私立聖陵学院・剣道部!

13
最終回


後日談 その3



 ――困ったわね。桐哉はあれでも綾徳院家の二十二代目なんだけどなあ。

 2人を『おやすみなさい』と見送って、綾徳院家の二十一代目夫人は、ほう…っとため息をついた。


 理由を言わずに退寮を2日伸ばした息子。

 車の中で、安心しきった様子で肩にもたれて眠ってしまい、それを優しげな瞳で見つめる先輩くん。

 2人が交わす言葉や視線の端々に、『ただの先輩後輩』ではないものが見え隠れしていた。

 けれど、桐哉の手にまた竹刀を握らせてくれたのも、彼なのだ。

 自分だけではなく、周囲の協力がいかに大きかったかを彼は素直に語ってくれたが、それでもきっと、桐哉の芯の部分には、加賀谷賢という存在が欠かせなかったに違いない。


『彼がいたから』


 全てはここに起因しているのだろう。


 ――追っかけてってGETするなんて、我が息子ながら情熱的で素敵…って誉めて上げたいとろなんだけどねえ。

 桐哉には、家を継ぐとか継がないとか、そんな話は別にしても、平凡に穏やかな幸せを掴んで欲しいと思う。

 高校を卒業して桐哉と加賀谷の道が分かれ、ただの『仲の良い先輩後輩』になったとしたら、それはそれできっとホッとするだろうと思うけれど、もし桐哉がその後『お嫁さん』を連れてきたとしたら、自分はひょっとして『え〜、加賀谷くんの方がよかったのに〜』とか言ってしまいそうな気がしてちょっとコワイ。


 ――いずれにしても、桐哉の人生だものね。

 迷ったのなら手を差し伸べてやれるけど、本人が決めたのなら、見守るしかない。

 どっちにしても、まだもう少し先の話だろうから、とりあえず、今は精一杯青春を満喫させてやりたい…と、結論付けて、桐哉ママは2階にいる2人に向けて『よい夢を…』と小さく呟いた。



                     



 桐哉の部屋は2階の東南の角にあり、六畳と八畳の二間続きという広いものだった。
 両親と姫は1階で寝起きしているとのことで、2階はと言うと桐哉の部屋以外は使っていないらしく、しかもその使っていない部屋というのが5つもあると聞いて(もちろん2階だけで…だ)、4LDK育ちの加賀谷としては驚く他はない。

 だが、さすがに和室だけあって、建具は襖だし、その襖の上には欄間がある。見事な細工の欄間なのだが、プライバシーはだだ漏れだろう。

 つまり、この部屋ではたとえ二人きりになったところでどうにもできないというわけだ。

 まあ、家族のいる自宅に押し掛けてまでコトに及ぼうという気は元からさらさらなかったが。



 角部屋が勉強部屋らしく、机や本棚、タンスなどがおいてあり、その西隣が寝室になっていた。風流なことに立派な床の間まである。

 布団は当然ながら二組敷いてあった。が、わざわざ別々に寝ることはないだろうと、加賀谷は桐哉を抱きかかえると、ちゃっかり桐哉の布団にお邪魔した。

 それには桐哉も異存がなかったようで、ほんの少し身を固くしながらも、素直に腕の中に納まってきてくれる。


 今朝まで寮でそうしていたように、左腕を枕に桐哉を抱いて横になる。

 今夜はもう、それぞれの自宅でお互いのことを思いながら別々の夜を過ごしていたはずなのに、思いもかけない展開でこうしてまた温もりを抱きしめつつ眠れることに、2人は幸せを噛みしめて見つめ合った。


