私立聖陵学院・茶道部!
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「二人にしてやられた…」 混乱に次ぐ混乱で、僕の頭はもう、処理能力の限界らしい。 先輩の言葉の意味が全然わかんない。 「ごめん…とうや……」 やっと今の僕でもわかる言葉を耳にした瞬間、僕はギュッと全身を拘束されてまた混乱する。 「俺は、桐哉が傷つくと思ったんだ」 僕が、傷つく? 「剣道の稽古なんかみたら…、桐哉が傷つくと思って」 「どうして…?」 やっぱり訳が分かんないっ。 でも、訳が分かんないなりにも、僕は嫌な予感に見舞われていた。 もしかして…。 まさか…。 「奈月くんに言われた。『さっきのお点前を見てわかりませんでしたか? 桐哉はもう、精神的なハンディは克服してるんですよ』…って」 それ…、 「坂枝にも言われた。『桐哉が乗り越えたのに、お前が足を引っ張ってどうするんだ』…って」 どういう…こと? ますます混乱する僕は、そっと右手を取られて、漸く視線を先輩にあわせる。 「先輩…?」 そしてその右手に、先輩がそっと唇を寄せた。 …先輩、知ってる…? 坂枝先輩も…? 葵も…? 「俺、中学の全国大会、見に行ったんだ。去年の夏…」 先輩が高校1年で、僕が中学3年だった、去年の夏…。 でも僕はもう、その全国大会にはいなかった…。 先輩は僕の身体をそっと抱えて、木の根本に座り込んだ。 膝の上に横抱きされるような形に、僕は慌てて身を捩ったのだけれど、動くことは許さないとばかりに、また、ぎゅうっと拘束されてしまう。 「桐哉…頼む。暫く黙って聞いてくれ」 まるで懺悔でもするかのように思い詰めた声。 それは僕の身体から『逃れよう』と言う気を一気に奪った。 そんな僕の様子に、先輩は改めて僕の身体を抱きしめて、話を始めた。 「俺は、中学最後の全国大会で、ある選手を見つけた。 そいつは小柄で、線も細いヤツだったんだけど、とてつもなく強くて、初めて出場した全国大会だって言うのに嘘みたいな勢いで勝ち上がってきた。 俺はもちろん、優勝候補の最有力とされていたから、当然そんな初出場のヤツに負けるつもりなんかなくて、決勝で当たったら叩きのめしてやろうと決めていた。 けれど、俺とそいつが当たることはなかった。 俺が…あろうことか準決勝で負けたからだ」 …もしかしてそれは…僕が準決勝を勝ち残った、すぐ後の、あの試合のこと…? 「まだ中2のくせに、相手を威圧するような迫力も何もないくせに、何も知らないような可愛い顔をしているくせに…、生意気にも勝ち上がってきたヤツを叩きのめしてやろうとして…俺は、自分に負けた」 あの時、決勝トーナメントに残った2年は、僕一人…。 「そいつが見事な『胴』を決めて決勝に上がった試合を目の前で見てしまった俺は、集中力も、冷静さも、無欲であれという師匠の教えすらもすべて忘れて……戦うまでもなく、負けたんだ」 そんなこと…。 「そんなこと、ない」 「桐哉?」 「僕の憧れの加賀谷さんは、準決勝前も、いつもと同じように、穏やかな顔で、静かに試合を待っていて…」 「桐哉…」 「僕も…僕の勝負も、加賀谷さんと対戦できないってわかった瞬間に、決まっちゃった」 そうなんだ。僕が中1の時から積み上げていた公式戦の連勝記録は、決勝戦で終わった。 「まさか、お前、決勝で負けたとか?」 「あれ? 知らなかったんですか?」 気になってたんなら最後まで見て欲しいなぁ。 「どうせ勝っただろうと思ってたから…。俺は負けた腹いせにさっさと帰った」 ひどーい。 「でもな、おかげで『綾徳院桐哉』の名前は、きっちり俺の中に刻まれたんだ」 知らなかった…。 あの時、加賀谷さんも僕を見ていたなんて…。 なんとも言えない甘酸っぱい気持ちがこみ上げてきて、僕は思わず加賀谷先輩を見上げた。 そうしたら、先輩はいつもの優しい笑顔を向けてくれて…。 でも、それはすぐに翳った。 「去年の夏、全国大会を見に行ったって言っただろ?」 まだギュッと抱きしめられて、僕の頭は自然に先輩の肩にもたれかかる。 身体を伝ってくる切ない響きの声に、僕はそっと頷いた。 「桐哉がいると思って見に行ったんだ」 そうか…、 「きっと、もっと強くなっているだろうと思っていったんだけれど、桐哉の姿はなかった。 それで、大会関係者から聞いたんだ。お前が試合中、禁止されている「突き」を仕掛けられて、それを避けようとして、怪我をしたことを」 それで…。 「悔しかった。自分が負けたとき以上に…悔しかった」 「先輩…」 いつしか僕も、先輩のしなやかな身体にギュッと抱きついていた。 「そして、忘れられなかった…ずっと…桐哉…」 |
