2021バレンタイン企画 「白薔薇の君」
駅前は女子校生の大売り出し……ではなかった。 ここの生徒は基本的に自家用車もしくは巡回スクールバスでの通学だからだ。 都内の一等地。 いわゆる高級住宅地と呼ばれるところと商業地の狭間あたりに、鬱蒼と茂る森がある。 それらは重厚な煉瓦造りの高い塀にぐるりと囲まれていて、中へ入るには、蔓薔薇に覆われた瀟洒な門をくぐるしかない。 が、その門の古めかしさには似つかわしくない『警備室』なるものが入り口を固く守り、部外者は厳しく誰何され、用のないものは何人たりとも入れはしない。 さて、ここが何かというと、ドローンでも飛ばして見れば一目瞭然だが、森は塀に沿ってぐるりと存在するだけで、中には門や塀と同じく煉瓦造りの建物が点在している。 広大な敷地には体育館やグラウンドもある。 そう、ここは学校。由緒正しき中高一貫のお嬢様学校なのである。 とある年の春。 ここに一人の新入生がいた。 歳は十五。高校一年生だ。 この中高一貫のお嬢様学校は、中学で百八十人、高校では二十人の新入生を迎える。 そう、高校から入るのはかなり至難なのである。 しかも彼女はトップ入学。新入生総代だ。 お嬢様丈の濃紺のワンピースには白いスタンドカラーとピンタックのヨーク。 首元を飾るのはリボンタイ(学年によって色が違う)と言う、かなりクラシカルな制服を楚々と着こなし、足取りも軽やかに門をくぐる。 周りでも多くの新入生や在校生が登校を始めている。 そんな彼女たちが交わすご挨拶は『ご機嫌よう』。 そこここで慎ましく交わされる声が耳に柔らかい。 一様に清楚な少女達の中でも、新入生総代は激しく目立っていた。 そう。美しいのだ。 天使の輪っかを乗せた黒髪はシャンプーのCMのようにツヤサラで、校則に則りキリッとポニーテール。 おリボンは黒。普段は紺でもOKだが、式典の日は黒と決められている。素材は自由なので今日はシルクサテンを選んだ。 小ぶりな顔に神の采配かとも思える見事なバランスで配されたパーツは、小さく整った鼻筋、ほんのり潤んだピンクの唇、白磁の肌に、煌く黒曜石の大きな瞳は絹糸のような睫毛に縁取られている。 まるで精緻なビスクドールのよう。 背丈は高からず低からず、ほっそりとした手足ながら、バストとヒップは同サイズでウエストはそれよりマイナス20cm。 ベトナムの民族衣装アオザイを着るには完璧な黄金比だが、彼女はまだアオザイを着たことはない。 生まれ育ちの所為でチロル地方の民族衣装はタンスいっぱいに持っているが、こっちで着ることもないので全部置いてきた。 万一必要になったら『グランパ宅急便』が喜んで運んで来てくれるだろう。 グランパ――祖父は三人も孫に甘々だが、特に自分には激甘だと、彼女は自覚している。 新しく始まる学校生活。 三年生の案内にそって校舎に入ると彼女はふと立ち止まり、ふわりと目を閉じ、すうっと深呼吸をした。 ――ああ、なんて良い匂い。 あちらもこちらも見渡す限りの女子の群とはこんなにも麗しい香りなのかとうっとりしてしまう。 そのうっとりなかんばせを周りの少女たちは思わず見惚れているのだが、彼女の目には入っていない。 さあ、憧れの女子校生活の始まりだ。 当分オトコはいらない。 いや、いらないと言っても家に帰れば入れ替わり立ち代わりオトコがいるのでそこは仕方ないが、とりあえず朝から夕方までは完全にオトコ抜きの生活だ。ここは教師もみな女性だから。 思わず頬が緩む。 いやいや、別にオトコが嫌いなわけではない。 ただ、多過ぎるのだ。 彼女の家系はまさしく『男系』で、家族親族姻族全員集合した場合、ざっくり十八人くらいいて、その中でオンナは彼女を含めて四人ぽっきり。 