからいいんじゃないか。
 遠くでみつめるだけ…ってのが、おもしろいんだよな。

 …まあ、奈月は話をしてもおもしろいヤツだし、優しいし可愛いから、お近づきではいたいと思うけど…。
 


 あれっ? 客席の後ろのドアが開いた。

 光安先生だ。会議終わったのかな?
 今日もスーツがビシッと決まってる。
 指揮を振るときにはいつも上着を脱ぐんだけど、ワイシャツ姿もかっこいい。
 なんつーか、ほら、大人の香りがプンプンしてくるわけだ。

 先生は、部活中はめっちゃキビシイんだけど、音楽の授業はめっちゃおもしろい。

 管弦楽部員は音楽が必修なんだけど、俺、授業が光安先生でよかったと思うな〜。

 聖陵にはあと二人、音楽の先生がいる。
 もちろん二人とも男の先生で、1人はまだ24才。もう1人も28才で、光安先生より若い。

 どっちもたいがい男前(院長の好みだって噂だ)なんだけど、光安先生には及ばない。
 授業も、真面目で固くておもしろくないらしいし。

 高2の担当は28才の先生なんだけど、聞くところによると、しょっちゅう守先輩におちょくられて赤くなってるらしい。可愛いんだか間抜けなんだか…。
  


 おおっ、悟先輩が、入ってきた光安先生に気付いて、舞台から颯爽と飛び降りた。
 そんな姿もかっこいい…。

 ハッとあたりを見渡せば、何人ものヤツがそんな悟先輩を目で追っかけて…。

 んっとに、危ないなぁ…みんな

 あれっ? 先生の後ろにいるのは、昇先輩だ。
 だいたい、この人がいないと合奏が始まらない。
 なんてったってコンサートマスター。オーケストラで一番偉い人なんだから。

 照明の落ちた客席でも、昇先輩の髪はすごく目立って、キラキラしてる。

 光安先生と並んで立ってると、「まるで萩尾○都の世界だ」って誰か言ってたよな。

 悟先輩、昇先輩と少し話をして、先生はまた、ホールを出ていった。

 昇先輩は、悟先輩と並んで舞台に向かってくる。
 ああやってみると、兄弟とは思えないよな。
 恋人同士でも通りそうなくらい、ビジュアル的にはイケてる。

 ただし、昇先輩の場合、『黙っていたら』なんだけど。
 だって、喋ると結構口悪いし、賑やかだし…。
 



「はっのくぅ〜ん」

 その声にふと目線を落とすと、一つ下のひな壇にいるクラリネット奏者、茅野が俺を見上げていた。 

「何だよ」
「何をそんなに見つめてたのかな〜? ほっぺがピンク色ですよぉぉぉ」

 ななな、なにっ?!
 慌てて俺は、頬をゴシゴシと擦る。

「ふふっ。寂しいのならお兄さんがなぐさめてあげようか〜?」
「ば、ばかやろっ。なにいって…」

 …くっそう…。俺の抗議はここで終わってしまった…。

 昇先輩が定位置について楽器を構えたからだ。

 促されて、オーボエの首席である坂口先輩がチューニングの『A』を出す。

 立っている昇先輩は、その音を受け継いで、それを弦楽器全体に伝えるためにヴァイオリンから順に、見渡しながら『A』だけを長く弾いている。

 ふと、昇先輩の視線が上がった。
 なぜか、見つめていた俺とぶつかる。

『ニコッ』
 必殺『天使の笑顔(ただし黙っていたら)』が炸裂した…。 

 そして…。

『パチン』

 そんな音が聞こえたような、それは、紛れもなく…ウィンクで…。

 さらに…。

chu

 な…投げ…キス……。

 先輩〜、弓を持ち替えてまで冗談飛ばすのやめて下さいよぉぉ。
 俺、ノーマルなんですからぁぁぁ…。



END



2001.6月に10万Hits記念企画としてUPしたものです。

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