![]() ほっと一息 『うさぎ煎餅』 |
で。 その後のオチがどうなったかというと…。 まず、坂枝先輩と葵がグルだったって事が判明。 なんでも、いつまでもうじうじと僕の手の事を気にしている加賀谷先輩に苛々した坂枝先輩が、葵を巻き込んで一芝居打ったってことらしい。 どういう手段に出るのかは、葵任せにしたから、結構ドキドキしながら見守っていたらしいんだ。 『いや〜、それにしても奈月くんのあの『煽り』は見事だったな。彼はかなり色恋沙汰には強いぞ』…なんて言って。 『じゃあ、祐介はきっと楽ですね』って返すと、先輩はニヤッと笑って、人差し指をチッチッチと振って、 『ふふっ、まだまだだな、桐哉。 奈月くんの相手は浅井じゃない。 他にいる』…なんていう爆弾発言をした。 もちろん気になる僕は『誰ですかー!?』 って聞くんだけど、でも先輩ってば教えてくれないんだ。 ったく、ずるいんだから。 それからその後、僕は僕がこの茶道部に入るきっかけになった『坂枝先輩の激しい思いこみ』についても真相を知ることになった。 つまりそれは、入試の成績発表に、僕の名前を見つけたのは加賀谷先輩だったってこと。 もちろん『これはきっと由緒正しき家柄のおぼっちゃまに違いない』、『由緒正しきおぼっちゃまは茶道を嗜んでいるに違いない』……なんていうめちゃくちゃな理論を振りかざして、坂枝先輩に僕を勧誘するようにそそのかしたのも加賀谷先輩。 で、坂枝先輩は、そんな『らしくない加賀谷先輩』をみて『これはおかしい』と思ったんだそうだ。 そして問いつめること1週間。 漸く加賀谷先輩が僕のことを白状して、その結果、僕が今ここにいる…と言うわけだ。 そんなこんなで、僕は今日も平和に茶道部で活動している。 あ、加賀谷先輩だ。 あれ以来、先輩は胴着のまま道場から茶室へ駆けつけるようになった。 今まで、時間がないのにわざわざ着替えていたのは、やっぱり僕に対する配慮だったようだ。 でも、僕はいつも見ていたのにね。胴着姿の先輩を。 それにしても今の時期、ここへ来るだけでもスゴイ。 だってもうすぐインターハイの予選が始まるんだよ? 剣道部だけで手一杯だと思うのにな。 けれど加賀谷先輩は言うんだ。 『ここへ来ると疲れが吹っ飛ぶ』って。 そうそう、先輩と僕が会う回数は増えた。 増えたって言うか…毎日…毎晩…かな? あの日、僕はしっかり先輩から告白されてしまい、なんて言うか、その…、僕らの関係は、今や坂枝先輩の『格好のおもちゃ』になっている。 「遅くなったけどいいか?」 「ああ、もちろん」 でも、相変わらず加賀谷先輩と坂枝先輩は羨ましいほどのツーカーぶり。 「けどな、インハイで負けたら、当分茶道部には出入り禁止だぞ」 「えー!! なんだよ、それっ」 ふふっ。先輩、負ける気なんてないクセに。 「お前が負けたら、茶室は当分、俺と桐哉の愛の密室だな」 またまた、先輩ったら。 「ふん。残念だがな、そんなことには絶対ならないからなっ」 「おー、せいぜいがんばってくれ〜」 今年のインハイ、僕は坂枝先輩と一緒に応援に行くんだ。 そして、一番前で、一番大きな声で応援するんだ。 僕の大好きな、憧れの人――ううん、僕の恋人――が、一つでも多く勝ちあがれるように。 そうだ! 葵に抹茶パフェ奢らなくっちゃ! |
めでたしめでたし |
え? 桐哉と加賀谷先輩はその後どうなったかって?
それは『剣道部』でねv
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