「第1校舎、1階、ど真ん中。」
〜君の愛を奏でて・番外編〜
![]() |
その3〜悟、内心でのろける…の巻 |
まだ4日目の僕の新しい部屋、123号室の鍵穴に鍵を差し込んでみれば…。 開いてる? これが、日にちも進んで学校内が落ち着きを取り戻した頃ならまだしも、新学年早々はどの部屋も結構施錠は厳重だ。 しかも、今年の僕の部屋は1階で、去年と同じく生徒会副会長である大貴と同室だから、重要書類などもあるわけで、大貴が鍵をかけ忘れるとは思えない。 でも…。まだ8時だ。 生徒会はまだまだ新学年の忙しさの渦中にあって、大貴がこんなに早く戻っているとは思えな…。 「お帰り、悟」 僕を迎えたのは…当然大貴だ。 「随分早いな。」 そういいながら僕がドアを閉め、抱えていた楽譜を机におくと、大貴は『え…? あ、まあな…』と曖昧な返事を返してくる。 「生徒会は…? 大丈夫なのか?」 真路はまだきっと残っているはずだ。 「あ、うん、大丈夫だ。真路も今日は帰したし」 「珍しいな」 二人……会長と副会長は、いつも消灯ぎりぎりまで生徒会室にいる。 場合によっては消灯点呼も免除されるから、時間を気にせず仕事はできるんだが…。 「いや、真路、最近疲れたまってるみたいだから、たまには休ませてやんないとな」 それは、そうかも知れない。 今朝校舎で言葉を交わした真路は、なんだか疲れていて…。 でも、その原因の全部が全部、生徒会の仕事絡みじゃないはず。 だから、さっさと部屋に帰されるよりは、誰かさんと一緒に生徒会室にいる方が精神衛生上いいんじゃないかと思うんだけど…。 まあ、相手があんまり鈍いと、かえってストレスたまるかも知れないな…。 なぁ、大貴? 「うー」 うー? 「大貴?」 どうしたんだ? さっきから変だ。 なんだか視線はそこらを彷徨っているし。 「あ、悪い、なんでもない。忘れてくれ」 慌てて取り繕うところがすでに怪しい。 「変なヤツだな。お前も疲れてるんじゃないか?」 その割には顔色は悪くなさそうだけど。 けれど、大貴は僕の質問にだるそうなため息で答えた。 こんな大貴は珍しい。 だいたい、おおらかで穏やかなヤツだからな、こいつは。 ちょっと鈍いところもあるけれど、その『鈍さ』の被害者は、可哀想だが真路ただ一人だ。 「せっかく早く帰って来たんだから、ゆっくりと風呂…」 だが僕は、大貴にそう勧めようとして、今の状況に思い至る。 「だめか」 「何で?」 「いや、管弦楽部の1年ミーティングがさっき終わったところだから、きっと今頃大混雑だ」 強者揃いの『正真正銘』たち。 これからが思いやられるんだけど…。 「今夜はシャワーにしておいた方が無難かもな」 僕ももうそのつもりで、腕の大切なものをそっとはずす。 「そーだよな。一年坊主がわんさかの中じゃ、身体も伸ばせないしな」 僕の言葉に大貴が納得して頷いて…。 「悟、それ、かっこいいな」 大貴の視線が、外した時計に注がれている。 「だろ?」 嬉しくなってつい、また手に取ってしまう。 「ちょっと見せて」 え? 僕は一瞬ためらった。 それは、これを誰にも触らせたくないとか、そんな子供じみた気持ちからではなくて、ただ単純に、ばれたりしないだろうか…といった不安からくるものだったんだけど。 「いいよ」 僕は、一瞬のとまどいを悟られなかっただろうかと思いながら、それを大貴の手のひらに乗せた。 瞬間、大貴の表情が変わる。 そう、これを持った瞬間は誰もが驚くんだ。 「チタン…か?」 「ああ、そうらしい」 大貴は何度もその軽さを確かめるような仕草をする。 「軽いだろ?」 「うん、びっくりした」 そう、見た目はかなりがっちりとした男性的な時計なんだけど、その軽さたるや、落としても気がつかないほどなんだ。 「腕に負担がかからないから、伴奏程度なら、はめたまま弾けるんだ。指揮の邪魔にもならないし」 「ああ、なるほど」 そう、そんなところにまで気を遣って、贈ってくれたんだ…。 「高そうだな」 「どうなんだろうな。プレゼントだから」 とはいえ、多分、かなりするだろう。 もっとも葵は、自分で稼いでいるわけだから…。 『モデルの契約料ってすごいんだ。でも、僕、こんなにもらっても使い道ないけどね』なんて言ってたっけ。 それに、去年リリースされた栗山先生のCDは今だに売れ続けていて、デュエットの相手をつとめた葵にも、かなりの印税が入ってるようだし…。 でも、当面楽器を買い替える予定もないからと、葵は通帳を母さんに預けてしまってるんだ。 ………って、大貴の方に視線を戻すと…。 どうしたんだ? 目が三角になってるぞ…。 あ、もしかして誰から贈られたのか勘ぐってるのかな。 仕方ないな…。 「春休み中に、家族で買い物に行ったときに…」 嘘じゃないよな。葵は家族だし。 …でも、やっぱり今夜の大貴はおかしい。 「どうしたんだ? 大貴。なんか変だぞ」 なんだか心配になってきた。 「ごめん。俺やっぱ、頭くらくらしてる」 そう言ってこめかみを押さえた大貴を、僕は慌ててベッドへ追いやった。 「気分は? 気持ち悪くないか?」 「うん、それは大丈夫」 大貴がこんな風になるなんて珍しい。 病気とかじゃないといいんだけど…。 ベッドの中で脱力していた大貴が、やがて小さな寝息を立て始めると、僕は改めて時計を見る。 葵から贈られた、初めてのバースディプレゼント。 10日に渡すと目立っちゃうから…と、入寮日の前の日にくれた僕の宝物。 もちろん大貴は気づかなかったけれど、その時計の裏側……いつも僕の腕に触れる場所にはこう記されている。 「To S from A」 |
END |
大ちゃん、またしてもニアミス!