「桐哉、ありがとな」

「先輩…こちらこそ、です」

 何が…なんて、今さら口にしなくてもわかる。今日一日が、とても幸せだったから。

 だから、そっと寄せ合った唇が、次第に深く結びついていっても不思議ではなくて。

「…んぁ…っ」

 ふいに解けた唇の端から、桐哉の甘い吐息がこぼれ落ちた。

 途端に真っ赤に染め上がった桐哉は慌てて自分の口を塞ぐ。
 そんな桐哉の様子に加賀谷は微笑むと『ちょっとだけ、な』…と、耳元で優しく囁いて桐哉に覆い被さった。

 パジャマの裾からそっと手を入れて、少し冷えている胸をまさぐり、驚いた桐哉の口を咄嗟に――でもとても優しく――唇で塞いで、そのまま撫でさすった。

 ふわりと上がる桐哉の体温が心地いい。

 そうなると当然、このまま体中を隈無く愛したいという欲望に駆られる。

 けれど、ここでそれをしていいわけがなく、加賀谷は桐哉の『ほんの少し弱いところ』だけを優しく攻めてから、そっと解放し、再び柔らかく腕に抱き込んだ。

 だが。

「せ…んぱ、い…」

 桐哉はとっくに切羽詰まっていたらしく、やたらと艶めいた声が加賀谷の腕の中に落ちた。

 そうなると、Tシャツの胸元をギュッと握り、必死で熱を逃そうとしている桐哉に簡単に煽られてしまうのも致し方ないということで。


「…桐哉、口、塞いでて」

 こうなったら最後まで責任をもってやらないといけないだろう。

 自分の体だっていい加減追いつめられてはいるけれど、それは自業自得というもので、桐哉の責任ではないのだから。
 いや、桐哉の存在がそうさせるのではあるけれど。


「せ、せんぱいっ?」

「しー、桐哉。静かに」

 布団に潜り込もうとした加賀谷に驚いた桐哉の唇を、人差し指を優しく当てることで塞ぐと、加賀谷はそのままごそごそと潜り込んでいった。


 ――う…うそっ!

 まさか、そんな…なんて言葉が桐哉の頭に渦巻いたが、まさかでも嘘でもなく、加賀谷は布団の中で桐哉の腰を抱きしめると、可愛く自己主張をしている愛しいものを取り出して、躊躇うことなく口に含んだ。


