君の愛を奏でて〜外伝

歌の翼に〜第2章

【最終回】






 遮光ではないカーテンを通して、濃いオレンジ色の光が射し込んで翼の顔を照らす。

 こんな時間にベッドに転がっていたことなどなかったから、意外に深く差し込んでいる夕陽にちょっと驚いて、翼はぼんやりと目を開けた。


 篤人が自分の体をがっちりと囲んでいて、これではまるで抱き枕だ。

 2人の間からはほんのりとボディソープの香りが漂っていて、汚れた感じはどこにもない。 
 それどころか、触れあう素肌がさらさらと気持ちいいくらいだ。


 ――あれ? 俺、風呂なんて入ったっけ?

 そう言えば、暖かい湯気の匂いを嗅いだような気がするけれど、まさか湯に浸かって気付かないほどボケていたはずはないのだが。


 モゾモゾと身じろぐと、小さく声を漏らして篤人がゆっくりと目を開けた。

「…先生、起きてたんですか。体は大丈夫?」

 大丈夫もへったくれも、原因はお前だろうが…と、言ってやりたいところなのだが、この至近距離でこれでもかというくらい幸福そうに微笑まれては、気恥ずかしくて返す言葉もない。

 で、照れ隠しに飛び出たのはこんな憎まれ口だ。


「お前、俺のことこんなにして、どう責任とるつもりだよ」 
 
 女の子じゃあるまいし、もちろん本気で責任をとってもらおうなどとはこれっぽっちも思ってはいないが、だがまるで子供っぽい、ちょっとふてくされて拗ねたようになってしまった声色に、篤人が吹き出しそうになるのを必死で押さえているなんて、もちろん翼は気付かない。

「もちろん責任はとりますよ。一生ね」

「…一生?」

「そうです。先生、愛しています。俺と結婚して下さい」


 あまりにも真正面から堂々と、いかにもそれが当然でしょう…とばかりに告げられて、翼はぽかんと口を開けたまま、間抜けな声を発した。


「…………へ?」

「へ…じゃないです。俺、プロポーズしてるんですから、ちゃんと返事を下さい」

「ぷ、ぷ、ぷ…」

「先生、何を吹き出してるんですか。ほら、YesかNoか。いや、Noは聞きませんけどね」

「ちょっと待てっ、俺はお前より一回りも年上なんだぞっ」

 本来あるべき争点とは微妙にずれているような気がしたが、ともかくこのまま押し切られるわけにはいかないから、何でもいいから足掻かなくてはいけない…と、翼は思ったのだが。


「それが何か? 年なんて関係ないですよ。そんなもの、今が17と29だからちょっと気になるだけで、70と82だったら全然目立ちませんって」

 あっさりひっくり返されて、なんでそう飛躍するんだと思わず涙目になってしまった。

「そ、そう言う問題じゃ…っ」

「だったらどういう問題ですか。ああ、俺が17で、まだ民法の定めるところの結婚年齢に達してないということですか」


 ――違う違う、ちーがーうー!

