「アイドル&カリスマ」
〜「アイドル&アイドル」その後〜


みゅんさまに愛と感謝を込めてv
by もも♪




「おいっ、来たぞ!」

 誰かが張り上げた大声を合図に、あたりがどよめいた。

 ここは聖陵学院の音楽ホール。管弦楽部のお城…だ。

 そのどよめきに、やって来た葵と祐介は思わず足を止めた。


「奈月! お前、やるなぁ〜!」

 その言葉に、どうやら『来たぞ』と言われたのは自分の事らしい…と、葵は感づく。

 しかし、それがどうして『お前、やるなぁ〜』という発言に繋がるのか、わからない。


「何? なんのこと?」

 葵は目を丸くして尋ねるが、反対に取り囲んできた連中――主に同級生たち――の目は、カマボコ型に変形している。


「誤魔化してもダメダメ。俺たち見ちゃったんだからな」
「そうそう、ばっちり目撃させてもらったぜ」

 その言葉に、祐介が先に感づいた。

 ――昨日のことだ。

 隣を見下ろすと、葵は『わけわかんない』という表情で見上げてきた。


「おい、浅井。お前、奈月のこと、ちゃんと捕まえとかないと取り返しのつかないことになるぜ」

 葵にとってはまたしても意味不明の言葉。

 だが祐介にとっては…。


「ねえ、なんのこと?」

 焦れた葵が焦れた声を出した。

 祐介は、そんな葵をみて、(説明してやってもいいんだけどな)…とは思ったのだが。

 だが。何となく悔しい。

 実際自分が葵の恋人であるのなら、昨日のこと――葵が若葉台学園のアイドルとデート…いや違う、でかけたこと――は、『なんでもない。ただ、意気投合して一緒におやつを食べに行っただけだ』と弁解してやるのだが…。

 弁解して誤解を解いたところでどうなる?
 葵は自分のものではない。

 そう思うとなんだか悔しくて、ちょっとイジワルな気分になってしまう。
『ちょっとは苦労すれば?』…な〜んて。


 そして、祐介が敢えて『救いの手』を差し伸べないで、ちょっと肩を竦めるだけ…という行動にでると、同級生たちはカマボコ型の目をさらにとろんと緩ませて、葵にせまった。


「とぼけるなって」
「そう、若葉台のアイドルとデートしてたじゃないか〜!」

 そう言われた瞬間、葵は更に目を丸くして、慌ててその手を顔の前で振り、『そうじゃなくって』と言おうとしたのだが…。


「誰がデートしてたって?」


 背後から、微笑みを含んだ柔らかい声が被ってきた。

 それは、他の部員たちにとっては『穏やかで優しい大好きな先輩の声』。

 だが、葵の背筋には冷たいものが流れた。


『優しすぎる声』


 はっきり言って、これほどコワイものはない。


「あ! 悟先輩! 聞いて下さいよぅ〜」

 悟の姿を認めて、同級生たちはまた一斉に色めき立つ。

「ちょ、ちょっとっ」

 葵は慌てて続けてものを言おうとした同級生の口を塞ごうとしたのだが、それより先に、祐介が葵を羽交い締めにして口を塞いだ。

 なんの。本人はちょっとしたリベンジのつもりだ。

 そんな祐介に、悟はちらっと秒殺の視線を流したのだが、後輩たちの話も早く聞きたいから、ここはグッと『大人の我慢』をしてみせる。


「で、誰がデートだって?」

 にっこり微笑んでみる。

 葵は祐介の腕の中で、抵抗も忘れて固まった。


「昨日、奈月が『若葉台学園のアイドル』とデートしてたんです!」
「そうそう、俺たち全員が目撃者です!」

 みんな『自分も確かに見た』と、我先に悟に報告しようと詰め寄る。



「へ〜、若葉台のアイドルって言えば、確か『愛川』って名前のカワイコちゃんだったよな」

「あ! 守先輩!」

「さすが〜、先輩、よくご存じで〜」

「当たり前だ。このあたりの学校のアイドル図鑑はここに叩き込んである」

 いつの間にやってきたのか、柱にもたれて立つ守は自分の頭を人差し指でコンコンと叩いて見せて笑っていた。


「むがもがむがっ」

 そんな守を見て、葵が祐介の掌の中で、何やら声を上げた。

 残念ながら誰にも伝わらなかったが、それは『そんなこと自慢してる場合じゃないって!』といったような内容だろう。

 だが、葵の必死の叫びも虚しく、

「ただ、残念な事に、ファーストネームは知らないんだがな」

 守が気障な仕草で肩を竦める。


「む〜っ、むぐ〜むが〜っ」

 これは『肝心なところを省略しないでよっ』と言ったところだろうか。

 確かに若葉台学園のアイドルのフルネームがここで明らかになっていれば、あるいはこの後の展開は違うものになっていたかも知れない。

 が、しかし。


 この場合の唯一の味方であるはずの祐介は、悟の目前で思う存分葵を抱きしめているという優越感に陶酔してしまい、腕に不要な力を込める以外のことをせず、黙したまま語ろうとしない。


