The 5th Baby

〜君の愛を奏でて〜


       




 まさに。

 青天の霹靂、寝耳に水。

 厳かに告げられたその一言に、僕の頭の中にはこんな諺が渦巻いた。



 春休み、帰省した桐生家の――とはいっても『帰省』したのは僕一人で、悟・昇・守は聖陵を卒業しての『帰宅』だから、新学年が来たら学校へ『帰る』のは僕だけというなんとも言えない寂しい状況だけど――リビングで、僕たち4人を並べて香奈子先生は神妙な顔で言ったのだ。


「あなたたち、5人兄弟になるのよ」

 …と。


 それから暫くの静寂の後…。


「母さん…」

「ええっと〜」

「…それ、マジ?」

「僕、お兄ちゃんになるの?」


 てんでバラバラの第一声を発した僕たちに、香奈子先生は『産まれるのはもう少し先だけれどね』と、優しく微笑んだのだった。



 僕たちに、弟か妹ができる。

 今さらながらにして思いも寄らないことだった。

 そもそも僕は、悟たちと血が繋がっていると知るまで、自分に血を分けた兄弟がいる可能性なんてこれっぽっちも考えたことがなかった。

 父親という存在そのものが、僕の中になかったからだ。

 だから、お母さんが産んだ子供が僕一人である以上、僕は一人っ子に違いなかったんだ。それまでも、その先も。悟たちに出会うまでは。


 けれど、悟たちは違ったみたいで、弟が存在したという事実そのものに大きな驚きはなかったんだそうだ。
 それが、後輩として出会った僕だった…という巡り合わせに驚きはしたけれど…って言ってたっけ。

 ただ、『そう言う可能性はあるかも知れない』と、高校生になった頃に3人の間で話題になったことがあるんだそうだ。

 赤坂先生の年齢からして――先生が22歳の時に悟がたちが生まれたんだ――兄とか姉の可能性は低いと思っていたものの、弟か妹がどこかにいる可能性はあるんじゃないかって。

 そんなわけで、今回のことに心底驚いたのも事実だけれど、立ち直りも案外早かった。


「俺、やっぱり弟がいいな」

 守が腕組みをして言いながら納得したように頷く。

「え〜。弟なら『クソ生意気』なのも『可愛い』のももういるから、今度は妹が欲しい〜!」

 そう言ったのは、もうすぐお嫁に行く予定の昇。


「誰がクソ生意気だって?」

「決まってるじゃん。守だよ」

「あのなー。俺よりたった3ヶ月早く生まれたってだけで兄貴面すんなよな。俺よりチビのクセに」

 守が昇のおでこを小突いた。

「あ〜! 言ったなっ」

 リビングのラグの上で派手なとっくみあいが始まった。

 校内ではまったくこんな姿を見せない2人だけれど、帰省するといつもこんな感じなんだ。

 最初の頃はほんとに喧嘩になったのかとオロオロしたんだけど、悟は知らん顔してるし、香奈子先生も佳代子さんも全然気にしてなくて、とっくみあいの横で優雅にお茶なんてしてるし。
 で、そうこうしてるうちに僕も気がついた。

 喧嘩じゃなくて、ほとんどじゃれ合い。スキンシップ。
 ほんとに仲が良いんだから。


 小学生のうちはもちろん悟も参戦してたのだと教えてくれたのは香奈子先生。
 ただし、この頃は『とっくみあい』というと、本物の喧嘩だったそうだけど。

 今や悟は、この2人のとっくみあいを横目で見て、『子供じゃあるまいし』…な〜んて大人ぶったこと言ってるけどね。

 と、僕の背後でため息とも深呼吸ともつかない曖昧な吐息が聞こえた。


「悟?」

 息の主は悟だった。

「驚愕MAXでちょっと狼狽えたよ」 

 僕を見下ろして、悟はちょっと照れくさそうに苦笑すると、僕をギュッと抱きしめた。

 そうすることで落ち着こうとしているのはよくわかったから、僕はされるがままに、悟の腕の中に納まっている。

 確かに、一番驚いたのは悟かな…と思う。

 だって、僕たちの弟か妹の『お母さん』は、香奈子先生だからだ。

 香奈子先生はまだ42歳。
 初産でも45歳まではなんとかなる…と、最近の産科の先生は言うそうだけど、そもそも香奈子先生は18年前――もうほとんど19年前だけど――とはいえ悟を産んでいるわけだから、リスクは多少あるとしても難しい話ではないのだろう。