 服を着ていたら迷わず胸ぐらを掴んでいたところだろうが、生憎着衣がなくて、掴むところがない。だから、仕方なく腕を掴んで揺すってみた。


「あ、あのなっ。18になったところで、俺もお前も男なんだぞ! 結婚なんて…っ」


 そう。言いたかったのはこれだ。
 日本の国の法律では、同性婚なんて認められていないのだ。


「そんなこと、今さらです」

「今さら〜?」

 そこが一番肝心なんじゃないかと翼は絶句するしかない。

「俺たちにとって一番大切なことは、俺が先生を愛しているということと、先生が俺をどう思っているかということです」

 そう。法律が認めてくれようがくれまいが、愛がなけりゃ始まらない。

「どうって…」

「先生、俺のこと嫌いですか?」

 嫌いだったら寝不足で倒れるなんて恥ずかしいことにはなっていないはずで。


「…さっき、言ったろ…」

「好きだとは聞いてませんが」

「あ、あれは、それと同じ意味だ!」

「言葉にして言ってもらわないと納得できません」

「…そんな無茶な…」


 眉をへにょ…と下げて、心底弱り切った顔を見せる翼が可愛くて仕方ないが、この件は譲りたくない。

 たった一言でいい。言葉にして伝えて欲しい。

 自分はまだまだ子供なのだから、言葉がないと不安になるのだ…と、都合のいい時だけ子供ぶってみる。


「俺は、先生が好きです。先生は?」

 言いにくいのなら、恥ずかしいのなら、誘導してあげるから…と、言葉を向けてみた。

「……す……」

 ジッと見つめていると、一文字だけ言って、口がキュッと閉じられた。

 それから篤人が耐えること数分。


「…残りはまた今度」

 ――……はあ?


 口をぽかんと開けた篤人のマヌケ顔など、滅多にお目にかかれるものではないだろう。

 そんな篤人をみて、翼はプッと吹きだした。

 当然納まらないのは篤人だが、吹き出しながらも耳まで真っ赤な翼をみれば、今日のところはこれで良しとするしかないか…などど柄にもなく寛容なことを思ってしまう。
 
 だが、いずれはあんなこともこんなことも言わせてみたい…と、翼の耳には到底入れられないような言葉のあれこれを妄想しながら、篤人はまたきつく翼を抱きしめる。


 ギュッと抱きしめられてふわっと上がった体温の間で、清潔な残り香がまた薫った。慣れたボディソープの香りだ。


「あ、あのさ、もしかして俺、風呂入った?」

 目が覚めたときから気になっていたことを尋ねてみれば、篤人は平然と『ええ、俺が抱えて入りました』…などと言うではないか。

「ええ〜!? き、気付かなかったぞ!」

 風呂に入れられて気がつかないなんて、翼の常識としてはあり得ない。

「ああ、それは薬の影響でしょう。今朝の分まで軽い眠剤が入れてあると斎藤先生は仰ってましたから。現によく眠ってましたよ。あのあと」

『あのあと』と強調され、妖しげに微笑まれて、翼はまたしても耳まで真っ赤に湯で上がる羽目になった。




 それから。

 昼食を飛ばしてハードな運動をしてしまい、夕方になって篤人は慌ててまた、甲斐甲斐しく翼の世話を始めた。

「だから、大丈夫だってば」

 だいたい、今さら…だ。

 朝っぱらか夕方まで、散々人の体を好き勝手しておいて、今さら『大人しくして』も『しっかり食べて』もないものだ。

 だいたい体調を崩すことになった原因はすでに綺麗さっぱり取り除かれたのだから、もう心配してもらうことは何もない。

 
 結局2人はゆっくりと時間をかけて食事をし、色々な事を話しているうちに、門限が近づいてきた。


「そろそろ戻らないと、閉門に間に合わないぞ」

 いつまでも自分の側から離れようとしない篤人に、ほらほら…と、腰を上げるよう促すが、篤人はまったく動く気配なく、当然のように言った。


「今夜は外泊です」

「ええっ? 何言ってんだよっ。俺は外泊許可なんて受けてないし許可もしてないぞ!」

 外泊の届けは担任に出さなくてはいけない決まりになっている。

 ここで口頭で申請しても認めないからな…と、翼が息巻いたが、篤人にもちろん、抜かりはない。


「大丈夫です。院長先生に提出して許可を得ましたので」

「…へ?」

 なんてことだ。

「でもっ、生徒会長が当選早々に学校を留守にしちゃダメじゃないか」

 翼と篤人が冷戦状態――だと思っていたのは翼だけだったわけだが――の最中、生徒会選挙が行われて、篤人は対立候補に大差をつけて会長に当選していたのだ。


「その点もご心配なく。俺には優秀な副会長がついていますので」

 まだ引き継ぎの最中で色々と大変な時期ではあるのだが、『今日は帰らないから、よろしく頼む』と、告げると、彼の優秀な副会長――綾徳院桐哉は『ええ〜!? そんな無茶な〜!』…と、縋るような目をしてきた。