「へえ〜、若葉台のアイドルってそんなに可愛い子なんだ」

 だが悟の微笑みは変わらない。

 そう、変わらないのだ。作り物のように、綺麗な微笑みのまま…。


「ああ、このあたりじゃ評判の子だよな。可愛らしいだけじゃなくて、優しいらしいしさ〜。何より『本人が無自覚』ってとこがまたそそるらしい」

 守、これはどうやら確信犯のようだ。


「う〜っ、うぐ〜っ、うぐ〜っ」

 そうなると葵も『煽るな〜!』…と抗議の声を上げ…たいのだが上げられない。


「ふうん。そんなに可愛い子と一緒だったのなら、そざかし楽しいデートだったんだろうね? 葵」

 目を合わせてにっこりと微笑まれ、葵は声すら飲み込んで固まった。


 …こ、こわっ…!



                    ☆ .。.:*・゜



 そして、その日の部活が終わったとき。

「葵〜! 悟先輩から伝言!」

 同級生は、葵に小さな封筒を差し出した。

「なんか、来週の木管分奏のことらしい」
「…あ、ありがと」

 嫌な予感がする。
 木管分奏のことについては、一昨日のミーティングで決着しているはずで…。

 案の定、その小さな封筒はご丁寧に糊で封がしてあった。
 そして、その中の紙片には…。


『夕食後、いつもの場所で待ってる。必ず来ること』


 悟はいつも優しい。

 どんな時も、常に葵の都合や気持ちが優先で、自分の予定をつきつけたりしない。

 そう、『必ず来ること』なんて言葉は決して……。


                    ☆ .。.:*・゜


 消灯点呼間際。

 葵は息を切らせて308号室に駆け込んできた。 

 点呼ぎりぎりセーフ。
 こんなことは滅多にない。

 悟はいつも、葵が余裕で帰ることが出来るように気を遣ってくれるから。

 そう、自分に余裕がある時は…。





「あおい…」

 点呼が済んで、消灯になってもなかなか収まらない葵の乱れた息。

 短距離走も長距離走も得意。楽器を吹くから呼吸法は万全。

 そんな葵が息を乱しているのは、もしかしたら、走ってきたから…ばかりではない?


 祐介は、『嫌な予感』に頬を引きつらせた。


「もうっ…」

 睨み上げてくる瞳にうっすら張った涙の膜が、消灯後の室内にほんのりと灯るベッドのライトにゆらめいたように見える。

「祐介が助けてくれなかったせいで、酷い目にあっちゃったじゃないか…」


 …酷い目……、酷い目………って……。

 全身からこれでもかと言うほど壮絶な色香を漂わせながらそう言われ、祐介は「ほんのちょっとのリベンジ」が自分の息の根をさっくりと止めてしまうほどの巨大な墓穴になって返ってきたことを、今漸く悟ったのであった。



                   ☆ .。.:*・゜



 その頃、とある山の中。

 大木のてっぺん近くで夕涼みしている少年がいた。

 こんなところまで上がってくることが出来るのは、もちろん彼しかいない…日向嵐だ。


 遮るものが無いほど高く登っている彼の目には、遠くの聖陵学院の灯りまでもが見える。


 …祐介のヤツも、今頃上手くやってっかな。


 あの『ダブルデート(自称)』の時、葵にじゃれつかれて本当に幸せそうな顔をしていたのを思い出す。


 ――悔しいけど、永遠にね…――


 ああは言っていたが、なかなかどうして、捨てたもんじゃなさそうだった。

 男子校内の恋愛というものは、嵐にはちょっと理解不能ではあるけれど、あんなに幸せそうな顔ができるのなら、きっと悪いものじゃないのだろう。

 嵐は遠く、聖陵学院を眺めて一つ、大きく伸びをする。


 …美味しいデザートでアイドルたちを釣って、またダブルデート(あくまでも自称)なんてのもいいな…。


 がんばれ、純情少年、日向嵐。


 だが、今日も『悔しいけれど、今のところ親友』である『思い人・愛川奈月』と楽しい学校生活を過ごせた幸せな少年には、今夜の祐介の不幸など知る由もなかった。



END

嵐くん、らぶ〜!!

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