君の愛を奏でて
超SS
「カワイコちゃんたちの呟き」
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「あり得ない…」 盛り上がりまくっているTV番組の画面を前に、奈月が呟いた。 ここは、高校寮2階にある3年生専用の談話室。 このフロアでは、TVがある唯一の場所だ。 1年や2年に比べると、受験期に入った3年の談話室はそう賑やかではなくて、チャンネル争いもさして熾烈じゃない。 しかも今夜のように、みんなが見たがる『人気番組』がある日はなおのことで…。 『絶対みろよ、面白いからさ』…と、クラスメイトにそそのかされて、滅多にTVを見に出てくることのない、学校一のアイドル・奈月がやってきて、画面を見て呟いたのが、『あり得ない』って言葉だった。 「ほんっと、あり得ないよな」 そして、その言葉に激しく同意した俺に、奈月は深く頷いた。 「だよね。羽野くんもそう思うよね」 「おうっ」 画面の中で盛り上がっているのは、『男子高校生に女装をさせる』という企画。 スタジオ中が、『ゲテモノを期待したのに、超綺麗な子が出てきてあらびっくり』…ってリアクションを、お決まりのように見せている。 「…何が嬉しくて、人前で…しかもTVで女装なんかできるわけ?」 もはや『アレルギー』といってもいい、奈月の『女装嫌い』はすでに周知の事実のはずなんだけど、でもやっぱりみんなは奈月にまだ期待していて、10月の聖陵祭に向けての裏工作は着々と進んでいるって噂だ。 ほんと、気の毒ったらないぜ。 「まったくだよなっ。男として間違ってるっ」 奈月、安心しろっ。俺はお前の味方だからなっ。 「その通りっ、間違ってるっ!」 二人で拳を握りしめつつ、TVの中で、ちゃらちゃらと女装して喜んでる変態高校生を糾弾してたんだけど…。 『あり得ない』と憤慨する俺たちに、何故か珍しく、周囲も安易に頷いた。 「確かに。あり得ないよな」 茅野が言ったのをきっかけに、周囲からも続々と『だよな』とか『ほんとほんと』とかって声が上がって、俺と奈月はちょっとびっくりしたりして。 「…なんか、珍しい反応だね」 奈月が俺の耳元に囁いた。 「だよな…いつもなら反論されそうなのになあ」 俺も奈月に囁き返す。 ところが。 「プロの手であんなに塗りたくったら、ちょっと整った顔立ちのヤツなら誰だってあの程度にはなるよな」 …は? 「そうそう。睫毛に鬘までつけてるんだぜ。こんなの、ほとんど本人じゃねえじゃん」 「それに引き替え、奈月は素顔でいけるもんな、『女装男子学生』」 「だよなー! 鬘もいらねえし、何せ男子校の制服のまんまでも女の子だもんな〜!」 「もしかして、『男装女子学生』ってか?!」 「ぎゃはははっ! それいいっ!」 周囲はTVの中の盛り上がりも聞こえないほどの大騒ぎになり、斉藤センセが何事かと見に来るくらいだったんだけど…。 その騒ぎの真ん中には、能面のような顔をした奈月が……。 それから暫く、奈月が超不機嫌だったのは、言うまでもない。 そんな奈月に、さぞかし同室の浅井はとばっちりを食っただろうなと思ったら、案の定だったんだけど…。 「Y女学院の文化祭で毎年『男装コンテスト』してるんだけどさ、オープン参加だから出てみたら? あ、でもあっちの方が葵より男の子っぽいか」 奈月にとっては『二重の屈辱』のこの台詞。 浅井ってば、真顔で言っちまって、巨大な墓穴を掘ったらしい。 バカなヤツ……。 ちゃんちゃん♪ |
END |
この後祐介の運命がどうなったのか知りたいところです(笑)
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2008.3.18 桃の国日記にて掲載の「羽野クンの呟き」を改題しました。