 けれど、事が翼に関してなのだとわかると、両手の拳を握りしめて、『がんばるんだよっ』と気合いの入ったエールを送ってくれたのだ。


 帰寮したら、桐哉には『がんばったよ』と報告しなくてはいけないだろう。

 何をどうがんばったか…までは言わなくてもいいだろうが。


 
 昼に眠ってしまったので、眠くない…という篤人を、翼はダメだと一喝して寮での消灯時間を守らせた。

 ただし、予備の布団などないので、狭いベッドにまたしても2人で潜り込まなくてはいけないのだが。


 ――やっぱり抱き枕だよなあ…。

 眠くないと言った割には、篤人は翼をしっかり抱きかかえると、ほどなく微かな寝息を立て始める。やはり、疲れてはいたのだろう。

 いつもはきちんと整えられた前髪が無造作に額に落ちていて、普段の隙の無さは感じられない。

 しかも、眼鏡を外した篤人の顔――しかも寝顔――には、ほんの少しだが年相応の幼さが見え隠れして、その事がちょっぴり、翼に罪悪感を起こさせる。

 それに…。

『恋人ができたらぜひ紹介して欲しいな』

 昨夜、付き添ってくれた恩師にそう言われた。
 言われたが、この相手では正直に申告などできそうもないのがちょっと辛い。


 この先いったいどうなるのか。

 翼には予想すらつかない。

 だが、『好きだ』と口にしてしまった以上――いや、まだ口にはしていないが、自分の心が『好きだ』と認めてしまった以上――この気持ちを大切に、そして正直でありたいと真摯に願った。

 篤人がこの手から巣立つ、その時までは…。



 しかし、よく考えてみれば。

 受けとめてやるとは言ったが、受け入れてやると言った覚えはないような気がするのだけれど。


 ――…ま、いいか。

 どちらにしても、いずれ同じ事かもな…と、翼は小さく笑いを漏らし、そのまま篤人の腕の中で眠りに落ちていった。

 今度は薬の力ではなく、自然と眠気を誘われて、幸福の中で……。



                  ☆ .。.:*・゜



 翌月曜日。

「古田くんってば、ちょっと手早すぎない?」

 朝礼の後、一時限目の授業が行われる化学実験室へ移動する時に、篤人の横にスッと張り付き、小さな声で呆れたように呟いたのは葵だ。


「何のことだ?」

 こういうカマの掛け方はよくあることだ。いちいち動じてはいられない。

「はいはい、しらばっくれないの」

 だが、葵の言葉は確信に満ちている。


「…どうしてわかった」

「見れば十分」

 ついに篤人が立ち止まって反応した。

「そうなのか?」


 見てわかるほどに、翼にダメージを与えてしまっているのだろうかと、篤人は一気に不安を募らせた。

 確かに『初めて』――もちろん『受け入れる側』としてだが――だったろう翼には、かなりの我慢を強いたとは思うが、今朝起床した時の様子も、いつもと変わりなく元気な様子だったと安心していたのだが。


「まあね。僕だからわかった…とも言えるけどね」

「どういう自慢だそれは」

 とりあえず、バレバレモード垂れ流し…というわけではなさそうなので、篤人は立ち止まっていた歩みをまた、化学実験室へと向けた。

 そんな篤人の横を、まるでスキップでも始めそうな上機嫌で葵がつきまとう。


「ま、いいんじゃないの? 翼ちゃん、元気になったし幸せそうだし」


 朝、教室に入ってきた翼は、『その後』を案じていた生徒たちに取り囲まれ、『起きてていいの?』とか『無理しちゃダメですよ』とか、労られまくった。

 そんな『我が子』たちに、心配かけてすまなかったな。でももう大丈夫だから…と、それはそれは明るい笑顔で告げて一安心させたのだが、その『明るい笑顔』の真の意味を葵は見逃さなかったということだ。