二人の祖母と母と自分…以上!…である。 しかも祖母たちと母も、見た目は麗しいが、中身は男前だ。 一族の長たる父方の祖母などは、『聖母』の皮を被った『戦士』だ。 その強大な意志と実力で一族を支えてきた。 そうそう、もう一人、生物学上の祖母がいるが、彼女などは世間から『女帝』と呼ばれている。 艶冶な人だが言動はオヤジだ。 ちなみにだが、祖父、父、叔父たちと兄たち、並びにそれぞれのパートナーはみんな揃いも揃って美形だ。 特に自分と一番よく似ている伯父は、いい歳をして未だに『美人』だ。 ま、そんなわけで生まれた時から美形のオトコたちに囲まれ、可愛がられ、甘やかされまくって育ってきた彼女は、それがいかに特殊で贅沢なことなのかは彼方に打ち捨てて、ともかくガールズトークに憧れて女子校にやって来たのだ。 とは言え、恋バナにはあんまり興味がない。 何故なら、兄貴たちも父も伯父も叔父もみんな大恋愛の末にパートナーをゲットしていて、未だに熱々で、恋バナにはちょっと胸焼け気味なのだ。 ちなみに彼女には、『初恋の彼』を兄貴に取られたという苦い過去がある。 まだ幼かったとは言え、あそこで兄貴に譲ってしまったのは痛恨の極みだ。理想の王子様だったのに。 彼が大学を卒業してドイツに留学して来た時には一緒に住むことができて、めちゃめちゃハッピーだったけれど、もれなく兄貴がついて来て――留学の必要なんてないクセに留学してきた――ちょっとムカついた。 だから彼の留学が一年伸びて三年間になり、アカデミー招待留学の彼と違い、大学の制度で留学した兄貴は二年で帰国しなくてはいけなくなって、一年離れ離れになった時にはちょっと『ザマアミロ』だった。 もちろん彼にはそんなことは言っていない。 『私がついてるから寂しくないよ』と、その手を優しく握って慰めただけだ。 ただ彼の心は完全に兄貴のもので、仕方がないから彼の前では『可憐で優しい妹』を完璧に演じている。 だから彼も彼女をとてもとても可愛がってくれる。仕方ないからとりあえずそれで我慢だ。 ちなみに幼い頃にはウルトラブラコンと言われたが、今ではそんなことは……いや多少はまだブラコンかも知れない。 「ご覧になって。ほら、総代のお姉さまよ」 ヒソヒソ話が聞こえて来た。 「入試は満点でいらしたとか…」 そう、彼女は意地と根性で満点をたたき出した。 正直なところ勉強はさほど好きではない。 だが、絶対負けたくなかったのだ。 超名門男子中高一貫校で総代だった伯父や叔父や兄貴たちに。 「本当にため息が出るくらい美しくていらっしゃるわ」 美形に囲まれて育ったせいで、彼女は自分の容姿にはさほどの感慨はないが、少なくとも『美人』と呼ばれている伯父たちには負けたくないから、その点についてはこだわっていくつもりだ。 で、絶対兄貴たちに負けないくらい充実した高校生活を送ってやるのだ。 ただし、ここでは恋愛はしない。 兄貴たちが好き勝手にパートナーを選んでしまった以上、自分がいずれ結婚して家を繋がねばならないのだ。 もちろん、すでにターゲットはロックオンしている。 アレを必ず捕まえて子孫を残す! 自分は遺伝子的には家系を継いでいるとは言えないのだが、そんなことはどうでもいいのだ。 大切なのは『愛と絆』だ! …これは兄貴や伯父たちの受け売りだが。 しかし、実際にここへ来て若干の不安が。 この麗しく雅やかな言葉遣いが自分にできるだろうか。 何しろここまでオトコ社会で生きてきた。 負けてたまるかと言いたい放題で生きてきた。 ええいっ、たった三年だっ。 見事に猫を被って見せようじゃないか! これも修行だっ。 ☆★☆ そして時は流れ…。 最高学年になった彼女は、『白薔薇の君』と呼ばれてまさに女学院で『君臨』していた。 入学から少しの間は完璧に『大人しく可憐な少女』を演じていたのだが、ちょっとした出来事から『持ち前の負けず嫌い』と『一言言われたら瞬時に百倍言い返せる頭のキレ』を『陰湿な敵外心を無駄に向けてきた最上級生のお姉様』に向けて華麗にご披露してしまい、それまで密かに『白薔薇の姫様』と呼ばれ始めていたものが、一気に『白薔薇の君様』になってしまった。 それはちょうど、ガールズトークを主たる目的とした放課後の有益な過ごし方として部活を選んでいた最中だったが、その出来事がきっかけで、放課後の過ごし方は『三顧の礼で生徒会』に決まった。 オーケストラ部から連日『お茶会』と言う名の執拗な勧誘を受け、眉間にシワが寄りそうなところだったので、渡りに船…ではあった。 彼女にとって音楽は趣味ではない。 すでにそれで幾ばくか稼いでいる身なので、学校でまでやりたくはなかったから。 そう、繰り返すようだが、ここへはガールズトークをしに来たのだ。 学校に来てまで練習とか勘弁して欲しかった。 ただでさえ、『帰宅したら課題よりも練習が先』という家に生まれてしまったのだ。 ちなみにおやつは無条件で最優先だ。 師匠でもある大好きな叔父が『うちの子』になった頃からずっと。 というわけで、大学も一族全員の出身大学にすでに決まり、三年間一度も首席を譲ることなく駆け抜けて、一年で『生徒会補佐委員首座』、二年で『本来三年生が務めるべき副会長』、三年で当然『会長』に座り、数々の『校則改革』『部活改革』『予算改革』果ては理事会まで巻き込んで『履修カリキュラム改革』まで成し遂げ、入試倍率と偏差値の引き上げにまで貢献した。 その間に学年問わずたくさんの友と念願のガールズトークを堪能し、その友たちの協力を得て数々の改革を成し遂げた。 絶対兄貴たちに負けない充実した高校生活を送った自信はある。 そして卒業時には『学院長賞』『理事長賞』など、ありったけの表彰を総なめする事が決まっている。 そうそう、これは大きな声で一族に向けて主張せねばならない。 叔父たちが高校在学中には母方の祖父が、兄貴たちが在学中には父方の祖母が、かの学院の理事を務めていたが、自分は後ろ盾ゼロだ。 誰の影響も受けないところで、やってやった。 そう、良くやった、自分。 褒めて遣わす。 そして、この日がやってきた。 時は2月14日の夕刻。 ところは『白薔薇の間』――他の高校では通常『生徒会室』と呼ばれている。 「今年も白薔薇の君が圧勝でしたわね」 「当然ですわ。我らが君様ですもの」 「そうそう、今年はついにお父様方を抜かれたのですって」 「本当ですの? 一族の皆さまには世界中からプレゼントが集まるでしょうに」 「君様が仰っておられましたわ。『今年は最後に残った唯一のライバルだった上の兄にも勝てたようですわ』…って」 「上のお兄様は、天才な上にとてもお可愛らしくて、大変な人気でいらっしゃるのに…」 「さすが、私たちの君様ですわ」 「下のお兄様も大変な美丈夫でいらっしゃるけれど、教師でいらっしゃるから、本日のイベントでは不利かも知れませんわね」 「でも、母校にお勤めですわ。あそこのバレンタインも相当に盛り上がるイベントと聞いていますわ」 「…確かに、かの学院の麗しい校風ではありそうですわね」 「まあ……禁断の世界だわ」 「耽美な少年愛の世界ですのね…」 「きゃあ、お姉さま、恥ずかしいですわ」 以下、延々のガールズトーク――腐女子の妄想ともいう――なので略。 卒業間近のその日。 