 ま、それはともかくとして、悟にとっては両親共に同じになる弟か妹。

 僕らはみんな、半分だけ血の繋がった兄弟。
 でも、今度産まれてくる赤ちゃんは、悟にとって正真正銘同じお母さんから産まれてくる弟か妹ってことで…。

 …ううう。可愛いだろうなあ〜。
 悟は香奈子先生に似てるから、赤ちゃんはもしかしたら悟似かもしれない。

 うわあ、どうしよう。
 そんなことになったら、僕、デレデレになっちゃうかも。

 妹だったら『どこにもお嫁になんかやらない』なんて思うかも知れないし、弟だったら…。

 悟に似た弟…。ときめいちゃったらどうしよう。

 って、それはまさかの冗談だけど。



「19歳違いとはなあ」

 僕を抱きしめたままで悟が呟く。

「同い年の3兄弟ってだけでも特異だっていうのに」

 続いた言葉に僕は少し不安になった。

「…悟、もしかして、嫌、なの?」

 悟がこの事実を歓迎していないのだとしたら、すごく悲しい。

 けれど僕の不安は杞憂だったようだ。

 僕の肩口に埋めていた顔を慌ててあげた悟が、驚いた顔をしていたから。


「嫌? まさか。そうじゃないよ、葵」

 じゃあ、何?

 尋ねる視線で見上げた僕に、悟はちょっと困ったように笑った。

「ごめん、葵。誤解させたね。新しい家族が増えることは大歓迎なんだよ。弟でも妹でも、母親が誰であっても、髪や瞳の色が何色であってもね」

 またしても、悟らしからぬ曖昧な笑顔。

「ただ…なんだか複雑でね…。いっそのこと、今度は父親が違うんだって言ってもらった方がかえってすっきりしたのかも知れないな…」

 その言葉に目を見開いてしまった僕に、悟はひょいと肩を竦めて見せた。

「…なんてね」


 そうか、そう言うことか。 

 悟にしてみれば、弟か妹ができる…という事実よりは、いつの間に香奈子先生と赤坂先生が『そういう関係』に戻っていたのか…ってことの方が問題なんだ。



「籍、戻すの?」

 それは、悟にしては珍しく曖昧な、不明瞭な発声だったんだけど、その一言に昇と守がぴたりとじゃれあいを止めた。

「いいえ、そのつもりはないわ。少なくとも私にはね」 

 香奈子先生があっけらかんと答える。

「何もかも、これまでと同じ。ただ、もう一人可愛いBabyが増えるってことだけよ」

 また一から子育てって大変よねー…とか、でもお兄ちゃんたちが4人もいるんだからきっと喜んで手伝ってくれるわよねー…とか。


 香奈子先生は嬉しそうにそう言いながら、レッスン室へ戻っていった。



                    ☆ .。.:*・゜



「葵〜! 起きてっ! 生まれそうだって!」

 深く眠り込んでいた僕は、ドアを開け放す音と香奈子先生の声にいきなり覚醒した。

 生まれる? 香奈子先生の赤ちゃん? 僕の弟か妹?


「葵、ほら、寝ぼけてないで着替えてちょうだい。守と昇はもう病院に行ったらしいわ。悟が今玄関に車を回してくれてるから、私たちはそれで行きましょう」

 ……! 
 そうだっ、寝ぼけてる場合じゃないっ。生まれるんだ。僕の甥っ子が。


 飛び起きた僕は、慌てて着替えて階段を駆け下りた。

 今日は4月10日。奇しくも悟と同じ誕生日になりそうだ。

 どうか無事に産まれてきてくれますように!



END

というわけで。
夢オチということにしてみましたが、何せ本日は4月1日、エイプリルフールでございます(^_^)v
何を落としてもこの日だけは外さないワタクシ。
今年も四月バカにおつき合いくださいましてありがとうございました(*^_^*)

で、このネタ、実は昨年の4月にできていまして、
昨年の「任侠・桃の国編」と同じく、Pさま、Mさまに唆されて(笑)書かせていただきましたv
Pさま、Mさま、いつも美味しいネタ、ありがとうございます(笑)

あ、お話の最後の数行はエイプリルフールネタではありません。
単なるネタバレでございました(*^m^*)

☆ .。.:*・゜

季節ネタですので、4月7日まで掲載させていただき、
(サイト休止中に1日限定企画なんて、あまりに鬼畜だと思われますので/笑)
その後は地下に埋めようと思っておりますv
ご了承下さいませ〜☆


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