 心の錘がすべて払拭された。そんな笑顔だったから。


『教師と生徒』 

 これからもまだまだいろんな壁があるだろうし、悩みも発生するだろうけど、でも、『2人が信じ合っていて幸せなんだったらいいんじゃないの?』…と、葵が言うと、篤人は無言のまま、口をへの字に曲げた。

 心なしか目も泳いだような気がする。


「…あの、つかぬ事をお伺いしますが」

「…なんだ」

「もしかして古田くん、今、照れた?」

「……悪いか」

「うふふ」

「気持ちの悪い笑い方するな」

「あ、失礼だなー。一撃必殺の微笑みと言って欲しいね」


 葵がえっへんと胸を張ったところで、後ろから剣呑な声が掛かった。

「こら、葵。何をコソコソしてるんだ」

 言葉と同時に葵の襟首を引っ張ったのは祐介だ。

 いつも隣にいるはずの葵が、いつの間にか篤人の隣に張り付いて、何やらコソコソと、しかも楽しげに話し込んでいるではないか。


「…浅井も、ダンナにするには厄介なヤツのようだな」

 チラリと祐介に視線をくれて、そう言った篤人に、祐介は『何の話だ』と、にじり寄る。

「古田くんほどじゃないと思うけどね」


 楽しげにそう言って、葵は一人、化学実験室に向かって駆けだした。

「あ、待てよ! 葵!」

 当然祐介は後を追う。

「朝からなんだか楽しそうだな」

 一旦数学準備室へ戻るのだろう。
 後ろからやって来た翼が篤人に声を掛けた。


「妬けました?」

「え? なにが?」

 何が『焼けた』んだろうかと、あたりをキョロキョロと見渡す翼に、『この天然に嫉妬してもらおうなんて、100年早いのかも…』と、篤人は珍しくもちょっと肩を落としたりしたのだった。



    ☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆



 それから1年と半年足らず。

 それは、翼がここを巣立ったあの日と同じように、晴れやかに、雲一つない空だけれど、例年になく冷え込んだ肌寒い3月の中日のこと。

 聖陵学院では、後に色々な意味で『伝説』となる学年の卒業式が執り行われた。


「くしゅんっ」

 通り抜けた冷たい風に、翼が一つ、くしゃみをする。

「翼、風邪ひくよ」

 年に二度、卒業式と入学式にしか登場しない礼服を着込んだ翼の肩に、ワンサイズ大きな制服のブレザーが被せられる。


「校内では先生って呼べっていってるだろ」

 言いながらも、被せられたブレザーをしっかりと掴んで、翼がジロッと見上げてくる。

「いいんですよ、俺はもう、卒業したんだから」

 と、手にした卒業証書を示してみせれば、翼はふと表情を暗くして目を伏せた。


 明日には退寮して、来月からは実家から大学に通うことになる篤人。

 会うことも減るだろうし、もしかしたら、そのまま…になるかも知れない。

 けれど、自分から篤人を縛るわけにはいかないのだと、翼はずっと言い聞かせてきたのだ。自分自身に。


 大学の4年間は、篤人にまた新しい出会いをもたらすだろう。

 翼も大学の4年間に多くの出会いを経験し、たくさんの友を得た。
 その間、生涯を共にするパートナーには出会わなかったけれど、篤人もそうだとは限らない。

 その時には、暫く立ち直れないかも…なんて思うけれど、とにかく今日は笑って見送ってやらないといけないのだ…と、伏せていた瞳を上げ、篤人の表情を焼き付けるかのようにしばし見つめた後、翼はまた、柔らかい口調で言った。