受けとった贈り物があまりにも多かったのでLINEにSOSを流したら――多分祖母が来てくれるだろうと思っていたのに――自分に一番よく似ている未だに美人の伯父から『迎えに行くよ』と返信が入った。 彼が迎えに来てくれるのは初めてだ。 かつて父親が三者面談に来て大騒ぎになったことを思い出して、笑みがもれる。 本当は母が来る予定だったのだが、父が『女子校に入ってみたい』と言い出して、母が呆れ顔で譲ったのだ。相応の見返りはあったようだが。 ついにバレンタインでも兄貴や叔父たちに勝った。 彼らも毎年大概のご盛況ぶりだが、イベントに敏感な10代の比ではない。 女子校でバレンタインなんて不毛? 何を言う、男子校の方がもっと不毛だろう。 だいたい贈り物の質が違う。センスが違う。匂いも違う! いやいや、彼女の周りのオトコどもは身嗜みには注意をはらっていて、皆いい匂いだ。決してオトコ臭くはない。加齢臭など以ての外。 彼女の上の兄貴などは未だにお日様の匂い――つまり赤ん坊くさい――が、するくらいだ。 でもやっぱり、女子の香りは芯から芳しいのだ。 約束の時間の数分間に、金髪碧眼の伯父は、蔓薔薇の門に現れた。 シンプルなシャツとパンツ姿でも、まるでステージでライトを受けているかの如き煌めきだ。ステージに立つともっと煌くが。 「お待たせ」 「ううん。来てくれてありがと」 彼女が抱える荷物を引き取り、後ろに静かに控えている親衛隊が持つ荷物も引き取り、『いつもお世話になってありがとう』と伯父が微笑むと、親衛隊員はもちろん、遠巻きに見守っていた生徒たちからも声にならない――お嬢様方は慎ましいのだから――悲鳴があがる。 「これはまたすごい量だな」 「ふふっ、まだロッカーに残ってるんだから」 「じゃあ、明日もお迎えかな」 「いいの?」 「いいよ。今週はレッスンしかないから」 「やった!嬉しい〜」 そう言ってほっそりとした腰回りにキュッと抱きつけば、伯父は少し身をかがめて『我が家の姫君の仰せとあらば』と耳元に囁く。 瞬間、背後で息を飲む気配が飛び交った。 チラッと伯父を見上げると悪戯っぽく細める蒼い瞳とぶつかった。 これは絶対、周りの反応を楽しんでいる。 そう確信した彼女は少し背伸びをして伯父の頬にチュッと可愛いキスを贈ると、背後からついに、容赦ない黄色い悲鳴が上がった。 「さて、いつからこんな小悪魔になったのかな?」 「生まれたときからだけど知らなかった?」 「知ってた」 「でしょ」 ふふっと笑いあいながら保護者用駐車場へと歩き出す。 背後にある数多の視線に振り返り、『皆さま、ご機嫌よう』と鮮やかに微笑んで。 彼女は来月――卒業式の次の日に婚約することになっている。 お相手はもちろん、ロックオンしていたターゲットだ。 そもそも母方の祖父とターゲットの母上は縁浅からぬ関係だったので、『逆プロポーズ』――ちょっと落とし穴を掘ったが――以降、話はトントン拍子に進んだ。 初恋の彼の幼馴染みでもあるターゲットはちょっと年上で、またしても甘やかされ放題だ。 兄貴たちとそのパートナーたちは、『お尻に敷かれてぺったんこの未来しか見えない…』と、早くも『義弟になる後輩』の将来を案じている。 ――大学も楽しみだなあ。 天才音楽家一族の絶対女王、白薔薇の君――桐生 今度のそれは、とても不敵に。 その様子すらも、美しく。 |
END |
このお嬢様は、ある意味桐生家のラスボスと言えましょう。 おしゃまさんだった1番のおちびさんがこんなに大きくなりました。 君愛最後の外伝はここから更に後のお話です。 頑張って書き進めています。 が、いつになるのか…orz |