「…っ」

 いきなり襲ってきた強烈な感覚に、桐哉が慌てて口を塞ぐ。両掌でしっかりと。

 加賀谷もこの状態で長引かせる気はなく、早く追い上げて、ともかく楽にしてやろうと愛撫を濃厚にしていく。
 逃げようとする桐哉の腰をしっかりと抱き留めたまま。

 そして、頂点はすぐに訪れた。

 声にならない、息だけの叫びを小さく上げて、桐哉が登り詰め、加賀谷の腕の中に堕ちていく。

「…ふ…ふぇっ…」

 短時間に与えられた強烈過ぎる快感に、桐哉の瞳が一気に潤んだ。

「と、桐哉っ?」

 ごそごそと布団の中から戻ってきた加賀谷が、桐哉の瞳を見て狼狽えた。

「ごめんな、嫌だったか?」

 自分の部屋…しかも家族が階下にいる状態でこんなことをされて、桐哉がショックを受けてしまったのかと、慌ててその体を優しく包み込んで頭を撫でる。

「ち…ちが…」

 だが、桐哉は必死で首を横に振った。どうやらショックを受けたわけではなさそうで。

「ぼ、ぼく、ばっかり…じゃ…」

 途切れ途切れにそう言うと、今度は桐哉が布団に潜り込もうとした。

 もちろん目的は一つ。加賀谷と同じ…だ。

「ちょ、ちょっと待って」

 だがそんな桐哉を加賀谷は慌てて止め、潜ろうとする体を引っ張り上げた。

「桐哉はそんなことしなくていいから、な?」

「でもっ…」

 自分ばかりしてもらっては気が済まない。桐哉にしてみれば、加賀谷にも気持ちよくなって欲しいのだ。

「それはまた、今度、な?」

 かなり必死の形相で止めようとする加賀谷に、桐哉は違う意味でまた瞳を潤ませた。

「…ぼくじゃ、ダメ、ですか?」

 そりゃあ、やったことがないのだからきっとヘタクソに決まっているとは思う。けれど、自分だって…と、桐哉がぐるぐる考えていると、加賀谷は一つ、嘆息した。

「違うって。そうじゃなくてな…その、今桐哉にそんなことしてもらったら、それだけじゃ、すまなくなるから、な?」

 頼むからわかってくれ…と、加賀谷は優しい表情で桐哉に告げる。

 愛しくて仕方のない、可愛い恋人にそんなことをされたら、一晩中ぶっ飛ばさないと気が済まなくなってしまうのは目に見えている。

 だから、今夜はここでおしまい。お楽しみはまた今度な…と、優しく諭されて、桐哉は真っ赤に染め上がって仕方なく頷いた。

 ここで『一晩中がんばる』わけにはいかないのだから。


「いい子だな、桐哉」

 理解してくれた可愛い恋人の頭を優しく撫でて、加賀谷はホッと息を付く。


「ところで桐哉。夏に坂枝が泊まりに来たって本当か?」

 唐突な話題転換だが、これは、すっかりスタンバイOKになってしまった体を鎮めるためでもある。もちろん、坂枝の件は聞いたときから気になっていたことでもあるが。

「あ。はい。インハイの決勝戦を応援に行った帰りです。東京まで戻ってくるのが精一杯で、坂枝先輩の実家、遠いから、その日のうちには帰れそうになかったので」

 確かに坂枝の実家は遠い。その遠い実家から、わざわざ応援に出てきてくれたのは知っているし、翌日には電話もして礼も言った。

『超かっこよかったぞ』と、滅多にそういうヨイショを言わない坂枝が、手放しで誉めてくれて嬉しかったのも事実で。

 ともかく、原因が自分にあるとは思っていなかった加賀谷は、もうこれ以上桐哉を責められない。


「先輩?」

「あ、いや、本当に良かったな…って思ってただけだよ。可愛い恋人と、信頼できる親友がいてさ」

 柔らかく頭を撫でながらそう語る加賀谷に、桐哉も小さく頷いた。

「僕も、同じ、です。加賀谷先輩と坂枝先輩に会えて…」

 そして、加賀谷の胸にギュッと顔を埋め、小さく呟いた。

「僕、聖陵へ行って、本当に良かった…」

 その呟きに、胸が、熱くなった。

「桐哉は、俺を追い掛けてきてくれたんだな…」

 加賀谷の問いに、顔を埋めたまま頷いた桐哉は、そのままくぐもった声で、さらに嬉しい告白をしてくれた。

 声を掛けられなくてもいい、ただ、遠くから見つめるだけでもいい…そう思って、聖陵へ行ったのだ…と。

 そして。

「加賀谷さんを追っかけるんだ…って目標があったから、あの怪我の時、僕は立ち直れたんだと思ってます。自分が竹刀を握れなくなっても、僕の憧れの人が強くある限り、僕もその姿を見て強くなれるから」

 そっと顔を上げ、赤くなった目元のままで桐哉はそう言った。

「桐哉……」

 あまりにも幸せな告白に胸がつまり、加賀谷は桐哉の名を呼ぶほかに、言葉がなかった。

 あの時――桐哉が一番辛い最中――側にいてやることは叶わなかったが、だが自分の存在が桐哉の力になっていたのだと思うと、堪らなく嬉しい。

 思いの丈を込めて、きつく抱きしめる。

「桐哉…大好きだよ…」

 こんな、ありきたりの言葉しか出てこないけれど、でも、これが全てだ。

 そして、桐哉が自分に憧れていてくれる限り、強く在れる。

「俺、来年のインハイも、必ず勝ってみせる」

『無欲であれ』…なんて武道の世界では言うけれど、でも、好きな人のために戦って何が悪い。

 桐哉が喜んでくれるのなら、いつまでだって戦い続けられる。

「うん。一番前で、応援するね」

 今度こそ、一番前で、一番大きい声で、剣道部の仲間として、精一杯加賀谷を応援したい。

「先輩…大好き」

 シンプルに、一番大切な気持ちを告げて、桐哉もまた、加賀谷のしっかりとした体にきつくしがみついた。







 それからずっと後。

 聖陵学院の剣道部には一つのジンクスが生まれていた。

『加賀谷先輩に実戦を見てもらい、桐哉先輩に形を見てもらったヤツは絶対に昇段試験に落ちない』というものだ。

 ジンクスを吹聴して回った張本人は、相変わらず独身のクマさん顧問だったが、『なんて無責任な噂を流すんですか』と抗議する2人に、『だって本当なんだから仕方ないじゃないか〜』と、開き直った挙げ句、『練習見に来ないとお前たちがラブラブ同棲生活してること、みんなにばらすぞ』と脅してご満悦な、どうしようもない恩師だった。