「篤人、卒業おめでとう」

 せがんでも頼んでも、滅多に口にしてくれなかったファーストネームを、ごく自然に言葉に乗せられて、篤人が目を見開く。

 そして、その目を優しげに細めると、篤人は深々と頭を下げた。

「先生…。3年間本当にお世話になりました」

「元気で、がんばれよ」


 そう言う翼に元気がないことが手にとるようにわかり、そのことに篤人は安堵と喜びを覚える。


「なんて顔してるんですか、センセ」

 笑いながら、篤人は長い指先で、翼の鼻をギュッと摘んだ。

 どうせ、この頭はろくでもないことを考えているに違いない。
 そう、きっと『これから先』の『2人』のことだ。


 翼は現在、昨春校内に竣工した教職員用の独身寮に住んでいる。

 つまり、篤人が高3であった一年間、翼もまた校内に住んでいたのだが、教職員寮は当然の事ながら生徒の立入は禁止で、かえって不便なことこの上なかった。

 これなら以前のマンションにいてもらった方が断然よかったのだ。

 もっとも、教職員寮にも5回くらい忍び込んだ。

 その度にきつく叱られて、2〜3日は口をきいてもらえなかったのだが、それでも忍び込んだ目的は達していたからいいとしよう。


『翼だって盛り上がってたじゃないか』

 なんて言ってしまったときは、1週間ほど口をきいてもらえなかったと思う。

 だがいつも、頃合いを見計らって『ごめんなさい』と言ってギュッと抱きしめたら、『仕方ないな』と言いながら、翼はこの腕の中にまた大人しく納まってくれたのだ。


 ともかく。

 あれだけこの気持ちをその体に埋め込んだというのに、まだ不安に思っている翼が、可愛いやら、ちょっと情けないやらで、お仕置きしてしまいたい気分だ。

 だがまあ、それはこの春休みのお楽しみとして、とりあえず、意思表明はしっかりしておこうと、篤人は翼に向き直る。


「4年間の辛抱だから」

「…辛抱って、なんだよ」

「大学を卒業したら、俺もここへ戻って来るから」

 もっとも、長期休暇中は振り回すからそのつもりで…と、付け加えたら、翼は口をあんぐりと開けているではないか。


「翼、その顔、間抜けすぎ」

 可愛いけどね…と、肩を竦めると、翼はパチパチと2、3度瞬きをして、我に返った。

「も、戻って来るって…?」

 かつて自分が、卒業の日に現院長を相手に『俺、ここへ戻ってきたいんです』と語ったことを思い起こし、まさか、よもや…と翼は内心で頭を抱えた。


「俺、聖陵の教師になるから」

 ――あああ、やっぱり〜。

「だから、ずっと一緒、です」


 誓いの言葉のように、厳かな声でそう告げられ、翼は赤くなって俯いた。

 ギュッと抱きしめられて、その暖かさにふわりと心が緩む。

 篤人との未来。
 ずっと一緒…は、もしかしたら、本当に叶うのかもしれない。


 ――でも、そんなことになったら、落ち着いて仕事ができなくなるかも…。

 そんな翼の心の葛藤は、もちろん篤人には届かなかったようで……。



    ☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆.。.:*・゜♪゜・*:.。.☆



『伝説の学年』が卒業した年から数えて、5回目の春。

 聖陵学院は、翼以来12年ぶりに数学教師を採用した。

 それまで定員一杯だったのだが、年度末に最古参の教師が定年退職したためである。

 やって来たのは東大卒のエリート。
 もちろん聖陵のOBで、その名は当然、古田篤人。

 準備室での机の配置は翼の真向かいで、しかも教職員寮での部屋は隣同士だ。



「篤人…まさかお前…、なんか裏技使ったんじゃないだろうな」

 着任式のあと、ジロッと睨み上げてくる翼に、篤人はいつもの様子で肩を竦めて見せた。

「滅相もない。ただ……」

「ただ?」

「俺の『引き』が強いんですよ、翼セ・ン・セ」


 聖陵の採用試験はもちろん実力で勝ち抜いた。
 けれど、寮の部屋割りに関して『だけ』は院長のありがたい裏工作があったのだ。

 だが、それを今、わざわざ告げる必要はないだろう…と、篤人は翼の唇に、小さく一つ、キスを落とした。



Happy End♪

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