 もちろん脅されなくたって『聖陵学院剣道部』は加賀谷と桐哉にとって何ものにも代え難い思い出の場所なのだから、2人は足繁く通っていたのだが、残念ながら、必死で隠しているにもかかわらず『加賀谷先輩と桐哉先輩はラブラブ同棲中』という事実は、すでに後輩たちの間では周知の事実であったりしたのだった。

 まさに、『知らぬが仏』…である。




 知らぬが仏と言えば、あの夏の日のこと。

 インハイの帰りに坂枝が泊まった時には一階の客間に床を延べてくれた桐哉の母が、その後加賀谷が泊まりにやってきた時には当たり前のように桐哉の部屋に布団を用意してくれたことに桐哉が気が付いたのは、それから随分後のことだった。


おわり

↓おまけつき


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おまけ小咄〜はっぴばーすでー

桐哉:葵〜、ちょっと相談があるんだけど。

葵:なに? 桐哉。

と:葵は祐介の誕生日に何贈った?

あ:祐介の誕生日? えっと、フルートの形をしたタイピン! 金と銀でお揃いなんだ。

と:え〜!? お揃い? いいなあ〜。

あ:もしかして桐哉、加賀谷先輩のプレゼント考えてる?

と:あ、うん、そうなんだ。

あ:で、加賀谷先輩の誕生日っていつ?

と:それが、まだ知らないんだ。

あ:あれ? 聞いてないんだ。

と:うん。聞いたらきっと、桐哉は?…って聞かれると思うんだ。

あ:なるほど。余計な気を遣わせちゃうかも知れないってことか。

と:まあ、そんなとこ。

あ:可愛いなあ〜、桐哉ってば(撫で撫で)

と:(真っ赤)

あ:そうだ。坂枝先輩に聞いてみれば?

と:あ。それいいかも! ついでに坂枝先輩の誕生日も聞いて、日頃の感謝を現してみよう〜!

あ:わーい、桐哉ってばナイス〜!


                   ☆ .。.:*・゜


茶道部にて。

桐哉:あのー。

坂枝:ん? なんだ、桐哉(にっこり)

と:ええと、坂枝先輩のお誕生日っていつですか?

さ:俺の?

と:はい。

さ:(ニヤリ)桐哉〜、そんな気ぃ使わなくっても、加賀谷の誕生日が知りたいんだろ〜?

と:せ、先輩っ。そ、そんなつもりじゃ…!(そのつもりもあったけど)

さ:いいっていいって。あ、俺の誕生日は10月3日な(ちょっと下心アリ)

と:(ほっ)は、はいっ、10月3日ですね(φ(..)メモメモ)

さ:で。加賀谷の誕生だけど。

と:(どきどき。)

さ:本当なら自分で聞いた方がいいんじゃないか?…って言いたいところなんだがな、加賀谷のヤツ、絶対人に誕生日教えないからな。ましてや桐哉には…(ちらり)

と:え? ど、どうしてですか?

さ:実はあいつ、誕生日に妙にコンプレックスをもってるんだ。

と:誕生日にコンプレックス?

さ:ガキの頃からそれでからかわれてきたらしくてさ、トラウマになってるらしい。

と:い、いったいいつなんですか…(ごくり)

さ:なんと、あの加賀谷は……桃の節句生まれなんだ。

と:え〜! 3月3日ですか?

さ:その通り。

と:あはは、可愛いんだ〜。

さ:にあわねーだろー? でさ、そう言う桐哉はいつなんだ?

と:ええっと、あの〜…5月5日ですぅ…。

さ:は?(一瞬きょとん) ぎゃ…ぎゃはははっ(o_ _)ノ彡☆ ひー、可笑しい〜! よりによって加賀谷が桃の節句で桐哉が端午の節句ってか〜! いや〜、加賀谷に教えたら拗ねるぞ〜!

と:…はあ…。

さ:それにしても、よく考えたら桐哉と加賀谷って、たった2ヶ月違いで生まれてるんだな。

と:あ、そうですよね。

さ:ってことは、1年の内10ヶ月は同じ歳なんだな、お前たちってば。でも、なんかそんな風には見えねーよな〜。加賀谷は大人っぽいし、桐哉は…。

と:どーせ僕は子供っぽいですよっ。

さ:はいはい、拗ねない拗ねない(ぐりぐり)


ちなみに。
桐哉と祐介は、同じ誕生日なのでした(^_^)v